第40回直木賞『落ちる』と第38回芥川賞「裸の王様」、第39回「飼育」の単行本部数
第40回(昭和33年/1958年・下半期)直木賞
※ちなみに……
第38回(昭和32年/1957年・下半期)芥川賞
第38回(昭和32年/1957年・下半期)、第39回(昭和33年/1958年・上半期)芥川賞
直木賞の(いや、芥川賞の)部数の世界で、『太陽の季節』22万5千部が強烈な存在感を示したことは、これはもう動かしがたいと思います。
じゃあ、同じ回(第34回 昭和30年/1955年・下半期)に受賞した新田次郎『強力伝』とか邱永漢『香港』は、どのくらい部数が出たのか。知りたくてしかたないんですが、よくわかりません。……わからないので、『太陽の季節』のすぐあと、部数の件で(も)大いに世間をにぎわした、と思われる芥川賞のハナシでお茶を濁すことにします。
石原慎太郎さんの場合は、受賞の瞬間はそれほどでもなく、それから後に一気に騒がれたっていう代表的な受賞例ですが、いまワタクシたちの目の前にあるような、選考前から多くのひとに注目されて受賞と同時にどっと騒がれる、っていう芥川賞の姿は、おそらく石原さんから2年後、昭和32年/1957年・下半期から始まったようです。開高健 VS 大江健三郎の世紀の大決戦、ってやつです。
世紀の、というほど大げさなもんじゃありませんが、とりあえず選考前からわんわん報道陣がやってきて大変なもんだったよ、と開高さんがいろんなところで証言しているので、大変なもんだったのだと思います。
そんなマスコミの盛り上がりのなか、昭和33年/1958年1月20日に受賞が決定。すると2月下旬から3月上旬にかけて、開高さんの『裸の王様』(受賞作収録)と、大江さんの『死者の奢り』(落選作収録)が、同じ文藝春秋新社から相次いで発売されるという、〈ライバル対決〉を単行本のほうでも実現させる文春の、なかなかの宣伝戦略が繰り出されました。
まず『裸の王様』ですけど、これがかなり売れたのはたしからしいです。
「私の最初の本は文藝春秋新社からでた『裸の王様』である。昭和三十三年だった。これはたまたま芥川賞について大江君と競争することとなり、マス・コミが宣伝してくれたので、よく売れた。」(平成5年/1993年9月・新潮社刊『開高健全集 第22巻』所収「『裸の王様』」より ―初出:『本の手帖』昭和36年/1963年11月号)
『出版年鑑1959年版』(昭和34年/1959年5月)を見ると、昭和33年/1958年のベストセラーランキングで第14位。松本清張さんの『点と線』(第19位)とか、山崎豊子さんの『花のれん』(第20位)よりも上です。
具体的には何万部だったのか。と探していたところ、当時の『週刊読書人』や『日本読書新聞』に、それぞれの書評紙調べで部数が報道されていることがわかりました。
「こんどの芥川賞を最後まで競った開高健「裸の王様」と大江健三郎「死者の奢り」は二月下旬、三月上旬と相前後して発売(ともに文芸春秋新社)売行きの面でも競り合い、前者が五万、後者が三万五千というところだが一週間早くでた「裸の王様」がスタートのよさもあろうが受賞作の貫禄を示した。(引用者中略)しかし両書とも前宣伝は相当なものだったがその割に伸びなかったようだ。」(『日本読書新聞』944号[昭和33年/1958年3月31日号]「出版界レポート」より)
発売1か月足らずで5万部とか3万5000部も行っているのに、「その割に伸びなかったようだ」と言ってしまう感覚がよくわかりません。やはり発売後一気に10万部とか15万部まで売れたとかいう『太陽の季節』の記憶が、まだ生々しく残っていたんでしょうか。
両書はその後も、順調に部数を伸ばして、4月半ばで『裸の王様』5万8000部、『死者の奢り』4万7000部(『日本読書新聞』948号[4月28日号])、6月までで前者6万5000部、後者5万部(『週刊読書人』232号[7月7日号])ということになっています。
しかし年末の年間回顧では、もう書名は挙がっていないので、おそらくどちらも10万部を超えることはなかった模様です。『裸の王様』6万5000部前後だった、と見るのが妥当なんでしょう。
ちなみに直木賞のほうでは、山崎さんの『花のれん』が、『週刊読書人』254号[12月15日号]「今年の出版界」の記事で、「一〇万部のラインには達しなかったが、(引用者中略)目立った」文芸書のひとつとして挙げられていました。『出版年鑑』の順位では、『裸の王様』のほうが上でしたけれど、部数としてはたぶん、こちらのほうが多かったんじゃないかと思われます。
で、ここまで引き立て役にまわってきた大江さんの『死者の奢り』。上半期は〈受賞作の貫禄〉ってやつに負けて、ずっと後塵を拝しましたが、7月の芥川賞で、同書収録の「飼育」が受賞することになってしまいます。
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