第107回直木賞『受け月』の単行本部数
第107回(平成4年/1992年・上半期)直木賞
※ちなみに……
第107回(平成4年/1992年・上半期)芥川賞
このペースでいくと、1年たたないうちにネタが切れそうなので、ちょっとセーブしていきます。
話題になれば20万部に届く、そうでないものは10万部ぐらい、いや、どうもそこまで行かない受賞作もあるらしい……というかなり順調な(?)足跡を刻みつづけていたのが、1990年代はじめの直木賞です。たとえ、受賞作が期待したほどではなく、数万程度しか売れなくても、「直木賞」の称号を得ることで、出版業界内外での仕事の場は広がり、活躍を続けることのできる作家が増えていく、っていう点で、直木賞はましな賞だと思います。
第107回(平成4年/1992年・上半期)は、伊集院静さんの『受け月』が受賞。さらっとしていて、ときどきグッとくる、直木賞にしてみれば順当な授賞ですけど、もちろん世の中には、「直木賞なんてよく知らないけどさ、夏目雅子のことならオレにも意見がある」とか、「篠ひろ子はイイ女だ」とか、「佳つ乃と、ぜひお手合わせを願いたい」とか、そういうスケベオヤジがたくさんいて、伊集院さんの再婚発表も重なってワイドショーのニュースにもなり、へえ、そういう人の書いた小説、どーれ読んでみよっかな、と売り上げが伸びたらしいです。
「C 純文学の低迷ぶりは目を覆うばかりだよ。ある大手出版社の社長は「最近は芥川賞や直木賞の受賞者でも二作目以降が続かない。半年に一回、しかも一度に二人が受賞するなど粗製乱造のツケが回ってきたのでは」とまで言っている。
B それでも今度の伊集院静『受け月』(文芸春秋)は売れ行きも順調で累計十四万部まで来ている。久々に華のある受賞者ということが一般の関心をひいたようだ。」(『日本経済新聞』平成4年/1992年10月5日夕刊「「読書の秋」はや冬景色――どんな本が売れている、大ヒット見当たらず」より)
健在なり直木賞・芥川賞脳……といったところでしょうか。「純文学の低迷」(本が売れないこと)を、「直木賞・芥川賞が半年に一回、次々に受賞者を誕生させている=粗製濫造」に結びつける、論理不在な悲観論。何をいっているんだ、ほんの数年前に、村上春樹さんや吉本ばななさんに牽引されて「文芸書が好調だ!」とか言って騒いでいたあのころの元気を思い出せ! と肩を叩いてあげたいです。
そういうなかで、版を重ね、売り上げを伸ばす『受け月』の存在が、目につきやすく、標的になりやすい、というのはよくわかります。文学賞の受賞作が、ほかにたくさん売れていれば、そんなこともなかったんでしょうけど、20万部超え、という(しかし直木賞のなかでは特殊ではない)部数に到達したところで、ことさら、こんな指摘が生まれることになりました。
「芥川・直木賞の冠だけで数十万部が見込める時代は終わったようだ。確実に実力プラス話題性がヒット作の必要条件となっている。」(『産経新聞』平成4年/1992年12月26日「92ベストセラー回顧」より)
いやいや、いくら何でも近視眼に過ぎるでしょ。と笑っちゃって、この箇所は『直木賞物語』でも引用してしまったんですが、終わったのかどうなのか(そもそも、そんな時代、いつ始まっていたんですか?)。伊集院さん以降、「女優と二度結婚」に匹敵する話題性をもった受賞者は、なかなか数少ないと思いますけど、20万部を超すような受賞作は、20作以上も生まれました。
直木賞の冠は、なかなか頑張っているんですよ。
○
つまり、「賞の冠だけでは本は売れない」と言いたがる病気は、直木賞じゃなくて、主に芥川賞のほうを見ている人が罹るんじゃないか。と疑いたくもなります。
いや、それまでの芥川賞だって、話題性がなけりゃそんなに売れなかったでしょ。とは思うんですけど、なにしろ芥川賞の場合、ベストセラーとなった受賞作の売れ方は、インパクトが絶大です。売れ行きのよかった直木賞が、文芸出版の様相を変えた、とはまず言われません。でも芥川賞は、だいたい出版史の重大な場面で主役級に描かれます。
そういったなかで、芥川賞の受賞作が、10万部なんて夢のまた夢、5万部前後で終わってしまう例が連続したもんですから、ついつい芥川賞を凋落したと言いたくなったに違いありません。そこで、「芥川賞および直木賞」と、なぜか直木賞まで仲間に引きずり込もうとするのは、もう通例中の通例でしょう。
第107回に芥川賞をとった藤原智美さんは、いっとき、「芥川賞をとったけど、それが経済的なプラスにならなかった」受賞者の代表みたいに、メディアに狩り出されました。
『プレジデント』平成6年/1994年10月号の記事では、アノ百々由紀男さんと相対するかたちで、コメントが使われています。
「その名もズバリ『芥川・直木賞の取り方』(ブッククラブ刊)という本を書いた、経済ビジネス評論家の百々由紀男氏はこう言う。
「とにかく芥川・直木賞を取るか取らないかでその作家の運命が変わる。(引用者中略)名誉もともかく、原稿料がハネ上がりよく売れても一万部そこそこの純文学が最低五万~七万部は売れる。その結果、受賞作家の生涯収入は並の作家の数十倍。一〇億円以上の金が転がり込む」
(引用者中略)
だが現実にはそれほどのこともないという人もいる。例えば、小説『運転士』で第一〇七回芥川賞を受賞した作家の藤原智美氏は、受賞前と後の生活を比べてこう言う。
「僕は大学を出てから週刊誌のライターをしていましたから、収入面では特に変わらない。それまでが四畳半にリンゴ箱一個という生活だったら別ですが、フリーとして仕事は来てましたからね。(引用者後略)」(『プレジデント』平成6年/1994年10月号 桐山秀樹「「小遣い稼ぎ」「一作千金」「二足のワラジ」「専業作家」を目指す貴兄に ビジネスマンのための「文学賞」ガイド」より)
「一〇億円以上の金が転がり込む」という百々さんの下品な感じが、たまりませんね。
それはともかく、藤原さんの「運転士」は、受賞後に講談社から刊行されました。8月20日の発売で、その月に5万5千部(『出版月報』平成4年/1992年9月号)、ただしその後大きく売れ行きを伸ばした形跡は見受けられません。
たしかに10年ぐらいのあいだ、5~7万部の水準に落ち着いたとしたら、それまでの芥川賞と、売れ行きの違いが出てきたと言われても納得するんですけど、藤原さんの段階ではまだちょっと、何とも言いようがありません。
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