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2012年7月15日 (日)

第147回直木賞(平成24年/2012年上半期)発表翌日のニュース予定稿。

 第147回(平成24年/2012年上半期)の選考会が近づいてきました。決定する前の、このタイミングでしか味わえない、この時期ならではの風物詩、っていうものが直木賞界隈には存在します。

 最も代表的な例は「予想」でしょう。うちのブログでも以前から、事あるごとに取り上げてきました。「予想」、それは直木賞の一部にして、いまやそれ単体のみでも十分に魅力を感じることのできる、別の事象といえるほどまでに成長、発展(?)してきています。

 しかし、今日のエントリーが注目するのは「予想」ではありません。予想に比べればはるかに影が薄いんですが、しかし、今の時期にしか生まれ得ない、賞味期限のみじかい期間限定の美味。あるいは珍味。……「ニュース予定稿」です。

 いまさら説明するのも恥ずかしいんですが、いちおう、予定稿とは何かを書いておきます。

 直木賞が決定しますと、かならず翌日の新聞に、受賞の記事が載ります。それこそ石原慎太郎さんが第34回(昭和30年/1955年下半期)の芥川賞を受賞するずっと以前から、直木賞と芥川賞の決定報は、ほぼ毎回、新聞で扱われていました。長い歴史があります。

 それでも戦後しばらくは、受賞者の氏名と略歴を紹介する程度のものでした。それが時代を経るに従ってだんだん充実したものになっていったのはご存じのとおり。昭和30年代には、一人の人物を囲みで紹介するコーナーの定番として、直木賞・芥川賞受賞者が登場するようになりました。

 受賞インタビューは、当然受賞後に行うのが当たり前でした。これも次第に進化(?)していきまして、事前に候補者が判明しているんだから、選考前に事前取材したっていいだろう、と各紙が判断しはじめます。備えあれば憂いなし。ってことで、受賞が決まる前に、すべての候補者に関して「受賞したときに載せる記事」=予定稿を、ほぼ書いておくのが主流となり、現在にいたっているわけです。

 「使われるかもしれない記事」が、そのときを待って、各新聞社で眠っている。ああ、想像しただけでヨダレが出てきますね。何が受賞するのかを想像する以上に(以上に、ってことはないですか)、翌日の新聞にどんなインタビュー記事が出るのか想像すると、ワクワクしてきます。

 しかし、予定稿ファンには悩みがあります。現実に読むことができるのは、ほんとうに受賞した人の分だけで、他の候補者のものにはお目にかかることができないのです。悲しい。悲しすぎる。ああ、予定稿。捨てないで。

 ……と、ワタクシの切実なる悩みを憐れんだ心やさしい知り合いの新聞記者がおりまして、今回の直木賞候補者、朝井リョウ辻村深月貫井徳郎原田マハ宮内悠介、各氏それぞれが受賞した場合を想定した、貴重な予定稿を見せてくれることになりました。以下、転載させていただきまして、全国の予定稿ファンといっしょに楽しみたいと思います。

          ○

 まずは、この作家の分から。

「「僕より立派なものを書いている先輩作家はたくさんいる。ほんとに僕なんかでいいのかなと」。

 直木賞の歴史のなかで男性では最も若い受賞者となった。

 受賞作は現代の二十歳前後の男女を描いた連作集。選考委員からは「装いはイマドキでも、正統派の青春小説。若者の悩みや希望をすくい取る才能は、天賦のもの」と称賛された。

 デビューは大学生時代、『桐島、部活やめるってよ』で小説すばる新人賞を受賞。以降二年で四作の小説を発表し、作品ごとに若手の注目株として期待を集めてきた。しかし本人はいたって冷静。「自分の妄想を書いて、ほんとにお金をいただいていいのかな、という感じ。同じ大学で純文学の好きな人に言わせると、僕の小説なんか超嫌いだそうです」。

 今年の春、就職して会社員となった。執筆の合間に働く、といった気持ちはまったくない。「毎日叱られて、きちんと〈新社会人〉やっていますよ。会社員と作家が両立していけるかは、僕にもわかりません」と、平成生まれ世代らしく自然体で気負ったところを感じさせない。しかし最後に力強く断言した。「小説は書き続けます」。小説界に頼もしい新人が登場した。」

 ちなみに担当記者いわく、「選考委員が評している箇所は、じっさいの会見を聞いてから、差し替えます」とのこと。なるほど。どんな選後評がきても、だいじょうぶなように書いてあるわけですね。さすがです。

         ○

 つづきまして二人目。

「ここ数年、立てつづけに文学賞の候補に挙がり、常に周囲から直木賞を期待されてきた。「プレッシャーなんて感じる余裕はありませんでした。多くの人に自分の物語が読んでもらえることだけが嬉しくて」。

 このたび第百四十七回の直木賞を、三度目の候補で受賞。感想を問われると「まわりの人たちの応援や励ましのおかげだと思っています」と謙虚に語る。

 子供のころから学校の図書館に入り浸った。一冊ごとに、これまで見たことのなかった世界に触れられる楽しみから、読書に夢中になった。自分の書いた小説で、自分が味わってきた読書の喜びを、他の人が感じてくれることが最高の幸せ。作家になってから、そう実感するようになったという。

 デビューはミステリー小説だったが、いまではその枠に収まらない小説を生み出している。受賞作は、普通に暮らす人たちがさまざまなきっかけで犯罪に手を染める心理を巧みに描いた短篇集。

 「人間を描いていきたいという思いは強くあります。今回の小説は、これまでにもまして、経験豊富な世代の方にも読んでもらえることを意識して書きました。その作品で賞をいただけたことは光栄です。これから新しい試みにチャレンジしていく勇気もいただいた気がします」。」

 ほほう。この記者は、「若者に支持されてきた」みたいなハナシをあえて強調せずに、記事をまとめたのかな。新聞の主な読者層である、おじさん・おばさん世代を意識してのことなんだろうなあ。

          ○

 三つ目はこの候補作家の分です。

「三度目の候補で直木賞を射止めた。デビューから十九年目。受賞作は、トリックやどんでん返しにこだわってきたこれまでの作風とは一味ちがう〈恋愛小説〉。新境地となった。「書きながら途中で、主人公が自分に乗り移った感覚を味わいました。結末も、最初に考えていた展開とはまるで違うものになった。こんな経験ははじめてでした」。

 主人公は女性小説家。かつてベストセラーを連発し、一世を風靡したものの、理由が明かされないまま絶筆した。彼女はなぜ作家になったのか。なぜ人の心をつかむ小説を書けるようになったのか。なぜ急に筆を折ったのか。一人の女性の半生を丹念に描いた。

 「連載の最初のころは、書くのが苦しくてしかたなかった。なにしろ二十代の女性がなぜ男性を好きになるのかが、よくわからない。それでも彼女と一体になろうと努力しているうちに、自然と文章が出てくるようになりました。だから、この物語は僕が書いたものじゃない。主人公の女性作家が書かせてくれた。いまでも僕は本気でそう信じています」。

 選考委員からは「まさしく渾身の作。人間の業が行間からにじみ出てくるよう」とも評された。「たぶん僕にも一生に一度しか書けない小説。でも僕は、主人公のような力はないしベストセラー作家でもありませんから。筆を折ることはできない。これからも書きつづけていきますよ」と笑った。」

 そうだそうだ、筆なんか折っては困りますよ。

          ○

 残るは、あと二人。

「ルソーの幻の名画をめぐるアートミステリー。刊行直後から読書界の話題をさらった。今年五月に山本周五郎賞を受賞。つづいて直木賞に決まった。

 本人は「こんなことになるとは思ってもいませんでした」と困惑ぎみの表情を浮かながらも「ただ、アートの素晴らしさがより多くの人に伝えられたのなら嬉しい」と顔をほころばせた。

 小学生時代にピカソの絵を見た体験がアートとの出会い。大学を卒業後、広告会社を経て、美術の世界に飛び込んだ。国内外の美術館に勤め、キュレーターとして活躍。受賞作が書かれたのは一昨年からだが、構想はすでに二十五年前、大学生のころに浮かんでいた。「はじめてルソーを見たのがそのころ。正直、ヘタだなあと。でも心をギュッとつかまれた」。

 長い間、物書きになるつもりはなかったが、40代のときに編集者の友人のすすめで文章を書きはじめた。「美術業界から離れて数年して、本当に自分が望んでいたアートとの付合い方ができるようになりました。友だちのような存在、と言うのでしょうか。だからこの小説は、自分が一番楽しんで書けました」。

 そう言って受賞作のカバーに視線を落とした。まさに一生涯の友人を見つめているかのようなまなざしだった。」

 「一生涯の友人を見つめるまなざし」って、どんなまなざしだ! とツッコんでみるのも、受賞記事を読む楽しみのひとつでしょう。

          ○

 いよいよ最後です。五人目。

「今年三月にはじめて小説集を出したばかり。ベテランに与えられることが多い直木賞では、異例の受賞となった。「正直、実感はありません。なんで受賞できたんでしょう。僕が聞きたいぐらいです」と淡々と語る。

 受賞作は、四肢を失った女性が、囲碁盤を自分の感覚器と知覚して囲碁界で活躍する表題作をはじめ、将棋、麻雀などいずれもボードゲームを題材にしたもの。自身もプロ雀士をめざした時期がある。

 「ゲームと聞くといまだに否定的に見る人もいるでしょうが、リアルな世界も多分にゲーム的なところがある。ゲームを題材にすることで見えてくる真理があるんじゃないか、と思っています」と言うとおり、本作品集は遊戯の世界を描きながら宗教や哲学など深淵なテーマをはらんでいる。

 直木賞はこれまでSF小説に厳しいと言われてきた。「僕自身は子供のころから、SFが文学のメインストリームの一角を占めているとずっと思ってきました。賞をいただけたことはありがたいのですが、僕が文学で何かを成し遂げたわけじゃありません。すべてはこれからです」。ふと表情をひきしめ、新しい文学にかける決意を垣間見せた。」

 ええと、この予定稿が日の目をみるときは、くるんでしょうか。

          ○

 あ、すみません。最後じゃありませんでした。「予定稿」、もうひとつあります。

「直木賞は受賞作なしと決まった。第百三十六回以来、五年半ぶりのこととなる。

 選考会終了後、選考委員からは「今回はたまたま票が割れた。どれも手堅く楽しめる候補作ばかりで、小説界が低迷しているわけではないと思う」という感想が聞かれた。昨今、出版不況と言われて久しい。そのなかで直木賞は、昔ほどではないとはいえ、受賞作の売れ行きが安定して期待できる大きな看板である。今回の受賞作なしが、業界全体の活気を失わせることになりはしないか、と危惧する声が早くも挙がりはじめている。

 別の選考委員はこう洩らした。「新鮮さが足りない」「何か突き抜けたものが欲しい」「心にひびく文章に出会えなかった」。いまやインターネットが生活のなかに溶け込み、ケータイ小説が流行している。やがて電子書籍が一般的になれば、物語を発信する層はますます増えることだろう。しかし、文学にとって恵まれた環境と言えるかどうか。平均レベルの物語が量産される一方で、読み手の価値観を揺さぶるような傑作が生まれにくくなっていくのではないだろうか。

 いま、文学の世界は曲がり角を迎えているのかもしれない。」

 ……既視感ありありのご高説。ごちそうさまでした。

 ほんとうに心から感謝します。いつどこで発行されるかも定かでないのに、せっせと予定稿を準備している『直木賞新聞』記者の方、こんなブログのために、発表前の記事をご提供いただきまして、ありがとうございました。

 そのほか、ワタクシたちが手に取ることのできる各新聞で、いったい誰の予定稿が採用され、誰の予定稿がお蔵入りとなるのでしょうか。7月18日(水)朝刊を読むのが、いまから楽しみです。

 バカヤロ、新聞がくるまで待ちきれんぞ、もっと前に選考結果を知りたいわい!というセッカチな方もいるのですか、そうですか。前日の7月17日(火)午後7時~8時ごろ、受賞発表や記者会見がニコニコ生放送を通じてリアルタイムで観られますし、夜のあいだに、インターネット上ではドバドバ大量に報じられます。そうして、あわただしい夜を過ごしたあと、翌朝、ゆっくりと新聞をめくるのも一興でしょう。使われなかった予定稿を想像しながら。

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コメント

か、管理人さんは未来に住んでおられるのですか?
このレベルの高さは「予定稿」というより3日後の新聞を読んで戻ってきて書き写してるとしか思えません(笑)

投稿: しょう | 2012年7月16日 (月) 00時05分

しょうさん、

読んでいただきありがとうございます。
未来をのぞいてこられる技能が、ワタクシにあればいいのですけど、
何年たってもまったく身に付かず、
選考会の前はいつも、どうなるんだろう、どうなるんだろう、と考えるばかりで、悶えております。

投稿: P.L.B. | 2012年7月16日 (月) 21時08分

peleboさん、こちらのコメントでは初めまして、こんばんは。
直木賞作品が発表された、というのに、こちらの記事のほうが気になってしまい、こちらにコメントすることをお許しください。

ああ、私、今回も見事に外してしまいました。よくまあ、これだけ外すもんです、私。
私も未来をのぞいてこられる技能があればいいのに、と思ったり、思わなかったり・・。
未来がのぞけないならせめて、peleboさんのように鋭いまなざしがあればいいのにな〜・・ヨヨヨ。

予定稿が載ることはなくなりましたが、私個人的には、マハ氏の予定稿の「一生涯の友人を見つめるまなざし」って、どんなまなざしだ!」に腹を抱えて笑っちゃいました。
P.L.Bさんのまなざしの鋭さもさることながら、突っ込みの鋭さにも感服であります。

また次回もヨロシクお願いします★

投稿: あもる | 2012年7月17日 (火) 23時59分

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