第90回直木賞『私生活』「秘伝」の単行本部数
第90回(昭和58年/1983年・下半期)直木賞
※ちなみに……
第90回(昭和58年/1983年・下半期)芥川賞
第90回の直木賞は昭和59年/1984年1月に決まりました。対象期間は、昭和58年/1983年・下半期です。
受賞したのは、芥川賞も含めて、定員いっぱいのぎっしり4人。受賞者がひとりだろうが何人だろうが、売り上げに跳ね返るわけじゃないんでしょうが、興行としては、写真や画面にうつっている人数の多いほうが、とりあえず盛り上がっている観は醸し出せます。おそらく盛り上がったんでしょう。全然おぼえていません。
いや、単純に考えても、芥川賞はともかく、この二人が直木賞を受賞して、騒ぎや祭りになる気がまったくしません。「直木賞なんて、完全におっさんのための、時代遅れな文学賞だよな」ぐらいの感想をもたれたって、しかたないと思います。
それで受賞した作品が、娯楽として楽しめるものなら、まだハシャギようもありますが、これがまた二作とも、途轍もなく地味すぎる小説でした。ほんとに直木賞というのは、変な賞です。
また今回も、『出版月報』の記事から、当時の観測を引かせてもらいますが、こう言われています。
「芥川・直木賞は受賞作品は、既刊の「私生活」以外は2月新刊ですが、例年に比べてややもの足りず、各版元とも部数は慎重です。」(『出版月報』昭和59年/1984年2月号より)
既刊だった神吉さんの『私生活』は、初版が昭和58年/1983年11月ですが、当然といおうか、重版の声がかからないなかで1月の選考会を迎え、受賞してから2刷が決まりました。
この本が、どのくらいの部数まで行ったのか。『創』昭和62年/1987年10月号[9月]に記載されています。
昭和58年/1983年度の、文春の単行本ベスト・ファイブで第4位にランクイン。……11万5,000部だそうです。
地味な作品の割りには堅調な動きじゃないか、と言ってしまいましょう。この年の文芸書ベストセラ―に加わるほどの大部数ではなかったものの、10万部をわずかながら超えて、直木賞受賞作に期待されている最低ラインの責任(?)は果たしました。
おそらくそのままなら初版(きっと1万部にも満たない部数)で終わったかもしれない、技と気品のある作品集を、これだけ売れさせるのだから、十分な効果だし、さすが直木賞ですよね。
と、ふつうの感覚なら、そう考えると思いますが、あわよくば20万部、30万部ぐらいのベストセラーを求める貪欲な商売人たちにとっては、やはり、もの足りなかったかもしれません。要するに、よく言われるように、「直木賞・芥川賞に対する周囲の期待は、いつでも過剰」ってやつです。
『私生活』以外の他の3作も、とくべつ爆発することなく、まあ、そこそこだったらしいです。
○
高橋治さんの「秘伝」は、受賞後にあわてて、200ページちょっとの薄い本として(いや、スタイリッシュな厚さ、と言っておきましょう)単行本化されました。厚さは薄いですが、中身は気迫のみなぎる重い展開の、重い話が2編おさめられていて、読んで損はさせないつくりになっています。
それでも、こういうのに食いつく読者は、そう多くはありません。書店での動きは、同時受賞の『私生活』と、ほぼ同じくらいだった、というのが『出版月報』の報告です。
「元・松竹ヌーベルバーグのひとり」というのは、話題性のひとつに数えてもいいと思いますけど、10万部からさらに押し上げるほどの話題性か、と言われれば、かなりうなずきがたいです。『絢爛たる影絵』での受賞だったら、(なにしろゴシップ的興味、という強力な要素がひとつ乗っかるので)売れ行きはもう少しよかったかもしれません。
この回は、直木賞と並んで芥川賞のほうも仲良く、刺激的な話題には乏しい、という標準的な枠のなか。そちらの受賞作も、悪くもなければよくもない程度の部数だった、と言われています。
ということで、区切りのいい第90回、4人も出た受賞者はそろって、どれも10万部前後でした。ほんとに「直木賞とか芥川賞は、まあ、そんなもんだろ」と誰でもいいそうな水準です。
で、「前後」と表現されているからには、10万を切って8万、9万部のものもあったと推測されるんですが、直木賞(または芥川賞)についてそんな細かいところを気にするような人は、まずいませんので、この4作の売り上げの順番と、もっと詳細な部数は、いまのところ謎です。
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