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2014年8月17日 (日)

「直木賞受賞者は芥川賞受賞者とちがって、ただ読者のために書いてきた。」…『朝日ジャーナル』昭和44年/1969年8月3日号「芥川賞・直木賞の虚実――選考委員の狂った目――」(斬)

■今週の文献

『朝日ジャーナル』昭和44年/1969年8月3日号

「文化ジャーナル 文学

芥川賞・直木賞の虚実
――選考委員の狂った目――」

(斬)

 第61回(昭和44年/1969年・上半期)の直木賞には、佐藤愛子さんが選ばれました。すでに何冊も著作があり、純文学方面から飛び出してジュニア向け小説、中間小説でせっせとお金を稼いでいる最中の、堂々たる「実績あり」作家の受賞でした。

 それで、今回の文献「芥川賞・直木賞の虚実」なんですけど、第61回の結果を総括して、両賞について、匿名の(たぶん文学史にくわしいと自負する)人が、テキトーに追いついたことを書く。っつう、よくある体裁の記事になっています。「よくある」が堂に入りすぎていて、直木賞受賞者、佐藤愛子さんや、受賞作『戦いすんで日が暮れて』のことには、ほとんど触れられていなくて、芥川賞側から見た両賞の姿ばかりが、得々と語られています。非常に気持ち悪い記事です。ええ、よくある類いのものです。

 こういうとき文芸コラムの書き手は、芥川賞偏重になる、っていうのが当時の潮流でしたから、およそ直木賞のことは無視されます。代わりに(?)、佐藤愛子さんが語る当時の様子を拝聴して、怒りの矛をおさめましょう。『オール讀物』平成23年/2011年11月号に載った、聞き手大村彦次郎さんによるインタビュー「佐藤愛子、九十歳を語る。」の一部が、文春のホームページで読めます

(引用者注:新橋第一ホテルでの)記者会見が終わったら、ありがとうございました、でさよなら。最近では候補になった人のところに各社の編集者がへばりついて、今や遅しと待っているわけでしょう。そんなお祭りさわぎなかったんですよ。誰も顔を出さないし、静かなもんです。「文學界」の私の担当者と二人で、新橋の駅に向かってヒョコヒョコ歩いて帰りました。ちょうどアポロが月へ向かって行ってる夜でね。お月さんがビルの上に出ていて、「ああ、今あすこへ向かってアポロが飛んでるのねえ」と言いながら、二人で新橋駅へ行ってさよならって別れました。」(「佐藤愛子、九十歳を語る。」より)

 ほお、当時は「待ち会」などなかったのか、時代は変わったな、……などと短絡的に思わないほうがいいのでしょうね。だって、すでに直木賞・芥川賞通じて3度、候補者としての夜を経験し、その喧騒ぶりに嫌気がさしていた、と他のエッセイでは書いていた佐藤さんですもん。賞の動向とかに右往左往するのは馬鹿らしいと、それで騒ぎから身を置いていた、つう感のほうが強いわけです。いまだって、編集者たちと待つのがいやで、「待ち会」などしない候補者もいるわけですし。人によりけりです。

 さて、『朝日ジャーナル』の匿名ライター(斬)さんですが、冒頭に、

「第六一回芥川賞は、田久保英夫氏の『深い河』および庄司薫氏の『赤頭巾ちゃん気をつけて』の二編に、また、直木賞は佐藤愛子氏の『戦いすんで日が暮れて』に与えられることになった。」(『朝日ジャーナル』昭和44年/1969年8月3日号「芥川賞・直木賞の虚実――選考委員の狂った目――」より)

 と綴ってから以降、田久保作品、庄司作品、それから第1回の芥川賞が「蒼氓」に与えられて太宰治「逆行」と高見順「故旧忘れ得べき」の2つが落ちた、っつう手あかまみれのエピソードを持ってきて、芥川賞について(あるいは、これまでの芥川賞受賞者が、その後活躍できなかったことについて)書き連ねていきます。

 こういう文脈のなかで、強引に「芥川賞の比較対象」として駆り出されてしまう直木賞の、なんとまあ可哀想すぎる姿。直木賞も可哀想なんですが、芥川賞を透かしてしか直木賞を見ることができず、珍妙な直木賞観を展開せざるをえなかった(斬)さんまでもが、なんだか可哀想に見えてきます。

「これにたいして直木賞では、第一回の川口松太郎氏はいかにも直木賞にふさわしい。しかし直木賞はその半面、井伏鱒二、橘外男、檀一雄、久生十蘭、梅崎春生、野坂昭如氏らをも世に送り出しているのである。芥川賞作家の盲点が、文壇または文学青年のために書いたところにあるなら、直木賞作家はただ読者のために、あるいは文壇を無視して勝手なことを書くことができた。」(同)

 ね。スゴいでしょ。自説を強調したいがための、都合のいい取捨選択。ヒドいことになっていますね。

 たしかに、芥川賞の側から直木賞を語るときに、よくある手法ではあります。井伏・檀・梅崎の、いわゆる「直木賞をとった純文学作家御三家」の名をもちだし、自分には興味のない他に何十人もいる受賞者のことを勝手に無視して、直木賞とはうんぬん、と語ってしまう、という。こういう語り手たちの跋扈が、長年にわたって、直木賞の実像をゆがめてきました。おお、せつない。

 せつないついでに、このあとにつづく(斬)さんの、直木賞・芥川賞のそれぞれの受賞者比較論が、またまた、異様なんです。たわごとや曲解を通り越して、一種のおかしみさえ漂わせてしまっています。

「井伏鱒二、梅崎春生の両氏にはすでに全集があり、橘外男、久生十蘭の二人については、旧著の復刊や全集の企画が進んでいる。これは、「新人」という役割を終れば、あとはたちまち色あせてゆく近ごろの芥川賞作家に比べて、良質の直木賞作家が「読者」という絶対的な存在によって、たえず自己検証をしいられてきた結果と思われる。」(同)

 んなことないでしょ。当時の「近ごろの芥川賞作家」……大庭みな子さんも丸谷才一さんも丸山健二さんも高井有一さんも津村節子さんも田辺聖子さんも河野多恵子さんも宇能鴻一郎さんも三浦哲郎さんも北杜夫さんも、新人の役割を終えたあとたちまち色あせ……たりしなかったじゃないですか。おいおい、「最近の芥川賞」に難癖をつければメシが食える、っつうお決まりのパターンかよ、どういうことだ、責任者出てこい!

 ……そして、こうやって、「近ごろの芥川賞」をおとしめる道具として(のみ)都合よく言及される直木賞が、ほんと不憫でなりません。何が「「読者」という絶対的な存在」ですか。そうやってたくさんの読者を得たら得たで、あとになって「死後は急速に忘れられ、読む人もいなくなった」とか、言い立てるくせに。まったくもう。

 (斬)さんのハマったのと同じような陥穽から避けるためにも、最後に、「全集になった」受賞者の一覧を挙げておきます(「全集」の定義って、けっこう難しくて、とりあえず全集と銘打ったもの・それに近いものだけにしました。「全作品」とか「自薦全集」は除いてあります)。まあ、こんなものだけで、直木賞はどうだ・芥川賞はこうだ、と両者の特徴を語ろうとするのは、よほどの勇者もしくは愚者です。ワタクシは凡庸な人間ですので、ここから何の結論も導き出せません。

直木賞受賞者

●第1回(昭和10年/1935年・上半期)

川口松太郎

〔生前〕『川口松太郎全集』全16巻(昭和42年/1967年11月~昭和44年/1969年3月・講談社刊)

●第3回(昭和11年/1936年・上半期)

海音寺潮五郎

〔生前〕『海音寺潮五郎全集』全21巻(昭和44年/1969年10月~昭和46年/1971年6月・朝日新聞社刊)

●第4回(昭和11年/1936年・下半期)

木々高太郎

【没後】『木々高太郎全集』全6巻(昭和45年/1970年10月~昭和46年/1971年3月・朝日新聞社刊)

●第6回(昭和12年/1937年・下半期)

井伏鱒二

〔生前〕『井伏鱒二全集』全12巻(昭和39年/1964年9月~昭和40年/1965年8月・筑摩書房刊)

〔生前〕『井伏鱒二全集』全14巻(昭和49年/1974年3月~昭和50年/1975年7月・筑摩書房刊 増補版)

【没後】『井伏鱒二全集』全28巻・別巻2巻(平成8年/1996年11月~平成12年/2000年3月・筑摩書房刊)

●第24回(昭和25年/1950年・下半期)

檀一雄

【没後】『檀一雄全集』全8巻(昭和52年/1977年6月~昭和53年/1978年1月・新潮社刊)

【没後】『檀一雄全集』全8巻・別巻(平成3年/1991年9月~平成4年/1992年10月・沖積舎刊)

●第26回(昭和26年/1951年・下半期)

久生十蘭

【没後】『久生十蘭全集』全7巻(昭和44年/1969年11月~昭和45年/1970年6月・三一書房刊)

【没後】『定本久生十蘭全集』全11巻・別巻(平成20年/2008年10月~平成25年/2013年2月・国書刊行会刊)

●第32回(昭和29年/1954年・下半期)

梅崎春生

【没後】『梅崎春生全集』全7巻(昭和41年/1966年10月~昭和42年/1967年11月・新潮社刊)

【没後】『梅崎春生全集』全7巻・別巻(昭和59年/1984年5月~昭和63年/1988年11月・沖積舎刊)

●第34回(昭和30年/1955年・下半期)

新田次郎

〔生前〕『新田次郎全集』全22巻(昭和49年/1974年6月~昭和51年/1976年3月・新潮社刊)

【没後】『完結版新田次郎全集』全11巻(昭和57年/1982年6月~昭和58年/1983年4月・新潮社刊)

●第39回(昭和33年/1958年・上半期)

山崎豊子

〔生前〕『山崎豊子全集』全23巻(平成11年/1999年12月~平成17年/2005年11月・新潮社刊)

●第40回(昭和33年/1958年・下半期)

城山三郎

〔生前〕『城山三郎全集』全14巻(昭和55年/1980年1月~昭和56年/1981年3月・新潮社刊)

●第42回(昭和34年/1959年・下半期)

司馬遼太郎

〔生前〕~【没後】『司馬遼太郎全集』全68巻(昭和56年/1981年12月~平成12年/2000年3月・文藝春秋刊)

●第43回(昭和35年/1960年・上半期)

池波正太郎

【没後】『完本池波正太郎大成』全30巻・別巻(平成10年/1998年7月~平成13年/2001年3月・講談社刊)

●第44回(昭和35年/1960年・下半期)

黒岩重吾

〔生前〕『黒岩重吾全集』全30巻(昭和57年/1982年11月~昭和60年/1985年3月・中央公論社刊)

●第45回(昭和36年/1961年・上半期)

水上勉

〔生前〕『水上勉全集』全26巻(昭和51年/1976年6月~昭和53年/1978年11月・中央公論社刊)

〔生前〕『新編水上勉全集』全16巻(平成7年/1995年10月~平成9年/1997年1月・中央公論社刊)

●第48回(昭和37年/1962年・下半期)

杉本苑子

〔生前〕『杉本苑子全集』全22巻(平成9年/1997年2月~平成10年/1998年10月・中央公論社刊)

●第50回(昭和38年/1963年・下半期)

和田芳恵

【没後】『和田芳恵全集』全5巻(昭和53年/1978年10月~昭和54年/1979年5月・河出書房新社刊)

●第54回(昭和40年/1965年・下半期)

立原正秋

【没後】『立原正秋全集』全24巻(昭和57年/1982年8月~昭和59年/1984年8月・角川書店刊)

【没後】『立原正秋全集』全24巻・別巻(平成9年/1997年4月~平成10年/1998年5月・角川書店刊 新訂版)

●第60回(昭和43年/1968年・下半期)

陳舜臣

〔生前〕『陳舜臣全集』全27巻(昭和61年/1986年5月~昭和63年/1988年9月・講談社刊)

●第63回(昭和45年/1970年・上半期)

渡辺淳一

〔生前〕『渡辺淳一全集』全24巻(平成7年/1995年10月~平成9年/1997年7月・角川書店刊)

●第69回(昭和48年/1973年・上半期)

藤沢周平

〔生前〕~【没後】『藤沢周平全集』全26巻・別巻(平成4年/1992年6月~平成24年/2012年1月・文藝春秋刊)

●第79回(昭和53年/1978年・上半期)

色川武大

【没後】『色川武大阿佐田哲也全集』全16巻(平成3年/1991年11月~平成5年/1993年2月・福武書店刊)

●第80回(昭和53年/1978年・下半期)

宮尾登美子

〔生前〕『宮尾登美子全集』全15巻(平成4年/1992年11月~平成6年/1994年1月・朝日新聞社刊)

●第83回(昭和55年/1980年・上半期)

向田邦子

【没後】『向田邦子全集』全3巻(昭和62年/1987年6月~8月・文藝春秋刊)

【没後】『向田邦子全集』全11巻・別巻2巻(平成21年/2009年4月~平成22年/2010年4月・文藝春秋刊 新版)

●第105回(平成3年/1991年・上半期)

宮城谷昌光

〔生前〕『宮城谷昌光全集』全21巻(平成14年/2002年11月~平成16年/2004年7月・文藝春秋刊)

●第119回(平成10年/1998年・上半期)

車谷長吉

〔生前〕『車谷長吉全集』全3巻(平成22年/2010年6月~8月・新書館刊)

芥川賞受賞者

●第3回(昭和11年/1936年・上半期)

石川淳

〔生前〕『石川淳全集』全10巻(昭和36年/1961年2月~昭和37年/1962年12月・筑摩書房刊)

〔生前〕『石川淳全集』全13巻・別巻(昭和43年/1968年4月~昭和44年/1969年4月・筑摩書房刊)

〔生前〕『石川淳全集』全14巻(昭和49年/1974年1月~昭和50年/1975年3月・筑摩書房刊 増補版)

【没後】『石川淳全集』全19巻(平成1年/1989年5月~平成4年/1992年12月・筑摩書房刊)

●第5回(昭和12年/1937年・上半期)

尾崎一雄

〔生前〕~【没後】『尾崎一雄全集』全15巻(昭和57年/1982年2月~昭和61年/1986年1月・筑摩書房刊)

●第7回(昭和13年/1938年・上半期)

中山義秀

【没後】『中山義秀全集』全9巻(昭和46年/1971年7月~昭和47年/1972年9月・新潮社刊)

●第8回(昭和13年/1938年・下半期)

中里恒子

〔生前〕『中里恒子全集』全18巻(昭和54年/1979年10月~昭和56年/1981年3月・中央公論社刊)

●第19回(昭和19年/1944年・上半期)

八木義徳

〔生前〕『八木義徳全集』全8巻(平成2年/1990年2月~10月・福武書店刊)

●第22回(昭和24年/1949年・下半期)

井上靖

【没後】『井上靖全集』全28巻・別巻(平成7年/1995年4月~平成12年/2000年4月・新潮社刊)

●第25回(昭和26年/1951年・上半期)

安部公房

【没後】『安部公房全集』全30巻(平成9年/1997年7月~平成21年/2009年3月・新潮社刊)

●第26回(昭和26年/1951年・下半期)

堀田善衛

〔生前〕『堀田善衛全集』全16巻(昭和49年/1974年6月~昭和50年/1975年9月・筑摩書房刊)

〔生前〕『堀田善衛全集』全16巻(平成5年/1993年5月~平成6年/1994年8月・筑摩書房刊)

●第28回(昭和27年/1952年・下半期)

松本清張

〔生前〕~【没後】『松本清張全集』全3期・66巻(昭和53年/1978年4月~平成8年/1996年3月・文藝春秋刊)

●第29回(昭和28年/1953年・上半期)

安岡章太郎

〔生前〕『安岡章太郎全集』全7巻(昭和46年/1971年1月~7月・講談社刊)

●第31回(昭和29年/1954年・上半期)

吉行淳之介

〔生前〕『吉行淳之介全集』全8巻(昭和46年/1971年7月~昭和47年/1972年2月・講談社刊)

〔生前〕『吉行淳之介全集』全17巻・別巻3巻(昭和58年/1983年4月~昭和60年/1985年1月・講談社刊)

【没後】『吉行淳之介全集』全15巻(平成9年/1997年7月~平成10年/1998年12月・新潮社刊)

●第32回(昭和29年/1954年・下半期)

小島信夫

〔生前〕『小島信夫全集』全6巻(昭和46年/1971年1月~7月・講談社刊)

●第32回(昭和29年/1954年・下半期)

庄野潤三

〔生前〕『庄野潤三全集』全10巻(昭和48年/1973年6月~昭和49年/1974年4月・講談社刊)

●第33回(昭和30年/1955年・上半期)

遠藤周作

〔生前〕『遠藤周作文学全集』全11巻(昭和50年/1975年2月~12月・新潮社刊)

【没後】『遠藤周作文学全集』全15巻(平成11年/1999年4月~平成12年/2000年7月・新潮社刊)

●第38回(昭和32年/1957年・下半期)

開高健

【没後】『開高健全集』全22巻(平成3年/1991年11月~平成5年/1993年9月・新潮社刊)

●第43回(昭和35年/1960年・上半期)

北杜夫

〔生前〕『北杜夫全集』全15巻(昭和51年/1976年9月~昭和52年/1977年11月・新潮社刊)

●第49回(昭和38年/1963年・上半期)

河野多恵子

〔生前〕『河野多恵子全集』全10巻(平成6年/1994年11月~平成7年/1995年9月・新潮社刊)

●第50回(昭和38年/1963年・下半期)

田辺聖子

〔生前〕『田辺聖子全集』全24巻・別巻(平成16年/2004年5月~平成18年/2006年8月・集英社刊)

●第57回(昭和42年/1967年・上半期)

大城立裕

〔生前〕『大城立裕全集』全13巻(平成14年/2002年6月・勉誠出版刊)

●第59回(昭和43年/1968年・上半期)

大庭みな子

〔生前〕『大庭みな子全集』全10巻(平成2年/1990年11月~平成3年/1991年9月・講談社刊)

【没後】『大庭みな子全集』全25巻(平成21年/2009年5月~平成23年/2011年4月・日本経済新聞出版社刊)

●第59回(昭和43年/1968年・上半期)

丸谷才一

【没後】『丸谷才一全集』全12巻(平成25年/2013年10月~平成26年/2014年9月・文藝春秋刊)

●第70回(昭和48年/1973年・下半期)

森敦

【没後】『森敦全集』全8巻・別巻(平成5年/1993年1月~平成7年/1995年12月・筑摩書房刊)

●第73回(昭和50年/1975年・上半期)

林京子

〔生前〕『林京子全集』全8巻(平成17年/2005年6月・日本図書センター刊)

●第74回(昭和50年/1975年・下半期)

中上健次

【没後】『中上健次全集』全15巻(平成7年/1995年5月~平成8年/1996年8月・集英社刊)

●第78回(昭和52年/1977年・下半期)

宮本輝

〔生前〕『宮本輝全集』全14巻(平成4年/1992年4月~平成5年/1993年5月・新潮社刊)

●第100回(昭和63年/1988年・下半期)

李良枝

【没後】『李良枝全集』全1巻(平成5年/1993年5月・講談社刊)

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