宮城谷昌光〔選考委員〕VS 三崎亜記〔候補者〕…みんなと同じじゃつまらない。いかに平凡から脱するか、を追求する。
直木賞選考委員 宮城谷昌光
●在任期間:13年半
第123回(平成12年/2000年上半期)~第149回(平成25年/2013年上半期)在任中
●在任回数:27回
- うち出席回数:27回(出席率:100%)
●対象候補者数(延べ):161名
- うち選評言及候補者数(延べ):137名(言及率:85%)
先週8月22日、第149回(平成25年/2013年・上半期)の選評の載った『オール讀物』平成25年/2013年9月号が発売されました。自分はこの作品のここがいいと思った、ここが駄目だと感じた、だから票を入れた・入れなかった、云々……というのが選評だと思っていると、たいていひとりの選考委員の評を読んで面食らいます。ひとを煙に巻く選評を書かせたら今や右に出る者のいない、『オール讀物』なんちゅうお手軽読み物雑誌に、異形の選評を書きつづけて早10数年、孤高の選評ライター、宮城谷昌光さんです。
って、最近では、ややわかりやすくなった観もありますが、しかし今回も、桜木紫乃『ホテルローヤル』の文章力が断然すぐれていることを評するに、こんな論を展開しています。
「たとえば、一文のなかに遠近がもちこまれている。その遠近は、空間的だけではなく、時間的であるものもあり、その一文によって、読者はきわめて短い間に想像の拡大と縮小をおのずとおこなってしまう。書き手からすれば、その種の文は、小説のながれにあって起伏、緩急、転調などをやすやすと生じさせる足がかりとなるので、なめらかな変化を産みやすくなる。すなわち小説世界の退化をふせぐのである。」(『オール讀物』平成25年/2013年9月号)
他の委員がもうちょっと引いたかたちで、「過不足なく描いて、ところどころに目を見張る鮮かな表現がある」(阿刀田高)だの、「表層はユーモアに終始して読めるが、女の懐の刃先が見える。よく読めばゾクッとしてしまう」(伊集院静)だの、そんな感じで済ませているなかで、「小説世界の退化をふせぐ」といった、唐突としか見えない角度から斬り込む宮城谷さん。何すか、退化って? とぽかーんとする読者を尻目に、わかるやつにだけわかればいい、の構えを貫くその姿勢が、まぶしすぎます。
まあ、宮城谷さんの、人とは違う文章を書かなきゃならない、という強迫観念のすさまじさは、いまに始まったことじゃありません。年季が入っています。
「とにかく僕は昔から漢字が好きで、そのころ(引用者注:25歳、出版社で雑誌記者をしながら小説を書いていたころ)書いていた作品も漢字の使用量が人より多かったんですよ。(引用者中略)自分がみんなが使っているように(引用者注:漢字を)使っていることで、自分が許せなくなってきたんです。
つまり、人が使った手垢のついた漢字を自分も使っているんじゃないかと。そうして、選択をしてから自分が使うべきだというのがわかってくると、今度は漢字が使えなくなって。
(引用者中略)
自分のやっている、記事を書いたり取材してきたものを雑誌に載せるといったことも、なんだかオリジナリティのないものに思えてきたんですね。だからその状況を打開するためには、まず雑誌記者をやめないといけないと思った。」(『週刊文春』平成3年/1991年8月8日号「行くカネ来るカネ 私の体を通り過ぎたおカネ 宮城谷昌光」より)
こうも言っています。
「私は若い頃から、小説の文章、文体というものについて、自分で大いに分析・研究し、さんざん悩んでもきたわけです。その結果、小説を書く難しさのなかに閉じこめられ身動きできない状態になってしまった時期がある。」(『文藝春秋』平成8年/1996年5月臨時増刊号「司馬遼太郎の世界」所収 宮城谷昌光、清水義範「特別対談 文章に秘密あり」より)
文章、文体で苦しんだ長い年月。そういった経験もあったでしょう。宮城谷さんの書く小説の、大きな特徴をなしているのは、なにしろ文章ですからね。ただ、その思い入れを直木賞の選評なんちゅう場でも、力をゆるめずグイグイと前面に出すところが、もう独走というか、誰もついていけないというか。多数派に迎合することなく、そして、まったくどの選考委員も書けない視点で評を残してきました。
全員が全員、宮城谷さんみたいな選評を書いたら、何が何だかわからない大混乱の読み物になるでしょうけど。オーソドックスななかにひとつ紛れ込むから、宮城谷さんの異端さが光る、っていうことはあると思います。
で、ときとして、あまり他の委員が褒めない候補作を、断固として称えるのも、宮城谷さんの委員生活のなかでは珍しいことではありません。真保裕一『ストロボ』にはじまり、同じく真保さんの『繋がれた明日』、『イン・ザ・プール』『マドンナ』『空中ブランコ』に至るまでの徹底した奥田英朗推し、福井晴敏『6ステイン』、荻原浩『あの日にドライブ』、三田完『俳風三麗花』、乾ルカ『あの日にかえりたい』……など印象に残る推奨文もいくつかあります。
ただ、ここで取り上げる候補者は、それらではありません。オーソドックスな候補作群のなかにまぎれ込んだ異端、三崎亜記さん。過去3度の候補に挙がった人ですが、三崎さんの作品に相対するに、宮城谷さんがどのように、ねじくり回した理論を展開したのか、見てみたいと思います。
宮城谷ブシ、炸裂しています。
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