平成27年/2015年、書店を運営する天狼院が、小説家養成ゼミを始める。
▼平成18年/2006年、NPOコトバノアトリエが「ニートのための小説教室」を始める。
時流とか潮流とか、そういう切り口で語ろうとすると、個々の事例をとりこぼしがちです。どんなテーマでも同じでしょうが、文学史もまた例に洩れません。時代ごとの特徴を、いくら賢しげにピックアップしても、そこから外れる例外なんて腐るほどあります。
小説教室は、どうでしょう。80年代以降、日本全国、小説教室は百花繚乱の花ざかり……みたいな感じで、うちのブログも書いてきました。しかし、盛っているところがあれば衰えるところが、かならずあります。
80年代から90年代、日本の文化のなかに小説教室が自然の風景として根づいた。そのなかで当初の目論見どおりに教室運営(経営)が進んだのはごく一部にすぎず、だいたいは尻すぼみ、店じまい、空中分解といったかたちで失敗に終わった……と言うほうが実態に近いかもしれません。
たとえば、先週ふれた石田衣良さんの小説スクールもそうです。最初の話題性はバツグン(?)で、いろいろウェブ記事にも取り上げられました。だけど、その末路はよくわかりません。
話題性ということでは、平成18年/2006年ごろメディアに取り上げられたのが、「ニートのための小説教室」です。
平成14年/2002年3月、慶應義塾大学を出た山本繁さんが、ボランティア団体として立ち上げたNPOコトバノアトリエというものがあります。その初期の活動としてつくられたのが、中高生を対象にした小説教室です。ここでの経験のなかで、引きこもりの人たちが内に持っている表現欲をどうにか開花させられるように支援できないか、と考えるようになって、平成18年/2006年にひとつの事業として始めたのが「神保町小説アカデミー」。受講資格は、引きこもり、ニートであること、という「ニートのための小説教室」でした。
定職がなく次の一歩を踏み出すところで問題を抱える人たちに、文章を書いてみよう。いや作家を目指してみよう! と声援を送るのが理にかなっているのかどうなのか。よくわかりませんが、たしかに面白い試みです。しかし、NPOとはいえおカネが回らなければ継続することはできません。けっきょく肥大化する赤字を解消できず、ポツポツと商業出版の書き手が出はじめたところで、講座は終了。いまや、影もかたちも……といった感じです。
とまあ、ここから「潮流」を取り出せるほど、ワタクシも冴えがないので、膨大な事例のなかのひとつとして、そっとスルーしたいと思いますが、言えるとすれば、話題になる小説教室というのは、だいたい「本気で職業作家を目指す人」を対象に設定している。……その傾向がある、とは言えるでしょう。
平成27年/2015年から始まった「天狼院文芸部(小説家養成ゼミ)」。これもいろいろ取り上げられますが、やはり本気度が大きなウリです。
えっ、そんなのあったの。まったく知らなかったよ、ぜんぜん「話題の小説教室」じゃないじゃん。と言われてしまえばそれまでですが、少なくとも天狼院書店は、オープンのころから、かなりの話題を集めた本屋です。
○
▼平成25年/2013年、三浦崇典、東京天狼院書店をオープンさせ話題となる。
芳林堂書店で働いていた三浦崇典さんが、このままじゃだめだ、おれは何のために宮城から上京してきたんだ、と頭をかきむしり、発狂寸前になったのが30歳をすぎたころ。自ら起業を志し、行政書士の資格もとって、平成21年/2009年に東京プライズエージェンシーという会社をつくります。
もともと三浦さんは作家を志していた……という履歴があり、芳林堂のバイト時代には、目標を江戸川乱歩賞に定め、二度投稿して予選通過した経験があるそうです。その後に、自分で事業をはじめ、さまざまな失敗にぶち当たりながら経営者としておカネ儲けを考えるなかで、「小説家になりたかった、しかし挫折した」自分を忘れていなかったところが、小説教室の開設につながります(たぶん)。
紆余曲折を経て、最初の事業内容のなかにも入っていたという「書店の経営」に着手することになり、平成25年/2013年9月、東京に天狼院書店をオープン。ユニークな仕掛け、個性あふれる選書、なにより三浦さんの、おれは出る杭だ、打てるもんなら打ってみろ、打たれたらもっと出てやる、と言わんばかりの熱量が、なにか池袋で面白そうなことやってる本屋があるぞ、と注目を向けさせます。
本はなかなか売れない。でも、本屋という「場所」をこれまでの固定観念を捨てて活かす方向を探れば、きっと未来はあるはずだ。と、どんどんアイデアを実現させていくうちに、天狼院でゼミをひらくことになります。となれば、作家になりたくてなれかった三浦さんとして、やはり外せないのが、小説教室だったんでしょう。平成27年/2015年12月、実業之日本社で長いこと文芸編集をやっていた関根亨さんの協力を得て、本気で小説家を目指す人のためだけの本気の講座を始めます。「天狼院文芸部(小説家養成ゼミ)」です。
三浦さんがこの講座にかけた熱い思いなどは、天狼院の充実した(充実しすぎていて目的の記事にたどりつくまでが大変な)サイトのどこかにあるはずなので、検索して読んでいただければ……と思いますが、三浦さんはその後、本も出しています。最初に上梓した『殺し屋のマーケティング』(平成29年/2017年11月・ポプラ社刊)は、いちおうビジネス書のカテゴリーですけど、かつての小説家志望者がめいっぱいその思いのたけをぶつけたものか、最初から最後まで思いっきりフィクションの手法で書かれています。びっくり仰天です。
これもまた、小説教室を立ち上げた人が書いた本として、ある種、貴重(もしくは奇書)かと思うので、さがして読んでみてください。……読後、何じゃこりゃあ、と怒りで壁に投げつけたくなったとしたら、そのときは、すみません。
ともかく、本気でやれば開ける道もあるさ。と、いくら口で言っても、それを宣伝文句にするスクールは、他にもわんさかできています。そのなかで、平成29年/2017年から受講しはじめた坂上泉さんが、在籍中の平成31年/2019年に松本清張賞を受賞。デビュー2作目の『インビジブル』で一気に注目の新鋭におどり出たことは、小説教室ビジネスとしても大きな成果でしょうし、令和2年/2020年、過去に受講した岸本惟さんが日本ファンタジーノベル大賞優秀賞に選ばれて、ますますボルテージも上がってることでしょう。
直木賞が、かつてはアマチュアも含めた賞の体系から徐々に職業作家向けオンリーに、その性格が変わっていったように、小説教室もまた、趣味で文学に親しむという方向性が減退し、プロ作家になるため、そしてプロとして生き抜くための講座が、主流になってきたものと思います。6年前に生まれた天狼院のゼミが、その代表のひとつなのは、間違いありません。
| 固定リンク
« 平成25年/2013年、石田衣良から小説指導が受けられる、ということが特典の「ノベリスタ大賞」始まる。 | トップページ | 平成11年/1999年、山村正夫の急逝で、森村誠一が小説講座を受け継ぐ。 »
「小説教室と直木賞」カテゴリの記事
- 平成29年/2017年、川越宗一、メールでの小説添削講座を受講する。(2021.05.30)
- 平成11年/1999年、山村正夫の急逝で、森村誠一が小説講座を受け継ぐ。(2021.05.23)
- 平成27年/2015年、書店を運営する天狼院が、小説家養成ゼミを始める。(2021.05.16)
- 平成25年/2013年、石田衣良から小説指導が受けられる、ということが特典の「ノベリスタ大賞」始まる。(2021.05.09)
- 平成15年/2003年、大塚英志が『キャラクター小説の作り方』を刊行する。(2021.05.02)
コメント