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2008年7月 8日 (火)

第139回候補・荻原浩 10年9ヵ月前に第10回小説すばる新人賞受賞 「この書き手はどんな応用篇もこなしてゆける腕の持ち主ではないか」

 井上荒野を語るときに江國香織は欠かせません。であれば、荻原浩のかたわらには断然、直木賞受賞者・熊谷達也の存在があります。あの方が受賞できたのなら、こちらの方が受賞するのに何の不自然さもないですもんねえ。

 10年9ヵ月前、コピーライターだった荻原さんは初めて小説を書きまして、熊谷さんとともに小説すばる新人賞を受けました。それからの両者の活躍は、同賞出身作家のなかでも、そうとう目覚ましいものがあります。

 平成9年/1997年当時のことを、ちょっと思い返してみましょう。この年の夏には、はじめて同賞出身の作家・篠田節子が直木賞を受賞して、“小すば”の名がより以上に高まりました。その興奮(?)さめやらぬうちに、こんな2人の実力派受賞者がドーンドーンと生まれて、まさに集英社文芸部門が乗りに乗っている頃だったんですなあ。おお、なつかしい。『鉄道員』なんてベストセラーも生まれちゃいましたしねえ。

 で、このときの小説すばる新人賞は、3つの最終候補が争いました。

■選考委員

■応募総数

  • 1,231篇

■最終選考委員会開催日

  • 平成9年/1997年9月24日

■最終候補 全3篇(…◎が受賞作)

  • 荻原浩「牛穴村 新発売キャンペーン」(受賞後「オロロ畑でつかまえて」に改題)◎
  • 熊谷達也「ウエンカムイの爪」◎
  • 永嶋恵美「詐話師たちの好日」

■賞金

  • 100万円(正賞は記念品)

■発表誌

  • 『小説すばる』平成9年/1997年12月号・集英社刊

 時の集英社の磁力のおかげか、集まった最終候補は、強豪ぞろい。ほら、2人の紳士にわずかながら及ばなかったけど、永嶋恵美さんって、今や作家としてご活躍中の永嶋恵美さんっぽいです。今度荻原さんが直木賞とったあとは、次は永嶋さんが直木賞の舞台に登場してくれることに期待が高まります。

 って気が早すぎるぞ、もう。

          ○

 荻原さんが小説すばる新人賞をとったときの受賞のことばは、29字×13行+15字×6行=467字。日ごろなりわいとしている広告コピーを「短距離」、はじめて書いた小説を「フルマラソン」にたとえて、「ペース配分がわからず迷走した」と、その挑戦を述懐されています。

「とにかく今回は完走できただけで自分を褒めてやりたい、などと一人で納得していた矢先でしたから、思いがけない受賞のお知らせ、本当に嬉しいです。ありがとうございます。わりと図に乗る性格ですので、今回のことはラッキーだっただけだ、と自分を戒めるのに懸命です。次は、メダル狙います。」

 なんとも勇ましい。

 おお、それから7年かけて「山本周五郎賞」メダルを勝ち取ったんですからね、有言実行の男、カッコいいぜ。

 山周賞とったら、おのずと次のステップに進んでしまっているんでしょうから、もう直木賞なんてなくても……と客観的には思いますが、『記憶』で金、『座敷わらし』でも金。その性格どおりにがんがん図に乗っちゃってください。

          ○

 さて、小説すばる新人賞といえば、選考委員がかなり高い確率で直木賞とカブっている公募賞としておなじみです。このときの4人の委員のうち、今でも3人が直木賞委員を務めています。

 そのうち、超ベテラン直木賞選考委員、五木寛之さんが荻原さんに捧げた一文を、当エントリーのタイトルに使わせてもらいました。まさに今の荻原さんの姿を言い当てています。

「小説をつくる意識が十分に伝わってくる今様の物語りで、この書き手はどんな応用篇もこなしてゆける腕の持ち主ではないかと思った。創作を趣味と考えずに、プロフェッショナルな姿勢に徹すれば、もっと魅力的な作品を書く作家に育つだろう。多作のなかで伸びる人だと感じた。」(五木寛之「対照的な二作品」より)

 こんな鋭い眼をもつ五木さんですけど、荻原さんが過去2度、直木賞の候補になったときには、『あの日にドライブ』でも『四度目の氷河期』でも、ひとことも選評で触れることがありませんでした。うーん、荻原さんはまだまだ伸びると見通して、そのタイミングをじっと待っている姿勢でしょうか。

 阿刀田高さんの選評は、ある意味職人芸を見せてくれています。ああ、この方はどこの場にあっても、同じような選評を書かれるんだなあ、と納得させられる茫洋たるたたずまい。阿刀田ワールド炸裂です。

「鼻につく表現が皆無とは言えないが、随所に散っているユーモア感覚は上質なものと私は考えた。」

「途中まで読んで、

 ――この小説、本当にウッシーが出て来ないと、終りがつけられないぞ――

 と、芥川龍之介の「龍」のような結末を予想したのだが、そして、その通りなら、ひどい小説になるかも、と心配したが、もう一つの技を見せてくれて、なかなかの力量と感服した。」(阿刀田高「ユーモアと一途さ」より)

 ええと、結局のところは褒めている、んですよね?

 3人目の“カブり”委員は井上ひさしさん。荻原さんのことも熊谷さんも、ベタベタに褒めまくっています。

「文章は軽妙にしてユーモアに満ち、話は風刺の力にあふれて爽快であり、近ごろ稀な快作である。こういう作品に余計な選評は不要、とにかくお読みになって、読者それぞれの立場でたのしんでいただければよい。」(井上ひさし「力作と快作」より)

 まあ、ひさしさんはいったん褒めるとなったら、誰が何と言おうと意地でも褒め倒しますからなあ。直木賞の選評を読んでいても、いかに新奇な褒め言葉を数多くくり出せるか、に勝負をかけている姿が垣間見えることしばしばで、さすが言葉に対するこだわりは半端じゃない、と感じ入らされます。

 さすがに今の荻原さんのことを、「公募賞の受賞作レベルだ」とかイヤみな評し方をする委員はいないと信じますけど、以前の『あの日にドライブ』も『四度目の氷河期』も、あんまり高い評価を受けなかったからなあ。直木賞委員たちの好みど真ん中からは、わずかに逸れる作風なんでしょうか。

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