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2020年1月12日 (日)

今回から状況が逆転する、第162回直木賞の展望記事。

 直木賞には毎回、何かしらの注目ポイントがあります。

 そのほとんどは、無視して通りすぎても何の障害もなく生きていけるような類いのものです。なので、この時期に文芸関係者でもなく出版・書店関係者でもない者が、直木賞、直木賞と騒いでいると、だいたいそれだけで一般的に白い目で見られます。正直、世間のなかではそれほど重要な行事ではありません。それが直木賞というものだと思います。

 それはともかく、今回の直木賞で気になることといったら、やはりこれでしょう。いよいよ女性が大勢を占める回が到来した、ということです。

 何を言っているんだ。直木賞の候補が全員女性になって多少の話題を振りまいたのは、半年前のことじゃないか。相変らず時間軸が狂っている、ふざけたブログだな。……と自覚しないでもありません。しかし、女性か男性かの視点から直木賞を見たときに、転換期が今度の第162回にあることは明らかです。

 林真理子宮部みゆき桐野夏生高村薫角田光代、合計5人。対して男性は、北方謙三宮城谷昌光浅田次郎伊集院静の4人。創設から85年たってようやく、そしていっしょにやっている芥川賞に先んじて、選考委員の男女比が逆転した今回は、直木賞にとって大きな節目となります。

 直木賞(や芥川賞)の委員が、男性ではなく女性であることで、何か影響があるのか。そういうことは、昭和62年/1987年上半期(第97回)に田辺聖子さんと平岩弓枝さんが選考委員になったとき、さんざん報道各社が取材を行い、論評めいた記事が続出したので、改めて蒸し返す気も起こりません。ここでは、直木賞の新しい歴史を切り開くことになる5人の選考委員は、どういう作品を評価しそうなのか、想像する材料のひとつとして、これまでの歴戦・苦戦ぶりを振り返ってみたいと思います。

林真理子(委員在任:20年/第123回から今回で40回目)

選評で高く評価した候補作

 個人的なことを言いますと、うちの「直木賞のすべて」というサイトをひっそりと始めたのが、ちょうど20年前になります。

 そのとき、46歳の若さ(?)で新任の委員として加わった林さんも、気がつけば現メンバー最長在任委員のひとりです。以来、サイトのほうでもブログのほうでもずいぶんイジらせてもらいましたが、小島政二郎さんに始まって、木々高太郎村上元三石坂洋次郎渡辺淳一などなど、直木賞の魅力は、世間一般からもイジられるような選考委員がいなければ、確実に半減します。

 その意味では林さんこそ、現代の直木賞を支えている、と言っていいはずです。あまり言う機会もないので、この場を借りて称えておきたいと思います。林さん。あんたはエラい。

 ちなみに林さんが高く評価したけれど、受賞しなかった候補作の系譜を挙げたのが、左の一覧です。

 ミステリーだろうがファンタジーだろうが、いいと思ったら全力で推すこの感じ。目立ちすぎて叩かれる、という林さんにおなじみな展開を生む隠れた要因でしょう。そしてワタクシ自身、直木賞の受賞作リストよりも、林さんが推奨した作品リストのほうが何だか好みにマッチしている、ということを告白します。お恥かしいかぎりです。……って、けっきょくまたイジっていますね。

宮部みゆき(委員在任:11年半/第140回から今回で23回目)

選評で高く評価した候補作

 林さんの次に古い女性委員は、もう10年以上もやっている宮部さんです。就任したのが48歳のときなので、もうじきン歳です。

 年齢はさておき、林さんと同じく宮部さんも、まあ受賞したもの以外の(落ちた)作品を褒める選評が多く、ほとんどそればっかり書いています。他の人がイイところを指摘している作品を、わざわざ追随する気がしないのかもしれません。だいたい、受賞しなかった作品がどこが素晴らしいかを、えんえんと、長ながと書く。宮部さんの開拓したスタイルです。

 そして推し切れなかった自分の非力を謝罪します。その反省が次に生かされているのかどうなのか、いまいちよくわかりませんが、きっと自分の推奨する作品を受賞させるよう、試行錯誤を繰り返しているのだと信じます。

 宮部さんが討ち死にした左のリストも、林さんに肩を並べるくらいに壮観です。時代・歴史小説、ミステリー、SFといったところを強く評価してきた歴々たる記録、といった感もありますが、まあだいたい直木賞が、それらの小説にやすやすと賞を与えることをしてこなかった記録、と見ていいかもしれません。

 林・宮部の最強タッグを組んで、潮目を変えてもらいたいと願うところです。

           ○

桐野夏生(委員在任:9年半/第144回から今回で19回目)

選評で高く評価した候補作

 史上24人目の直木賞女性受賞者になった宮部みゆきさんにつづき、その半年後の第121回(平成11年/1999年・上半期)に25人目の女性受賞者となったのが、桐野夏生さんです。当然といいましょうか、圧巻と貫禄の仕事ぶりを見せて10年ほどで直木賞から選考委員就任の声がかかりました。

 桐野さんの選評も、文学賞の範疇としてはちょっと変わっています。これを推した、これの受賞に反対した、といったような投票に関するハナシがまず出てきません。ワタクシみたいな外野にいるゴシップ乞食には一切目を向けず、ただただ作品批評に徹するカッコよさです。

高村薫(委員在任:6年半/第150回から今回で13回目)

選評で高く評価した候補作
  • 木下昌輝『宇喜多の捨て嫁』(第152回)
  • 窪美澄『じっと手を見る』(第159回)
  • 窪美澄『トリニティ』(第161回)

 いま、読ませる直木賞選評を書かせたら、おそらく右に出る者はいません。

 いや。宮城谷昌光さんもなかなかのものです。伊集院静さんもときどき脱線まじりの突き抜けた選評を書きます。右に出る者はいない、は言いすぎかもしれませんが、高村薫さんの現状認識、作家・作風・作品に対する批評の鋭さは、直木賞の選評のなかでもトップクラスでしょう。

 長く委員をつづけてほしい人なのは間違いありません。

角田光代(委員在任:今回の第162回から)

山本周五郎賞で高く評価した候補作

 それで、たまたま直木賞の歴史を変えることになった5人目の女性委員が角田さんですが、どんなふうな選考をし、どんな選評を残してくれるのか。当然まだわかりません。

 とりあえず番外として、平成24年/2012年から8年務めた山本周五郎賞の委員歴から、候補作のなかで角田さんが推したと思われるものを左に列挙しておきます。

 ……全部、受賞した作品ばっかりですね。角田さんが推したから受賞した、という面もあるでしょうが、選考委員の使命としてなるべく受賞作の評価できる点を伝えようとした結果、基本的に選評では受賞作ばかり褒めるかたちになったようにも読めます。

 いずれにしても、オーソドックスなものはもちろん、野心的な作品も評価してくれる人だとは思います。いつまでも旧態依然のツマらない文学賞でいつづけても仕方ないんだ、という風を直木賞に巻き起こしてほしいです。

           ○

 芥川賞の世界もそうですが、とくに直木賞に関する昔の文献をチェックしていると、よく見かける指摘があります。

 大衆文芸では、職業作家として継続的に小説を書いていく作家が活躍する。男は外に出て稼ぎ、女は家を守ってそれを支える、という旧来の家庭環境のなかで、なかなか女性の活躍が進まない分野でもあった。そのため直木賞を見ると、女性の受賞者が極端に少ない。……うんぬん。

 正しく現実を言い表していたのか、それとも単なるイメージだけで語られたウソ評論なのか、よくわかりませんけど、かつては直木賞の領域のほうが芥川賞より女性が出づらい、と言う人がいたのは事実です。それが何十年もたち、いまとなっては直木賞のほうが女性委員たちの力に頼る状況なのですから、もう痛快感しかありません。

 だけど、女性の人数が何なんだ。委員の性別なんて全然関係ないだろ。と笑い飛ばせる結果が出ることを期待して、15日の選考会もまた、直木賞の動向に注目しておきます。当日当夜、急いで結果を知る必要は、とくにありません。いずれどこかで目にするまで何となく気にかけておく、というくらいでもいいと思います。

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