直木賞とは……エンタメ小説に与えられる賞。と、言い切りたいけど言い切れない。――柴田よしき『Miss You』
柴田よしき『Miss You』
(平成11年/1999年6月・文藝春秋刊)
(←左書影は平成14年/2002年5月・文藝春秋/文春文庫)
ふいに、こんな推薦文を見せられたとき、どんな対応をとるかによって、あなたの直木賞ハマり度が測れます。
「しかし何よりも読ませるのは、ここまで書くかという業界の内幕話だろう。具体的に読んでのお楽しみだが、この暴露度は筒井康隆「大いなる助走」以来と言ってもいい。出版界に興味のある読者には、たまらない一冊だと思う。」(『北海道新聞』平成11年/1999年8月22日「書評 Miss You 出版界の内幕徹底暴露」茶木則雄・著 より)
直木賞オタクとしての正解は……ほお、評者は茶木則雄さんか、しかもその前段では「本書ほど徹底して“業界”を舞台にした作品は、ことミステリーに限って言えば、おそらくないのではあるまいか。」などと、あまりにも言いすぎ・暴論の勢いだもんな、こりゃとても信用できんな、としてスルーする。
っていうのは冗談ですけど、もうちょっと信頼感のありそうな(こらこら)長谷部文親さんは、こう語ります。
「もちろん本書はミステリーの形式を踏んだフィクションには違いないが、あえて作家や文芸編集者の生態を掘り下げたところにドラマを構築した点で、含蓄に富んだ新機軸と呼べるのではないかと思う。」(『THE 21』178号[平成11年/1999年9月]「ミステリーから現代を読む」長谷部文親・著 より)
ああ、柴田よしきさん。何にでも手を出す彼女の活躍ぶりは、ワタクシみたいな偏向読者にとっては、ただ指をくわえて遠くから眺めていることしかできません。なので、ワタクシは厚顔無恥を承知のうえで邪道を歩かせてもらいまして、村上緑子もリアルゼロも炎都もすっとばして、いきなり『Miss You』に手を出してしまうわけです。
『Miss You』では、現実の出版界を想像させながらも、スレスレのところでモデルを特定させない配慮が、いたるところにまぶしてあります。
主人公の江口有美の勤める会社が「文潮社」、担当雑誌が「小説フロンティア」。ここ一流出版社だそうで、東大卒の学生が就職先に選ぶ部類の会社だそうで、他にファッション誌とかも出しているらしくて、「小説フロンティア」は公募の新人賞も主催していて、そこには五人の選考委員がいて……。
競合の出版社は、「講論社」と「丸川書房」。この作品にはいろいろと文学賞(っていうかミステリー賞)が出てくるんですけど、意識的にか無意識的にか、まず最初に出てくるのは、この競合二社のものです。
「講論社のコナン・ドイル賞は推理小説の新人賞としてはいちばん知名度があり、受賞者は新人のエリートコースに乗ることが出来る。」(『Miss You』「第一章 砂の城」より)
はい、ここで講談社の江戸川乱歩賞以外の、現実の賞をパッと頭に思い浮かべた人がいたら、挙手をお願いします。
「丸川書房のミステリ新人賞でデビューしていきなりベストセラー作家になってしまった新田恒星、」(同「第一章」より)
デビュー作『霧の迷路』は公称50万部突破、だそうじゃないですか。すごいですね。それにしても、この賞もまたミステリー対象なんだそうで、ははあ、平成の世の出版界を映しているような気がしたり、しなかったり。
それで、直木賞っぽい文学賞がもうちょっと後にエピソードとして出てきます。「いや、それって別に直木賞をモデルにしたわけじゃないから」と、言い逃れできてしまいそうな記述が、ちょこちょこと差し挟まっているのが特徴です。
このエピソードは、江口有美の先輩編集者、竹田沙恵にからめた話です。竹田沙恵と、作家・石田瑛との関係が語られています。
「竹田ってのは、ドライでバリバリのようでいて、妙なところで女っぽいというか、女性特有の面倒見のよさを発揮することもあったな。去年、立木賞とった石川瑛、あの人は丸川書房の新人賞で出たんだが、受賞作も大して当たらなくてその後もパッとしないまま三年沈んでたんだ。」(同作「第二章 予兆」より)
なんだよ、石川瑛さんもやっぱりミステリー系かよ。
竹田沙恵はその石川瑛の作品に惚れ込んで、女房のように尽くしてあげて、「自分が売ってみせる」との宣言どおり、石川瑛さん立木賞受賞。と、実はそこでは竹田沙恵の周到な(あるいは、必死の)戦略も、功を奏したらしいんです。こんなふうに。
「「(引用者前略)竹田の宣言通り、石川さんはいきなり立木賞をとって大復活、うちは受賞第一作を連載でもらえてほくほくもんだ。だが、あの立木賞をとったやつがなぜうちから出ないで他から出たのか」
「竹田さん、他社に売り込んだんですね」
「そういうことだな。そこに竹田の計算があったんだと思う。立木賞はあの前年と前々年、二年続きでうちの作品がとっていた。いくら何でも三年続けば裏があるんじゃないかと勘ぐられる。主催しているミステリ協会としても、痛くもない腹を探られるのはできたら避けたいと思うだろうさ。よほどぐうの音も出ない大傑作でもない限り、あの年、うちの作品が受賞する可能性は薄かった。竹田は会社を裏切ってでも、石川瑛を復活させようとしたんだ。」(同「第二章」より)
おっと。立木賞の主催者は、ミステリ協会なんですか。ミステリーミステリー、って柴田さん、それで押しますね。
さらに本作では、「立木賞をとること」は、「人気作家になること」とほぼ同義って感じで書いてあります。
平成10年/1998年前後のエンターテインメント文芸界は、もうほとんどミステリー(って名を付けたもの)で埋め尽くされていた、っていう世界観は、まあある意味正しいかもしれません。でも、この賞の主催者を、あえて出版社ではなく「ミステリ協会」なる団体に設定しておきながら、なぜに「ミステリ大賞」とか、そういう毒にも薬にもならない名称にしなかったんでしょう。「立木賞」だなんて。まるで、現実のなにかを連想させるような賞名にしたりして。
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