戦争物です。軍人物です。でも、どこに面白さを感じるかは読み手次第です。 第12回候補 伊地知進「廟行鎮再び」
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- 【歴史的重要度】… 4
- 【一般的無名度】… 4
- 【極私的推奨度】… 2
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第12回(昭和15年/1940年・下半期)候補作
伊地知進「廟行鎮再び」(『オール讀物』昭和15年/1940年10月号)
元・銀行マンが、金融界を舞台にした小説を書く。元・旅行代理店空港勤務の人が、空港を舞台にした小説を書く。……そして戦前には、元・軍人が戦線を舞台にした小説を書いていた。うん、何の不思議もない展開です。
元・陸軍歩兵大尉、伊地知進さん。昭和10年台、大衆文学陣営でかなり期待された新進作家です。第12回(昭和15年/1940年・下半期)、選評を読むかぎりでは、村上元三じゃなくてこの伊地知さんの「廟行鎮再び」が受賞に決まったとしても、おかしくない成り行きだったようです。
伊地知さんが落とされた要因のひとつは、「この一作だけでは不安だ。もう少し見てから」という、あのお決まりの弱腰批評。え、またですか。……いや、そんな昔からですか。
対する村上さんのほうは、候補作「上総風土記」の出来ってよりも、数年来の業績を鑑みたうえで受賞されていたりして。始まって12回目の段階ですでに、“直木賞”の持つ定型パターンのひとつが出来上がっていたんですな。
それはそうと、この頃あたりの直木賞候補群の特徴は、戦時下を思わせる“日本人および日本精神礼讃”小説がじわじわと現れ始めたことにあります。それら作品の筆は、好戦的って感じじゃありません。未熟なるぞよアジアの下々たちよ、よし伝統ある我ら日本人がその高邁なる精神でもって、君らの苦境を救ってあげようね、っていうような、押しつけ友好主義がそこかしこに出てきます。
とくに、伊地知さんでは、第16回(昭和17年/1942年・下半期)推薦候補作「昭南の地図」なんかそうです。
いやいや、ご本人は真剣に書いているのだとは思いますよ。載っけた『オール讀物』誌の編集者たちも、真剣だったんだと信じますよ。それでもワタクシ、この作品を読んでいて、一番最後の締め方に、不謹慎ながら笑ってしまいました。これは60年以上たった今だからこそ、ぜひ読まれるべき小説だと思います。高尚なギャグ小説として。
「廟行鎮再び」は、2年後に発表されたこの「昭南の地図」に比べてギャグ味は少ないです。ただ、「軍人たるもの、言い訳はしない」という主人公(語り手)の信念で作品が築かれているのかと思いきや、結局めめしく過去のことをずらずら述べてしまっていて、軍人だって一人の人間でしょ、これぐらいの人間味はあったっていいじゃない、と言いたかったんじゃないかと読めてしまうところなどは、面白いんだよなあ。
あ。それと、この小説はどこまで「伊地知進」本人の経験や来歴を反映しているんだろう、と推測させる記述のあるところも、興味ぶかい理由の一つだったりします。
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