金城一紀(第123回 平成12年/2000年上半期受賞) カッコよさとカッコ悪さの勝負。どちらに軍配が上がるか。
金城一紀。『GO』(平成12年/2000年3月・講談社刊)で初候補、そのまま受賞。「レヴォリューションNo.3」でのデビューから2年。31歳。
「直木賞作家はなぜか自信家でビッグマウス」。っていう川口松太郎以来の伝統を忠実に受け継ぐ男、金城一紀さんです。
金城さんの直木賞受賞から、まだ10数年しかたっていません。なのでこの先、どのような勝負結果になるかは、まだわかりません。
……勝負。そうです。金城一紀 VS. 直木賞、の壮絶な闘いのことです。
カッコよさとカッコ悪さとの闘い、と言い換えると少しはわかりやすいでしょうか。
金城さんの小説『GO』は、「カッコいいってのはこういうことだろ?」と、カッコよさの価値観を読者に問いかける物語になっていました。
「世界の、どんな文化圏の人も心を動かされるものはカッコいいし、特定の地域でしか通用しないものはカッコ悪い、そういう基準。
主人公に求めたカッコよさにしても、そういうことなんです。」(『週刊ポスト』平成12年/2000年9月1日号「POST BOOK WONDER LAND 著者に訊け!」より 構成:橋本紀子)
カッコいいですね。マジョリティもマイノリティも超越する。純文学も大衆文学も線引きしない。小説も映画も表現方法にこだわらない姿勢。
「小熊(引用者注:小熊英二) 貼られたレッテルに逆らうというかたちで、逆にそれに縛られてしまうというのは、もっとつまらないでしょう。僕は金城さんのいろんなインタビューを読んで、「在日じゃない、コリアン・ジャパニーズだ」とか、「純文学じゃなくてエンターテインメントだ」とか言っているのをみて、気持ちはわかるけど、なんか逆にそれに囚われないかなというのが、ちょっと心配だったんだけど。
金城 そう。だからそれがわかっているから、もう「コリアン・ジャパニーズ」もやめようという。」(『中央公論』平成13年/2001年12月号「それで僕は“指定席”を壊すために『GO』を書いた 対談・金城一紀×小熊英二〈在日文学への挑戦〉後篇」より)
誰かに決められた枠組みのなかで生きるのは、カッコよくないぜと。そう考えると、金城作品の、いや『GO』っていう作品の、いちばんカッコ悪い点は、直木賞を受賞したことなのじゃないか、と思ってしまうわけです。
だって「特定の地域にしか通用しない」とか言われたらねえ。文学賞なんて、それそのものじゃないですか。文学賞をとった作品と、候補で落ちた作品、候補にすらならなかった作品、といった尺度で小説を語るのは、ほんとダサい。カッコ悪いですよね、peleboさん。
金城さん自身、「流行語は嫌いです」と言っているぐらいの方です。おそらく、みんなが話題にしている、という理由だけで小説を読んでしまう、多くの直木賞受賞作読者の行動も、きっと嫌いでしょう。カッコ悪く見えるでしょう。
本来、『GO』の世界にどっぷり親近感をもつような読者は、老齢で偉そうにふんぞり返っている選考委員たちとか、「直木賞受賞」の帯が付いただけで手を伸ばす人が一気に増える世界とか、そういうカビくさい固定化した直木賞を、嫌うものじゃないんでしょうか。権威とか伝統とか猿芝居とか、そういうものを唾棄するものじゃないんでしょうか。
でも、残念なことに、彼らの好みに反して『GO』は「直木賞受賞作」っていう、重苦しくてカッコ悪い看板を背負ってしまいました。
みんなの悪役、渡辺淳一さんがイのいちばんに『GO』を激賞して、一票を投じているわけですし。
直木賞をとってしまったがゆえに、こんな言いがかりを付ける人間まで現われてしまいます。それもこれも「直木賞」っていう穢れた存在があるせいです。
「金城一紀については、受賞作が実質的なデビュー作であるため、断定は控えたいが、大した作家にはなりえまい。前回の芥川賞受賞者の一人が、玄月という在日朝鮮人作家だったのと相即して、直木賞でも在日韓国人作家を入れておこうといった配慮がもたらされた受賞といえよう。(引用者中略)
いうまでもなく、前回の芥川賞と今回の直木賞に在日コリアンが受賞したことは、日本にもいわゆるクレオール文学、ポストコロニアル文学の波が押し寄せてきた証左ではある(引用者中略)。にもかからわず、それが韓国や台湾の映画や音楽、芝居といったサブカルチャーの水準に遠く及ばないところに、日本の現代文学のレベルの低さが露呈している。」(『VERDAD』平成12年/2000年8月号「タガが外れた「文学」の“延命装置” 大盤振る舞いされた今年度上半期の芥川賞・直木賞」より)
ワタクシ自身はカッコいいものよりカッコ悪いもののほうが好きです。なので、『GO』よりも、この無署名子の遠吠えふう文章のほうに心を寄せてしまうのですが、まあ、それはそれとして。
金城さんが、直木賞のカッコ悪さを振り払って、ゆくゆくは著者紹介のどこにも「直木賞受賞」の文字が登場しなくなり、「文学賞基準で作家を語らなくなったのは金城一紀から始まった」とか、「いまの直木賞が続いているのは、むかし金城一紀がとったおかげ」とか、そんなふうに言われる未来は、楽しいでしょうね。
いますぐは無理です。当分、無理な雰囲気です。直木賞ってやつもなかなか強敵。そのドス黒い力はしぶといですからねえ。
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