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2018年7月15日 (日)

第159回直木賞で話題となっている参考文献記載問題。

 平成30年/2018年夏、7月18日(水)に第159回直木賞が決まります。

 直木賞と、もうひとつ同時に開催される他の賞が、決まるまえのこの時期からいろいろと話題になるのは常道の光景ですが、とくに今回は、巻末に参考文献を載せるか載せないか、載せるとしたらどう載せるか、それが候補作の運命を左右する大きな注目点になる、と数々の識者が指摘しています。ご存じのとおりです。

 参考文献を笑う者は、参考文献に泣く。何ごとも細部にまで神経を尖らせるのは大切なことだと思います。

           ○

 ところで、参考文献の記載ぶりは、これまで直木賞にどんな結果をもたらしてきたのでしょうか。

 かつてこの賞は、雑誌掲載の作品ばかり受賞していましたが、それらの末尾に参考文献が付される例はほとんどなく、村上元三さん「上総風土記」ぐらいのものだったでしょう。ここでは単行本で受賞した例のみを対象にして、集計してみます。

●受賞作総数:128

●参考文献の記載アリ:22冊(17.2%

 これだけ割合が低いのは、直木賞が古くからやっている証しかもしれません。とにかく昔の本の多くは、参考文献の表示が省略されているからです。

 よく知られているものに、井伏鱒二さんの『ジョン万次郎漂流記』があります。この作品には確実に親本があり、本人も受賞当時からそのように語っていて、要するに内容まるパクリなんですが、これが直木賞を受賞するとはどういうことだ、と猪瀬直樹さんあたりがいっとき猛烈に批判していました。

 直木賞の本に、はじめて参考文献が登場するまでには、かなりの時間を要します。

 時代はぐっと下って第87回(昭和57年/1982年・上半期)。3ページにわたって、ずらずらと参考元を列記した深田祐介さんの『炎熱商人』が、直木賞史上初の作品です。なにせ深田さんはその2年半まえ、3度目の候補になった『革命商人』でも同じように大量の参考文献を付し、しかしそのときは惜しくも受賞を逃したので、「執念の参考文献列挙者」として、いまも直木賞の語り草になっています。

 その後もまだしばらくは、直木賞に参考文献の時代は訪れません。ようやく潮目が変わりはじめたのが、元号が平成に変わる頃から。平成の受賞作(単行本で受賞したもの)だけで数えると、その数字の上昇ぶりは明らかです。

●受賞作総数:73

●参考文献の記載アリ:19冊(26.0%

 それでもまだ、全体の4分の1程度でしかありませんが、歴史モノは当然のこと、少し前の時代を描いた小説などにも、ぞくぞくと参考文献アリの拡大が見られる、という流れを経て、もはや現代小説の巻末で参考文献が紹介されることが、何も不思議ではない状況に突入しました。

 たとえば、2回まえの佐藤正午さん『月の満ち欠け』は、参考文献〈アリ〉派。前回、門井慶喜さん『銀河鉄道の父』は、いかにも〈アリ〉派に属していそうな構えの小説でしたが、じっさいは〈ナシ〉派。

 参考文献アリか、ナシか。……一進一退の攻防を繰り広げるそんな現状だからこそ、今回第159回の直木賞も、そのゆくえが注目されています。

           ○

 あらためて今回の候補作6つの分類を確認しておきましょう。以下のとおりです。

■参考文献アリ派

上田早夕里『破滅の王』(平成29年/2017年11月・双葉社刊)

主要参考文献 58件

※上田さんは、その参考文献のうちいくつかを取り上げ、〈シミルボン〉で「本から本への散歩」という連載コラムも公開しています。参考文献ファンにとって、そちらも外すことはできないでしょう。直木賞ファンなら、いわずもがなです。

木下昌輝『宇喜多の楽土』(平成30年/2018年4月・文藝春秋刊)

参考文献 25件

※第152回候補『宇喜多の捨て嫁』では4件、第157回候補『敵の名は、宮本武蔵』では7件と着実に積み上げをはかり、いよいよ今回は一気に25件。〈アリ派〉支持者からの期待を大きく集めています。

窪美澄『じっと手を見る』(平成30年/2018年4月・幻冬舎刊)

参考文献 2件

※今回の現代モノからは唯一〈アリ派〉入りを果たした、参考文献界のエース。

■参考文献ナシ派

島本理生『ファーストラヴ』(平成30年/2018年5月・文藝春秋刊)

本城雅人『傍流の記者』(平成30年/2018年4月・新潮社刊)

湊かなえ『未来』(平成30年/2018年5月・双葉社刊)

※このうち、『ファーストラヴ』の巻末には、取材先に対する著者からの謝辞が付されていて、〈ナシ派〉のなかでも、〈アリ派〉に歩み寄る姿勢が感じ取れます。

他の2作は、画然と虚飾を排するかたちを堅持。狂信的な〈ナシ派〉支持者たちからは、拍手や賛辞が寄せられているそうです。

           ○

 かつて、直木賞に参考文献の風が吹き始めた昭和の終わりごろ、

「末尾に参考文献をずらりとならべるよりも、資料をどう消化したか、というほうが大切なのだと思う。」(『オール讀物』昭和63年/1988年4月号「このごろの短篇は」より)

 と選評に書いた選考委員がいます。村上元三さんです。

 旧弊・老害の代表的なひとりとして知られた村上さんですので、おそらくこのとき、抗いきれない時代の風を感じ、ちょっと苦言を残しておきたくなったのでしょう。

 しかし、AよりもBのほうが大切、と比較して語るのはおかしなハナシです。「参考文献をずらりとならべる」ことも、「資料を消化する」ことも、どちらも大事。アリ派もナシ派も、あまり派手に争わず、うまく手をとりあって、平穏な世の中であってほしいと思います。

 ああ、そんな願いはかなわないのでしょうか。今週の水曜日18日には、まわりの制止もきかず直木賞の選考会が行われてしまいます。参考文献は付けるべきだ、付いていたほうがいい、とする一部の選考委員と、小説はすべて何かの文献を参考にして出来上がっていることは自明のこと、これを付けないと認められない風潮そのものが嘆かわしい、と参考文献の趨勢に違和感をもつ一部の選考委員とが、丁々発止、派手に争うことは、ほんとに避けられないのでしょうか。

 参考文献記載問題が、いちばんの注目点になってしまう文学賞というのも、なかなか悲しいものがありますが、その他の面でも一般的に興味をもってもらえるよう、直木賞には頑張ってほしいと思います。

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