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2020年1月16日 (木)

第162回直木賞(令和1年/2019年下半期)決定の夜に

 「知れば知るほど楽しくなってくる」のキャッチフレーズでおなじみの文学賞といえば直木賞ですが、そのいちばん新しい第162回の選考会が令和2年/2020年1月15日(水)に開かれて、受賞結果が日本じゅうを駆け巡りました。

 結果を知らなくたって生きていけます。しかし知ればもっと日常が楽しくなるのが、直木賞です。他の人のことはわかりません。少なくともワタクシがそうです。

 まあワタクシの場合はだいたい毎日、なぜ自分は直木賞を面白いと思うのか、考えて考えて、答えの出ないまま次の週を迎える、といったことを繰り返している、ほぼヘンタイの病人ですけど、たぶん日本で何百人か何千人かぐらいは興味をもってこの賞の動向を気にしている、と漏れ聞きます。おお。同志よ。心強いかぎりです。

 読まなくたって生きていける。でも読んでしまえば、もっと楽しい毎日が送れる5つの小説が、第162回直木賞の主役を張りました。いったい直木賞に何の文句があるのか、ある人もたぶんいるんでしょうけど、5つの候補作が読めた、それだけで楽しかったんですから、ここは大人としてお礼を述べておきたいと思います。

 誉田哲也さんのように、独自で我が道を切り開き、多くの読者を喜ばせてくれる作家に対しては、ただ尊敬の念しかありません。直木賞がそういう作家のなかでも、ほんの一部の、偏った方面の人たちしか顕彰できないのは、ほんと申し訳ないです。次に何が出てくるか読者の期待を引きつけながらも、現代の技術進歩に対してひとりひとりがどう受け取り、付き合っていくのかを読み手に突きつける。『背中の蜘蛛』、まじ重い。そしてしびれます。とりあえず「誉田さんを一度も候補に挙げることができなかった」という、直木賞のほうにとって屈辱の歴史が回避されたので、それは今回よかったです。

 小川哲さんの、おそらく今後も長くつづいていく作家生活で、いちばん最初に直木賞が候補に挙げたのが『嘘と正典』……って、どういうことなのか。もはやワタクシの稚拙なおつむでは、理解が追いつきません。『ゲームの王国』でまず候補に選んでおけばよかったのに。でも残念ながら、「嘘と正典」のように過去起きたことに何かを仕掛けるわけにもいかないので、小川さんが未来をつくっていくところを、かたずを呑んで見守るしかありません。次はもう破ってくれるでしょう。直木賞の古びた壁を。

 『スワン』の無差別殺人の導入部。関係者5人が集められて虚々実々で繰り広げられる事件検証の様子。その設定で、おっ、ヤルな、と思わされたところで、呉勝浩さんの叩きつけるような精神の混入が、主人公の女子高生に乗り移っていく後半部分に、釘付けになりました。ミステリーの形式だと直木賞では不利になる、なんて言われたのは、とっくのとうの昔の話(のはず)。呉さんには、謎と解決とワクワク感を守り抜いたミステリーを期待します。それで直木賞のほうが降参するときがくれば、それはもっと爽快です。

 さあ来ました。来てしまいました。いつの間にやら常連となった4度目の候補、湊かなえさんが、いまも着々と築き上げる作家的業績。これまで選考委員のウケが全然よくなかったみたいですけど、今度の『落日』で光明が差した気がします。また来るでしょう。来てくださるでしょう。文学賞向きじゃない、とても受賞できそうにない、と思われた10年くらい前から丹念に独自の作風を積み上げつづけるその軌跡は、いつかきっと「湊かなえ伝説」として語り継がれる時代がくるでしょう。

          ○

 それで、多くの下馬評というか予想の本命に挙がっていた川越宗一さんの『熱源』に、まだ作家歴が短いとかそういうことをぐだぐだ言わず、素直に賞を贈ることができたのは、直木賞もなかなかイイ賞じゃないか、と直木賞を見直す読者が続出……という展開にはならないでしょうか。ならないでしょうね。

 しかし『熱源』に込められた、メインストリームに置かれない人たちに寄り添う姿勢は、おそらく多くの読者を動かすと思います。現状、動かしています。受賞会見で見せた川越さんの真摯な受け応えや人柄で、『熱源』のもつ厚みも、またぐっと増しました。

 ときどき直木賞もイイことをします。新人作家の背中を力強く押す。ひさしぶりにそういう直木賞の姿が見られたのも、川越さんが『熱源』を書き切ってくれたおかげです。

          ○

 候補作の数は同じ5作。開始時刻も、伝えられるところではほぼ同じ。なのにどうして、いつも直木賞の決定のほうが芥川賞より遅いのか。もはや解く気もしない永遠のナゾです。人生、ナゾのひとつやふたつあったほうが楽しく過ごせると思います。

 今回の発表時刻は、以下のとおりでした。

  • ニコニコ生放送……芥:17時51分(前期比-16分) 直:18時21分(前期比-19分)

 半年前の夜にも書いたんですけど、これで12回連続の1作単独受賞。22回連続での「受賞作なし回避」。あるいは創設のときに設定した「半期につき原則ひとり授賞」という理念は、直木賞がはじまって以来いまが最も実現できている時代、とも言えます。そんな雰囲気をいっさい感じさせず、ただひたすら続いていく直木賞の、次回は7月の第163回(令和2年/2020年上半期)です。『熱源』のパワーで何とか半年間、直木賞が生き永らえていることを願っています。いや。そんなことより、見ているこちらが半年先まで生き永らえるよう、健康に気をつけて小説に接していきたいと思います。

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