『文芸日本』…直木賞の候補にあげられて、たちまち勘違いした新人が、いたとかいなかったとか。
『文芸日本』(第二次)
●刊行期間:昭和28年/1953年1月~昭和35年/1960年8月(7年)
●直木賞との主な関わり:
先週のエントリーで、ちょっとだけ名前が出てきた大森光章さんですが、『たそがれの挽歌』(平成18年/2006年5月・菁柿堂刊)という本を書いています。
これがまた、無類に面白い文壇回想録で、「ちょっと純文学で注目されかかったこともあったけど、まもなく売文稼業に身をやつしてしまった作家が、ひがんでいるという自覚を隠さずに綴った、折り折りに出会った作家・評論家・編集者たちの言動」という風合いがあり、武田泰淳、榊山潤、色川武大、菅原国隆、中河与一、駒田信二、松村肇、尾崎秀樹、西野辰吉、林富士馬、萩原葉子、と章の名前になった人々をはじめ、いまだから言える、というエピソードが満載。「これを楽しんで読んでしまう、あまりにゴシップ好きな自分」に気づいて、つい暗い気持ちになってしまうこと請け合いです。
それはともかく、大森さんと関わりの深かった雑誌のひとつに『文芸日本』があります。同書にも登場します。
定価をつけて販売し、昭和30年/1955年までは書店でも売っていたそうですから、いわゆる半商業誌的な性格があったはずですが、『文學界』同人雑誌評の対象になっている、という意味では同人誌の一種と見てもいいでしょう。
昭和14年/1939年、それまであった『東陽』誌の後継のような位置づけで、尾崎士郎、富沢有為男、大鹿卓といった面々が同人に名を連ねて『文芸日本』創刊。その編集長の座にあったのが牧野吉晴さんで、終戦間近に休刊したのち、昭和28年/1953年にいたって同じタイトルの雑誌を再創刊することになるんですが、いったんは、モンココ化粧品の経営者の家族だった大鹿卓さんが、多少は裕福ということもあって編集発行人となり、金園社に勤める伊藤桂一さんがせっせと雑誌づくりに当たっていたものの、やがて榊山潤さんが編集責任者格で、実質上のトップにつきます。
牧野さんは戦後、大衆雑誌、倶楽部雑誌でかなりの金を稼げる作家になっていたので、復刊した貧乏所帯の『文芸日本』には、相当な金銭的援助をつづけたそうです。しかし何より大きかったのは、当時まだ編集者だった尾崎秀樹さんを個人的な秘書役として抱え、毎月の給料を与えながら、『文芸日本』の編集を手伝うように、榊山さんのもとに行かせたこと、だったと思います。
榊山―尾崎ラインの、二人の編集上の役割は、もはや判然としませんが、しかし以来ぞくぞくと、同誌から直木賞(やらもうひとつの賞やら)の候補作が選ばれることになるからです。
「大鹿卓が編集発行人だった時代は、比較的ふるい作家、すでに文壇的地位をかためていた作家が多く登場したが、榊山時代に移ると積極的に新人を起用するようになった。伊藤桂一、大森倖二(光章)、葉山脩平(原文ママ)、福本和也、藤井千鶴子、林青梧、水島多樓(今日泊亜南(原文ママ))などである。後藤明生や吉村昭にも声をかけた。新人の作品の評価では私と意見が分れることも少くなかったが、榊山さんが後進にかける期待は絶大なものがあった。なかには芥川、直木賞にノミネートされ、最終まで残った作品もあった。」(平成12年/2000年10月・北溟社刊 尾崎秀樹・著『逝く人の声』所収「榊山潤」より)
榊山さんが尾崎さんの手を借りて『文芸日本』を切り盛りするようになったのが、昭和30年/1955年秋ごろから。昭和28年/1953年にはすでに、新人・伊藤桂一さんの「黄土の牡丹」が載って、芥川賞の候補になっているので、彼らが同誌と直&芥との橋渡し役になった、とは言えないんですが、しかし昭和32年/1957年から昭和33年/1958年、突然のようにこの雑誌から直木賞候補が、バタバタッと出たのは、新人作家に門戸を開こうという編集方針が、うまく効いたものには違いありません。
直木賞の候補になったそれぞれの作家が、どういった縁で、この雑誌に書くことになったのか、だいたいが不明ではあるんですけど、今日泊亜蘭さんについては、峯島正行さんがその評伝でこう記録しています。
「「文芸日本」に今日泊が執筆したのは、一に佐藤春夫の推輓による。
(引用者中略)
春夫は、今日泊の父、水島爾保布の友人であった。」(『大衆文学研究』111号[平成8年/1996年7月] 峯島正行「評伝・今日泊亜蘭(2) 処女作・桜田門」より)
『東陽』のころから、そこにたむろっている人たちは、佐藤春夫門下だと見られていて、『文芸日本』もやはり、佐藤さん系列の雑誌、という性格があったようです。ということは藤井千鶴子さんも、夫が慶應出身の医師、それで戦後は『三田文学』の佐藤さんや木々高太郎さんに師事した、と言われていますので、その関係で『文芸日本』に作品を寄せ、掲載されたのかもしれません。
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