新風賞 人智をこえて売れちゃって、別世界にイッちゃったモンスターに贈る。
文学賞をとった本は売れる。……っていうのは、文章として不正確です。言えるのは、「文学賞をとったことで売れた本がある」、ぐらいのことでしょう。
いや。過ぎ去った時間に「もしも」は通用しないんですが、もしも、ある本が文学賞をとっていなかった場合と、とった場合の売上を比較できたら。まあ、とったほうが少しは部数が上がるのかもしれません。売上を伸ばすことを主たる目的にした文学賞もあるくらいです。本屋大賞とか。
で、今日は文学賞と本の売れ行きのハナシで、一本いきたいと思います。
参考として取り上げるのは、新風賞です。
ん? 何じゃね新風賞って。受賞作一覧を見ていただければ、おのずと見当がつくと思います。まずはリンク先をどうぞ。
昭和42年/1967年以降の、各年のベストセラーリストと、ほぼ酷似した並びですよね。それもそのはず、新風賞とは、一年間でよく売れた本の、版元や編集者や著者に、何かお礼をしなきゃなあ人の道に外れるぜ、ってことで、書店企業による親睦団体「書店新風会」が設けている賞だからです。
書店新風会。単なる一読者の身には、ぴんとこないことでしょう。ワタクシも知りません。
ことの起こりは昭和33年/1958年。昔むかしです。全国各地でそれぞれ独自に苦労して商売していた本屋さんたち。小売企業というよりは、まだまだ家族経営のこじんまりした段階のところが多かったんでしょう。同じ立場同士が集まって、勉強会をやりながら交流をはかりながら、流通機構の一端として成長していこうと。まあ、そんなことで結成されたらしいです。
ちなみに、昭和33年/1958年11月、設立に参加した書店は次の23店でした。
旭屋書店、岩下書店、鶴林堂書店、晃星堂書店、新興書房、清明堂書店、仙台金港堂、自由書房、たがみ書店、田中書店、多田屋、戸田書店、長崎書店、長野西沢書店、明屋書店、広島積善館、文学堂、平安堂、豊川堂、鳳鳴館、北国書林、マルトモ書店、三浦書店。
それで業界内の交流活動はもちろんのこと、取次とか版元とか、そっちのほうともパイプをつくっていきます。出版社にとっては書店で頑張って売ってくれるのは有難いですから、仲良くしたい。書店のほうも、売れる本をつくってくれる出版社には感謝の意を表しつつ、友好なお付き合いをしていきたい。……ってことで、かなり業界的な視点から、「賞」なるかたちが発生してきました。
なあんてことを、創設から参加している高須元治(豊川堂)さんは振り返っています。
「高須 新風賞の第一号は平凡社。東山温泉で国民百科辞典(原文ママ)を売ったときに、おれが親睦委員長で、感謝する賞を出したらどうだといって……。
田辺(引用者注:旭屋書店・田辺聰) 新風賞も高須さんの提唱ですか。
高須 言い出したのはおれだと思うけれども……。
小林(引用者注:煥乎堂・小林二郎) 高須企画で企画屋さんだもの。
高須 ただし、そのときが何にも副賞なしで、紙ペラ一枚だったの。そうしたら塩原君(平凡社)が、東山温泉で賞状を受け取ったときに足が震えたというんだよ。紙一枚でそれぐらい感激した。それが一番最初だったんですよ。」(昭和63年/1988年10月・書店新風会刊『書店新風会三十年史』所収 「記念座談会 「新風会」30年を振り返る」より)
これが、具体的に「新風賞」としてかたちを整え、対外的に発表するようになったのが、昭和42年/1967年からでした。
いわく、「業界に貢献した出版社に対し感謝する賞」だそうです。
「その選考基準は
①すぐれた出版企画
②有効な販促策
③多大な発行部数の実現
④社会・文化に寄与
⑤読者に感銘を与えた
⑥書店業界に利益をもたらした
――となっており、毎年事業委員会が会員各社にアンケート調査を実施、その結果を理事会にかけて決定し、新年懇親会の席上で表彰される。」(前掲『書店新風会三十年史』「業界に誇る「新風賞」」より)
つまり、売れた結果のあとに、もたらされる性質の賞です。その点で、多くの文学賞だとか、同じく書店発の賞「本屋大賞」とは、真逆のものです。
常に新しいものを追い求める、気まぐれで自由な読者の立場からしたら、こんな賞に、なんら魅力を感じないかもしれません。いくら文学賞を取り上げるブログだからって、これは種類が違いすぎるぞ。やりすぎだろ。っていう内なる声が、がんがんワタクシの耳もとで鳴っています。
ただ。こういう考え方はとれないでしょうか。
本が売れるきっかけの一つに、文学賞があるのだとします。なのに、売れた結果で判断する新風賞のほうに、文学賞受賞作が、まあ少ないことの寂しさよ。さんざん「文学賞なんて話題づくりでしかない」とか悪態をつかれているんだから、もうちょっと、爆発的ヒット作を生み出してみろよ、だらしないな、文学賞。
新風賞を授けられた作品のなかで、直木賞作は一つもなし。芥川賞がようやく、村上龍『限りなく透明に近いブルー』一作を選んでもらっているのみ、っていうテイタラク。
え? 売れればいいってもんじゃない、んですか? ああ、てっきり直木賞も芥川賞も、本をより多く売るためにやっているんだと思っていましたよ。
○
それでも、新風賞受賞リストや、各年ベストセラーリストを見たときに、直木賞作家が続々と登場してくれているのは、心強いかぎりです。五木寛之さんなんか二度も新風賞とっているし。
ただ、たくさん読まれるのはいいことだ、と言って歴代受賞者のみんながみんな、喜んだのかどうかは、わかりません。たとえば、第4回新風賞の海音寺潮五郎さんとか。
さて、ここらで塩澤実信さんのお力を借りさせてください。ベストセラーってテーマだけで何冊も似たような本を出している、ベストセラーの鬼ですもの。
海音寺潮五郎『天と地と』がまきおこした、濁った風をひとつ。
「海音寺潮五郎の『天と地と』は、テレビの大河ドラマによって、一躍ベストセラーとなった歴史小説の濫觴である。畏友植田康夫(『週刊読書人』編集長)は、このベストセラー現象に、“テレセラー”なる新造語を使ったが、活字文化は、いまや完全にテレビの風下に立ち、活字の危機が叫ばれて久しい。
作家にとって、屈辱感にみちたこの現象にいち早く怒りを爆発させて、現役引退表明を行ったのは、誰あろう海音寺その人であった。(引用者中略)
海音寺の弁は、およそ次のようなものであった。
「あの本は発表した当時あまりうけなかったのに、テレビ・ドラマになってから急に新版がベストセラーになった。文学がテレビの力を借りなければ読まれないなんて、嘆かわしいことだ。作家も出版社も、テレビに気をつかわねばならない傾向は、今後、ますます強くなるだろう。テレビが栄えて、文学がおとろえる……文学の道を歩むものとして、こんな面白くないことはない」」(平成14年/2002年7月・展望社刊 塩澤実信・著『定本ベストセラー昭和史』「昭和41年~ テレビが売る単行本」より)
たかが通俗作家ふぜいが文学を語るな、みたいに大人げない声をかけないでくださいね。
海音寺さんは予想しました。テレビの力が本を売る。今じゃあ常識です。対して、文学賞の非力さが、まざまざ浮き彫りになっちゃいます。
非力、ってのは言いすぎでしたか。でもね。『蹴りたい背中』ですら、ハリー・ポッターや『世界の中心で、愛をさけぶ』、『バカの壁』、『グッドラック』にかなわない現実。「芥川賞も大したことないな」と見るのも、またひとつの視点かと思いまして。
おっと。芥川賞を例に出すのはシャクです。直木賞で行きましょう直木賞で。
直木賞史上、はじめてベストセラートップ10(出版ニュース社調べ)に入ったのは、昭和38年/1963年の佐藤得二さん『女のいくさ』でした。
「新人が著名文学賞を受賞した年齢。その時の境遇や肩書きが話題にメリットをもたらす傾向は、強まる一方となった。勃起したペニスで障子を破るという衝撃の描写で、芥川賞を受賞した石原慎太郎は、物おじしない若さで、話題と売れゆきを増幅させたことはまぎれもない事実だった。
逆に六四歳で直木賞を受賞した佐藤得二は同賞の最高齢だった。その年齢と経歴の見事さが、日本版「女の一生」に相乗効果を与えて、一躍ベストセラーの二位になっていた。」(平成21年/2009年11月・展望社刊 塩澤実信・著『ベストセラーの風景』「2 文学賞の周辺」より)
じつは、これって直木賞七不思議のひとつなんですよね。
慎太郎ブームが昭和31年/1956年でしょ。それから6年間、いずれの直木賞受賞作もトップ10に入れなかったのに、最高齢で、文部省キャリア官僚あがり、ってだけで『女のいくさ』が2位ですって!? そこから先、何ひとつ、直木賞作がトップ10に顔を出すことなく25年もの歳月が過ぎ去り、ようやく昭和56年/1981年に、青島幸男さんが『人間万事塞翁が丙午』で5位に食い込む、っていう。
なんで『女のいくさ』だけが、そんなに売れたのか。読者ってほんと気まぐれやのう。
おそらく11位以下の、上のほうには、直木賞作もランクインしていたのだろうとは思いますけど。俗に言う、バカ売れ本には、とうてい及びません。
やっぱトップ10、つうのは世界が違うんだな、と思わされたり。でも、芥川賞作は、その間、柴田翔や庄司薫は言うに及ばず、清岡卓行や吉行理恵もトップ10入りを果たしているのを見るにつけ、直木賞は爆発力ないなあ、おじさん悲しいよ、とうなだれてしまうのです。
○
ええ、ベスト10に入ることが本の(小説の)すべてじゃありません、直木賞をとれば10万部、20万部……と、ふつうに売っているだけではまず無理な、夢のような刷り部数に達する確率が高くなる、っつうのも小耳に挟んでおります、だから、あ、石を投げないでください。
文学賞が面白いのは、文学としてどうだ、芸術としてどうだ、っていう小説観のぶつけ合いがある、つうのはもちろんのことです。ただ、そこにいろいろイヤらしい要素が何個も乗っかってくるんですもの。タマリません。
作家同士の馴れ合い、派閥、反目とか。出版社の思惑、八百長ぎりぎり(もしくは、八百長どまんなか)の運営とか。作家や出版社や書店などがバカ騒ぎしているさまを、いっしょになって騒いだり、あるいは指さして笑って軽蔑する読者たちの図式とか。
宣伝行為のひとつでもある、というのが、またイヤらしい。しかも、テレビや映画の足元にも及ばない影響力しかなく、「ないより、あったほうがまし」程度の効果しか持ち合わせていないのですから。悲哀感すら漂ってきます。
イヤらしい、なんて言っちゃいけませんね。すみません。尊い事業です。あまり人目に触れない名作・傑作に、少しでも箔をつけて、注目を浴びさせて、もっともっと買ってもらおうという純粋な営業行為です。
ベストセラーのことについては、塩澤実信さんのほかにも、植田康夫さんも熱心に本にしてくれています。『本は世につれ ベストセラーはこうして生まれた』(平成21年/2009年3月・水曜社刊 植田康夫・著)は、主に戦後のさまざまなベストセラー誕生エピソードを、時系列で読ませてくれる一冊です。この最後のほうに、ようやく書店の存在が出てきます。
「最近のベストセラーで新たな現象はまだある。その一つは、従来、出版界ではあまり意識されなかったマーケティング戦略が導入されてきたことと、販売部や書店の力がベストセラーに寄与するようになったことである。(引用者中略)
書店での手書きPOPも売れ行きを促進したが、最近は「本屋大賞」をはじめ、書店員の力がベストセラー作りに影響を与えている。」(同書「4章 ベストセラー現象の新しい光景」より)
「作家も出版社も、書店に気をつかわねばならない傾向」を、海音寺潮五郎さんが生きていたら嘆いたかどうか、そんなことは知りません。文学のゆくえには、あまり興味がないもので。
いずれにしましても。ベストセラーってやつは、おおよそ文学賞と同じくらい、いやそれ以上に馬鹿にされがちなものです。売れればいいのか。姑息な手を使いやがって。喜んで読むのは愚民だけだ。などなど。
そのベストセラーなるものに、あえて賞というかたちをつくって表彰してしまおう、という新風賞。ベストセラー×賞。ある意味、二重苦です。しかもそれを40数年、続けてきている。アッパレ、としか言いようがありません。
いつの日か、直木賞受賞作がベストセラーのトップ1に輝いて、書店新風会のみなさんにも認めていただいて、新風賞とのダブル受賞、みたいな絵柄が見られる日を夢みて。ワタクシは本気で楽しみにしています。
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コメント
タイトルにびっくりしちゃった.
投稿: KI | 2010年10月20日 (水) 23時21分
ちょっとタイトルに凝りすぎましたかね……。
失礼しました。
投稿: P.L.B. | 2010年10月21日 (木) 21時18分
最近ご無沙汰でした。
そのベストセラーランキングに久々ランクインしたところの青島幸男さんも、"テレビ業界からの刺客"であるという事実が、やはりと言うか何とも皮肉と言うか、という感じですね。
しかしベストセラーランキングというのも見てみると面白いですね。日本人の嗜好の最大多数の結晶であるはずなのに、何か全く違う価値観を見せられている気分になります(笑)
そうか、『容疑者X』でもポケモンの攻略本に大差をつけられるのか・・・
ところで、だいぶ前にメフィスト賞受賞作についてつぶやいていらしたのを見て少し気になっていたのですが、『UNKNOWN』(古処誠二)もダメでしたか?
メフィスト賞受賞作にしてはとっつきやすい(と私は思う)内容ですし、直木賞常連作家でもあるのでどうかな、と少し思ったのですが・・・
投稿: 毒太 | 2010年11月 6日 (土) 10時47分
どうも、毒太さん、お元気でしたか。
ベストセラーの世界、面白いですねえ。
青島幸男さんの件は、たしかに。
直木賞といえども、テレビや映画や、芸能界の放つ「ミーハー引き寄せパワー」を借りないと、
まずベストセラー上位には到達できない、ってことでしょうか。
文学賞の力なぞ大したことない、と思わされます。
ところで、メフィスト賞のこと。
ワタクシ、全作読んだわけじゃない分際です。
これまで読んできた4作5作が、たまたま、壁に投げつけたくなっただけのことでして……。
ちなみに『UNKNOWN』は、そのなかには入っていません。
古処さんのものなら戦時下を描いた系統のほうが好きですが、
『UNKNOWN』は、読んで後悔しなかったメフィスト賞作です。
投稿: P.L.B. | 2010年11月 6日 (土) 20時18分