第140回直木賞(平成20年/2008年下半期)決定の夜に
めでたくお二人が同時受賞。パチパチパチ。これが「高いレベルの作品が二つあって甲乙つけがたかった」のか「一本に決められるような強烈な一作がなく、二本を合わせて一本」だったのかは、いずれ明らかになるでしょう。
そうは言っても、受賞できなかった他の4作が、あなたにとって、ワタクシにとって、これら受賞作に質で劣っているわけじゃないことは、あらためて噛み締めたいところです。
恩田陸さんが次つぎと繰り出す、チャレンジ精神あふれる数々の作品。ン万人(ン十万人?)の固定読者を得ている、それだけで世間的な評価をしめすに十分です。今も、そしてこれからも、「恩田陸が直木賞をとることによって彼女の名がさらに上がる」のでなく、「恩田陸が直木賞をとることによって直木賞の名がさらに上がる」立場におられます。立派なことです。
北重人さんの時代小説、ワタクシは個人的には好きだけどなあ。「こういうタイプの小説は、ほかにいくらでもある」とか思われちゃったのかなあ。凝ったしかけで挑んだ山本兼一さんの作品の前では、弱々しく見えちゃったのかも。でも北さんのファンは確実に増えているはずです。今回、候補になったことでさらにファンが増えたことを祈ります。
葉室麟さんがつむぎ出す、ひきしまった文章と作品世界には、ほれぼれします。『いのちなりけり』では、おそらく葉室さん世代かそれ以上の読者たちの心をぎゅっとつかんだことでしょう。今後も、そういう“大人な”方たちにとって魅力的な作品を書き継がれるいっぽうで、われら若輩者が「こりゃあ参った」と降参するような作品を、ぜひ書き続けてください。
ああ、今度も直木賞は、新参者にきびしかったですか。でも、道尾秀介さんがになっている期待は、きっと大きいはずです。まさか道尾さんが、直木賞を意識して小説を書くことなんてあり得ないと信じています、その無限にひらかれた未来に向かって、「直木賞っぽくない」驚愕を、がんがん生み出してほしいと思っています。
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なんだかんだとヒネくれた視点は抜きにして、ともかく7年かけて完成させたお仕事が認められて、天童荒太さんには、祝福はもちろん、ねぎらいの気持ちでいっぱいです。お疲れさまでした。『悼む人』、やっぱり天童さんにしか書けないオリジナリティあふれる作品でした。……そして、うちの親サイトの「作家の群像」ページでは、要らぬ情報まで載せてしまっていて申し訳ございませんでした。
やったぜ、ヤマケンさん。山本兼一さん、そしてPHP研究所にて文芸にたずさわっている皆さま、その真摯な思いが、決して派手ではなくてもきっちり選考委員の方々に伝わって、勝手に嬉しい思いです。これで、もっと『利休にたずねよ』が売れるはずで、ほんとよかった。そして往年の「利休もの」直木賞作、今東光さん『お吟さま』がどこかの版元から復刻されて、いっしょに書店に並べられたらいいな。……あ、さらに「利休もの」の先駆、海音寺潮五郎さんの「天正女合戦」を収録したあのアンソロジーも、よろしく。
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今回は直木賞も、もうひとつの賞も、3度めの候補の方が仲良く受賞でしたか。「直木賞をねらうような作家は、何度も候補に挙げられるようでなければいけない」みたいな意味のことを言ったのは、かつての選考委員、村上元三さんですけど、別にそれが「正しい直木賞のかたち」ってわけじゃないんだけどな。むかしは「過去の業績なんて関係ない」と一貫した考えを持っていた委員もいたわけですし。ねえ。城山三郎さんとか。あ、でもその考えがやっぱり選考会の空気に合わずに、選考委員やめちゃったのか。選考委員のみなさんは、どうしても業績がお好きなんですかねえ。
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さらに、おめでたい夜に、あまり水を差したくないんですけど、芥川賞・直木賞の受賞作に、今度もポロッと文藝春秋の作品が入ってしまいましたね。ワタクシの口から言うのも何なので、今日は、御社の先輩編集者、高橋一清さんにビシッとお叱りいただきましょう。
「私が(引用者注:日本文学振興会の)事務局長をつとめている頃、
「自社ものは二回に一回は目立つ。三回に一回くらいがいい」
と何かにつけて口にした。そのくらいの度量でないと、賞は続かない。毎回、自社ものを受賞させたりする賞があるが、これでは社内の担当者功労賞になってしまい、賞として世間から信頼を得ることはできない。」(平成20年/2008年12月・青志社刊『編集者魂』所収「「芥川賞・直木賞」物語」より)
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最後に、各ニュースソースサイトでの、直木賞決定の速報ぶりです。今回は下記の時刻、じっさいとはちょっとズレているかもしれません。あくまで参考までに。
- 日本文学振興会(主催者)……19時50分
- 朝日新聞……19時51分
- 読売新聞……20時02分
- MSN産経……20時20分
- 毎日新聞……20時28分
あいかわらず芥川賞は決まるのが早いなあ。これだけ毎回、芥川賞決定のほうが早いと、両賞の選考会で、いったいどんな違いがあるのだろうと勘ぐりたくもなります。
いまの直木賞選考委員の方たちは、そうとうの議論好きなのかしらん。それとも、また我々にはうかがい知れない事情があるのでしょうか……。
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コメント
「初の清張賞出身直木賞作家」誕生、しかし「初のファンタジーノベル大賞出身直木賞作家」誕生はおあずけ。「推理サスペンス大賞出身直木賞作家」はこれで4人目になるのですね。
・・・何かいろいろと最近の直木賞の傾向を深読みできそうな事実であるような気がします(笑)
一昨日、某ワイドショーが芥川・直木賞特集を組んでいまして、比較的芥川賞と直木賞を対等に扱っている感じで、興味深く見ておりました。
「芥川賞作家インタビュー」は金原ひとみだったのですが、「直木賞作家インタビュー」は難波利三さんでした(番組MCと同郷とのこと)。
番組を見ていて一番面白かったのは、難波さんの受賞作『てんのじ村』(単行本)の書影が写ったことです。どこから入手したんだろう(笑)
投稿: 毒太 | 2009年1月16日 (金) 23時41分
そうですね、日本推理サスペンス大賞の存在感は、今にいたるまでシッカリ残っているようで、
あの賞が「バブルの象徴」として語られるだけの賞になってしまうのは、惜しい気がします。
がんばって続けていればよかったのに。
へえ、ワイドショーでそんな特集をやっていたのですか。
「直木賞作家」として難波利三さんに出ていただいたとは、いやあ、シブい。
『てんのじ村』、シブすぎます。
派手なところはないけど、ほのぼの、しみじみくる、いいお話ですよね。ワタクシは好きです。
投稿: P.L.B. | 2009年1月17日 (土) 02時32分