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2017年1月29日 (日)

第131回直木賞『空中ブランコ』『邂逅の森』、第132回『対岸の彼女』、第133回『花まんま』の受賞作単行本部数

第131回(平成16年/2004年・上半期)直木賞

受賞作●奥田英朗『空中ブランコ』(文藝春秋刊)
37万
受賞作●熊谷達也『邂逅の森』(文藝春秋刊)
8万

第132回(平成16年/2004年・下半期)直木賞

受賞作●角田光代『対岸の彼女』(文藝春秋刊)
24万

第133回(平成17年/2005年・上半期)直木賞

受賞作●朱川湊人『花まんま』(文藝春秋刊)
10万

※ちなみに……

第131回(平成16年/2004年・上半期)芥川賞

受賞作●モブ・ノリオ「介護入門」収録『介護入門』(文藝春秋刊)
8万

第132回(平成16年/2004年・下半期)芥川賞

受賞作●阿部和重「グランド・フィナーレ」収録『グランド・フィナーレ』(講談社刊)
8万

第133回(平成17年/2005年・上半期)芥川賞

受賞作●中村文則「土の中の子供」収録『土の中の子供』(新潮社刊)
8万

 前週のつづきです。

 東野圭吾さんが直木賞を受賞した第134回(平成17年/2005年・下半期)は、だいたい10年まえの出来事です。まだ、多くの人の記憶にしっかりと残っています。

 10年まえの直木賞が、どんな状況にさらされていたか。といえば、言うまでもなく、「文学賞なんだからもっと販促効果を上げてくれよ!」と、まわりの人たちから期待(や失望)を受けている頃でした。

 本(小説)が売れなくて元気のない書店員たちが、もっと楽しく働けるような一種の仕掛けとして、本屋大賞の始まったのが平成16年/2004年度(4月発表)。これがいきなり1回目から直木賞をしのぐ売り上げを記録したことで注目を浴びた、……ということからもわかるように、要するに「文学賞は、受賞作が売れてナンボ」程度の切り口で、文学賞のことを語っても、だれも不快に思わない風潮が、すでに日本には広まっていたわけです。

 平成17年/2005年7月、第133回(平成17年/2005年・上半期)が決まったあとに、『週刊金曜日』(平成17年/2005年7月29日号)に広中彬さんの「芥川賞直木賞のつくられ方」が載りました。この記事が、当時の直木賞と芥川賞のことを、出版関係者たちがどう見ていたのか、うまく伝えてくれています。

 この二つの賞はこれまで、「文壇政治」ってやつで権威を維持しながら70年間やってきた、しかし、出版不況が長引く状況下、そんな悠長なことは言っていられなくなった。最近ではとにかく、受賞作を売る=受賞者の話題性、を主催者は狙っている。その象徴が、第130回の綿矢・金原の芥川賞ダブル受賞だった……と、おなじみな見解すぎて、つい眠たくなってしまう、匿名の文芸編集者によるご講義がつづいたあと、こんなハナシが展開されます。退屈だからといって眠らないで、聞いてみてください。

「綿矢・金原など話題作以外、最近の受賞作の部数もおおむね減少傾向にあるのも事実。前出文芸編集者もこう語る。

「綿矢・金原旋風に湧いた前年には現役女子高生の島本理生のノミネートが話題になりましたが結局は落選。選考委員の権威主義が未だ生きていたのか、と批判に晒された。その教訓としての綿矢・金原の受賞という意味合いもあったが、翌第一三一回の直木賞を受賞した熊谷達也の『邂逅の森』などは七万五〇〇〇部しか売れなかった。直木賞受賞作が一〇万部に達しないなんて賞=商売の意味がない」」(『週刊金曜日』平成17年/2005年7月29日号 広中彬「芥川賞直木賞のつくられ方」より)

 ここで発言している「文芸編集者」という人は、頭がおかしいのでしょうか。

 いや、おかしいはずはありません。おそらく本気で、直木賞は10万部に達しなければ意味がない、と考えていた、出版不況を憂う(そして文学賞に対して、どんなことでもケチをつけておきたい)標準的・常識的な人なんだろうと想像します。

 「直木賞も芥川賞もね、べつにこのままでいいんだよ」とか言うより、「これらの賞には問題がある! 権威は崩壊した! 話題性ばかり追ってる! 売れない!」と叫ぶほうが、発言として派手です。「何か言っている」感は、確実に醸し出すことができます。おそらくまわりからの共感も得られやすいんでしょう。

 でも、重要なのは、この時期ほんとに「おおむね減少傾向にあるのが事実」だったのか、だと思います。

 まずは、いつもどおり、直木賞のほうから。以下、単行本の部数は、このころの受賞作の部数を一覧で紹介した『朝日新聞』平成18年/2006年7月15日「芥川賞・直木賞、なぜ注目? 受賞作からミリオンセラーも」を中心として、『出版年鑑』の記述なども参考にしました。

 とりあえず、『週刊金曜日』の「文芸編集者」みたいに、綿矢・金原旋風の売り上げの話題を持ってきといて、いきなり熊谷達也さんの『邂逅の森』を指摘するのは、どう考えても卑怯(っつうかマト外れ)だと思うんですけど、第131回は、『邂逅の森』が8万部、奥田英朗『空中ブランコ』は37万部だった、と言われています。

 37万部というのは直木賞のなかでも、「かなり売れた」部類です。毎回・毎作、受賞作がこのくらい売れていれば、直木賞もスゴいものですが、こういうのは、たまにしかありません。

 第132回の角田光代『対岸の彼女』が24万部。第133回朱川湊人『花まんま』が10万部。そして、前週のエントリーで取り上げた、第134回『容疑者Xの献身』66万部、第135回『まほろ駅前多田便利軒』12万部、『風に舞いあがるビニールシート』11万部……とつづいていきます。

 この流れを見て「減少傾向にある」と解釈するのは、やっぱり、こじつけでしかありません。

           ○

 さて、芥川賞のほうはどうか。

 というと、これもまた「こじつけ」臭がぷんぷんします。

 このブログで以前触れましたが、そもそも芥川賞は、平成のはじめ=1990年代前半に「最近の芥川賞は売れないのだ、つまらないのだ」の騒ぎが、ずいぶん盛り上がった、みたいな経緯がありました。

 それから10数年たった平成17年/2005年。「おおむね減少傾向にある」と、かなり弱気な表現にとどまっているところから見ても、「減少傾向にないと話がつづかないから、そういうことにしておきたい」っていう書き手の思いは伝わってくるところですが、突発的に売れすぎた第130回のあとに、受賞作の部数はどう動いていったか。

 第131回の『介護入門』が8万部。そこから第132回『グランド・フィナーレ』も、第133回『土の中の子供』も、やっぱり8万部。

 「売れない、売れない」言われていた90年代前半には、芥川賞受賞作のベースは、5万~7万程度でした。また、それより前の80年代中盤、木崎さと子さんの受賞した第92回前後までさかのぼっても、出版業界では「直木賞は10万部、芥川賞は7万部が相場」と言われていたそうです。

 こういうのを見ると、2000年代まで引き続き、その状況が維持されてきていた、と見るべきでしょうし、前週エントリーの、第134回『沖で待つ』7万部(その後増刷の可能性あり)から先も、まあ、べつに落ち込んでいく感じはありません。

 まだ調べ切れていない時代もあるので、「こじつけ」認定するには早すぎる気もしますが、少なくとも昭和60年代・1980年代なかばから30数年、直木賞や芥川賞の受賞作が売れなくなってきた傾向というのは、部数のうえでは見つかりません。

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