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2008年7月11日 (金)

第139回候補・和田竜 4年7ヵ月前に第29回城戸賞受賞 「同題材の先行する小説も何作かあり議論となりましたが、(略)圧倒的な高評価を得ました」

 20万部突破だそうで、おめでとうございます。返品率が30%として(甘いですか?)実質14万部。もちろんそれだけで、和田竜お披露目の儀としては、きっと想像以上の大成功ですよね。それに比べたら、直木賞候補のハナシなんて、蛇足も蛇足、ささいなことに過ぎません。

 これを「まったく新しい時代小説だ」なんて言ったら、きっと何十年も時代小説を愛好している方々に「どこが?」と怒られるはずなので、ワタクシはぐっと口をつぐみます。ただ、ワタクシもやはり、“ふだん時代小説って読まないんだよなあ”って人がいたら、宮地佐一郎じゃなくてコッチを勧めますよ。もちろん。

 『のぼうの城』の原型は、和田さんが4年前にシナリオライターの公募賞・城戸賞を受賞した「忍ぶの城」。ってことなので、直木賞オタクサイトとしてはかなり遠出の旅行となりますが、今日は城戸賞のことです。「城戸」とは誰ぞや、みたいなことは、wikipediaとか、日本映画製作者連盟のサイトとかに、綿々と語られておりますので、どうぞそちらを。

 景山民夫青島幸男の登場を待つまでもなく、そりゃあ、直木賞はずーっと昔から、大昔から、映像業界からの生き血を吸って(?)棲息してきた生きものなのです。そらそうだ、なんたって「直木三十五」さんの賞だもの、当たり前ですか。

 どっちかって言うと、城戸賞→直木賞のベクトルが、今までなかったのがおかしいくらいです。

■選考委員

  • 松岡功・和泉吉秋・本木克英・ほか

■応募総数

  • 230篇

■最終選考委員会開催日

  • 平成15年/2003年11月?

■最終候補 全10篇(…◎が受賞作)

  • 和田竜「忍ぶの城」◎
  • 秋満隆生「祭囃子が聞こえる」(準入選)
  • 谷慶子「タイブレーカー」(準入選)
  • ほか7篇

■発表誌(入選作・入選の言葉・総評の掲載のみ)

  • 『キネマ旬報』平成16年/2004年1月下旬号・1397号(通巻2211号)・キネマ旬報社刊

 和田さんはこの前年にも、時代劇シナリオ「小太郎の左腕」で城戸賞の候補に残っていまして、2年連続の最終候補。その筆力は群をぬいて圧倒的で、まったく文句なく受賞が決まったようです。いや、ちょっとだけ懸念の声が挙がったらしいですが。

          ○

 つまり、角川大映映画プロデューサーの和泉吉秋さんの総評によると、こういうことです。

「入選作「忍ぶの城」は(引用者中略)豊かなドラマ性もあり、主人公のキャラクターを中心として一本筋が通った物語でした。史実がベースで、同題材の先行する小説も何作かあり議論となりましたが、ロマンを創造しようとする意志とその実現度、同じ作者の昨年の応募作「小太郎の左腕」に続いての安定した筆力は圧倒的な高評価を得ました。」(和泉吉秋「城戸賞選考に参加して」より)

 もうちょっと詳しく、ほぐして事情を語ってくれているのが、映画監督の本木克英さん。

「総合して最も城戸賞に相応しいと、満場一致で入選作に決まった……かに見えた。

 原作がある、と映連担当者から指摘されたのだ。風野真知雄著『水の城』(祥伝社)である。しかし、この構成と筆力は充分独創性あり、外すにはあまりにも惜しい、との意見が大勢を占めた。ともあれ、選考委員全員が「水の壁」を読み、改めて、全会一致を条件に判断しようと松岡委員長が提案し、一旦保留、散会した。

 果たして、「のぼう」が創作であること、同じセリフがないこと、など幾つかの基準から見て、「忍ぶの城」は『水の壁』と同じ史実に材を得たオリジナル作品である、と決した。」(本木克英「選考過程について――あるいは「時代劇のオリジナリティ」について」より)

 選考とは、当然このぐらい慎重であるべき、ってハナシなんでしょう。オリジナル性がはっきり確認されるまで、早計に判断しなかったのは、なんとも賢明です。

 で、そのとき一度、通過した関門なので、『のぼうの城』について直木賞選考会で同じ議論が蒸し返されることはないでしょうが、和田さんの作とは関係なく、今後、もし直木賞の選考で、候補作とその先行作品との厳密な比較が迫られた場合、どうするんだろう。「いったん持ち帰って」なんてことが、あの脅迫犯にも似たマスコミ連中が取り囲むなかで、果たしてできるんでしょうか。

 できないだろうなあ。そういえば、第12回の柴田錬三郎賞では、結局そんなふうなツボにハマっちゃったみたいだし。おお、ひやひや。

          ○

 城戸賞入選にあたって和田さんの寄せた言葉は、14字×53行=742字。シナリオ「忍ぶの城」、小説『のぼうの城』のあとがきなどに使ったら最適な内容です。

 行田市郷土博物館の塚田さんや、高源寺の岩佐住職、行田市役所の皆さんとのあいだに交わした、取材のときの会話、そしてお礼が綴られ、現在の行田市に残る遺跡や史跡、さきたま古墳群、丸墓山、高源寺などを紹介しています。

「すっかり観光案内のようになってしまいました。脚本を読んで興味を持たれた方は、是非とも来訪をお勧めします。JR行田駅には貸自転車(無料)のサービスもあり、便利です。僕は重宝しました。」

 『のぼうの城』フィーバーでも沸き起こって、ピッチピチのギャルたち(げ。死語)がわんさか行田に押し寄せるようになれば、いいですね。不肖、直木賞オタクのおっさんは、ちょっと行ってみたくなりましたよ。『のぼうの城』が面白かったもので。

 直木賞では、ときたま忘れた頃に時代小説が選ばれます。ただ、そんななかでもとくに、江戸時代より前、戦国時代以前を舞台にした作品は、そうとう分が悪いものです。第132回(平成16年/2004年・下半期)の岩井三四二さん『十楽の夢』と山本兼一さん『火天の城』は仲良く討ち死に、東郷隆さんが次々放った歴史物もことごとく敗れ去り、佐藤賢一さん『王妃の離婚』と宮城谷昌光さん『夏姫春秋』は、受賞作ながら、時代はずいぶん古いけれど異国のハナシ。ずずずいっとさかのぼって、おお、戦国以前をとりあげた受賞作は、20年前、白石一郎さん『海狼伝』からこっち、出ていないんですか。

 “戦国以前”の壁をのりこえた大先輩には、ほかに司馬遼太郎永井路子がいますが、彼らが受賞したのは30代。まさに38歳の和田竜さん、今がとり時に違いありません。

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