令和3年/2021年、『オール讀物』が歴史時代小説書き方講座をオンラインで開催。
▼令和3年/2021年、安部龍太郎、畠中恵、門井慶喜が日替わりで歴史時代小説の書き方を伝授する。
小説教室は、いまこの瞬間も膨張しています。
昔のハナシもいいんですけど、せっかくですから、何かリアルタイムな事例も取り上げたい。と思っていたところ、もうじきこのテーマが終わるギリギリのタイミングで、ちょうどよさそうなのが目に留まりました。よく見れば直木賞と関係ないこともありません。今週はその話題で行きたいと思います。
先ごろ、「「オール讀物」歴史時代小説書き方講座」というものが、世界の片隅でひっそりと行われました。
4月9日(金)から11日(日)3日間にわたって一日2時間ずつ、安部龍太郎さん、畠中恵さん、門井慶喜さんが日替わりで登場し、これから歴史・時代小説を書いてみたい、書いて新人賞をとりたい、と思っている(はずの)受講者たちに向けて、その作法や書き方、心構えなどをオンラインで語るという試みです。
『オール讀物』では初めての企画だそうですが、どういう内容の「小説教室」なのか、作家たちがどういうことを語るのか、ワタクシも興味があったので、3日間通しの11,000円のチケットを買って、視聴してみました。
初日、安部龍太郎さんの回は、とにかく安部さんのマイクの調子が異常なほどに悪く、せっかく熱弁する講師の話が、2時間のあいだずっと、途切れたり、異音が入ったりと、もう聞くに堪えないと言ってもいいほどだったので、ネット回線を介したオンラインのイベントも前途多難だなあ、とヒヤヒヤしましたが、2日目以降はそれもかなり改善されました。いや、真剣に小説家になりたい、作家デビューしたいと熱意のある人たちは、講師の声を一言たりとも聞き漏らすまいと気合を入れて耳を澄ませていたことでしょう。あれぐらいの通信の乱れは、障害のうちに入らないかもしれませんね。
多少のトラブルはいいとして、何といっても際立っていたのは、3日間司会を務めた『オール讀物』編集長、川田未穂さんの「デキる文芸編集者ぶり」です。
川田さんがデキるデキるというのは、業界の外で生きている完全部外者のワタクシですら、何となく耳にしたことがあって、直木賞をとりまく現状の世界ではもはやよく知られたハナシなのかもしれません。その実際の働きぶりが画面を通して見られたわけですけど、ハナシが逸れに逸れていく講師の話題を、さえぎったテイを出さずにうまく軌道修正し、受講者からチャット形式で届く質問を、これも丁寧に拾っては講師のほうに投げかける。ときおり、「他の作家の方にうかがったところですと……」と、別の人が語ったハナシを織り交ぜながら、講師の話をサポートし、聞き役に徹しているようでありながら、編集者としての体験談もそこかしこで披露することで、講座の内容に深みをもたせる。
会議の進行や、座談の司会なんて、小説づくりとは何の関係もじゃないか。と言ってしまえばそうなんでしょうけど、しかし、こと直木賞の場合は、まるで無縁ともいえません。というのも選考会では、お歴々の選考委員たちの他に、進行役を務める「司会」が同席するからです。
直木賞の歴史を見ていても、司会によるさばきぶりのよしあしが、多少話題にのぼることがあります。あるんですけど、当然、われわれ一般読者や、もしくは単に結果をニュースで知る大半の人たちにとって、文学賞といえば司会役(直木賞の場合は『オール讀物』編集長)だよね、というイメージがパッと思い浮かぶものではありません。
その意味でも、いま現在の『オール讀物』のトップが、どういうふうに作家から意見なり見解なりを引き出すのか。今回は選考会ではなく、あくまで観客に見てもらうための開示された空間ですから、違うといえば違うんでしょうけど、しかしその「司会」の話術と手練手管の一端をかいま見られた……というだけでも、この講座に11,000円を払う価値はあった、と思います。
とまあ、だれにも共感されそうにない感想で、すみません。講座の内容としては、とくに畠中さんや門井さんは、日ごろ自分で利用している基本的な資料や、構成を立てるときのやり方など、技術的な具体例をたくさん紹介していて、きっと小説を書く受講者には役立つものだったでしょう。また、門井さんが『家康、江戸を建てる』を書くときに古書店で入手した『明治以前日本土木史』(昭和11年/1936年・土木学会刊)を手にしながら、その古書の、前の持ち主との奇縁を語ったエピソードなどは、もうほとんどひとつのエッセイと言ってもいいほどに面白く、一般の読者にとっても貴重な講座だったことは間違いありません。
それともうひとつ、この講座には重要な特徴がありました。平場の小説教室とは違い、「オール讀物新人賞」という特定の公募文学賞のために行われた、という点です。
○
▼令和3年/2021年、オール讀物新人賞が101回目にして「歴史時代小説」限定の新人賞になる。
「オール讀物新人賞」は昭和27年/1952年に始まり、70年近い歴史をもつ公募の新人賞です。なにしろ直木賞の発表機関『オール讀物』が運営しているわけですから、直木賞の歩みとは切っても切り離せません。
また、意外に柔軟というか、時代の波をもろにかぶりながら、浮き沈みを繰り返し、そのなかでかたちを変え、趣向を変え、どうにかこうにか生き延びてきている、したたかな新人賞でもあります。
そもそも最初は「賞」ではなく、「オール新人杯」と呼んでいたものを、これでは実態に合わず、一般の人から見て何のこっちゃわからないから(っていう理由だと思うんですが)名称を変えたのが昭和35年/1960年。年に二回ずつ開催していたところに、昭和37年/1962年からは年一回の「オール讀物推理小説新人賞」を設けて、一年中たえまなく新人賞をひらいている状況をつくり、中間小説誌の黄金期を渡り歩きます。
ところが栄華は短く、ほんの10年、20年で世間の読書傾向が移り変わっていった結果、オールの新人賞も昭和60年/1985年から年一回の開催に縮小。平成19年/2007年には推理小説の新人賞も廃止して、「オール讀物新人賞」に一本化されます。
数々の受賞者を生み出し、数々の受賞者が二作目を書けず、それでもたまに出てくるたくましい新人が単行本を出し、他社で活躍できるまでに成長し、プロ作家向けの文学賞をとったりして、その歴史をつないでいきます。近年では、応募原稿に本誌にある「応募券」を添付することを必須にしてみたと思ったら、遅れに遅れてようやくWeb応募に対応。そして今年しめきりの第101回では、募集ジャンルを「時代・歴史小説」のみに限定する、というかなり大胆な一歩を踏み出します。
ミステリーも、ファンタジーも、現代ものも、他にいくらでも新人賞が群立している。そのなかで時代・歴史ものに絞ってしまう、という選択肢はわからなくもありませんが、果たしてそんな新人賞に未来はあるのか……。だれにもわかりません。
ハネるならハネる。落ち込むなら一気に落ち込む。そのぞくぞくするダイナミズムが、雑誌のもつ(そして、雑誌が主催する文学賞に見える)魅力でしょう。歴史のなかで何度でもかたちを変えて、未来につなげようとしてきたオールの新人賞。期待して見守っています。
と、この大きなチャレンジをするに当たって、選考委員に就く安部龍太郎・畠中恵・門井慶喜の3人を講師に迎えて、歴史時代小説の書き方講座を企画するところが、賞というものと小説教室との相性のよさを物語っています。
これまでも両者の蜜月な関係については、再三触れてきました。古くは、大正13年/1924年、『女性改造』が懸賞小説の募集を雑誌の柱に据えるときに、小説なんてどう書いていいかわからない読者のために、何か参考になるような企画はないかと頭をしぼり、まだあまり一般的とは言えなかった「小説の書き方を(理論立って)教える」という内容で、森田草平さんに「小説作法講話」を連載してもらいます。
小説教室と文学賞(とくに新人賞)は、大正のころから21世紀のオンライン時代まで、脈々とその仲のよさを見せつけてきた、とも言えるでしょう。小説教室のもつ明らかな特徴のひとつです。
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