第139回候補・山本兼一 4年2ヵ月前に第11回松本清張賞受賞 「登場する“職人”が皆、どこか同じ鋳型で作られたかのような匂いがするのが、今後の課題かもしれない」
いかんなあ、いかんいかん。ワタクシは文春の手先じゃないんだぞ、たしかに山本兼一さんは清張賞作家ではありますけど、さらに元をたどれば『小説non』出身なんだから、そっちに注目しなきゃ。 昔の『小説non』誌は、そんじょそこいらの図書館には置いてありません。ちょっと調べようと思うと、明らかに他社の読み物系小説誌にくらべて差別を受けていることがわかるんですが、なぜか東京では目黒区立守屋図書館にどっさり残っています。同誌の「短編時代小説賞」は、創刊150号のときだけ単発で催されたもののようです。……かと思いきや不定期に(定期的に?)行われているらしくて、ウィキペディアンのどなたか、ぜひ調査をお願いしますね。 いちおう、山本兼一さんが佳作となったときの同賞のことは、調べておきました。かなり穴だらけですが。 ■選考委員 ■応募総数
■最終選考委員会開催日
■最終候補 全7篇(…◎が受賞作)
■賞金
■発表誌
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残念ながら、と言いますか、当然ながら受賞した来宮さんの「受賞のことば」は載っているんですが、佳作の兼一さんは、ことば無しです。選評を書く笹沢さんも、「弾正の鷹」については、そんなに多くの文量を割いていません。
「候補作は七編とも、水準が高かった。着想と文章は、それぞれプロ並みといってもいいだろう。しかし、これは仕方がないことだが、どこかにものたりないところがある。それを捜し出すという消去法によって、入選作を決めることにした。」
とのことで、一つ一つ、候補作の欠点を挙げていき、最後にチロリと佳作と入選作のことに触れる、という選評なのです。
「この結果、劇画調ではあるが妙に新鮮な派手さがあり、奇抜な信長暗殺計画というアイデア、読者を引き込む迫力も加えて山本兼一氏の『弾正の鷹』を佳作に推した。」
これだけじゃあ、さすがにこっちもエントリー一回分持たんぞ。
しかたない。やっぱり文春の軍門にくだって松本清張賞のこと、取り上げることにしますか。
■選考委員
■応募総数
- 892篇
■最終選考委員会開催日
- 平成16年/2004年4月20日
■最終候補 全4篇(…◎が受賞作)
- 北重人「天明、彦十店始末」
- 田村正之「夏の光」
- 樋上拓郎「そしてクジラは眠る」
- 山本兼一「火天の城」◎
■賞金
- 500万円(正賞は時計)
■発表誌
- 『文藝春秋』平成16年/2004年7月号・文藝春秋刊
松本清張賞ほど有名な賞だもの、説明は省略します。
と油断していたら、ガッツーンとやられちゃいました。そうなんだ、清張賞ってそこまで有名じゃなかったんですね。悄然。
○
ご存じのとおり、同じ清張賞作家って言っても、横山秀夫さん(第5回受賞)と、山本兼一さん(第11回受賞)では、清張賞の「質」が違います。いや、「量」が違います。
清張賞は最初、第1回~第5回まで、「中短篇」の小説を募集していました。それが、(おそらく)いかにも出版社的な論理で第6回からは「長篇」公募に切り替わります。
なのに、いまだに清張賞のことを「中短篇を対象とした」と紹介しているサイトの、なんとわんさかあること。……悄然とさせられました。
“出版社の都合でコロコロと賞の中身を変えるなよ”、との大衆の声なき声が、そんなところにあらわれているようでもあり。“文学賞のことなんてテキトーに書いときゃいいじゃん。中短篇でも長篇でも、そんなに変わんないでしょ”、との健全なる一般感覚を、まざまざ目の当たりにしたようでもあり。
○
兼一さんの清張賞受賞作「火天の城」は、その後単行本化されまして、第132回(平成16年/2004年・下半期)直木賞の候補にもなります。じっさい直木賞では、かなりいい線まで行って、角田光代『対岸の彼女』、古処誠二『七月七日』とともに最終決選にまでもつれ込み、あわや受賞寸前まで行きました。
それほどの作品だからなのか、どうなのか、清張賞の選評では、作者の力量や素質のハナシよりも、「火天の城」の作品そのものの完成度について多く触れられています。
そんな中で、当エントリーのタイトルに掲げた評を寄せたのは、大沢在昌さん。
「“職人”の描き方は秀逸である。ただ、登場する“職人”が皆、どこか同じ鋳型で作られたかのような匂いがするのが、今後の課題かもしれない。」(大沢在昌「高いレベルの時代小説」より)
ちょっと厳しめの評なのは、大沢さんイチオシだったのが、北重人さんのほうだから。今度の『千両花嫁』では、主人公が職人から商人に変わって、さて、“同じ鋳型”病から脱却できていますでしょうか。
清張賞5人の選考委員のうち、浅田次郎さんは、今度の直木賞選考会にも足を運びます。まあ、アノ方のアノ作品はいいとして、今度の直木賞候補作は一つも、吉川新人賞や山周賞の候補作と重複していないので、浅田さんお得意の“文学賞間における階級うんぬん”論がぶっ放されることもないと思うと、ホッと一安心です。
そんな浅田さんは「火天の城」を強く推していました。
「山本兼一「火天の城」を強く推すことのできた理由を三点挙げる。
第一には、歴史に敬意をもって筆を執っているという姿勢である。(引用者中略)第二に人物描写である、(引用者中略)第三に知識が豊かで、かつ衒学的でない。」(浅田次郎「「火天の城」を推す」より)
時代小説に対して一家言もつ浅田さんのことだもの、兼一さんの新たなる挑戦『千両花嫁』にどう応ずるのか、たのしみたのしみ。
○
28字×15行=420字にわたる、兼一さんの清張賞「受賞のことば」は、かなりオトナな内容です。視点を「日本」そして「他者」に据えているところなんぞが、オトナなんだよなあ。
「日本を探しに――が、ちかごろの私のモチーフである。
(引用者中略)
ライターとして生活するうちに、取材を通じてたくさんの素晴らしい人と出会った。自分などのことより、なにごとかに抜きん出た人間の話のほうが、よほど面白そうに思えてきた。広い世の中には凄い人がいる。瞠目すべき日本人の生き方を、心躍る物語にからめとりたくなった。」
何と落ち着き払った感慨じゃありませんか。書店員たちにPOPをつくってもらえなくてもいい、「王様のブランチ」に取り上げてもらえなくたっていい、そんな地道な取り組みに少しは光を……っていう乙川優三郎・松井今朝子パターンにハマれば、今度の直木賞は、やっぱり兼一さんの順番です。
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