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2019年7月14日 (日)

かたくなに男性のことにしか触れない、第161回直木賞の展望記事。

 令和1年/2019年7月17日に行われる第161回(平成31年・令和1年/2019年・上半期)直木賞の選考会が、いよいよ目前にせまってきました。今回はとくに、脇役として強烈な男性を配した作品が、候補のすべてを独占したということで、いろいろと話題になっています。

 80余年の直木賞の歴史のなかで、これがはじめてなのかどうか。よくわかりません。

 ただ、はじめてであっても、そうでなくても、直木賞というたったひとつの文学賞が表わす様相に、さほど重要な話が含まれているわけではありません。気にせず進めたいと思います。

第161直木賞候補作の男性たち
  • ヤッソ(『平場の月』光文社刊)
  • 吉田文三郎(『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』文藝春秋刊)
  • 河津浩介(『トリニティ』新潮社刊)
  • 千歳(『落花』中央公論新社刊)
  • 日置釭三郎(『美しき愚かものたちのタブロー』文藝春秋刊)
  • 蔵元俊(『マジカルグランマ』朝日新聞出版刊)

■ヤッソ(『平場の月』)

 ひとり目にして、いきなり経歴が不詳です。64、65歳の独り者だ、と紹介されています。たまねぎみたいな顔をしているそうです。正式にはヤッソではありません。「ヤッソさん」です。

 青砥健将が働く印刷会社で、派遣社員として働いています。たまに青砥のことを家に誘って、酒を飲みながら愚痴を吐き出す男です。あるいは青砥が、まだ誰にも話していない、現在抱えている状況をさらっと話してしまえるぐらいの間柄。肩から力の抜けた、あまり強烈そうな臭いを発していない高齢男子です。口にすることといえば、現状の職場での不満とか、同じ職場で働く誰かれの品評ばかりなんだそうですが、大局に立ってエラそうに物を言うような、いけすかないジイさんでないことは伝わってきます。

 「ヤッソさんと話をしていると、ここは平場だ、と強く感じる。おれら、ひらたい地面でもぞもぞ動くザッツ・庶民。」(『平場の月』より)という表現が出てきます。出演シーンはほとんどありませんが、そのたたずまいがタイトルにも採られてしまうぐらいの、重要な男性です。

 

■吉田文三郎(『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』)

 大坂道頓堀にある竹本座の、人形遣いの親玉みたいな人です。「癖の強い爺い」(『渦』より)とか言われています。腕はある、人気もある。しかし言いたいことはきっぱり言うから、まわりに煙たがられているようです。

 とりあえずこの小説は近松半二の一生を描いているので、他の人物はどうしても脇に置かれてしまいますが、文三郎さんに負わされた役割の重要さは、とてつもなくでかいものがあります。そもそも芝居小屋に出入りして、好き勝手にべらべらしゃべるだけだった若造の半二に、こいつはきっと浄瑠璃が書ける!と見込んで、ものになるまで指導と助言をした、その名伯楽ぶりがなければ、後年「妹背山婦女庭訓」が生まれることはなかったでしょう。

 晩年、竹本座を飛び出して自前での旗揚げを画策したものの、文三郎に関する悪い噂がどこかからか流れて、計画はおじゃん。失意のうちに亡くなる……といった展開は、ほとんど『マジカルグランマ』に出てくる人物のようでもあります。愛すべきクソ爺い、作品を超えて生きています。

 

■河津浩介(『トリニティ』)

 戦前、15歳で仙台から東京に出てきた河津浩介少年は、おそらく裕福さとは無縁な環境で育ち、働きながら勉学に励む質実な男です。1949年、上芝電機で労働組合の幹部だったときに、社長が殺害されるという事件が起こり、河津さんは首謀者として逮捕されてしまいます。

 無罪を訴えますが、一審では有罪判決がくだされて死刑宣告。拘置所のなかで無罪を訴えつづけ、外にいた支援団体の人たちにも助けられて、1962年にようやく再審で無罪判決を勝ち取ります。これが河津さんの人生を大きく変え、以降は、自身も不当な仕打ちを受けた「冤罪事件」に関する研究・調査を、地道につづける日々。収入は常にカツカツです。何年もかけてようやく一冊になった冤罪事件に関する河津さんの本は、とくに売れることもなく、評判にもならず、ひとつのことを成し遂げた河津さんのほうも、人生の目的を失ったように、覇気を失います。

 しかし、お金を得るよりもっと大事なことがある。といった河津さんの生き方は、結婚してからも変わりませんでした。家のことはたいてい河津さんが担当しますが、出来合いの惣菜など買ったこともなく、常に料理は手作りです。次第に有機農業に興味をもち、東京の家を出て、千葉で実験的な有機農業をやっているグループに参加。最終的にはがんが見つかり、4年の介護を受けたのちに亡くなりますが、これに振り回された家族はたまったもんじゃなかったでしょう。わがままといえば、この人もかなりわがままな男性のひとりです。

 

 

           ○

■千歳(『落花』)

 関東を舞台にした『落花』のストーリーを脇で荒らしつづけるのは、京からやってきた寛朝の従者、千歳です。22歳の寛朝より5歳年上、ということですから27歳。少なくともクソ爺いではありません。

 どうやら女性的な容貌と、目はしの利いた立ち居振る舞いで、まわりから可愛がられてきた青年。という感じですが、低い身分から抜け出して、どうにか楽人として立ちたい、という野心の温度がすさまじく、そのために琵琶の名器「有明」を手にしようと我が身を賭け、あるいは策を弄して、そこかしこで話の展開を切り裂いていきます。

 途中からは寛朝のもとを離れ、とにかく「有明」に対する執着心がフル回転。おいおい、そこまでやるか!? という奇策(?)を繰り出していくところに、手のつけられないわがまま男の片鱗が、垣間見えています。

 「こいつ、危ないな……」と思わせる点では、今回の候補ラインナップ中でもトップクラスの男性です。

 

■日置釭三郎(『美しき愚かものたちのタブロー』)

 「危ない奴」と、世間一般でいう「愚かもの」との見分け方が、ワタクシにはよくわかりません。『美しき愚かものたちのタブロー』の、終盤の主役といえば元・海軍の航空技師、日置釭三郎さんですが、この人の「危なさ」も相当に突き抜けています。

 お世話になった川崎造船社長の松方幸次郎。絵画に対する情熱を余すところなく発散していた松方幸次郎。彼に頼まれてパリに残り、絵画コレクションの管理を一手に託される、というかなりの重責を、自分の生活を犠牲にしてでも守り抜いてしまいます。その心根が美しいです。そして愚かです。

 一心に何ゴトかに向き合って思い詰める、というところでは、『トリニティ』の河津さん、『落花』の千歳などにも通ずるものを感じます。信念をもった人間というのは、一歩間違えば、おそろしいことをやらかします。日置さん、いい人そうで、ほんとよかったです。

 

■蔵元俊(『マジカルグランマ』)

 『マジカルグランマ』に出てくる若手人気俳優の蔵元俊さんは、携帯電話会社のCMに抜擢されるぐらいなので、一般的な好感度は高い人なんだと思います。

 共演者がネットで叩かれれば、自分に火の粉が振りかからないようにと、完全に連絡を断つぐらいの、打算的な男です。それでもしばらくは、男女問わずのファッションリーダー、ということで人気に翳りは見えませんでしたが、バラエティ番組で行われた芸人とのサッカー対決で、ゴールを決めたのに謙遜を振りまくというウザい態度が、どうやらネット民に悪い印象を与えてしまったらしく、急に世間に嫌われるようになっていきます。

 自分がどう見えるかだけを気にしている、じつはイヤな奴。ということで、『マジカルグランマ』の登場人物のなかでは珍しく、最初の状況に比べて印象が悪化する方向に転換するという、かわいそうな男性です。したたかな人であることはたしかだと思うので、好感度がどうなるかはともかく、末永く芸能界で活躍していければいいな、とワタクシはひそかに応援しています。

 

           ○

 と、候補6作に出てくるどの男性も、だいたい親近感がわくというか、自分にも思い当たるフシがあるような、ひりひりと古傷に沁みてくる、イタい部分をもった人ばかりです。今回の直木賞は明らかに、男性の登場人物が注目される回になりそうだよなあ……とか何とか、もはやウザいことしか言えなくなってきたので、この辺でやめておきます。

 性別の話題で直木賞を語ることほど、むなしいものはありません。いや、直木賞のことばかり語る、というそれ自体がむなしいのかもしれません。

 むなしくても構わないじゃないですか。第161回、何が受賞するのか。ワタクシは心待ちにしています。

 

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コメント

お腹がくちくなったら、眠り薬にどうぞ。
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読み通すには一頑張りが必要かも。
読めば日本史の盲点に気付くでしょう。
ネット小説も面白いです。

投稿: omachi | 2019年7月18日 (木) 21時03分

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