「昔の文学賞受賞作に比べると、最近の劣化は甚だしい」…『WiLL』平成24年/2012年6月号「芥川賞の退廃きわまれり」深田祐介
■今週の文献
『WiLL』平成24年/2012年6月号
「総力大特集 昏迷日本の処方箋
芥川賞の退廃きわまれり」
深田祐介
第151回(平成26年/2014年上半期)、黒川博行さん、よかったね、『破門』が受賞とは(遅すぎだけど)嬉しいぞ、直木賞ありがとう、……などとホンワカしていたところに、突然もうひとつ、直木賞の話題が入り込んできたのでびっくりしました。黒川さんと同じく6度目の候補で受賞にいたった「もらいそこねた末の受賞」の先輩、深田祐介さんの訃報です。
いま、うちのブログでは「過去、直木賞に対して投げかけられてきた批判」をテーマにやっています。せっかくの機会なので深田さん関連で何かないかと探しつつ、さすがに深田さんが直木賞を批判していた、ってことはないだろう。と、思っていたんですが、深田さん、ごく最近に、かたわれの芥川賞に対して、もう口を極めて罵詈雑言、その勢いで「昨今の文学賞」にケチをつけていました。
ということで、その放言ぶりを偲びつつ、取り上げさせてもらいます。
ほんの2年前のことです。第146回(平成23年/2011年下半期)の芥川賞を、円城塔「道化師の蝶」と田中慎弥「共喰い」が同時受賞しました。よーく覚えていますよね。その直後に、何をやっても目立つ男、こと石原慎太郎さんが選考委員を辞任しました。忘れられませんよね。このとき、深田さんは石原さんの姿勢をもれなく擁護しながら、受賞2作品を猛烈に批判、そして両作に賞を与えた芥川賞にガップリ噛みつきました。
ちなみに深田さんは昭和6年/1931年生まれですので、老害・オブ・ザ・老害といわれた(いまもいわれている)石原慎太郎さんよりさらに1歳年をくっています。
「先般、芥川賞の候補作の「劣化」に愛想づかしをして、石原慎太郎氏が選考委員を辞任するという事件が話題となり、私も実に久方ぶりに芥川受賞作品を通読し、各委員の選考評を読み、まったく石原氏の指摘が正しく、氏の辞任が当然と思われた。他の委員が辞任しないのが奇異に思われた。(引用者中略)
私は終戦前後に「日本プロレタリア文学全集」を通読し、その稚拙さと品格の欠如に一驚したが、受賞作二作品はこの点においていい勝負だろう。」(深田祐介「芥川賞の退廃きわまれり」より)
飛ばしております。憤っております。
芥川賞(の受賞作)に対する深田さんの嫌悪感はゆるむところを知らず、円城塔さんに対して、遠いむかしに文學界新人賞を受賞した深田さんならではの表現で、思いっきし毒づいております。
「『道化師の蝶』は、昔なら同人雑誌にも載らない作品と思う。これも石原氏の指摘どおり、言葉の綾取りみたいな出来の悪い「ゲーム」、「付き合わされる読者は気の毒」という読後感だ。第七回文学新人賞(引用ママ)受賞の私としては、こんな後輩の出たことを恥に思う。」(同)
恥……。っつうか深田さん、文學界新人賞の受賞をそんなに誇りにしていたのか! 知りませんでした。
ともかく、こんな程度のものしか候補にならず、こんな程度のものしか受賞しない、日本社会はもう劣化の一途をたどっている、……っていうのが深田さんの論調です。自分が直木賞を受賞した頃を思い出しては、こう胸を張ったりしています。
「私自身には直木賞の候補から受賞まで、二十三年を要した過去がある。この長きがゆえに尊からざる文才の欠如を恥じこそすれひけらかす気は毛頭ないが、東西文明論、人生観提示への強い意思は維持していたと思う。少なくとも、日本社会からの逃亡と奴隷的地位に執着する発想とは無縁であった、という自負はある。」(同)
そうですかそうですか。それは素晴らしいことでした。深田さんが直木賞をとった昭和57年/1982年前後、「直木賞・芥川賞は商業主義に流れすぎて、文学の本質を見失っている」などと言う文章がちまたに出ていたような気がするのは、あれはワタクシの記憶違いでしたか。ええ、そうでしょうとも。
昔の両賞はエラい。いまの両賞は駄目。
……ほんとかよ、の極致のような直木賞・芥川賞観ですね。でも、テッパン中のテッパンといいますか、たいていどの時代の、どの立場の人も抱けてしまう、安心・安全な感覚、とも言えましょう。淡い思い出とかイメージしか残っていない同世代には「もしかしたら、そうかも」と思ってもらえて、共感し合えるでしょうし、ほんとうに劣化しているのか誰も検証しない(←じっさい、昔の文学賞のことに興味をもつ人など、ほぼいない)わけですから、はっきり間違いだと指摘されることもありません。いつどこで語ってもだいじょうぶ、無味無臭の直木賞・芥川賞観です。そこまで深く知らない人と、どうしても直木賞の話をしなきゃならないときなどに、おすすめです(そんな場面ないか)。
深田さんは、いまの日本は劣化している、というおハナシをどんどんと繰り出していきます。後半ではなぜだか、いま老人たちは文学ではなく女子サッカー(なでしこ)に熱狂する、とかいうエピソードを持ってきて、文学賞受賞作の「劣化」を論じてみせます。こういうハナシを読んでいると、何だか、いまの直木賞・芥川賞ってずいぶん正常でまともになったのだな、と逆に思えてくるのが不思議です。
「私は月例の食事会に加わっていて、数人の旧き友人たちと会食を楽しんでいるが、ここでの話題の盛り上がりは終始一貫、女子サッカーであり、要するに「なでしこ」メンバー讃歌である。文学など話題になったこともない。(引用者中略)
ひたすらサッカー、サッカーひとすじに熱中する「なでしこ」の選手たちを、老人たちがわが青春時代への郷愁のあまり、熱狂的に応援するのだろう。ジイさんたちがリキムのは、自分たちの人生を顧みて、頷くところが多いからなのだ。(引用者中略)
女子サッカーと文学賞受賞作のどちらが社会に資しているか、といえば、言うも愚かであろう。」(同)
ええ、まったくです。直木賞や芥川賞のような、視野のせまい局地的な文学賞の受賞作が、何か社会に資すような状況、気色わるくて、ワタクシにはたえられませんよ。昔そんな時代があったのだとしたら(って、ほんとにあったんですかね……)、生まれていなくて、ああ心底よかった、と安堵しています。
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