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2016年10月 9日 (日)

第108回直木賞『佃島ふたり書房』の単行本部数

第108回(平成4年/1992年・下半期)直木賞

受賞作●出久根達郎『佃島ふたり書房』(講談社刊)
15万(受賞半年で)

※ちなみに……

第108回(平成4年/1992年・下半期)直木賞

候補作●宮部みゆき『火車』(双葉社刊)
5万5,000(選考会前月まで)15万(選考会後5か月で)20万(選考会後半年で)→(増刷)→?

第108回(平成4年/1992年・下半期)芥川賞

受賞作●多和田葉子「犬婿入り」収録『犬婿入り』(講談社刊)
初版(受賞後)5万4,000部→?

 第108回(平成4年/1992年・下半期)が決まったのは、平成5年/1993年1月ですが、この回は「直木賞受賞作、という看板しかない本が、直木賞の当落とは関係なく売れている本に、どこまで対抗できるのか」っていう、かなりスリリングな展開を見せてくれています。

 この回の、5つの候補作のうち、地味すぎてまず売れるとは思えないオジサンたちの小説に混じって、売れ行きの面で先行したのが、宮部みゆきさんの『火車』です。平成4年/1992年7月発行、その年末の「このミス」で2位、『週刊文春』ベストで1位に選ばれ、年内で5万5,000部まで刷られていたそうです。

 年が明け、直木賞の候補作が発表、『火車』もそのなかに入っていたために、さらに売り上げが伸びた……というよりは、年末ミステリーベストの余波が、当然1月まで続いていたと見るのが妥当で、月半ばの1月13日、直木賞では落とされましたけど、1月中にプラス5万9,000部が増刷されたといいます(『出版月報』平成5年/1993年2月号)。もうほとんど、受賞作並みの増刷部数と言っていいでしょう。

 いっぽう、地味メンたちの熾烈な(?)争いを制して受賞したのが、出久根達郎さんの『佃島ふたり書房』。年末のベストテンとかに引っかかるはずもなく、おそらくそこそこな水準で動いていたはずですが、1月の直木賞受賞で、一気に重版。人気もの『火車』の背中を追いかけはじめます。

 直木賞は一過性の騒ぎだから、数か月の短期間のうちにで売れるだけ売らないと、部数は残せない、という直木賞の法則に律儀に従い、『佃島―』も頑張って売れます。さすがに伊集院静さんの話題性には及ばず、しかし、両高橋のおじさんコンビのときよりはベストセラー上位でふんばり、2月に10万部を突破してからも、なお粘って、3月には15万部に到達。

「以前は出版業界でヒットの主流だった文芸書の分野は、(引用者中略)ヒットを生む主流からは、ジャンルとしてすっかり遠のいてしまったようだ。芥川、直木両賞の受賞作でも、ベストセラーに顔を出すヒットにつながったのは直木賞の出久根達郎『佃島ふたり書房』(講談社、十五万部)だけ。(引用者中略)作品の内容だけでなく、話題性を加味しないと大ヒットが生まれにくい傾向が強くなっている。」(『産経新聞』平成5年/1993年8月8日「今年上半期のベストセラー」より ―署名:黒田千恵)

 ということで、大ヒットとは言えないけど、けっこう頑張りましたよね、と称賛してもいい大健闘の15万部、で落ち着いたようです。その後、単行本が増刷したのかどうかは、よくわかりません。

 で、賞ということでは『佃島―』に持っていかれた『火車』も、5月には山周賞を受賞。「直木賞と比べて、受け上げにつながる効果は、巨人とアリの差」とも言われる山周賞ですから、ここでドーンと増刷……という形跡はありません。しかし、売れ行きそのものは、『佃島―』と肩を並べて、

「山本周五郎賞を受賞した宮部みゆきの長編ミステリー『火車』がしり上がりに売れ行きを伸ばしている。発売十一カ月で十六刷十五万部。(引用者中略)「久々にロングセラーを生み出せる作家の登場」と期待される。」(『朝日新聞』平成5年/1993年6月6日「ミステリーは女性の時代? 宮部みゆき・高村薫作品に人気」より)

 と、6月の段階で15万部。この記事でも、宮部みゆきはロングセラー作家になれそうだ! と指摘されていて、どうやらそのとおり、その後も、双葉社の単行本は、順調に版を重ねていったみたいです。平成5年/1993年8月6日号『週刊ポスト』の記事では、すでに20万部出ているという、と紹介され、おそらく単行本だけでも、30万部とか、そのぐらいまでは行ったんじゃないかと推測されます。

 けっきょくその点、直木賞は大惨敗だったわけですけど、これといった話題性もない出久根さんの小説に15万の数字を実現させた直木賞の善戦ぶりを、心から讃えたいと思います。

           ○

 芥川賞のほうは、べつにどうだっていいんですが、とりあえず今回も軽く触れておきます。

 直木賞の地味さに比べたら、芥川賞はまだしも注目される要素はあったと思います。この回は候補二度目の多和田葉子さんが受賞しました。

 ドイツに住んでいて、しかもバイリンガルに(……ってこの表現も何か古くさくて恥ずいな)創作活動をしている人の受賞。……って、珍しくて、けっこう話題性がありそうなもんです。けど、出版界でメシを食っている厳しい判定基準をもった「話題性審査委員」みたいな人たちにとっては、そんなもの、話題性でも何でもなかったらしく、さらっと「話題性がなけりゃね、芥川賞受賞作といえども売れませんよ、いまは」などと、ドヤ顔されてしまいました。ああ、そうですか、すみません。

 20数年前の当時も、ずいぶんと文芸書不振だと言われていました。おそらく、そういうなかで、イラついて、心がささくれ立った人も、いたでしょう。ドヤ顔のひとつやふたつ、したくなってもおかしくありません。ニコニコと笑いながら、受け流してあげるのが無難かもしれません。

 とりあえず第108回は、前回の第107回と比べて、直木賞は、かなり違う様相のなかで売れ行きが動きました。しかし芥川賞のほうは、それほど前回と変わりがありません。受賞作はそれほど売れず、部数も、『犬婿入り』は発売月の2月中に刷られた5万4,000部(『出版月報』平成5年/1993年3月号)から以降、ほぼ大きな上乗せなし。ということから、またひとつ、「最近の芥川賞は売れないよね」という大合唱への布石が張られることになりました。

 まあ、ほんと、どうだっていいハナシです。

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