第144回直木賞(平成22年/2010年下半期)決定の夜に
小谷野敦さんが芥川賞とれなくて、胸がしくしくしていますけど、ここは直木賞専門ブログです。気をとりなおしまして。今夜、第144回(平成22年/2010年・下半期)の直木賞が決まりました。
直木賞の候補作が5作品(しかない)のは、近年ではずいぶんと珍しいことでした。前に5作候補だったのは、第130回(平成15年/2003年・下半期)。7年ぶりです。で、その第130回も江國香織さん、京極夏彦さんの二人受賞。期せずして(期して?)、今回もまた5分の2の受賞。大盤ぶるまいで、いいことです。
いや。大切なのは実は、5分の3のほうではないか。文学賞、とくに直木賞では、落選した側のほうにこそ面白い小説がゴロゴロ埋まっているんじゃないか。……っていうのが、ワタクシが日ごろ感じていることです。
つうことで、選ばれなかった三つの候補作。じっさい、こっちのほうが、直木賞って枠をとっぱらったら、受賞作に勝るほどの小説であった、と本気でワタクシは思っています。
『蛻』を生み出した犬飼六岐さん。ホレボレしました。トリコになりました。5つの候補作のなかでは、断然、ワタクシの一押しでした。ロッキさんを今このタイミングでとらえ損ねるなんて、直木賞君もずいぶんと勿体ないことしたな、と、つい直木賞君が可哀そうになってきます。正統派の時代小説なんて糞くらえ、めくるめくロッキの世界を、ガンガン見せつけてください。
荻原浩さんには4度目のことで、もう掛ける言葉も残っていません。直木賞が、荻原さんのような、どんな物語もスムーズに読者に届ける才能を、求めていないのなら仕方がありません。『砂の王国』は一気に読ませる荻原さんの力量が存分に発揮された、ばつぐんのエンターテインメントでした。直木賞なんかすっ飛ばして、柴田錬三郎賞でも吉川英治文学賞でも菊池寛賞でもとっちゃってください。……いや、文学賞なんかどうでもいいですね。失礼。
そりゃあ、ワタクシなどが何か言う必要もありませんよ。『悪の教典』の素晴らしさは、日本中の多くの読者がすでに気づいちゃっていますし。貴志祐介さんが候補になって直木賞を受賞する可能性がある、という、その驚天動地のドラマが観られただけで、ワタクシは満足です。ああ、直木賞は貴志作品も落としたんだね、と後世の文学賞愛好者が、直木賞に対してせせら笑うタネをもたらしてくれました。直木賞は、そんな「実質、直木賞超え」している落選候補作家の歴史によって成り立っているんですもの。
○
さて。受賞した方々については、光の当たる場所に持ち上げられてしまっているので、簡潔に。
道尾秀介さんが直木賞作家になったことは大事件ではない。……って事実をもってして、もはや道尾さんの偉大さがわかるってもんです。5回連続の長丁場、つねに「小説を書く」行為以外でも、世間を楽しませようとするサービス精神が、これからも道尾さんの強みになると信じています。
『漂砂のうたう』のような、このまま何もなければまず売れなかっただろう(こらこら)小説が、ドドーッと読者の手に届く展開。ああ、直木賞だ、これが直木賞の素晴らしさだなあ。木内昇さんが小説家として歩んでいかれるのに、恰好のジャンプ台となることでしょう。直木賞は、こうじゃなくっちゃね。
……にしても。繰り返します。個人的な感覚だと、今度の直木賞は、落選作のほうが手に取って読みやすい、そして胸おどる物語がそろった回だなあ。それでもきっと、明日からは受賞作のほうが売れてしまうんだろうなあ。このネジれた状況。うーん、これもまた、直木賞らしいといえば直木賞らしい現象なんですけども。
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「直木賞のすべて」のブログが始まってまだ4年弱。その短い期間で、直木賞(と芥川賞)速報をめぐる状況も大きく変わってしまいました。まだ4年前は、主催者の日本文学振興会のサイトが、速報を始めるか始めないかの時期で、ほかの新聞社系のニュースサイトも巡回したものですが、ここ最近は、まずtwitter。それと今回からニコニコ生放送での発表が始まって、限りなくリアルタイムに近くなりました。
記録のために、今回も各速報時刻を書き残しておきます。
- ニコニコ生放送……芥:18時49分 直:19時28分
- 日本文学振興会(主催者)……芥:18時49分 直:19時28分
- 読売新聞……芥:18時56分 直:19時34分
- MSN産経……芥:18時57分 直:19時40分
- 毎日新聞……芥:19時00分 直:19時32分
- 朝日新聞……芥:19時04分 直:19時43分
毎回、選考発表日の夜は、こころから思います。『オール讀物』(2月下旬発売)での選評が、早く読みたいぜ、と。とくに強烈に読みたくなるのは、選ばれなかった小説を、あの選考委員の方々が、どんな言葉を弄してケナし、罵倒し、しりぞけているのか、って選評です。……って、イカンですね、このひねくれ者peleboめ。
と、だらだら書いているうちに、受賞者の記者会見も終わってしまいました。やっぱいいですねえ、記者会見が生で、全編観られるのは。
しかし、選考会の夜は、両賞とは何の関係もない人間のくせして、グッタリです。心地よい疲労感です。今夜もまた。
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コメント
おほめいただき、ありがとうございます。
『蛻』の出来のよしあしは自分でははかりかねますが、御町屋という非人間的空間(住人の痕跡は必要だが住人の存在は不要)を舞台に、小さなコミュニティの短い興亡史を描くというのは、それなりに面白い試みだったのではないかと思っています。
残念なのは、この作品がミステリー小説として宣伝されたことで、これには事前にかなり抵抗したのですが、わたしの力ではどうにもなりませんでした。(ミステリー小説を書くつもりなら、ぜんぜんちがう書き方をしますから。)
小説にかぎらず、漫画や映画などの物語の多くは、ミステリー的要素(なぜこんなことが起きたかという過去に対する疑問)とサスペンス的要素(これからどうなるのかという未来に対する疑問)を牽引力としていますが、本作が犯人探しやトリックの解明などのミステリー小説的内容を主題にしていないことは、ご一読のとおりです。むしろミステリー小説でないと気づいてもらうために、早い段階でトリックを明かして犯人に見当がつくように書いたつもりでした。あえてジャンル分けするならサスペンス小説に近いかもしれませんが、そういうジャンル分けをしないで読んでほしいと、とある自作解説には書いてもいました。
この本は読み終えたときに、あまり(ほとんど)爽快感はないかもしれません。事件が解決してよかったね、ではなく、この話はなにをいいたかったんだろう、とちょっぴり考えてもらえるような本になればいいなと思っていました。
けれども、まだまだ力不足のようです。みなさんに楽しんでもらえるよう、もっともっと勉強していきたいと思います。
通りすがりの勝手なコメント、ご容赦ください。
投稿: ROCKY | 2011年2月 6日 (日) 23時47分
ぎくっ。
ROCKYさんって、もしや、『蛻』の作者の方で、で、で、ですか……?
もしそうならば、このページを見ていただけたことに感謝申し上げます。
そうであろうがなかろうが、『蛻』がワタクシのお気に入り小説であることに、変わりはありません。
そして『蛻』をきっかけに、犬飼六岐さんの過去の作品までさかのぼって、読み進めているところです。
作家や作品との出会いをもたらしてくれるんですもの、ありがたいなあ直木賞。
投稿: P.L.B. | 2011年2月 7日 (月) 00時22分