大藪春彦賞 文壇アウトローの名前をあえて冠した、文学賞に縁遠い出版社の賞。
大藪春彦さんを表現するのに、ぴったりくる言葉といえば、「孤高」です。純文壇からも、大衆文壇からも、推理文壇からでさえ、ひとり離れ立つ存在感。
その孤高さをあわらすのに、しばしば文学賞が引き合いに出されるのは、なぜなんでしょう。いろんな方が言っています。大藪春彦はただのひとつも文学賞を与えられなかった、それがすごいんだ、みたいな具合に。
「花村(引用者注:花村萬月) (引用者注:処女作の「野獣死すべし」のときに)文体ができてるんだ。怖えよなァ。
馳(引用者注:馳星周) 二十四、五でしょ。
花村 もうやることねえよな。しかも受け入れられなかったでしょう、文学賞とかには。
馳 いわゆる文壇にね。
花村 本物の条件だよ。ニセモノがここでちまちまと対談なぞして、ご飯食べてますけど(笑)。カッコいいよね。
馳 カッコいい。おれらみたいに弱い人間にはできない(笑)。だけど大藪さんなんかになると、もう賞なんかいらないですよ。」(平成11年/1999年2月・徳間書店刊『蘇える野獣 大藪春彦の世界』所収 花村萬月・馳星周「本物の条件」より)
そんなカッチョいい作家、大藪春彦。よりによって彼の名前を、あえて「カッコ悪さの代名詞」である文学賞に付けてしまった、チャレンジ精神あふれる賞。大藪春彦賞です。
平成8年/1996年2月、大藪春彦さん61歳で逝去。公私にわたっての友であり、仕事の相棒であった徳間康快さん(当時の徳間書店社長)が、翌平成9年/1997年9月、大藪春彦賞を創設しました。
主催はあくまで「大藪春彦賞選考委員会」。徳間書店は、後援ってかたちで賞の運営に関わっています。
直木賞に限ったハナシではなく、山周賞も吉川新人賞も山風賞も、それぞれ特定の出版社の編集者が候補作を決めています。こういう文学賞は、もちろん、その出版社との関係性ぬきには語れません。大藪賞しかり、です。
大藪賞は13年の歴史を築いてきました。この賞を見るのに、すでにさまざまな切り口が生まれていることと思います。そのひとつに確実に挙げられるのが、「大藪賞における徳間書店刊行候補作の位置づけ」でしょう。
第4回(平成13年/2001年度)の選評で、大沢在昌さんは書きました。
「「赤・黒」の著者である石田氏(引用者注:石田衣良)に、私は強い期待を抱いている。時代をとりこみつつ、基本形を決して外さないという意味では、近年出色の正統ハードボイルド作家だろう。(引用者中略)
快作ではあるが、この作品が候補になったことは、石田氏にとって不運だったかもしれない。」(『問題小説』平成14年/2002年3月号より)
さらに翌年。ふたたびの大沢さんです。
「『溝鼠』
作者の作風をここであげつらうことはしない。ただ本作には、以前候補となった作品とのちがいが感じられなかった。その意味では、候補となったことじたいが、作者にとっては不運であったと思う。」(『問題小説』平成15年/2003年3月号より)
いうまでもなく、石田衣良『赤・黒』も、新堂冬樹『溝鼠』も、徳間書店から出た本です。
作者を論ずるより何より、徳間から出たばっかりに、箸にも棒にもかからない小説が候補作に選ばれてしまって不運なことだ……といった思いを、つい大沢さんの選評から読み取ってしまうのは、ワタクシの意地が悪いゆえでしょうか。
「作者には力量があるのに、候補作が悪かった」っていう表現。第10回(平成19年/2007年度)の、香納諒一『孤独なき地』に対しても、浴びせられました。第12回(平成21年/2009年度)の、誉田哲也『ハング』もまた、そうでした。
熱く、どやしつけるような叱咤(酷評)とともに。
「『ハング』が候補になったのも、版元が主催する出版社の作品という不運なのだろうと思いたい。(引用者中略)たとえ手慰みの作品で、候補に挙げられたこと自体が不本意でも、細部に手を抜かずに書いたものであるなら、もっと評価は得られたはずだ。残念でならない。」(『問題小説』平成22年/2010年3月号 真保裕一選評より)
「『ハング』は選考委員という立場にいなければ途中で読むのをやめていただろう。(引用者中略)各方面で高評価を得ている新鋭の作品だということで期待していたのだが、その期待はあっさりと裏切られた。作者にも文句を言いたいが、この作品を担当した編集者は糾弾したい。あなたは小説家と一緒に戦う覚悟があるのか? あるのならば、なぜこんな作品をゆるしたのか?」(同号 馳星周選評より)
その他、インターネット上には、黒崎視音さんの『交戦規則ROE』が、大藪賞の候補になる前の、あれやこれやのハナシが、まだ少し残っています。これもまた興味ぶかい限りです。
おいおい、徳間書店は、自分のところからたくさん受賞作を出さないようにと、自社のものを候補作にするに当たって、選考委員たちにコテンパンに言われるようなものを、わざと選んでいるんじゃないか? そう思わせるほどの展開です。他の文学賞では、なかなかお目にかかれません。
そして今年。第13回(平成22年/2010年度)。徳間書店、輝ける記録をまたひとつ更新しました。
自社の本を候補に残した全12回のうち、受賞は、第1回(平成10年/1998年度)の馳星周『漂流街』一回ぽっきりですから、これで連続落選記録を11回、に延ばしたわけです。第7回(平成16年/2004年度)からは、毎年毎年で、切れ目なし。7年連続です。道尾秀介直木賞連続5回候補、もびっくりの大記録と言えましょう。
そして、こういうワザを見ていると、妙なすがすがしさを感じてしまいます。文学賞とは縁のない大藪春彦の名を、わざわざ賞名に立てた徳間康快さんの思いが、文学賞とは縁遠い徳間書店の姿として、正しく継承されているのだな! とさえ思われてくるのですから、不思議なものです。
| 固定リンク
| コメント (0)
| トラックバック (1)
最近のコメント