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2011年7月10日 (日)

第145回直木賞(平成23年/2011年上半期)の選考会当日は、晴れるのか雨が降るのか。気象条件で受賞作をうらなう。

 毎日暑いですね。今年の夏は例年に比べて暑い日が多いらしいです。7月14日(木)はどんな天気になるんでしょうか。

 ……って、「直木賞専門ブログ」の分際で、ガラにもない書き出しをしてしまいました。第145回(平成23年/2011年・上半期)の選考会まであと4日、大事なときです。それなのに、どうして天気のハナシなどしてご機嫌をうかがっているのか。

 夏がくるとつい思い出すメールがあるからです。

 直木賞に関するサイトとかやっていますと、ほんの時たま見知らぬ方からメールをいただくことがあります。3年前の7月のことでした。「直木賞予報士」と名乗る方から、一通のメールが寄せられました。

「こんにちは。小生、10年ほど前から天気と芥川賞・直木賞の受賞結果との相関関係について研究をおこなっている者です。近年、「生気象学」という学問が世界的に注目を浴び、様々な研究が進められていることはご存知かと思いますが、人間の健康・生態・思考・心理などに天気がどのように影響を与えているかが日々研究されています。芥川賞と直木賞も結局人間が決めるものでありますから、天候や気象状況によって結果が左右されるのは当然でありましょう。」

 生気象学? ご存じなわけないでしょう、はじめて聞きましたよ。

 書き出しを読んで、正直、胡散くさいなと思いました。たしかにワタクシの知っている直木賞研究者のなかには、文芸や文学史の観点ではない別の視点、たとえば芸能スキャンダル史や出版文化、大衆文化などからのアプローチで、直木賞を研究されている方がいます。ただ、いくら何でも気象のフィールドで直木賞をとらえようだなんて、無謀で飛びぬけてイッちゃっている人がこの世にいるとは、メールをもらってはじめて知りました。

 そのメールはけっこうな長文でした。「直木賞予報士」さんが調べた各年度の1月と7月、東京における気温、湿度、天候が掲げられ、そのときの直木賞の候補作と受賞結果の分析がめんめんと書かれていたのです。

 ご丁寧に各回の選考会が開かれた日の、まさに選考が行われている時間である18時段階の気象情報まで、ことこまかに挙げられていました。げげっ、何だこの暇人は、と少しヒいてしまったほどです(お前が言うな、って感じではありますが)。

 メールの最後には、当時の候補作6つをもとに、選考会の開かれる平成20年/2008年7月15日の気象条件に応じて、この場合は受賞作はコレ、この場合はアレと、いくつかの予想が書かれていました。

 結果は井上荒野『切羽へ』単独受賞……。「直木賞予報士」さんの予想が的中していました。

 以来なぜか7月になると、この方からのメールがワタクシ宛に送られてくるようになりました。「なぜ1月の選考会は予想なさらないのですか?」と聞いたことがあるのですが、返信文いわく「気温が低い環境の場合は、まだ自分の予想の精度が低いから」だそうです。

 ちなみに、平成21年/2009年7月も平成22年/2010年7月も、気象条件ごとの予想メールをもらいました。「ピタリ」とまではいきませんが、2年ともおおむね当たっていました。

 ……と前置きが長くなってすみません。

 今日のエントリーは、そんな「直木賞予報士」さんのメールに、おんぶにだっこです。選考会が行われる日の、気温や天候などによって直木賞受賞作を予想してしまおう、っていうあなたの知らない(ワタクシですら付いていけない)めくるめく異常な世界にご案内します。

145_2

●当日18時の気温が高いとき

 「直木賞予報士」さんは言います。気温が高いときは、人間イライラする、集中力を保てなくなる、といった理由からか「二作受賞」が発生しやすい、と。(以下、典拠の書籍データなどは一部、引用者であるワタクシが適宜補っている箇所があります)

「我々も体験として認知していることですが、暑さは冷静な判断を妨げる材料になります。

「不快指数が上がる状況では、精神的にも肉体的にも疲れる。思考力や判断力が薄れる。そしておこりっぽくなる。」

「頭がボーッとなり、眠くなる。集中力が薄れる。ふだん慎重な人でも、思わぬ事故を起こすというわけだ。」(平成11年/1999年3月・河出書房新社刊 原田龍彦・著『人はなぜ天気に左右されるのか』より)

 受賞作を一作に絞る作業は、しばしば根気を要する場面があると思います。一作に絞り込む集中力が保てず、二作受賞でもよしと判断してしまう確率は、当日18時の気温が28度を上回った場合に急に跳ね上がります。第135回(平成18年/2006年・上半期)の三浦しをん『まほろ駅前多田便利軒』と森絵都『風に舞いあがるビニールシート』の例、あるいは第131回(平成16年/2004年・上半期)の奥田英朗『空中ブランコ』と熊谷達也『邂逅の森』の例などは、その顕著な例だと見て取れます。」

 ええっ。まじかよ。

 じゃあ、比較的涼しい日はどうなるというんですか。

●当日18時の気温が低いとき

「基本的に全般的に気温の高い夏場は、精神的に昂揚し、より刺激の高いものを求める傾向が人体に生じます。言い方を換えれば「攻撃性が増す」とも言えましょう。

「アメリカにおける「性的暴力と季節の果たす役割」という論文では、性的暴力は7月と8月にピークがあるという解析結果を導いている。(中略)男性ホルモンであるテストステロンは季節変動を示し、夏にピークがあるという。このホルモンは人間においても動物においても攻撃行動に影響を及ぼすことが知られている。温度という気象要素のもつ重要性に注目したこの論文には強い反論があるらしいが、それに対して家庭内暴力の発生も夏にピークを迎え、それが気温のピークに一致していることを実証している。筆者らの本研究でも衝動的・生理的な欲求に強く結びつく犯罪の方が気温との関係が強く出たのは注目すべきことと思う。」(平成20年/2008年10月・成山堂書店刊 福岡義隆・著『健康と気象』より)

 これが暑い夏に起こる現象です。逆に、過ごしやすいくらいの温度まで下がった日には、まず波乱は起こらないと見ていいでしょう。従来の直木賞らしい作品、いわば地味な印象すら持たせるしみじみ心に沁みるような「いい話」系の候補作が俄然有利になるということです。

 その代表例として、第107回(平成4年/1992年・上半期)伊集院静『受け月』、第113回(平成7年/1995年・上半期)赤瀬川隼『白球残映』、第133回(平成17年/2005年・上半期)朱川湊人『花まんま』等を挙げておきたいと思います。」

 心に沁みるような、ですとお。それは何ですか、つまり今回の候補作でいえば葉室麟さんの『恋しぐれ』みたいな作品ってことですか。

          ○

 「直木賞予報士」さんは、まだまだ、のたまいます。

●雨が降ったとき

「夏に降る雨は、いわばクールダウンの機能がありますから、気温が下がったときと似たような結果をもたらす面があります。さらにいえば、気圧の変化も伴うことから精神異常、とまでは言わないまでも、健康的でない世界との境界がかなり曖昧になります。人間の内面を深く描いた作品、というにとどまらずに病的なほどの人物を描いたものでも選考会で受け入れられると言えそうです。

 第119回(平成10年/1998年・上半期)に車谷長吉『赤目四十八瀧心中未遂』が決まったのは、気温は20度を切り、雨の降る日のことでした。」

●前日に比べて気温が急激に上昇(もしくは下降)したとき

「いわゆる「調子が狂う」状態と言っていいでしょう。急に気温が上がって、テンションまでも上がった選考委員が多かったものか、長篇のなかでもとくに長めの作品に与えたうえに、しかも二作受賞だった回もありました。(第105回 平成3年/1991年・上半期 宮城谷昌光『夏姫春秋』(上)(下)と芦原すなお『青春デンデケデケデケ』)

 またドーンと気温が下がったことで、これもまた気分の均衡がとれずに二作を受賞させ、直木賞の本流ともいえるベテラン・中堅組に与えず、初候補とデビュー間もない作家の作品に票が集まった回もありました。(第101回 平成1年/1989年・上半期 笹倉明『遠い国からの殺人者』とねじめ正一『高円寺純情商店街』)」

 そうですか。そう言い放ちますか。

 いいでしょう。「直木賞予報士」さんのメールには、ほかにも「7月の平均気温が高いと落ちやすい作風の作品」だの、「選考会当日の最高気温と最低気温の差が激しいときと、そうでないときとで、それぞれ受賞しやすい作品」だの、いろいろ書かれています。それらを凡人のワタクシがどれだけ把握できているか、心もとないものではありますが、「直木賞予報士」さんの理論を受けて、では、今回第145回(平成23年/2011年・上半期)はどんな結果になるのか、予想してみようじゃありませんか。

▽気象条件による第145回直木賞予想

●18時の気温が28度以上で、前日よりも気温が2度以上上がった場合

……池井戸潤『下町ロケット』、島本理生『アンダスタンド・メイビー』

●18時の気温が22度以下で、当日雨が降った場合

……辻村深月『オーダーメイド殺人クラブ』

●18時の気温が25度以下で、前日との気温差が2度以内の場合

……葉室麟『恋しぐれ』

●18時の気温が35度以上、または15度を下回った場合

……高野和明『ジェノサイド』

          ○

 今週木曜日の7月14日は、ニコニコ生放送の「芥川賞・直木賞受賞者記者会見生中継」(17時30分~)も見逃せません。しかしそれと同じくらい、天気予報や、当日の天気状況も気になりますね。

 ところで、上記ワタクシの予想は、生気象学に関心のない直木賞オタクが、他人の理論を勝手に援用して立てたものにすぎません。いったい、その筋の専門家「直木賞予報士」さんならば、どんな予想をお立てになるのでしょう。ぜひうかがっておきたいところです。

 ってことで、「直木賞予報士」さんにメールを送ろうと思い、さっきからメールソフトの受信箱のなかを探しているんですが……。毎年7月に届いていたはずの、その人からのメールを……。

 ん。あれ。

 見当たらない。どこにもない。そんなメール、どこにもないぞ。

 メールがない。ってことは「直木賞予報士」さんなんて人物はいない。ってことは、気象条件による直木賞予想ってつまり……。

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