劇団ひとりは言った、「直木賞にノミネートされるかも、なんていう噂に、迷惑しています」。(平成18年/2006年7月)
(←書影は平成18年/2006年1月・幻冬舎刊 劇団ひとり・著『陰日向に咲く』)
9割ぐらい斎藤美奈子さんの責任なんじゃないかと思います。
劇団ひとりさんは、文才もあってお話づくりもうまく、まだまだ小説の書ける人だと思います。『陰日向に咲く』は、最終的に(約)百万部の売上に達してしまい、芸人の「非ネタ本」(……って、かなりダサいネーミングですけど)界に明るい未来をきりひらいて、その後の、芸人による小説の流行を喚起した記念すべき作品として、後世にまで語り継がれて何の遜色もない出来なのは、たしかです。
しかし、そこでどうして直木賞などという、少数の仲間しか相手にしない、しみったれた行事の話題と結びつけられてしまったのか。といえば、斎藤美奈子さんが『週刊朝日』の書評「文芸予報」でやらかした、なにげない一言のせいです。
「知名度ゆえのアドバンテージがあると考えるか、ハンディ戦だと考えるかは微妙なところ。が、結論からいうと、これはなかなかの掘り出し物である。」(『週刊朝日』平成18年/2006年3月3日号より ―引用原文は平成20年/2008年11月・朝日新聞出版刊『文芸誤報』)
と、それこそ「微妙な」褒め方をしたうえで、最後にこうしめくくりました。
「全作品にオチというか種明かしがあり「どうだ」という感じが多少鼻につくものの、ふつうに直木賞をねらえるレベルでしょう。」(同)
日本(の出版・編集界)には、とにかく「直木賞」という三文字が大好きな人たちがたくさんいるのは、日ごろみなさんも実感していると思いますが、この斎藤さんの一言で、俄然、劇団ひとりが直木賞だって!? と息を荒くして興奮した人が急増。『スポーツニッポン』3月1日付の記事「劇団ひとりの処女小説「陰日向に咲く」、映像化権“争奪戦”」ではさっそく、「ふつうに直木賞を狙えるレベルでしょう」の一節が引かれ、わあ直木賞だあ直木賞だあ、と元気に庭をかけまわります。
当時、ワタクシもその一端を目のあたりにしました。たまたまこの時期、直木賞(ともうひとつの賞)の特集を組むというので、『ダカーポ』のライターの方と直接お話しする機会があったんですが、とにかくその方の「劇団ひとり×直木賞ニュース」に対する熱がすさまじく、「まだ候補は発表されてないですけど、候補を決める予選の20、30冊ぐらいまでには、残っているみたいなんですよ!」「ほんとうに候補になるかもしれませんよ!」と、何か世界がひっくり返るんじゃないかといった勢いで話されていたことを思い出します。
その『ダカーポ』誌の特集には、劇団ひとりさん本人まで駆り出され、直木賞に臨む(?)思いを語らされてしまう始末。
「「褒めてもらったのはいいんですけどね。誰がそんなことを言い出したのか知らないけど、直木賞にノミネートされるかも、なんていう噂を耳にして、なんか変な下心が出てきちゃって。ほとほと迷惑しています。ふたを開けてみたら、相手は何とも思ってなかったりしてね」
(引用者中略)
果たして、直木賞へのノミネートは実現するのだろうか。」(『ダカーポ』平成18年/2006年7月19日号「劇団ひとりの挑戦――直木賞ノミネートはあるのか? なんか変な下心が出てきちゃって……」より)
どう読んでも、『ダカーポ』さん、あなたたちみたいに噂だけで煽り立てる人たちに迷惑してるんですよ、と言っているんですが、それを含めて記事にする『ダカーポ』は、さすが度量が広いといいますか、ツラの皮が厚いです。
第135回(平成18年/2006年・上半期)の直木賞は、いつもどおりに中間大衆誌にこつこつ小説を書き、本を何冊も出しているような候補者をずらりと並べて、世界はひっくり返らずに平穏なまま過ぎ去ります。こんなものに手を借りなくたってウチは売りまっせ、と胸を張って生きる幻冬舎の見城徹さんは、こう言いました。
「編集者としてつかこうへい氏の「蒲田行進曲」など5作の直木賞を担当した幻冬舎の見城徹社長は、ひとりの成功はお笑いブームに左右されたものではなく、質の高さによるものだと指摘する。「切なくて、ちょっと笑えて、普段は気が付かない悲しみややさしさに気付かされる。芸人が余技で書いた小説ではない。ノミネートこそされなかったが、直木賞のレベルにある作品です」。」(『日刊スポーツ』平成18年/2006年8月9日「お笑いタレント劇団ひとりの小説が50万部突破」より)
って、わざわざ候補にならなかった直木賞の名を挙げて、レベルの話をしているってことは、直木賞の手を借りているんでは? ……と思いたくもなりますが、まあ見城さんですから、そんな意識は全然ないでしょう(たぶん)。
お笑い芸人と直木賞、といえば、本人みずからが話題性ねらいの意図をぷんぷんに匂わせ(いや、全面に押し出し)、直木賞直木賞と口にするのが世の主流。だと思っていたところに、まるでそういったそぶりも見せず、
「芸能人たるもの、普通なら自らせっせとプロモーションするものだが、「いわゆるタレント本として見られたくない」という理由で目立った宣伝活動はほとんどしなかった。」(『中央公論』平成18年/2006年7月号「人物交差点」より)
と、発売に際しての姿勢に加え、小説はオファーがあったから書いただけですと言い切り、もうこんなことは二度とやりたくないですね、と小説参入に二の足を踏む劇団ひとりさんには、すがすがしさを覚えます。だからこそ、本人は別にどうとも思っていないのに、やたら周囲が浮足立ってキャーキャー騒ぐ、いかにも直木賞らしい光景を見せてくれた、とも言えます。
だいたい、「直木賞レベル」って何すか。えっ、そんなところにレベルなんてあったの? 全然気づかなかったよ。と、直木賞ファンのワタクシですら混乱してしまう不可解きわまりない単語です。どうやら一人ひとりの頭のなかで、思い思いの勝手なイメージだけをもとに設定された「直木賞レベル」があるらしいんですが。……幻か、妄想のようなものです。
○
ついうっかり『陰日向に咲く』と直木賞のあいだに、連想の橋渡しをしてしまった斎藤美奈子さんは、その責任を深く反省し(?)、「文芸予報」が単行本される折りに注釈をつけました。
「「ふつうに直木賞をねらえるレベル」とは微妙な表現ではあり「アレが取れるならコレが取れたっておかしくないでしょう」くらいのニュアンスだったりもするのだが、(引用者中略)いま思うと『陰日向に咲く』は芥川賞系かなという気もするのだが。」(前掲『文芸誤報』より)
そうでしょうね。「ふつうに直木賞をねらえるレベル」という表現に、たいした意味があるとはとうてい思えなかったんですが、この注釈ですっきりしました。要するに斎藤さんの、じっさいの直木賞受賞作に対する揶揄が生み出した表現であって、あとは何も言っていないのと同じです。
はっきりいえば「直木賞」という、みんな知っているでしょ、ほらアノ直木賞だよ、とそれだけで通じる、知名度の高い賞の名前を使っていることに、唯一の意味があります。なんとなくそれぞれが思い描いている「レベルの高い小説」を連想してごらん、と言っているようなものです。現実に直木賞がとれるかどうかは全然、関係がありません。
当然、直木賞は、小説の内容や質(レベル、ってやつですか?)で決められるような賞じゃありませんから、「直木賞レベル」というものはあり得ません。
書き下ろしの処女小説集の一冊だけで、直木賞なんかねらえるはずはない、今後さまざまに書き続けていけば直木賞が候補に残す確率も、ないわけではない。といったところかもしれませんが、それを言い出すと、大手の文芸出版社から出ている新進・中堅作家のほとんどの小説が、「ふつうに直木賞をねらえるレベル」です。オール、小現、小新、小すば、このあたりの新人賞をとった人は、「ふつうに直木賞をねらえるレベル」です。劇団ひとりさん以降、数々出版されてきた芸人の小説(今後、うちのブログで取り上げる人もいるかもしれません)、ワタクシの読むかぎりでは、「ふつうに直木賞をねらえるレベル」です。形容としては、ほぼ無意味です。
無意味なんですが、劇団ひとりさんが「ほとほと迷惑している」と語っているとおり、厄介なのは、あまりに「直木賞」という看板が、多くの人びとに知られ、親しまれ、いろんな場面で、それぞれのイメージをもとに愛用されちゃっていることです。「直木賞」と聞くと、とれるのかとれないのか!? とソワソワしだす人もいるでしょうし、「直木賞=本流の作家=先生」みたいに、尊敬すべき対象だと想像する人もいるでしょうし、ドーンと売れる、チヤホヤされる、一生安泰、と妄想をふくらませる人もいるでしょう。
でも現実の直木賞はどうですか。
そりゃ人さまざまなので、一辺倒なイメージじゃ通用しないんですが、太田光さんが「この小説が直木賞を受賞しない日本の文壇は腐っている」と言ったように、一冊の上出来な小説をとりあげて、それを顕彰するような清らかな(?)ものではありません。そういうのが好きな方は、どうぞ隣の賞へ行っていただくことにしまして、まあ、いきなり初の小説を突きつけられて、直木賞もねらえるといろんな人が言っているぞとワァワァ勝手に騒がしくなって、劇団ひとりさんも、そして直木賞も、正直困ったことでしょう。
一作目が売れに売れてしまったせいで、
「伊藤(引用者注:伊藤たかみ) 次回作は考えてらっしゃるんですか?
ひとり う~ん……いやなんですよね(笑)。いやっていうか、前書いたときは「受けた結果すごくしんどかった」っていうのはあったんですけど、今度それに自ら進んでいくとなると、結構なMじゃないと無理かな、と(笑)。(引用者中略)あとまあ単純なプレッシャーもあります。次のやつが仮に五万部売れましたっていうことになったら、本当だったら「おおっ、五万部!」ってなるはずなのに……。
伊藤 五万部でもすごいのに、それだけかよって言われちゃう(笑)。
ひとり ……っていう扱いに絶対なるだろうし。僕は本当にネガティブなので、絶対に超えられない壁があっても「いいじゃん、超えられなくたって」みたいなことを人前では言いますけれど、やっぱりいやです(笑)。(『文藝』平成18年/2006年冬号[11月] 劇団ひとり×伊藤たかみ「不幸をお金にかえる法――小説家入門の巻」より)
などと、かなり二作目に慎重だった劇団ひとりさんも、平成22年/2010年に『青天の霹靂』を書き下ろして、晴れて「一発屋小説家」の汚名を返上(いや、平成20年/2008年の『そのノブは心の扉』も一種の小説集じゃないか、っていう論もあり)。また今度、いつになっても構わないんで、気の向くことがあったら、小説でも書いてください。直木賞がどうこう、っつうのは何の意味もないテキトーな発言で、「直木賞のレベル」なんてものも、この世には存在しませんから、どうぞ気にしないでください。
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