第126回直木賞『あかね空』『肩ごしの恋人』と第127回直木賞『生きる』の単行本部数
第126回(平成13年/2001年・下半期)直木賞
第127回(平成14年/2002年・上半期)直木賞
※ちなみに……
第126回(平成13年/2001年・下半期)芥川賞
第127回(平成14年/2002年・上半期)芥川賞
直木賞と本の売り上げ。というと、よく見かけるマクラ言葉があります。
最近では「出版不況の続くなか、~」みたいなのが、だいたい定番だと思います。昭和の終盤から平成に入って10年ぐらい、80年代~2000年代ごろだと、「文芸書不振と言われるなか、~」という定型句が使われていました。これさえ冒頭において解説すれば、直木賞や芥川賞のことをうまく語っているように見えてしまうという、大変便利な言葉です。
平成14年/2002年。この年は、横山秀夫さんの『半落ち』が落選して(第128回 平成14年/2002年・下半期)……というか、直木賞「受賞作なし」の結果になったことで、「なんだよ、受賞作家が生まれなきゃ売り場が盛り上がらないじゃないか!」などという、完全に「文学賞」の仕組みに飼い慣らされた、一部の小売業者たちの暴論が、勢いをもちはじめる平成15年/2003年。その前年にあたります。
直木賞は、受賞してから後の活躍こそがメイン。だったはずなのに、受賞して数か月単位の短期的な売り上げのことを、ああだこうだ言われるようになって、直木賞も大変ですよね、という21世紀。第126回(平成13年/2001年・下半期)は、選ばれた二つの受賞作が、ともに好調に売り上げを伸ばすという、稀にみる回だったおかげで、それが話題に取り上げられたりしました。受賞作なし、からの本屋大賞立ち上げ、にいたる布石と言っていいのかもしれません。
「(引用者注:直木賞は)メディアの注目度は高く、大手書店でも「受賞後は数百冊単位で注文をかけ、手書きのポップをつけて目立つ棚に多面で平積みします」(紀伊国屋書店新宿本店)と特別扱いだ。特に直木賞はセールス的にも成功する可能性は高く、ここ2~3年の受賞作の実売部数は平均10万部ほどで、これは“売れない”文芸書の中では、非常に高い数字だ。」(『日経エンタテインメント!』平成14年/2002年5月号「ベストセラー研究 唯川恵VS山本一力 直木賞受賞作はなぜベストセラーになるのか?」より ―文:田中敏恵)
ということで、この記事では、唯川恵『肩ごしの恋人』が22万部、山本一力『あかね空』が21万部を記録していることを伝えています。
全国出版協会・出版科学研究所の『出版月報』を見ますと、『あかね空』は、なにしろ単行本デビューしてからまだ2冊目の、新人のおじさん時代小説ですから、初版は1万部未満で、受賞前の段階で9,000部。ところが受賞したあとは、親しみやすい下町暮らしのおじさん、という山本さんの一面が、テレビを中心に世に流されて、1月中に6万部を増刷。2月には14万9千部の増刷、と増えて、「8刷・21万部」という線で宣伝が展開されました。
いっぽうの『肩ごしの恋人』の作者は、山本さんとは比べものにならないぐらいのベテラン、唯川さんということもあって、部数でも『あかね空』を先行します。受賞発表月の1月には、早くも10万部超えを記録。2月になっても、勢い衰えずに7万5,000部を増刷して19万6,000部。それから『日経エンタ』5月号の記事を経て、年末の「ことしのベストセラー回顧」的な記事で紹介された折りには、「25万部」だと発表されました。
まあ、でも20万部突破ぐらいで、わーわー言っていていいんでしょうか。その後にやってくる本屋大賞まわりの、受賞作売り上げ急増ニュースに慣れてしまった人たちから見れば、おそらく鼻で笑われてしまう牧歌的な数字です。
これで、よく「受賞作は売れる!」とか胸を張っていたな、という感じですけど、文芸書全体が不振になればなるほど、ピンポイントで万の部数を稼げる直木賞あたりが、この種のニュースの標的になるのは仕方のないことです。黙って、やり過ごしましょう。
○
つづく第127回(平成14年/2002年・上半期)、この回もまた、おじさんの(おじさん向けの)時代小説が受賞しました。乙川優三郎さんの『生きる』です。
これは、さすがに『あかね空』&『肩ごし~』ほどに爆発(?)しませんでしたが、さりとて、売り上げ的に惨敗だったわけでもない、直木賞としては標準の推移をみせた様子です。だいたい受賞して1か月、2か月ぐらいで10万部を超えたらしく、9月8日に『北海道新聞』が取り上げたときには「六刷、十万六千部」と書かれています。ぼちぼち、といったところでしょう。
同じ回、芥川賞のほうは吉田修一さんの「パーク・ライフ」。これもまあまあの売れ行きを示したそうで、
「小説「パーク・ライフ」は、発売1カ月半で12万部というハイペースな売れ行き。最近の受賞作の読者は、年配者が中心だったが、この作品は、20-30代の若い女性の読者が多いという。」(『東京新聞』平成14年/2002年11月12日「現実のパーク・ライフ族は…小説の舞台 日比谷公園の人々」より)
と報告されています。当時、直木賞でも、女性読者の関心をどのように取り込んでいくかが課題、などと言われていて、同じ時代小説でも、『あかね空』は、幅広い層の読者に支持され、若い女性だって楽しんで読める内容でした。その点、『生きる』は、苦しいです。
この回、候補に挙がった作品には、それこそ20~30代の女性が大大大好きな、江國香織さんの『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』がありましたが、こちらは初版5万部だった、と言われ、『AERA』7月29日号の記事では「10万部」という部数が記されています。
こっちがとっていれば、おそらく20万部ぐらいのラインまでは行ったんじゃないかなー。「売れる本」を選ぶ文学賞なら、ふつうこっちに手を伸ばすよなー、と思いますけど、いや、シブくてファッショナブルさのかけらもない(しかもタイトルが「生きる」ですよ、やりすぎでしょ)時代小説を、江國さんの小説と並ぶほどに売れさせちゃったところが、直木賞の直木賞たるゆえん、と言いますか。
鼻で笑われたっていいじゃない。そんなこと、気にしない直木賞でありつづけてほしいです。
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