第164回直木賞(令和2年/2020年下半期)決定の夜に
個人的なことから始めます。直木賞が決まるたび、その夜に思ったことをつらつら連ねるこのエントリーを、はじめて書いたのは第137回(平成19年/2007年上半期)が決まった平成19年/2007年7月17日の夜。今回でまるまる14年、28回目となります。まあ直木賞の長い歴史を考えたら、まだまだ鼻クソです。
この14年間、一度も「受賞なし」になったことがなく、毎回毎回、受賞者が出つづけてきました。直木賞は出版関係に力のある賞ですから、ほんのいっときだけ受賞作が世に拡散します。その影響度を考えると、ある程度のレベルを超えた作品だけに授賞するべきだ、ときどきは「受賞なし」の選択もすべきだ、という意見もあるでしょう。おそらく直木賞に過大な期待を向けている人はそう感じるのかもしれません。正直ワタクシはどちらでもいいです。
さて、いうまでもなく直木賞の歴史は長いです。28回連続なんてまるで序の口、第1回から今回まで164回連続の記録を達成してしまったことがあります。受賞しない落選作が出た、ということです。
このエントリーを書くたびに思いますが、直木賞は受賞の歴史より、落選の歴史の厚みに支えられています。当落はいつも紙一重、なのに受賞が決定してしまうと、おおむね受賞作にしか注目が集まらなくなるのが文学賞というものです。なかなか他の作品を語る機会もなくなります。なぜだ。なぜなんだ。社会の不条理を突きつけられて、思わず胸が痛いです。
だけど、胸を痛めている場合じゃありません。しがないとはいえ、せっかくブログをやっているのです。今回も、直木賞の候補作を読むのって面白いなあ、と有頂天にさせてくれた6つの作品と6人の方々に、万感の感謝を捧げます。
まず第164回の直木賞は、何といってもこの人でしょう。加藤シゲアキさんです。加藤さんの小説はこれまでワタクシも馴染み深く読んできましたが、書き続けていく作者の信念と熱量が詰まった作品ばかり。今回の『オルタネート』も、輪をかけて加藤作品に特有な情熱が充満していて圧倒されました。またいつか、直木賞の候補になることもあるでしょう。ジャニーズファンだけじゃなく、直木賞ファンだって、加藤さんの候補入り、いつでもお待ちしています。
歴史的に直木賞は「候補がバラエティに富んでいること」がウリですが、長浦京さんのおかげで、今回もそのウリが伊達じゃないことが証明されました。『アンダードッグス』。圧倒的なドライブ感。というと、使い古されたコピーすぎますね。でも、休む間もなく繰り出される怒濤の展開と、20年後パートとのからみ合いには、心が躍りました。直木賞って、こういう派手な風合いには厳しいガンコ者なんですよねー。ガンコ者の頬をバチバチ叩くような小説、また期待しています。
芦沢央さんの作品をどう読むかは人それぞれです。ワタクシが好きなのは、ミステリータッチのなかに、ほんのちょっぴりユーモアを感じられるところ。『汚れた手をそこで拭かない』に収録された作品も、とても笑える話じゃないけど、角度をずらして見れば喜劇にもなる、という芦沢カラーが美しく映えたものばかりで堪能しました。この路線が直木賞に合っているのかどうかは、よくわかりません。わかりませんけど、芦沢さんにはこれからも直木賞と仲良く付き合っていただけるとうれしいです。
坂上泉さんの『インビジブル』を読んで、現代にもマッチしながら古風な風格を備えていたのには驚きました。おおげさに言うと「驚愕」です。作中の隅々にまで、社会に対する問題意識が痛いほどに飛び交っている。これはもうほとんど直木賞受賞作でしょう。なので、「もうほとんど直木賞受賞者」の称号を背負って、今後もさまざまなジャンルで重い球を投げつづけてください。直木賞はキャッチャーとして未熟かもしれませんが、そのうち坂上さんの球を受け取れる機会がくるはずです。
『八月の銀の雪』、これは個人的に深く刺さりました。パッと見ての外観ではわからないところに、重要な価値がひそんでいる。うん、うん、そうだよなあ、と納得と共感が止まりませんでした。伊与原新さんに対しては、感謝のことばしかありません。……と、それで終わるのも寂しいので、あと一言だけ。直木賞とってほしかったなあ。だけどここはぐっとこらえて、未来に訪れるはずの二度目のときに期待を持ち越します。
○
以前、白河市の中山義秀文学賞の公開選考会に、わざわざ遠方から勉強しに来られていた西條奈加さんの姿を見て、なんと真摯な作家なんだろうと感銘を受けたことがあります。『心淋し川』が決して派手じゃないけど、地道でこころよい肌ざわりの作品集になっていたのも、きっと作者の分身だからなんでしょう。
直木賞というと、時代小説がよく受賞している感じもありますが、そうはいっても「時代人情物」と呼ばれるジャンルがなかなか受賞できないのも、またこの賞の実像です。記者会見で「文学賞は宝くじのようなもの」と話されていましたが、まさに行き当たりばったりの出会いがしら。コツコツと努力を積み上げていれば、いつかくじに当たっちゃうこともあるさ、という感じで、これからもマイペースに積み上げていってください。
○
今回は、同じコロナ禍だった前回から1時間ほど選考会のスタートが遅くなり、15時からになりました。緊急事態宣言も出ている。外出するな出歩くな、とも言われている。ということで、ワタクシも自宅でネットサーフィンしながらニコ生の中継をゆっくり視聴しましたが、思わず笑っちゃう場面が多々あり。さすが中継のお三方は、話術が冴えています。
それはそれとして、今回の発表時刻は、以下のとおりでした。
- ニコニコ生放送……芥:17時04分(前期比-14分) 直:17時12分(前期比+8分)
ネット上の直木賞は、ほとんどジャニーズや〈NEWS〉一色、という感じでしたけど、こういう直木賞の姿も全然悪くないと思います。見ている人たちがそれぞれに思いのたけを発する。それを見ながら楽しむ。というのがネット時代の直木賞です。今回にかぎらず、これまでもそうでしたし、半年後の第165回(令和3年/2021年上半期)もまた、ネットはにぎわうでしょう。最高の人生です。ありがとう直木賞。
| 固定リンク
「ニュース」カテゴリの記事
- 第169回直木賞(令和5年/2023年上半期)決定の夜に(2023.07.19)
- 第168回直木賞(令和4年/2022年下半期)決定の夜に(2023.01.19)
- 第167回直木賞(令和4年/2022年上半期)決定の夜に(2022.07.20)
- 第166回直木賞(令和3年/2021年下半期)決定の夜に(2022.01.19)
- 第165回直木賞(令和3年/2021年上半期)決定の夜に(2021.07.14)
コメント