山梨にもいました、キラリと光るおもろいオヤジが 第36回候補 熊王徳平「山峽町議選誌」
===================================
- 【歴史的重要度】…


3 - 【一般的無名度】…

2 - 【極私的推奨度】…



4
===================================
第36回(昭和31年/1956年・下半期)候補作
熊王徳平「山峽町議選誌」(『作家』昭和31年/1956年11月号)
くそお、太平洋戦争ってやつはさあ、それが終わってから相当経って生まれてきた人間――ワタクシの感覚をやたら乱してくれます。たとえば、戦前に登場した作家が、戦後にひょいと直木賞候補者として挙げられていたりすると、ほう、ずいぶん昔のヒトを引っ張り出してくるもんだな、と思わされたりするんですけど、その間ほんの10年、20年ぐらいしか時は流れていなかったりして。戦争が間に挟まっていると、なんだか時間感覚が測りづらいもんだな。
熊王徳平さんなどもその一人、と言っていいのでしょうか。
『中部文学』の雄、熊王さんがおそらく世に知られたのは、織田作之助さんと同じタイミングです。昭和15年/1940年、改造社の『文藝』誌が鳴り物入りで(……遅ればせながら?)始めたのが、同人誌を対象とする「文藝推薦」、その第1回の選考のときに、織田さんと一緒に熊王さんの作品も取り上げられています。
当選したのはオダサクの「夫婦善哉」。それと競ったのがクマトク「いろは歌留多」でした。オダサク26歳、クマトク34歳。
むろん、単なる直木賞オタクがクマトクさんのそれ以後の作品系列を丹念に執念深く追うわけもなくて、熊王フリークの方々、申し訳ありません。ワタクシがこれまで触れたのは『田舎文士の生活と意見』(昭和36年/1961年12月・未来社刊)この一冊のみです。
直木賞候補作の「山峽町議選誌」、まさにワタクシお気に入りの一作です。小嵐九八郎『おらホの選挙』に負けず劣らず(って、比べようとする態度が変ですけど)、町の選挙に関する虚々実々の駆け引き、主人公・亀田竹松の珍妙にして俗悪、絶対付き合いたくないなと思わせる反魅力的な(つまりは魅力的な)人物像。……いやあ、おもしろい。
| 固定リンク
| コメント (0)
| トラックバック (1)





最近のコメント