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2011年7月14日 (木)

第145回直木賞(平成23年/2011年上半期)決定の夜に

 受賞作なし、なんてこともありうるぞ。と脅されていたので、ともかく一人の受賞作家が誕生して、ホッとひといきです。今夜19時24分ごろ、第145回(平成23年/2011年・上半期)直木賞の結果が発表されました。

 もうひとつの文学賞とは違って、直木賞は、過去を見返しても、その受賞作が日本の文学の方向性を指し示してきたことはありませんし、そこまで大きな期待を寄せられたこともありません。のびやかで、自由な賞です。そのくせ、どんな結果が出ても文句を言う人が後を断たない天然イジメられっ子キャラです。カワユイですね。

 今回もおそらく例にもれません。この結果にブーブー文句を言う人もいることでしょう。どうぞ言ってやってください。ワタクシも尻馬に乗って文句を……と行きたいところではありますが、いや、それは封印しまして、今日は他の4人の候補作家にお礼を言うところから始めさせてもらいます。

 ほとんど受賞したかと思いました。辻村深月さんの『オーダーメイド殺人クラブ』。大仕掛けのトリックやドンデン返しから解き放たれて、またひとり、ミステリー界から別の領域に去ってしまう作家が、今日生まれるかと思いましたよ。今年は、吉川英治文学新人賞、山本周五郎賞、直木賞と、たてつづけにしかもすべて違う作品で候補になり、お疲れ様なことでした。直木賞は目前でしょう。どうぞこのまま、快進撃を続けてください。

 島本理生さんの小説、正直ワタクシははじめて読みました。『アンダスタンド・メイビー』。この小説が直木賞候補になってくれなければ、おそらく敬遠して、ずっと「あのときの女子」の印象のままで終わっていたと思います。意外にミステリーチック、そしてサスペンス調。何だちっとも「女性専用小説」じゃないんだな、と気づかされました。なに、芥川賞や直木賞をとらずとも、作家生活20周年でも30周年でも迎える方は、ゴロゴロいます。文学賞のことなど気にせず、ガシガシ進んでいってくれる方でしょう。おそらく。

 ああ。葉室麟さんがまだ直木賞に届かないとは……。だいたい、候補作そのものは大したことないのに、候補歴の多さで××や△△に与えたっつうのに、葉室さんはオアズケかよ。酷なことをしやがるぜ。葉室さんといえば、『恋しぐれ』みたいな堅実で静かな作風の作品を書かれるいっぽうで、活劇モノでも時代ミステリーっぽいモノでも、器用にそしてハイテンポでこなすたくましさ。もう何ともステキ!

 そして、あなた、『ジェノサイド』です。高野和明さんの放った強烈な、「アンチ直木賞あぶりだし装置」です。ワタクシは思います。心底思います。直木賞、どれだけ空気の読めるヤツなんだと。絶対直木賞向きでない小説を候補にし、それでもひょっとしたら、とワクワクさせておいて、お約束どおり落選させて、エンタメ小説好きから「直木賞はダメだ」と総ツッコミを受けることで、直木賞がみずからの存在感を際立たせる、っていう展開。高野さんには、そういう爆弾を放り込んでくれて、直木賞ファンとしてお礼の申しようがありません。『ジェノサイド』読みましょう。そして直木賞に罵詈雑言を投げつけましょう。直木賞はそうやって生き永らえてきましたし、光り輝いてきました、そういう生き物です。

          ○

 5人目の候補者。『空飛ぶタイヤ』や『鉄の骨』のときに受賞していても、何の不思議もなかった、おまたせしましたのこのお方。

 池井戸潤さんが受賞されて、嬉しくないはずがありません。昔うちのブログで「直木賞の名候補作」を紹介していたことがあって、そのとき取り上げた作家が、まさかの(!?)受賞ですから。『下町ロケット』は、断然、直木賞っぽくない。その直木賞っぽくない作品で直木賞をとってしまう痛快、爽快感。しかも、前回第144回(平成22年/2010年・下半期)で、「ああ、『下町ロケット』、候補にもならなかったかあ」と一度落胆させておいての、大逆転劇。どこか池井戸作品を思わせるような受賞のなりゆきで、つい拍手を送りたくなりました。

 ……ってことで、小学館、初の直木賞作品おめでとうございます。営業の不手際があろうが、増刷配本が候補発表のタイミングに間に合わなかろうが、受賞しちゃえば受賞したモノ勝ちです。『下町ロケット』、ぜひ大切に、にぎにぎしく売りつづけていってください。

          ○

 受賞発表の場面、女性がツカツカと掲示板に歩み寄って、受賞作の書かれた紙を貼り出す瞬間は、やっぱ見ごたえがありますなあ。ニコニコ生放送、ありがとう。今後も末永く続けていってくれることを祈ります。

 ええと、日本国民のうち、過去の直木賞(や芥川賞)が何時何分に決定発表されたのか、なんてものに興味をもつ人はごく一部でしょう。一部でしょうが、未来のそんな直木賞ファンのために、今回も各サイトでの速報時刻を記録しておきます。

  • ニコニコ生放送……芥:18時55分 直:19時24分
  • 日本文学振興会(主催者)……芥:18時55分 直:19時24分
  • 読売新聞……芥:19時01分 直:19時30分
  • 毎日新聞……芥:19時12分 直:19時35分
  • 朝日新聞……芥直:19時45分

 ちなみに両賞とも、例年にくらべて早くもなく遅くもなく、今回はかなり平均的な発表時刻でした。

 第145回直木賞・芥川賞唯一の受賞作『下町ロケット』は、約1か月先の8月21日(日)からWOWOWで全5話のドラマ化が決定しています。三上博史、寺島しのぶ、池内博之などの出演で、ただいま撮影快調! ……って、なんでワタクシが宣伝しているんだろ。

 同じ時期、『オール讀物』9月号も発売されるはず。ただいま選評執筆快調! なわけはなくて、選考委員たちが選評を書くのはこれからなわけですけど、また一人ひとり、持ち芸、飛び芸、伝統芸を見せてくれることでしょう。8月下旬が楽しみです。

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コメント

下町ロケットの受賞は悦ばしいんですが、8月21日にドラマが始まるのに合わせたかのように受賞というのがどうも……
というのは勘ぐり過ぎなんでしょうが、
大震災+東電大人災による大災害が無ければ、と考えるとどうもしっくりきません。

それを如実に表しているのが、今回の選考についての伊集院氏のインタビュー内容と、山本周五郎賞での落選ではないでしょうか。

巷にあふれる若手作家のどうしようもない自己満足小説よりははるかにマシですが、
復興支援の意味もあって受賞させた、というので本当にいいのかを銓衡委員の先生方でよく話し合ってもらいたかったです。

文学(笑)が生きる希望になることは素晴らしいことですが、
いまだ解決もしていない原発問題や震災地の問題に眼を向けず、頑張れば(この本のように)何とかなる!という根性論ばかりが罷り通りそうな気がしてなりません。

投稿: _ | 2011年7月17日 (日) 10時32分

コメントありがとうございます。

何でもかんでも、アノ地震につなげちゃう風潮は、ワタクシも大嫌いですので、
投稿者さんのお気持ちには同意するところがあります。

ただ、おそらくワタクシは、投稿者さんにくらべて
直木賞が世間に及ぼす影響については楽観的なのでしょう、

>頑張れば(この本のように)何とかなる!という根性論ばかりが罷り通りそうな気がしてなりません。

というほどの心配はしていません。

直木賞受賞作が何か社会的な現象をまきおこして、多くの国民の精神性まで変えてしまった、という例を、
寡聞にして知らないものでして……。

投稿: P.L.B. | 2011年7月18日 (月) 02時41分

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