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2013年1月20日 (日)

佐藤憲一(読売新聞文化部記者) 2000年代、新聞紙上の文学賞ニュースを牽引する、強烈な文学賞脳。

佐藤憲一(さとう・けんいち)

  • 平成9年/1997年ごろ(--)『読売新聞』記者として同紙に署名記事が掲載されはじめる。
  • 平成17年/2005年(--)この年より、年末の文学回顧記事のうちエンターテインメント小説分野を担当(~平成24年/2012年まで・継続中)

 直木賞が終わった週は、いつもうちのブログからは疲労困憊の色が漂います。直木賞の打ち鳴らす太鼓に合わせて、ひたすらバカのように踊り狂うことに忙しいもんですから、ブログ記事に割く余力が、あまり残っていないわけです。

 と言い訳しつつ、今日の「(裏)人物事典」は、百目鬼恭三郎さんにつづき、二人めの新聞記者を取り上げることにしました。2000年代の新聞界に突如あらわれた直木賞(+文学賞)大好き記者。佐藤憲一さんです。

 当然これまで、うちのブログでも佐藤さんの書いた記事を何度も引用しています。文学賞あるところ、かならず佐藤さんの記事あり。っていうのはオーバーですが、何百万と発行されているマスのメディアに、こんなに文学賞ネタ放り込んで大丈夫なのか、と心配になるほど佐藤さんの記事は際立っています。

 まず、ワタクシが「直木賞愛好家」としての佐藤さんを最初に意識したのは、平成16年/2004年のことでした。意識した、と言いますか、実際に一度だけお会いしたわけですが。

第百三十一回直木賞の発表が六日後に迫ってきた。六十九年の歴史を誇る大衆文学最大の賞の季節になると、今度は誰が栄冠を射止めるのかという話題で出版界は持ちきりになる。

 新聞社の文芸記者もその一員なのだが、うわついてばかりではいけないと諭されるような本に出合った。『消えた受賞作 直木賞編』(メディアファクトリー)というアンソロジーだ。」
(『読売新聞』平成16年/2004年7月9日夕刊「直木賞受賞作、3分の1が“消失”」より ―署名:佐藤憲一記者)

 自己宣伝色が強くならないように気をつけて書きますけど、まあ、だいたいその本を見て一本コラム記事を書こう、っちゅう発想がもう。佐藤さん、けっこうな直木賞病です。

「同じ大衆小説の賞でも、江戸川乱歩賞や日本推理作家協会賞は文庫で全集が刊行されている。「直木賞でも全集を」(川口さん(引用者注:『消えた受賞作 直木賞編』の編著者))という願いは多くの小説ファンの共通した思いなのではないか。」(同)

 そんなこと言ったのだっけ、とまったく思い出せません。それにしたって、インタビューで語るほうも語るほうなら、それを記事にするほうも、するほうです。二人の直木賞病患者の思いが融合しちゃって、そうとう病的なコラム記事に仕上がっています。

 『読売新聞』の文化部には、石田汗太さんという先輩記者がいます。石田さんも直木賞報道史にたびたび登場する、なかなかの人です。しかし佐藤さんの場合は、脳の中枢にまで「文学賞」に対する興味が染み渡っていて、その面では石田さんを軽く超えています。

 佐藤さんが次々と放ちつづけている、直木賞を中心とした文学賞関連記事。そのほんの一部を紹介します。

「短編復権の兆し 人生の断片、切り取る力」(『読売新聞』平成13年/2001年2月13日夕刊)

第124回直木賞のことを引き合いに出して、「「大長編が続いて読者は食傷気味なのでは」。先月の直木賞の結果発表の席上、記者席からこんな質問がとび出した。二〇〇〇年下半期の作品が対象となる候補六作中、山本文緒『プラナリア』、重松清『ビタミンF』の受賞二作を含む五作を短編集が占めたからだ」と。

「女子高生候補を気遣う・ミステリー業界批判 異例の芥川・直木賞選考会会見」(『読売新聞』平成15年/2003年1月22日夕刊)

※記者会見した林真理子選考委員が、他の委員から出た意見として、横山秀夫『半落ち』に対して、「各賞の対象となり、批評も出ているのに、これまで誰も見つけられなかったのは甘い」「ミステリー業界がよくない」と言ったと紹介。その件に触れて「「このミス」「文春ベスト10」が評論家や推理作家らプロのアンケートであることを考えれば、ミステリー関係者には耳の痛い話ではないだろうか」と。

「三島&山周賞20年・下 優れた先見性 直木賞と蜜月」(『読売新聞』平成19年/2007年6月5日)

※山本周五郎賞と直木賞との関係に触れ、「ファンタジー、SF、伝奇小説など幻想色の強い作品は、リアリズム志向の強い直木賞の選考会では最も評価されにくい。先見性を持つ山周賞の結論を、近年、蜜月(みつげつ)状態にあった直木賞はどう受け止めるのか。エンターテインメント小説の今後を占う意味で関心が持たれる」と。

「大学が大衆小説を研究対象に 乱歩の講義や横溝の専門誌創刊も」(『読売新聞』平成20年/2008年11月18日)

※成蹊大学を紹介するところの文章、「この十数年で卒業生から小池真理子桐野夏生石田衣良井上荒野と直木賞作家4氏を輩出した成蹊大(東京都武蔵野市)では、図書館に10万冊を目指す「ミステリSFコレクション」(仮称)の整備を進めている」と。

「本屋大賞と2位に新人 周到な宣伝、異例の手段」(『読売新聞』平成21年/2009年4月7日)

※本屋大賞の湊かなえ『告白』と2位の和田竜『のぼうの城』の記事のなかで、「本屋大賞は、恩田陸(第2回)、佐藤多佳子(第4回)、伊坂幸太郎(第5回)の各氏ら直木賞を逃してきた人気中堅作家を評価し存在感を高めてきた」と。

「プロの底力見せた新人賞」(『読売新聞』平成24年/2012年6月5日)

※江戸川乱歩賞を高野史緒がとったことから、藤原伊織の『テロリストのパラソル』のことに触れ、「翌年に直木賞をダブル受賞、ハードボイルドの名作となった」と。

「「伝説」のSF新人賞復活」(『読売新聞』平成24年/2012年8月28日)

※創元SF短編賞の山田正紀賞を受賞した宮内悠介の、デビュー短篇集『盤上の夜』のことを「直木賞で異色の候補作として話題になった」と。

 どうですか。ほんの一部ですけど、直木賞周辺の文学賞が面白くてしかたないワタクシみたいな人間にとっては、たまらない切り口&記事ばかりですよね。

 こういうのを平気な顔して『読売新聞』に書いちゃうんだから、ほんと、佐藤さんって気持ち悪いよなあ。……あ、すみません、入力をミスりました。打ち直します。ほんと、佐藤さんって仕事熱心で頼もしいよなあ。

          ○

 『読売新聞』では年末(12月)になると、その一年を振り返って「回顧」と題する記事が載ります。そのなかのひとつが「文学」に関するものなんですが、いわゆる純文学と大衆文学(エンターテインメント)の二つに分かれていまして、純文学のほうは記者による総評と、識者数名が選んだ年度のベスト3がリストアップされます。エンタメのほうは、記者が書いた状況把握と来年以降への展望の記事のみです。

 佐藤さんは、平成17年/2005年から、そこのエンタメ領域の回顧記事を担当しています。8年連続です。

 エンタメ小説といっても幅が広く、ほぼ一年間の出来事を短い文章のなかにまとめなきゃいけないので、記者の腕の見せ所、といったところでしょうが、なにしろ佐藤さんです。確実に文学賞のハナシを出してきます。ワタクシたちの期待を裏切りません。

 平成17年/2005年は、冒頭からいきなり文学賞の話題でかっ飛ばしてくれています。

「今年のエンターテインメント小説界は混沌(こんとん)としていた。そう感じるのは、アマチュアが選考の主体となる公募新人賞が、雨後の竹の子のように誕生したからだろう。

 ポプラ社小説大賞、ダ・ヴィンチ文学賞、野性時代青春文学大賞など、いずれも読者、編集者らが選考にかかわり、プロ作家が小説観を戦わせ、新人を発掘する常識はもはや通用しない。

 作家が選ぶ直木賞VS書店員が選ぶ本屋大賞の図式も、その延長線上にある。賞の秩序や権威が希薄になり、優れた小説の基準もあいまいになった感がある。」(『読売新聞』平成17年/2005年12月16日夕刊「回顧2005・エンターテインメント小説 混沌と新風 アマ感覚の流行作」より)

 翌年、平成18年/2006年。もちろんハナシのマクラは、文学賞で決まっています。

「エンターテインメントでは、1990年代に支持を得た作家たちが、真価をみせた。

 直木賞が1月、ようやく東野圭吾(48)に受賞の栄誉を与えたことは好例だ。
(引用者中略)

 賞金2000万円の「ポプラ社小説大賞」始め新設新人賞の受賞作も発表されたが、話題性にかなう果実は少ない。むしろ、リリー・フランキー『東京タワー』(扶桑社)など文芸以外から出た新しい才能に、押され気味だった。」(『読売新聞』平成18年/2006年12月19日「回顧2006 文学 混沌に居場所求める 90年代組、名に恥じぬ真価」より)

 この調子で毎年の佐藤調を紹介していってもいいんですが、ワタクシの脳のなかの文学賞細胞が喜びの声を上げるだけなので、略します。いちおう最新の、昨年平成24年/2012年の分だけでも見ておきましょうか。

「直木賞は熟年デビューの才能が花開いた時代小説の葉室麟(はむろりん)『蜩(ひぐらし)ノ記』(祥伝社)が1月に還暦で、若手のホープとして期待されてきた、32歳の辻村深月(みづき)『鍵のない夢を見る』(文芸春秋)が7月に受賞を決めた。受賞者が話題の芥川賞の陰に隠れがちなのは残念だが、今後のジャンルを担う才能に堅実に光を当てた。

(引用者中略)

 型破りな受賞作を出してきた山田風太郎賞は、創設3年目。(引用者中略)直木賞前の作家を顕彰する他の賞との差異は見えにくくなった。

 7月の直木賞で、この賞とは無縁だったSFから、宮内悠介(ゆうすけ)さんのデビュー作『盤上の夜』(東京創元社)が候補入り、日本SF大賞まで得たことには驚いた。」
(『読売新聞』平成24年/2012年12月11日「回顧2012 文学 にじみ出る 命の尊さ 震災後の世界を問う」より)

 文学回顧というより〈文学賞回顧〉の風味が漂っています。よそがマジメな顔して文学を語っているなか、こんな文学賞のことばっかり言ってて大丈夫なんだろうか、と小悪党の犯罪の現場をのぞき見ているような感覚に襲われ、ドキドキしてきます。でもそれがワタクシにとっては、佐藤憲一記者の魅力なのです。

 今年、平成25年/2013年の回顧記事を、佐藤さんが書くことになるかどうかはわかりません。でも、いまから11か月後、朝井リョウさんの『何者』がウンタラ、みたいな記事を書いている佐藤さんの姿が、ワタクシにはまざまざと想像できるのです。期待していますぜ。同志よ。

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