第157回直木賞、受賞が話題になる可能性を予想する。
毎年7月のこの季節、直木賞に関するハナシのなかで、大量に使われる単語があります。「話題」ってやつです。
話題の受賞作、話題の作家。話題づくりのためにやっている賞、昔に比べて話題にならない。ほら話題だ、また話題だ、話題、話題。……おそらくこの季節は全国各地で、話題ノイローゼになってしまう直木賞ファンが数多く発生し、堪えきれずに目をおおったり、耳をふさぎたくなったりする症状に悩まされる人は多い、とはよく聞くところです。
今回の第157回(平成29年/2017年・上半期)は7月19日に選考会がひらかれます。いまのところは、一般的な盛り上がりに欠けていて、このままほとんど話題になりそうもない、などと言われていますが、たしかにパッと見、この候補者・候補作のラインナップですと、受賞の(落選の)結果で盛り上がれるのは、よほどの変わり者(あるいは少数派のグループ)ぐらいで、あまり広がりは期待できそうにない気がします。
まあ、よほどの変わり者のひとりとして言わせてもらうなら、それならそういう直木賞でいいわけですけど、しかしやはり、直木賞に「話題」は付きものだ、というのは間違いありません。
せっかくなので、今回どの作品が受賞すれば話題が期待できそうか(逆に、期待できなそうか)予想してみたいと思います。
予想:100点
■柚木麻子『BUTTER』(平成29年/2017年4月・新潮社刊)
文芸分野とは離れたところでの、いわゆる一般的な話題性で突出している候補作は、『BUTTER』をおいて他にない。というのは、衆目の一致するところだと思います。
モデル小説というだけでもかなりの高得点が稼げるうえに、じっさいのモデルから公然とケチをつけられ、「不法行為本」だと非難されている最中でもあります。その木嶋佳苗さんは、19日の選考結果を待つ、とブログに書いているくらいですから、これが受賞したら増刷もされるし、いまとは比較にならないくらい、この小説に興味をもつ人が増えるはずで、さすがに「おめでとう」と温かく祝福するとは思えず、より踏み込んだ手を打ってくるのかどうなのか、少なくとも読み物小説誌や新聞に紹介されるぐらいで騒ぎが収束するとは、とうてい考えられません。
そんなことをしてまで本を売りたいか直木賞……、と眉をひそめる人たちが沸いて出てくる一方で、それでも本を買う人たちの購買行為を止めることはできませんから、直木賞史上でもまれに見る大騒動に発展する可能性を秘めている。ということで、100点満点の話題性予想です。
あ、もうひとつ100点にした理由を挙げるとすると、受賞記者会見の、柚木さんの衣裳や振る舞いがまた、注目どころだからです。これが4度目の候補、欲しいはずの直木賞がなかなかめぐってこなかったなかで、ようやく受賞したときに、どんなふうに弾け飛ぶのか。田中慎弥さんぐらいのインパクトある発言、言動は、少なくとも期待できると思います。
予想:50点
■宮内悠介『あとは野となれ大和撫子』(平成29年/2017年4月・KADOKAWA刊)
なにせ今回は、話題性への期待が一作だけ突出しています。他は横並び、かもしれませんが、とりあえず「受賞したあとの解説記事の多彩さ」が期待できる、という面で『あとは野となれ~』を二番目においてみました。
まずは何といっても、SFと直木賞のあいだに、これまで交わされてきた血なまぐさい(?)歴史があります。宮内さんが受賞したら、やっぱりこの交差・交戦のあれこれについて、解説記事が書かれるでしょうし、ワタクシも読みたいです(昔の現場の証言などと合わせて書いてくれそうな人材も、きっと豊富です)。
あるいは、直木賞と芥川賞の、両賞の差や違い。なんていうのも、かなり歴史の深いテーマですが、おそらくここら辺の切り口から触れてくれるライターや文芸記者はたくさんいるでしょう。
それと似たテーマですが、吉川新人賞→三島賞→直木賞、とこの三賞をたった数か月でわたり歩いて受賞したことをもとに、現代のエンタメと純文芸、みたいな視点にスポットが当たることも、容易に想像できます。これはこれで、語りたい人も多いでしょうし、面白い記事になるだろうと、期待感でソワソワしてしまいます。
予想:40点
■佐藤正午『月の満ち欠け』(平成29年/2017年4月・岩波書店刊)
正直、どこまで一般的な「話題」に手を伸ばせるんでしょうか。よくわからないところが多い候補者・候補作だと思います。
岩波書店から初の直木賞!! ……と煽ったところで、「は? だから何?」と思う人が大半でしょうし、固定読者がいるといった意味での人気作家が、デビュー30ン年でようやくとったことに、興奮できる人の数は、どう考えても限定されてしまいます。
確実なところでは、長崎(佐世保)での盛り上がりは大変なことになるんでしょう。いやもう、地元が盛り上がりさえすれば直木賞はそれで十分だと、ワタクシも思ったりするので、特段の文句もありません。
可能性としてあり得るのが、映像化とのリンク、という話題です。正午さんにはこれまで、いくつも映像化された作品がありますし、『月の満ち欠け』そのものに、受賞すれば(受賞しなくても)ドラマ化・映画化は必至、という感じの魅力があふれています。
あとはどうでしょうか。誰か人気の芸能人が、「私はずっと佐藤正午さんの本が好きでした!『月の満ち欠け』おすすめです!」と、心の底から絶賛してくれる。そういうことは、あってもおかしくないと思います。いや、ぜひ絶賛してください。
予想:30点
■木下昌輝『敵の名は、宮本武蔵』(平成29年/2017年2月・KADOKAWA刊)
過去の直木賞を見ていても、歴史・時代小説が受賞して大きな話題を巻き起こすのは、まず難しいです。
べつに「話題にならない」ってわけじゃないんですが、しかし受賞作のなかでも、部数はそこそこで止まるし、地味な印象は否めないし、その作家の名前を出しても、けっこうな読書好きにすら通じないことがある。受賞が局所的な話題で終わってしまうことが、ほぼ確実な分野です。文学賞のなかでもそういう小説に定期的に受賞させている珍しい賞でもある直木賞が、「どうせ話題づくりでしかない賞だ!」と、なぜ罵倒されたりするのか、よくわかりません。
それで、木下さんの候補作ですけど、まず話題の中心地になりそうなのは、大阪あたり、最も熱くメディアに取り上げられるとしたら大阪文学学校、ということになるんでしょう。こういうホームタウン(あるいはふるさと)を持つ作家の強みが、受賞報道にはよく現われます。
作品の内容でいうと、有名人「宮本武蔵」モノですので、武蔵に関してすでに形成されているコミュニティやマーケット界隈で、あるいは注目度があがるかも……。
他にはもう、突発的に発生する話題性が何かないか、とそのくらいしか思いつきません。「話題にならない、歴史小説の直木賞受賞」の伝統を、まあ無理して打ち破る必要はないかもしれませんが、それを超えて話題になってくれるといいけどなあ。
予想:20点
■佐藤巖太郎『会津執権の栄誉』(平成29年/2017年4月・文藝春秋刊)
作家歴(はじめて本を出してから)の短さからすれば、いちばん大化けする可能性があるのは、巖太郎さんかもしれません。
ほぼ確定しているのは、福島県あげての熱狂的な祝福ムードです。こういう地域性は馬鹿にできないものがあり(だれも馬鹿にしていないか)、恩田陸さんがとって青森までが盛り上がってしまった、という半年前の例を見ても、みんな目を皿のようにして地域発のヒーローを探しています。「直木賞をとるのがそこまでエラい実績なのか?」とうっかりツッコみを入れようものなら、おそらくその地域の人たちには白い目で見られ、非人間扱いさえされかねないと思うので、注意が必要です。
アノまじめそうな、かなりの人生経験を積んだ男性から、いったい何が飛び出すかわからない。という意味で、受賞後の話題性は未知数、というのはたしかです。
たしかですが、平常どおり平穏な受賞風景になる可能性も、当然あるので、手堅い歴史小説、手堅い受賞年齢、というところから予想は20点程度に抑えてみました。
○
抑えてみました? 100点とか20点とか、いったい何の点数なんだよ。……と、とりあえず自分にツッコんで、とくに解答もないまま、第157回直木賞に関するエントリーは終わります。
こんなものは数値化できない、ほとんど体感値レベルのハナシで、だからこそ「直木賞は昔より話題にならなくなった」とドヤ顔で言っても許されてしまう、曖昧に曖昧を重ねたような現象です。体感でいえば、前回の恩田陸さんのときは、本屋大賞のおかげでグッと話題の点数は上がりましたけど、そのまえは第155回の荻原さんのときも、第154回の青山さんのときも、かなりの低得点を叩き出したと思うので、今回がまた、話題にならなかったとしても、大して珍しいことではありません。それで「そうだよ、これが直木賞らしさなんだ」などと、知ったふうな口を聞くカワグチナンチャラというやつが、どうせつぶやくことになるだけでしょうから、直木賞は痛くもかゆくもなく、いまもなお、安泰です。
いずれにしても、今週の水曜日、19日の選考会終了後に行われる受賞者の記者会見が、話題になるかならないかの、最初の大きな試金石となるのは間違いありません。大半の日本人が、そんなものにいちいち関心を向けることはなく、たいてい終わって数日後、数週間後に、「えっ、直木賞ってもう決まってたの?」という声が続出することになる例のアレですが、たまに、そこから話題の風向きが変わることも、なくはないので、とりあえずワタクシは注視したいと思っています。
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