第110回直木賞『恵比寿屋喜兵衛手控え』『新宿鮫 無間人形』の単行本部数
第110回(平成5年/1993年・下半期)直木賞
※ちなみに……
第110回(平成5年/1993年・下半期)直木賞
第110回(平成5年/1993年・下半期)芥川賞
何だか個人的に急にいろいろ忙しくなってしまって、ブログなんか書いている場合じゃないんですが、一週間に一度、直木賞に触れておかないと、生命力がダウンしちゃう人間なもので、今日もやっときます。話は前週のつづきです。
とんでもなく売れた『マークスの山』と、それほどでもなかった『恋忘れ草』。……という緩急のバランスは、直木賞が後天的に手にいれた特徴のひとつです。ランキング形式で決まるヤツには醸し出せない(醸し出しづらい)したたかな手広さ、と言ってもいいでしょう。第110回(平成5年/1993年・下半期)も、またも直木賞は、同じような手を打ちます。偶然かもしれませんが、まあ、似たような展開です。
大沢在昌さんの『新宿鮫 無間人形』は、10月に発売されましたが、そのときから売り上げが絶好調。当時まだまだ順調に売れていた『マークスの山』を抜くこともあったらしく、その年、およそ10万部間近くらいには行ったと思われます。要するにベストセラーです。
一方で、佐藤雅美さんの『恵比寿屋喜兵衛手控え』も発売は10月。初版は5,000部前後だったはずですが、「新田賞をとったアノ佐藤雅美の新作だぞ!」と言ったところで、売れるような状況はまったく見えず(そりゃそうだ)、そのまま重版もかからず年を越すことになりました。
それで平成6年/1994年1月、直木賞の選考会を迎えるんですけど、前の第109回と違っていたとすれば、そこにもうひとつ、「話題のベストセラー」という言葉のぴったりな、ミステリーでも歴史・時代小説でもないダークホース的な刺客が混じっていたことでしょう。
「九月に発売された小説「ファザーファッカー」が売れ続けている。(引用者中略)九刷、六万五千部に達した。」(『読売新聞』平成5年/1993年12月11日「「ファザーファッカー」内田春菊著 性から目そらさぬ自伝的小説」より)
おいおい、たった6万5,000部かよ、と笑う人はいないと思いますが、厳しい厳しいと言われた〈非ミステリー〉文芸出版のなかで、内田さんの『ファザーファッカー』は相当がんばっていた一作です。直木賞としてみたら、人もよし、題材もよし、版元もよし、の三拍子そろった良好候補作。これが直木賞もとっていたら、きっと大変な部数まで行ったと思います。
しかし結局、授賞したのは前期と同様に、現に売れているミステリー&さして売れそうもない(……)時代物。となりまして、周囲の予想したとおりに、この二つの受賞作は、売き行きの面でぐんぐん差がつきました。
いや、『新宿鮫 無間人形』は発売からの初速で売れすぎていた観もあります。受賞後に積み上がったのは10数万、ほぼ倍増の20万部を少し超えたぐらいで落ち着きを見せ、2年後の平成7年/1995年8月12日『読売新聞』の記事では、39刷21万部、と記録されます。その後に、新宿鮫のホームグラウンド〈カッパ・ノベルス〉に入り、文庫にもなり、そちらではまだまだ伸びたはずですが、とりあえずここでは触れません。
『恵比寿屋喜兵衛手控え』は、受賞が決まってから約5万部の増刷、という直木賞お決まりのような手配があってから、さらにプラスの続伸がありました。それだけでも健闘したほうだと思いますけど、受賞1~2か月で計7万3,000部(『出版月報』平成6年/1994年3月号)、ということだそうです。この動き方を見ると、前期の『恋忘れ草』と同じく、こちらも、その後に10万部ラインまで到達した可能性は低いんじゃないかと思います。
北原亞以子さんにしろ、佐藤さんにしろ、受賞作が10万部行かなかったから何なのさ。という感じで、その後に大きく活躍(……まあ、地味な活躍だと見る人もいるでしょうけど)。そもそも直木賞っつうのは、そういうもんです。売れたの売れないのと、いちいち言うのが馬鹿らしくもなります。馬鹿らしいですけど、先を続けます。
○
もとから売れちゃっていて受賞した大沢作品。受賞したところで、まあまあの動きしかない佐藤作品。平成6年/1994年によく売れた、ということでは直木賞は直木賞らしく、控えめに推移しましたが、この二作の脇をスッと抜かして部数を積み上げたのは、落選した『ファザーファッカー』のほうでした。
直木賞の候補になったことに、どれだけの効果があったのか、多少の追い風にはなったでしょうけど、とりあえず前年から引き続いて、「衝撃の内容」的な煽りで売れつづけます。『出版指標・年報1995年版』によれば、この年、27万5千部まで伸びた、というアッパレの数字。要するに『新宿鮫 無間人形』よりも売れたことになって、〈受賞作よりも売れた候補作〉の一群に、またひとつ華やかな(?)花を咲かせました。
第110回という回は、芥川賞のほうも花がなくて、奥泉光「石の来歴」という、文学・文学しちゃっている辛気くさい話が受賞。この本が売れています、の話題に参戦することができません。まあ芥川賞こそ、それはそれでいいと思いますが、きっと「売れている本」のハナシが大好きな人たちは、さびしい思いをしたことでしょう。
この回の選考後、『読売新聞』の夕刊で「文学のポジション」という連載が始まりましたが、その第一部のテーマが「芥川賞」。平成6年/1994年1月19日~2月10日まで(2月21日の番外編を除く)15回にわたって続き、最近の芥川賞は売れないと、やたらと(というほどでもないか)書かれることになります。
「芥川賞をもらってベストセラーになる例は、年々減少している。十万部といわれた基本線もここ数年で割り、現在は六万部前後に下がっている。」(『読売新聞』平成6年/1994年1月27日 同連載「(7)受賞の栄誉壊す作業こそ大変」より ―署名:(毬))
「(引用者注:三省堂書店の営業推進部いわく)ここ数年「若い読者の関心が急速に落ち、部数が伸びない。玄人受けするが地味な作品ばかりでインパクトに欠ける」と言う。
確かに今回の受賞作「石の来歴」と著者・奥泉光氏に、売る側が期待する話題性は乏しい。」(平成6年/1994年2月10日 同連載「(15)地味な作家と若い読者の離反」より ―署名:(毬))
ちなみに(毬)という署名は、尾崎真理子さんです。
だいたい、地味でインパクトのない受賞作とか、標準が6万部以下の時代なんて、ざらにあったでしょうにねえ。一度二度と、たまーによく売れて夢心地になった経験をすると、人の感覚っておかしくなるんでしょうか。まあ、こういう文句を言う人たちがまわりを固めているから、芥川賞は面白いんでしょうけど。
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