第139回直木賞(平成20年/2008年上半期)候補のことをあと一歩知るために、「足もと」を見てみる
Ayalistさん、いつもうちのサイトのことに触れてくださって、ありがとうございます。「仕事が丁寧で深くて」のお言葉、まるまるお返ししたくなるくらい、「綾辻行人データベースAyalist」の充実ぶりには、つねづね頭が下がる思いでいます。
と、唐突にお礼の言葉から始めましたが、そうですか、いよいよあさってですか。7月15日(火)は第139回(平成20年/2008年・上半期)直木賞の選考会の日です。
ワタクシ、記憶をさかのぼってみて、どんな候補ラインナップの回でも、直木賞を楽しめなかったときが過去1度もなかったものですから、「今回はまるで盛り上がらない」ふうな文言を目にするたび、キョトンとしてしまうのですが、そうです、どうせこちとら病気ですよ。ほっといてください。
ほっとくわけにはいかないのが、直木賞のハカリにかけられる6つの候補作です。いや、その逆で、これら1つ1つの作品のハカリの上に、「直木賞」っていう取り扱い注意の危険物が、6通りの姿で乗せられるわけでもあります。まあ、「直木賞」なんて、ずーっと一定の安定した物差しを内蔵しているわけじゃないんですから、どっちかっていうと、「直木賞」=「ハカリにかけられる側」、と見立てたほうがお似合いです。直木賞よ、各作品から選んでもらうのは君のほうなんだぞ。もっとしゃっきりしなさい。
先週の拙ブログでは1週間、6人の候補作家の登場当時の事柄ばかりツツきました。まあ、どんな評価を受けてデビューしたかは、ちょっとはわかった、けど今回の候補作がどんな作品なのか何も取り上げてないじゃん、とふくれてしまったあなた。昔のことを振り返っても仕方あるまい、今のハナシをしてくれよ、と現実を直視したいあなた。
わかりました。6つの候補作について取り上げましょう。
ただ、ワタクシは、どの小説も面白かったですよ、だからぜひとも読んでみて、ぐらいのどーにもならない言葉しか吐けません。かといって、ヘタに誰かの論評とかを引用するのも公平性に欠きますし。
ですので、ここは一気に語っていただきましょう。6人の候補者ご当人たちに。
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井上荒野さんが語る『切羽へ』。『読売新聞』本よみうり堂の平成20年/2008年7月2日「出版トピック」より。地の語りは、金巻有美さん(読売新聞文化部記者)です。
「特に意識したのは、「二人にキスもさせない、何も起こらない小説にする」こと。島の病院や映画館の廃虚跡で、海辺で、炭鉱跡で――セイと石和はひかれあいながらも、決して一線を越えることはない。「たいていの恋愛小説は、男女が出会い、何かが起こる。けれど、表面上は何も起こらない中で、心の中のことを描きたかった」
(引用者中略)
うそを知りながら知らないふりをして過ごす。これまでの作品にもくり返し登場するモチーフは、「父の影響を受けている」と語る。だが、本作については「私小説や恋愛小説を手がけなかった父にはこんな小説は書けないと思う」。」
ちなみに「切羽」とは、アレノ姉さんの妹さんの名前でもあるそうです。さすが光晴オヤジ、感覚が違うぜ。
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荻原浩さんが語る『愛しの座敷わらし』。『オール讀物』平成20年/2008年6月号の「ブックトーク」より。地の語りは、『オール讀物』の編集者です、たぶん。
「「座敷わらしといっても、外見はちょっと昔風の着物のコスプレをしたごく普通の子供ですから(笑)、特別に可愛く見せようと思って描写したわけではないのですが、女性の読者から『可愛い!』という大きな反響がありました」
一家五人の東京で抱えていた悩みが、まっさらな田舎の大地で露わになる。その過程を家族一人一人の視点から丹念に描きあげていく。
「ここまで多くの視点で作品を構成したのには理由がありまして。例えば、父親一人の視点で書いた場合、結局は『父』の話で終わってしまいます。でも、多視点で書くことによって、家族間のぎくしゃくした微妙な空気感を出せました。」」
たしかに家族全員の視点をとっかえひっかえ展開させると、「一人の物語に固定して、それを深めたほうがよい」とか、言いがかり系の評をぶつけられる危険度が増すものですが、それを覚悟の上で最後までやり遂げた荻原さんの、チャレンジ精神とプロとしての自信が、伝わってくる発言です。
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新野剛志さんが語る『あぽやん』。『オール讀物』平成20年/2008年7月号の「ブックトーク」より。地の語りは、『オール讀物』の編集者です、たぶん。
「「僕自身も二十代の頃、旅行会社に勤めていて成田のチェックインカウンターで働いていたのですが、主人公の遠藤に自分自身を投影させようとは思いませんでした。それよりも、あれから空港や業界がどう変化したか、ということを書いてみようと考えたのがそもそもの出発点でした。」
(引用者中略)
業務の簡素化によるリストラ、成田の町の風景……。空港をめぐる状況がずいぶん変わったことを取材で痛感した、と新野さんは言う。しかし、ともすればシリアスになりがちな素材を軽妙に描く筆致も本書の大きな魅力だ。
「僕は乱歩賞でデビューしたのですが、もともとはユーモアミステリーが大好きなんです。今回は特に、重くならないように心がけました。短篇連作というスタイルは初めてだったのですが、自分でもうまく最後までコントロールできたと思います」」
もう旅行会社の業界人からはすっぱり脱け出して、立派な作家の姿ですなあ。
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三崎亜記さんが語る『鼓笛隊の襲来』。『週刊ポスト』平成20年/2008年5月23日号の「ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!」より。地の語りは、構成をした橋本紀子さんです、たぶん。
「「状況次第で違和感が生じるものに常にアンテナは張り巡らせていて、携帯のメモ欄に書いたり、フォルダを作ったり」
三崎氏のパソコンには、日常的に蒐集した違和感の“宝の山”が、フォルダ別に整理されているといい、
「この9編もそこから選んだもの。中にはフォルダ名を見ても見当もつかない話もあって、妙なものでは『ドーナツ着ぐるみ』とか(笑い)。ただ私は別に奇天烈なSFを書きたいわけじゃない、私たちが生きている社会や日常を照射する装置としての“非日常”を描きたいと思っているので、今のところボツです(笑い)」」
ちなみに、昨年市役所を辞められて、「1日に書けても6時間だったのが、役所を辞めて18時間に。日常と小説を書くことを一体化させるのが念願だったので、今は呼吸するように書いています。」だそうで。人から忘れられることを恐れずに、どうぞご自分のペースで進んでください。
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山本兼一さんが語る『千両花嫁』。『本の話』平成20年/2008年6月号「著者インタビュー」より。聞き手は『本の話』の編集部員です。
「山本 この作品を書くために、私自身が古物商の鑑札をとって市場に出入りさせてもらっているんです。「猿ヶ辻の鬼」にでてくる手鑑(てかがみ)も、市場で見ました。市場の下見では、手にとって触ってかまわないので、荼毘紙(だびし)のあのざらざらした感触はこの手で確かめさせてもらいました。
(引用者中略)
──それぞれの話にでてくる御道具の存在感や面白さは、やはり、リアリティのすごさなのですね。
山本 そういう意味では、『火天の城』や『いっしん虎徹』など今までの作品は取材して書き進めたものですが、これは、京都に関しても、道具に関しても、今まで自分の中に蓄積されたものが自然と形になったのかなと思います。それで、人も道具も、力が抜けて無理なく書けたのかもしれません。」
そうか、兼一さん、京都の方でいらっしゃいましたね。奇遇ながら「松井今朝子路線」の痕跡が、そんなところにもあったとは。
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和田竜さんが語る『のぼうの城』。『週刊ポスト』平成20年/2008年3月14日号の「ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!」より。地の語りは、構成をした橋本紀子さんです、たぶん。
「実際、映画脚本の名門新人賞・城戸賞を受けた同作(引用者注:「忍ぶの城」)は現在も映画化が企画進行中で、本書の帯にも〈この小説はぜひ、映画化したい〉と犬童一心監督が賛辞を寄せる。だが戦国ものは予算の関係もあって簡単に事が運ばないのも現実。そうこうして小説化された本書は既に3刷目となり、“のぼうファン”が増殖中なのだ。
「もともと僕は歴史好きというよりは戦国時代好きで、“徳川以前”の人間が好きなんですね。つまり制度や規律に絡めとられる前の、生々しくて破天荒でプリミティブな人間性に惹かれる。」
(引用者中略)
「単に強くて立派な人について行こうとする大衆心理なら別に物語に書く必要もない。自分ならどうだろう、何だか放っておけないタイプのカリスマなら結構頑張れる気がするなあと」」
ちなみに、「りょう」と読む「竜」とは本名で、「母親が竜馬好きというわかりやすい理由」なんだとか。ちなみに、173センチ、66キロ、A型……って、そんなことまで載せるか『週刊ポスト』。
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「◆自分の短所
1.大雑把
2.忘れっぽい
3.臆病
(引用者中略)
臆病者で小心者。怖いのは苦手だし、自分の言葉で誰かを傷つけたかなとか、ずっと悩んじゃう方ですね。」
あれ。間違って、妙なところから妙な方の文章を引用しちゃった。すみません。引用元は『小説新潮』平成20年/2008年7月号の269ページです。自称「臆病者」とおっしゃるあなたの作品 VS 「鈍感力」とのバトルを、ワタクシたちの目の前で5度にもわたって繰り広げていただき、ほんとうにありがとうございました。いいもの見させてもらいました。
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今週の火曜日は、第139回直木賞の選考会の日。午後5時から始まって、ほんの2~3時間で決着します。結果はいろいろなニュースサイト等でご確認ください。ひまがあったら、うちの親サイトも覗きに来てください。
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