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2017年4月 9日 (日)

第67回直木賞『斬(ざん)』の受賞作単行本(だいたいの)部数

第67回(昭和47年/1972年・上半期)直木賞

受賞作●綱淵謙錠『斬(ざん)』(河出書房新社刊)
13万部前後→?

 直木賞も芥川賞も、とりあえずは「なんちゃって新人賞」ですので、これをとった人が、のちに数々のベストセラーを生み出していくかどうかが、販売面ではメインの題目です。受賞作そのものが売れるかどうかは、長らく、さしたる注目点じゃありませんでした。

 この様相を一変させたのが、昭和51年/1976年の『限りなく透明に近いブルー』だった。ってわけですけど、注目点じゃなかったとはいえ、じゃあそれ以前は、どのくらいの販売力があったのかは、やはり興味があります

 昭和50年代前半より以前については、歴代の芥川賞受賞作が何部(何万部)売り上げてきたのか、系統的に調査された形跡はなく、実態がほとんどわかりません。言わずもがなですけど、直木賞の記録なんか、さらに乏しくて、どうにも悲しみが抑えきれません。

 で、その空隙を多少は埋めてくれるのが、東販・日販の年間(または上半期)ベストセラー一覧、かなあと思います。

 歴史の古い出版ニュース社のベストセラー一覧に比べて、なにしろ、取次のそれは、格段に部数の多寡が反映されている、と言われているらしく、たとえばフィクション部門のおよそトップ20を並べたリストのなかから、「Aは、Bよりも上だが、Cよりは下」という感じで、Aの部数が不明でも、BとCがわかれば、だいたいの水準はつかめる仕組みになっています(だいたい、しかわかりませんけど)。

 そこで昭和51年/1976年のベストセラー、佐木隆三『復讐するは我にあり』(上)(下)(第74回受賞)からさかのぼってみますと、まずこのリストに登場するのが、一年前の第72回受賞、半村良さんの『雨やどり 新宿馬鹿物語一』(「雨やどり」所収)となります。

 半村さんの場合、その前後から半村さん自身が「売れっ子作家」扱いされていました。

「いま森村誠一、半村良氏は増刷をふくめて二十万部は下らず、西村寿行氏も平均十五万部というシュアなバッティングを誇る。」(『サンデー毎日』昭和53年/1978年3月19日号「森村誠一・半村良・西村寿行 人呼んで文壇三村時代」より)

 なんちゅう記事も見えるくらいですので、10万部、20万部の作品もざらにあったことでしょう。そういうのに埋没して、じゃあ『雨やどり』がどのくらい売れたのかは、よくわかりません。

 いまのところ手もとにリストのあるのが日販調べのフィクション部門ベストセラー、なので、それをもとに眺めてみます。

 『雨やどり』は、昭和50年/1975年上半期の12位にランクインしました(年間ではトップ20圏外)。前後の作品を挙げると、7位・清水一行『動脈列島』、8位・フォーサイス『戦争の犬たち』、9位・小峰元『ソクラテス最期の弁明』、10位・渡辺淳一『野わけ』、11位・五木寛之『青春の門』(全6冊)、13位・曾野綾子『いま日は海に』、14位・アダムス『ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち』、15位・斎藤栄『徒然草殺人事件』、16位・吉野せい『洟をたらした神』、17位・古井由吉『櫛の火』……だそうです。

 このあたりの部数について、わかる方がいれば教えてほしいなあ、と思うんですが、7位の『動脈列島』(前年昭和49年/1974年12月刊)はカッパ軍団の一冊でもあり、また好調に売り上げたことから、新聞広告に部数表記が見えます。3月7日付で「11万部」、9月5日付で「16万部突破」とのことです(ともに『読売新聞』)。

 広告宣伝の水増し分や、まだ上半期だけの成績であること、15位に付けている同じカッパの『徒然草殺人事件』が、広告上では部数で煽ったりされていないこと、などなど勘案して、『雨やどり』はこのときで5万部~7万部、最終的に10万部まで行ったかどうかは、微妙な線だと思います。

 となれば、同時に受賞した井出孫六さん『アトラス伝説』とか、芥川賞のほうの2作、阪田寛夫さん『土の器』、日野啓三さん『あの夕陽』がどのくらいの部数に達したか、闇のなかに埋められて当然でしょう。ざっくりとした想像で、初版が3,000~5,000部、受賞したことで2万~3万部、という感じだったんじゃないか、……とこれは、その一回前の藤本義一さん『鬼の詩』(初版が5,000部、1か月で3万部も売れたという本人の証言)などを見ての、あくまで想像でしかなく、けっきょくは闇のなかです。

 さらに前の受賞作はと、日販ベストセラー(フィクション部門)をたどっていくと、芥川賞受賞作がポツリポツリと目につきます。

 昭和49年/1974年の年間13位・森敦『月山』(周辺の順位のものを3つずつ挙げると、10位・渡辺淳一『氷紋』、11位・松本清張『告訴せず』、12位・小峰元『ピタゴラス豆畑に死す』、14位・新田次郎『アラスカ物語』、15位・城山三郎『落日燃ゆ』、16位・森村誠一『悪夢の設計者』)。

 昭和48年/1973年の上半期で10位・郷静子『れくいえむ』、13位・山本道子『ベティさんの庭』(ともに年間では20位圏外。上半期の他のランクイン作品は、7位・『司馬遼太郎全集 国盗り物語』(上)(下)、8位・角川書店刊『日本の民話』(第一回配本)、9位・山崎豊子『華麗なる一族』(上)(中)(下)、11位・大藪春彦『獣たちの墓標』、12位・水上勉『風を見た人』(上)(中)(下)、14位・日本テレビ放送網刊『冬物語』、15位・三浦綾子『残像』、16位・古山高麗雄『小さな市街図』)。

 なあんだ、直木賞の受賞作は、もうこれ以前は出てこないのか、と失望していたところ、昭和47年/1972年のベストセラーに意外な(?)やつが出てきます。

 綱淵謙錠さんの『斬(ざん)』です。

           ○

 『斬(ざん)』が受賞した第67回(昭和47年/1972年・上半期)は、直木賞ではもう一作、井上ひさしさんの「手鎖心中」。芥川賞では宮原昭夫さんの「誰かが触った」と畑山博さんの「いつか汽笛を鳴らして」という受賞作が出ました。

 なかでも畑山さんのやつは、受賞前までにすでに『はにわの子たち』(文藝春秋刊)という作品集に収められて、「受賞作が標題作でない」受賞本が本屋に並ぶという、販売的には苦しい展開を強いられたものですが、まあ芥川賞のハナシなので、無視したいと思います。

 直木賞を受賞した二つ(二人)のうち、パッと見ても売れたんじゃないかと思うのは、井上さんの『手鎖心中』でしょうし、ワタクシもそう思っていました。

 『別冊文藝春秋』でこの作品(と受賞第一作の「江戸の夕立ち」)を担当した編集者、中井勝さんも、こう言っています。

「受賞が決まって、取材が殺到してましたから、各社を私が仕切りまして、井上さんを缶詰めにして(引用者注:「江戸の夕立ち」を)書いてもらったんですけれど、『手鎖心中』も『江戸の夕立』も本になって出た途端に二十万部ですからね、こんな人はいないですよ。満を持して、花が咲く時にぼくは出会ったわけですね。」(平成13年/2001年6月・白水社刊 桐原良光・著『井上ひさし伝』「第五章 芝居が、舞台がぼくの先生だった」より)

 たしかに『手鎖心中』は、数年かけて10刷以上の増刷の記録もあり、最終的には20万部ぐらい行ったのかもしれません。しかし、出た途端に20万部、というのはかなりマユツバです。中井さん、盛ったりしちゃいませんか。

 「直木賞受賞」の効果で、短期間(だいたい半年ぐらい)に売れた、ということではどうも綱淵さんの『斬(ざん)』のほうが上回っていたようで、昭和47年/1972年の年間ベストの第12位にまで食い込みました(『手鎖心中』は20位圏外)。

 すぐ下の13位が松本清張『遠い接近』、14位が大江健三郎『みずから我が涙をぬぐいたまう日』です。ともに、年内の段階で10万部を超え、それぞれの広告で「13万部突破」と謳われていたりします。『斬(ざん)』もまた、これらと同じくらいの部数は出たんじゃないかと推測できるわけです。

 当時の直木賞作品としては、かなりの数字です。大ベストセラーでしょう。

 「直木賞は、受賞したあとにたくさんベストセラーを生み出せる人も、ときどき選ぶ」って観点を持ってきたとき、さあ、ここで井上さんの出番です。

 受賞前に刊行されていた『モッキンポット氏の後始末』を含めて、『青葉繁れる』やら『いとしのブリジット・ボルドー』やら『ドン松五郎の生活』やらと、よく売れる小説を連発し、ものの2~3年で、受賞作の売り上げがどうだったとかそんな些末なことを忘れさせるぐらいのベストセラー作家になっちゃいました。

 ほんとは『手鎖心中』がじっさい、受賞直後どのくらい売れたのか知りたいので、くわしいことを教えていただきたいところなんですが、これもまた闇のなか、かもしれません。

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