思い出の時代作家たち
この本は、タイトルでかなり損をしています。いや、少なくともワタクシは損をした気分になりました。だって、この題名なら、枯れ果てた“過去の人”が、関わりのあった時代作家のことを淡々と回想する本、だと誰でも思うじゃないですか。違います。第1回~第32回ごろの直木賞のことと、受賞作家・候補作家・選考委員のことについて語られる、堂々たる直木賞裏面史です。ああ、もっと早く読めばよかった。
『思い出の時代作家たち』村上元三(平成7年/1995年3月・文藝春秋刊)
初出は『オール讀物』連載。ってことで直木賞のことを悪しざまに描いているような記述はありません。でも、発表当時すでに80歳を過ぎていた重鎮の村上元三さん、いさめる人もなく、語り口に遠慮がありません。え、そんなこと書いちゃってだいじょうぶ? といった記述に出くわすことしばしば。真っ裸になった正直なお年寄りってのは、いやあ、怖い。そして面白く、頼もしい。
たとえば、直木賞じゃなくて、芥川賞の関連作家を追っている人なんかも、もしかしてワクワクして読めるんじゃないでしょうか。こんな記述なんか、とくに。
「(引用者注:戦時中、海軍報道班員だった)わたしといっしょに南方へ行っていた作家は、帰還してから、わたしのところへ金を借りにきた。生易しい金額ではないし、その作家はいわゆる純文学の畑の農民作家だが、戦地で生死を共にした仲だけに、返してくれとは言わずに金を渡した。それきりどちらも無沙汰で過ぎたが、ある日、新聞を見て、びっくりした。その作家が、北朝鮮の板門店から韓国についての所感を書いている。(引用者中略)つい数ヶ月前までわたしといっしょに日本の海軍の世話になり、いろいろ海軍のことを賞めていたのに、北朝鮮へ渡って向うのことを賞めるとは、変り身の早いこと、驚き入った。こういう例は、ほかにもあるかも知らないが、文学をやっている人の例では知らない。
評論家の中島健蔵にその話をしたら、呆れ返ったように言った。
「知らなかったのか、あの男は文壇での嫌われ者でね、好きな奴はだれもいなかったろうな。そういう作家を嘱託にするとは、わが国の海軍もずぼらだったんだね。」」(「安保騒動」より)
“好きな奴はだれもいなかったろう”などと大胆に切り捨てられたその作家、実名を隠して書いているのは、武士の情けですか。と思いきや村上さん、それより前の「海軍爆撃機」の項では、報道班員の同行作家の一人を、こんなふうに紹介しています。
「羽田から新顔が一人、加わってきた。
農民文学をやっている間宮茂輔という作家で、わたしたちとは初対面だが、ひどく無表情な人で、」
章を超えて、実名と匿名とを使い分ける名誉毀損スレスレの術。これって村上さんの計算ですか、はたまた天然ですか。
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『花にあらしのたとえもあるぞ 辻平一の八十年』辻一郎編(昭和57年/1982年8月・辻一郎刊)





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