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2016年1月17日 (日)

第154回(平成27年/2015年下半期)がもうじき決まりますけど、直木賞って、とらないとどうなるんですか?

 あさって1月19日(火)、新たに第154回(平成27年/2015年下半期)直木賞が決まります。いつもこの日が近づくと、どんより暗い気持ちになってしまいます。

 直木賞をとると、にわかに注目され、世間で作家と認められ、その称号のおかげでまわりのみんなからチヤホヤされ、新作の注文が増え、原稿料も上がって、作家として一生暮らしていけることが保障されたも同然で、幸せになれるのだ。と、高校のとき、白髪まじりの国語の先生が言っていました。ということは、ですよ。直木賞がとれないと、とくに注目もされず、世間では作家と認められず、「落ちた人」の烙印をおされ、新作の注文も増えず、原稿料も上がらず、作家として暮らしていけずに路頭に迷い、不幸になる……ということになりますから、ワタクシの好きな作家が候補になればとくに、その落ちる姿をみるのがつらくて、憂うつになってしまうのです。

 それ以降ワタクシは、半年に一度、知りたい知りたくないにかかわらず、かならず報道される直木賞の日には、暗い思いを抱えながら、耳を手でふさいでやりすごしてきました。しかし、待ってください。あれ。自分の好きな落選候補者の、新作が減ったとか、不遇に扱われているとか、小説を発表できなくなったとか、どうもそんな感じがしないんですよね。

 あの国語の先生、当時60歳ぐらいで、若いころは何か有名な文芸同人誌に参加していたらしく、昔の作家や小説にやたら詳しくて、いつもエラそうに昔の思い出バナシを語っていました。直木賞は芥川賞とはちがって、その後に作家として活躍できるかどうかで選ばれている、とも言っていましたが……。

 直木賞をとるのと、とらないのとで、そんなに活躍度合いに違いが現われるもんなんでしょうか。

 試しに、半年前に発表された第153回(平成27年/2015年上半期)、受賞した東山さんが、よくテレビに引っ張り出されていたなあという印象はありますが、「本」というかたちで残った実績では、どうなんでしょう。

153回 平成27年/2015年7月発表~現在まで 半年
門井慶喜 5 単=1、単他=1、文=3
澤田瞳子 4 単=2、単他=1、文=1、文再=1
受賞 東山彰良 3 単共=1、単他=1、文=1
馳星周 2 単=1、文=1
柚木麻子 2 文=2
西川美和 1 文他=1
明細内訳は、単=単行本(主に小説)、文=文庫(主に小説)、他=小説以外、共=共著、再=新装・再文庫化等

 とろうがとるまいが、ほとんど影響が見られません。

 ……って当たり前か。たった半年じゃ何もわかるはずがありません。では、もうちょっと長めに延ばして、5年くらいさかのぼってみたら、どうでしょう。これなら、多少、当落の影響も出てくるんじゃないんですか。

 5年前といえば、平成23年/2011年1月発表の第144回(平成22年/2010年下半期)。道尾秀介さんが5期連続で候補になって、さすがにそろそろとりそうだと言われたりするなかで、道尾さんともうひとり、初候補の木内昇さんが、スーッと涼やかに受賞してしまったあのころ。ニコ生ではじめて記者会見の生放送が始まった伝説回といってもよく、若い女性がとればみんなそっちに目を奪われるはず、などという予想に反し、西村賢太さんがヒーローになってしまいました。すでになつかしさも漂います。

152回 平成27年/2015年1月発表~現在まで 1年
受賞 西加奈子 5 単他=2、文=2、文共=1
青山文平 3 単=1、文=2
大島真寿美 3 単=1、文=2
木下昌輝 1 単=1
万城目学 1 文共=1
151回 平成26年/2014年7月発表~現在まで 1年半
受賞 黒川博行 8 単=2、文=2、文再=4
貫井徳郎 7 単=1、単共=1、文=2、文再=3
柚木麻子 5 単=3、文=2
千早茜 4 文=4
米澤穂信 3 単=2、文=1
伊吹有喜 2 文=2
150回 平成26年/2014年1月発表~現在まで 2年
伊東潤 15 単=8、単他=2、文=5
柚木麻子 8 単=5、文=3
受賞 朝井まかて 7 単=3、文=4
受賞 姫野カオルコ 6 単=2、文=2、文再=2
千早茜 6 単=1、文=5
万城目学 2 単=1、文共=1
149回 平成25年/2013年7月発表~現在まで 2年半
原田マハ 21 単=9、単共=1、文=9、文他=2
伊東潤 20 単=10、単他=2、文=8
受賞 桜木紫乃 12 単=6、文=6
湊かなえ 13 単=6、文=7
恩田陸 11 単=4、単他=1、文=3、文他=1、文再=2
宮内悠介 4 単=2、文=2
148回 平成25年/2013年1月発表~現在まで 3年
有川浩 23 単=2、単共=3、単他=2、単再=4、文=6、文他=1、文再=5
伊東潤 22 単=11、単他=2、文=9
受賞 安部龍太郎 17 単=5、単共=2、単他=1、文=7、文再=2
西加奈子 12 単=2、単他=2、文=6、文共=1 →2年後に受賞
受賞 朝井リョウ 11 単=5、文=5、文他=1
志川節子 3 単=2、文=1
147回 平成24年/2012年7月発表~現在まで 3年半
原田マハ 29 単=11、単共=2、文=14、文他=2
受賞 辻村深月 19 単=6、単共=1、単他=1、文=8、文共=1、文他=2
貫井徳郎 15 単=5、単共=1、文=5、文他=1、文再=3
朝井リョウ 12 単=6、文=5、文他=1 →半年後に受賞
宮内悠介 5 単=3、文=2
146回 平成24年/2012年1月発表~現在まで 4年
受賞 葉室麟 50 単=26、単他=1、文=22、文他=1
伊東潤 29 単=14、単他=2、文=13
恩田陸 18 単=6、単他=1、文=8、文他=1、文再=2
桜木紫乃 17 単=8、文=9 →1年半後に受賞
真山仁 16 単=7、単他=1、文=5、文共=1、文再=2
歌野晶午 9 単=2、文=7
145回 平成23年/2011年7月発表~現在まで 4年半
葉室麟 54 単=29、単他=1、文=23、文他=1 →半年後に受賞
辻村深月 27 単=9、単共=1、単他=2、文=12、文共=1、文他=2 →1年後に受賞
受賞 池井戸潤 16 単=5、文=6、文共=1、文再=4
島本理生 14 単=5、単他=1、文=7、文他=1
高野和明 5 文=4、文共=1
144回 平成23年/2011年1月発表~現在まで 5年
受賞 道尾秀介 25 単=9、単他=1、文=13、文他=1、文再=1
荻原浩 21 単=9、単他=1、文=10、文再=1
犬飼六岐 17 単=9、文=8
貴志祐介 12 単=2、単他=2、単再=1、文=6、文再=1
受賞 木内昇 10 単=4、単他=1、文=5

 葉室麟さんって人はバケモノなのか! ……と一声、外に向かって叫んでから、いまパソコンの前に戻ってきました。

 とにかく他の受賞者と比べても、葉室さん、群を抜く猛烈な書きっぷりです。それこそ直木賞を受賞したおかげかもしれませんけど、でも、伊東潤さんだって原田マハさんだって、書ける人はどんどん書きまくっているんですよね。現実として、直木賞をとらなくたって、多くの人には発表の場が確保され、次々と新作を出しています。なあんだ、とらなくたって読者の立場で悲しむことなんて全然ないんじゃないか、と少し気持ちが晴れてきました。

 晴れてきたついでに、もう少し前にまで目を向けちゃいます。やりだすとキリがないので、「そんな昔のこと調べたって意味ないよ」と難クセつけられない程度に、以下この10年間の状況だけ挙げてみました。

 10年前、おぼえてますか。平成18年/2006年1月に第134回(平成18年/2006年下半期)が発表され、この回は、渡辺淳一さんが選考委員をしている以上、受賞はないものとさんざん言われていた東野圭吾さんのほか、伊坂幸太郎さんだの恩田陸さんだのが候補に挙がって、ソレ系の好きな軍団は大いに盛り上がり、時代小説ファンがさみしく涙したあの時代です。

          ○

 あの候補作も、この候補作も、直木賞とれなくてずいぶん悲しかったなあ……と思い返してしまいます。でもその悲しみって、いま思えば、さほど現実を見据えたものではない浅はかな感情だったみたいです。

143回 平成22年/2010年7月発表~現在まで 5年半
道尾秀介 27 単=10、単他=1、文=14、文他=1、文再=1 →半年後に受賞
乾ルカ 22 単=13、文=9
受賞 中島京子 20 単=9、文=11
冲方丁 19 単=3、単他=1、単再=1、文=6、文他=3、文再=5
万城目学 13 単=3、単共=1、単他=1、文=4、文他=2、文共=1、文再=1
姫野カオルコ 12 単=3、文=4、文他=3、文再=2 →3年半後に受賞
142回 平成22年/2010年1月発表~現在まで 6年
葉室麟 63 単=35、単他=1、文=26、文他=1 →2年後に受賞
受賞 佐々木譲 36 単=13、単再=1、文=19、文再=3
辻村深月 36 単=12、単共=1、単他=2、文=17、文共=1、文他=2 →2年半後に受賞
道尾秀介 31 単=12、単他=2、文=15、文他=1、文再=1 →1年後に受賞
受賞 白石一文 20 単=10、文=10
池井戸潤 20 単=7、文=8、文共=1、文再=4 →1年半後に受賞
141回 平成21年/2009年7月発表~現在まで 6年半
葉室麟 65 単=37、単他=1、文=26、文他=1 →2年半後に受賞
道尾秀介 36 単=14、単他=2、文=18、文他=1、文再=1 →1年半後に受賞
受賞 北村薫 29 単=7、単他=3、文=9、文他=9、文再=1
貫井徳郎 26 単=9、単共=1、文=12、文他=1、文再=3
万城目学 16 単=3、単共=1、単他=2、文=6、文他=2、文共=1、文再=1
西川美和 7 単=2、単他=1、文=3、文他=1
140回 平成21年/2009年1月発表~現在まで 7年
葉室麟 66 単=38、単他=1、文=26、文他=1 →3年後に受賞
道尾秀介 38 単=16、単他=2、文=18、文他=1、文再=1 →2年後に受賞
恩田陸 38 単=11、単他=4、文=19、文他=1、文共=1、文再=2
受賞 山本兼一 35 単=15、単他=2、文=18
北重人 11 単=4、文=7
受賞 天童荒太 9 単=4、文=4、文他=1
139回 平成20年/2008年7月発表~現在まで 7年半
受賞 井上荒野 40 単=21、単他=2、文=17
山本兼一 37 単=17、単他=2、文=18 →半年後に受賞
荻原浩 32 単=13、単他=1、文=17、文再=1
三崎亜記 20 単=9、単他=1、文=10
新野剛志 15 単=10、文=5
和田竜 8 単=2、単他=2、文=3、文他=1
138回 平成20年/2008年1月発表~現在まで 8年
受賞 桜庭一樹 60 単=13、単他=5、単再=3、文=18、文他=1、文再=20
佐々木譲 55 単=18、単他=1、単再=1、文=31、文再=4 →2年後に受賞
井上荒野 43 単=23、文=18 →半年後に受賞
馳星周 40 単=15、単他=3、文=19、文他=1、文再=2
黒川博行 22 単=9、単他=1、文=6、文他=2、文再=4 →6年半後に受賞
古処誠二 10 単=6、文=4
137回 平成19年/2007年7月発表~現在まで 8年半
桜庭一樹 63 単=14、単他=6、単再=3、文=19、文他=1、文再=20 →半年後に受賞
畠中恵 52 単=25、単他=1、単再=1、文=24、文他=1
北村薫 42 単=10、単他=5、文=12、文他=14、文再=1 →2年後に受賞
受賞 松井今朝子 33 単=10、単他=3、文=13、文他=5、文再=2
森見登美彦 23 単=8、単他=4、文=8、文他=2、文再=1
万城目学 20 単=5、単共=1、単他=3、文=7、文他=2、文共=1、文再=1
三田完 13 単=8、単他=2、文=3
136回 平成19年/2007年1月発表~現在まで 9年
北村薫 44 単=11、単他=5、文=13、文他=14、文再=1 →2年半後に受賞
荻原浩 38 単=17、単他=1、文=19、文再=1
池井戸潤 31 単=9、文=17、文共=1、文再=4 →4年半後に受賞
白石一文 29 単=15、文=14 →3年後に受賞
三崎亜記 21 単=10、単他=1、文=10
佐藤多佳子 14 単=8、文=6
135回 平成18年/2006年7月発表~現在まで 9年半
受賞 三浦しをん 48 単=14、単他=8、単共=2、文=15、文他=8、文共=1
伊坂幸太郎 48 単=16、単他=3、単共=3、文=22、文他=2、文再=2
受賞 森絵都 38 単=15、単他=1、単再=2、文=15、文他=2、文再=3
貫井徳郎 36 単=13、単共=1、文=17、文他=1、文再=4
古処誠二 14 単=7、文=7
宇月原晴明 6 単=2、文=4
134回 平成18年/2006年1月発表~現在まで 10年
恩田陸 69 単=20、単他=6、単共=4、文=32、文他=4、文共=1、文再=2
受賞 東野圭吾 61 単=24、単他=2、単再=1、文=29、文他=3、文再=2
伊坂幸太郎 51 単=17、単他=3、単共=3、文=24、文他=2、文再=2
荻原浩 44 単=20、単他=1、文=22、文再=1
姫野カオルコ 23 単=7、単他=1、文=9、文他=3、文再=3 →8年後に受賞
恒川光太郎 19 単=11、文=8

 そもそも、直木賞と聞いて、たくさん小説を売り出している人気作家、のことを思い浮かべるのが浅はかなのかもしれませんね。そりゃ、昔は「直木賞とるかとらないかで人生が変わった」かもしれませんよ。でも、そんなハナシ、いまはとっくのとうに通用しません。とって売れる作家になる人もいれば、とらないままで売れる人もいる。とっても寡作な人もいれば、とらずにじっくりと書く人もいる。

 昔ながらの直木賞観をそのまま変えず、直木賞とはこういうものなのだと、いかにも何か傾向や効果があるように講釈を垂れるのではなく、それらのほとんどは「賞」のほうの性質ではなく、候補者ひとりひとりによって生まれる違いにすぎない、っていう当たり前の事実を、ワタクシは高校生のときに教わりたかったですよ、あの国語の先生、いまでも自分の直木賞観を頑迷に信じて、元気で過ごしているのかなあ。

          ○

 で、今回の第154回です。どの候補者がとるとどうなって、とらないとどうなるのか、わかる人間など、当然この世には誰ひとりいません。まあ、宮下奈都さんは、どっちにしても全然気にしないかと思います。マイペースで書いていってくれそうですよね。梶よう子さん、柚月裕子さんも、すでに何年も筆力旺盛な創作活動を続けてきていますので、これも直木賞の当落が影響を及ぼす余地はほとんどなさそうです。『鬼はもとより』で完全に、時代小説界注目の人となった青山文平さんも、引く手あまた……かどうかは知りませんが、確実に読者はついていますし、とるとらないは、問題じゃないでしょう。

 深緑野分さんは……少なくとも直木賞側から見れば「みたか直木賞の幅広さを!」と自慢できるので、とってもらいたいところですが、ミステリー分野は直木賞をはるかにしのぐ一大エリアです。直木賞など、大海に小石を投げ入れたくらいの影響力しか残せない、かもしれません。

 1月19日、選考会が行われます。ワタクシは「直木賞受賞作ファン」「直木賞受賞者ファン」ではなく、「直木賞ファン」なので、何がどのように選ばれても、ここにほんのいっとき、ほんの一部の人たちの目が集中してワッと盛り上がることが、無上の楽しみです。また今度も、記者会見場に行って、受賞者貼り出しをまぢかで見てくるつもりですが、昔のように、あれが落ちた、これが駄目だった、と聞いた瞬間に悲しくて泣かないようにしたいと思います。

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