第98回直木賞『それぞれの終楽章』の単行本部数
第98回(昭和62年/1987年・下半期)直木賞
※ちなみに……
第98回(昭和62年/1987年・下半期)芥川賞
直木賞史のなかの地味回のひとつ、第98回(昭和62年/1987年・下半期)です。
何ということもない回かもしれません。
ちょうど、山田詠美さんの受賞会見があった第97回と、人気者・景山民夫さんの受賞した第99回、そのあいだに挟まれているのも、地味さを際立たせている要因なんだと思います。
いや、阿部牧郎さんってそんなに地味な作家か。といえば、特別そんなことはないと思いますけど、この回候補になった8人の顔ぶれが、最年少は40歳(小杉健治さん)で、他はアラフィフ、アラカンのおじさんがずらりと揃い踏み。となれば、落ち着いた大人の品格といいますか、突飛で目立ったことをしてくれそうな気配は、微塵もありません。そんなに印象に残るような回にならなかったのも、当然な気がします。
受賞作の『それぞれの終楽章』も、これもまた、きらびやかさとは縁遠い、たぶん50歳、60歳にならないと魅力がわからない類いの作品。なんじゃないかと推測します。残念ながらワタクシには、まだちょっとピンとこないので、推測です。
さて、部数のハナシですけど、また今回も『出版月報』を参照しました。
昭和63年/1988年3月号では、10万部突破、という記事も見えましたが、翌月には、
「芥川賞・直木賞はいずれも地味な動きで仲々底辺が拡がらない。」(『出版月報』昭和63年/1988年4月号)
とあって、部数のほうも8万部ほどだ、とガクッと下方修正報道されています。
その直後に、直木賞(と芥川賞)のライバルとして創設された山周賞と三島賞の、第1回発表がありました。もしもそっちの受賞作がド派手に売れまくったりしていたら、一年目から「山周賞は直木賞を超えた!」などと煽られていたんじゃないかと思います。しかし、山周賞の『異人たちとの夏』もそれほど動かず(7万部ぐらいで止まったようです)、両者痛み分けに終わりました。
これが他の直木賞に比べてどのくらいの水準だったのか。同じころの受賞作部数を見てみますと、一年半後の第101回、「売れなかった受賞作」と言われる『遠い国からの殺人者』が、推定部数7万部です。
こうなってくると、『遠い国から~』だけをことさら「売れなかった」扱いしていいのか、ちょっと考えを改めなきゃいけませんが、阿部さんの場合はもう、長いあいだ直木賞をとらせる/とらせないで不愉快な思いをしてきただろうなあ、という思いが先に立ってしまうので、それが10万部届かなかったとしても、そんなに悲惨な感じはしません。
○
いや。受賞作が売れなきゃ悲惨と感じる、こちらの心根が、そもそも歪んでいました。阿部さんにとっては長年の労苦がようやく報われた受賞です。直木賞は、こういうもので全然いいんじゃないでしょうか。
いつもどおり、芥川賞のほうもおまけで調べておきます。
『それぞれの終楽章』と同期、第98回の芥川賞は、二人受賞です。ところがこちらもまた、7人の候補者の並びがなかなかのもので、最年少の池澤夏樹さんでも42歳という、純アダルト路線。ほか全員、40代50代のおじさんでしたので、盛り上がりの種を探すのも難しい回でした。
『出版指標 年報1989』(平成1年/1989年3月)に記録されたところによれば、『スティル・ライフ』8万部、『長男の出家』9万部。というところなんですが、池澤さんについては、ぞくぞく出てくる二世作家たち! みたいな記事で取り上げられたときに、ちらっと部数も紹介され、
「文筆の世界にも二世作家が増えている。(引用者中略)なかで、売れ行きがダントツなのは吉本ばなな氏。(引用者中略)
池沢夏樹「スティル・ライフ」(中央公論社)は、テレビドラマ化されたりもしたが、どちらかというと玄人好みの作品ということもあって、昨年二月発売で九万部。」(『読売新聞』平成1年/1989年5月29日「今をときめく二世作家たち 吉本ばなな、大岡玲、井上荒野… 親の影響は?」より)
「芥川賞として売れた部類に入る最低ラインの10万部」には届かったようです。
しかし、オモテに出ている部数のうえでは、そんな芥川賞の二作より『それぞれの終楽章』のほうが売れなかった、ということになります。直木賞、(低水準の争いで)三者のなかでのビリッケツ。
悲惨な感じはありません。ありませんけど、直木賞も、よくこういう地味な受賞作、選んでくるよなあ、もうちょっと賑やかな小説に受賞させれば、軽く芥川賞の注目度を追い抜けそうなのになあ、とは思います。
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