このミステリーがすごい!2008年版 2007年のミステリー&エンターテインメントベスト10
作品ベスト1 VS 作家別得票数ベスト1 の熾烈な争い、ってタイムリーな話題の他にも、この名物年刊本と直木賞の間には、輝かしい歴史が累々と横たわっているわけです。決別宣言とか本格論争とかだけじゃなくて、まあ、いろいろな歴史が。
『このミステリーがすごい!2008年版』(平成19年/2007年12月・宝島社刊)
→公式サイト 「このミステリーがすごい!」大賞
2008年版(平成18年/2006年11月~平成19年/2007年10月に刊行された作品が対象)のランキング結果を、まだ押さえていない方のために、さらっとご紹介しときますと、国内編ベスト1が、佐々木譲『警官の血』。そして、作家別得票数集計での第1位が、『赤朽葉家の伝説』『私の男』を送り出した桜庭一樹。今週水曜日に開かれる第138回(平成19年/2007年・下半期)の直木賞選考会でも、この二人の作品が軸になるだろう、だなんて誰が言っているのか知らないけど、まあそうらしいです。
のけ者にするのも可哀相だから、その軸のなかに、「このミス」第14位にランクインした黒川博行『悪果』も入れてあげてちょうだいよ。どうかお願い。――なぬ? 「このミス」での評価と、直木賞の結果は全然関係ない、ですと? それを早く言ってよ。でも、せっかく乗りかかった船なんだから、その全然関係ない2つを、無理やりクロスさせるってのはいかがでしょう。そうさ、9作めの“「このミス」トップ20入り&直木賞受賞”作品の誕生なるか、はてまた、「このミス」で取り上げられながら直木賞に袖にされた多くの同輩たちの仲間に、この3作が加わってしまうのか。過去のデータを振り返って、ああだこうだ考えてみたいのです。
まず、「このミス」創刊の昭和63年/1988年から平成18年/2006年(2007年版)までで、「このミス」に登場した(21位以下でも、リストアップされたものはそれを含む)直木賞候補作を、ずずずらっと挙げてみます。とくに、今回第138回と同様のケース、つまり「このミス」発表が先で、その直後に直木賞選考を迎えた、各年の下半期の候補だけを拾いました。ちょっと数が多いです。心してスクロールしてください。
おっと、スクロールの前に、各行の見方を。左から、「このミス」の年度、順位(21位以下のものは[ ]で括った)、作品名、作家名、点数、得点率(「このミス」は2003年版から点数計算法が変わったので、それによる点数の高低をならすために、全回答者が満点を与えた場合を100として、ワタクシが算出した数値)、直木賞の候補回とその結果。
- 88年版・4位 『ベルリン飛行指令』佐々木譲 36点/23.077(第100回候補)
- 89年版・1位 『私が殺した少女』原尞 144点/38.095(第102回受賞)
- 92年版・20位 『返事はいらない』宮部みゆき 14点/3.889(第106回候補)
- 92年版・[33位] 『不思議島』多島斗志之 8点/2.222(第106回候補)
- 93年版・2位 『火車』宮部みゆき 103点/28.611(第108回候補)
- 94年版・16位 『新宿鮫 無間人形』大沢在昌 24.5点/6.694(第110回受賞)
- 95年版・[21位] 『いまひとたびの』志水辰夫 16点/4.301(第112回候補)
- 95年版・[27位] 『桃色浄土』坂東眞砂子 14点/3.763(第112回候補)
- 95年版・[31位] 『永遠も半ばを過ぎて』中島らも 12点/3.226(第112回候補)
- 96年版・6位 『テロリストのパラソル』藤原伊織 53点/13.384(第114回受賞)
- 96年版・7位 『スキップ』北村薫 48点/12.121(第114回候補)
- 96年版・16位 『龍の契り』服部真澄 21点/5.303(第114回候補)
- 96年版・[21位] 『恋』小池真理子 16点/4.04(第114回受賞)
- 97年版・1位 『不夜城』馳星周 112点/29.167(第116回候補)
- 97年版・4位 『蒲生邸事件』宮部みゆき 59点/15.365(第116回候補)
- 97年版・18位 『ゴサインタン』篠田節子 18点/4.688(第116回候補)
- 98年版・1位 『OUT』桐野夏生 89点/21.498(第118回候補)
- 98年版・7位 『嗤う伊右衛門』京極夏彦 47点/11.353(第118回候補)
- 98年版・14位 『ターン』北村薫 26点/6.28(第118回候補)
- 99年版・3位 『理由』宮部みゆき 79点/20.256(第120回受賞)
- 99年版・9位 『秘密』東野圭吾 35点/8.974(第120回候補)
- 99年版・11位 『夜光虫』馳星周 34点/8.718(第120回候補)
- 2000年版・2位 『白夜行』東野圭吾 86点/22.396(第122回候補)
- 2000年版・3位 『亡国のイージス』福井晴敏 71点/18.49(第122回候補)
- 2000年版・6位 『ボーダーライン』真保裕一 45点/11.719(第122回候補)
- 2001年版・2位 『動機』横山秀夫 52点/14.444(第124回候補)
- 2001年版・[34位] 『コンセント』田口ランディ 11点/3.056(第124回候補)
- 2002年版・[42位] 『国境』黒川博行 9点/2.381(第126回候補)
- 2003年版・1位 『半落ち』横山秀夫 127点/20.82(第128回候補)
- 2003年版・[43位] 『覘き小平次』京極夏彦 20点/3.279(第128回候補)
- 2004年版・[26位] 『生誕祭』馳星周 31点/4.627(第130回候補)
- 2005年版・18位 『グラスホッパー』伊坂幸太郎 39点/5.735(第132回候補)
- 2005年版・[39位] 『真夜中の五分前』本多孝好 19点/2.794(第132回候補)
- 2005年版・[50位] 『七月七日』古処誠二 16点/2.353(第132回候補)
- 2006年版・1位 『容疑者Xの献身』東野圭吾 341点/52.462(第134回受賞)
- 2006年版・12位 『死神の精度』伊坂幸太郎 58点/8.923(第134回候補)
全部で壮観の36作。で、そのしょっぱなが「このミス」創刊号、あの佐々木譲さんの、あの『ベルリン飛行指令』だとわかって、思わずニヤリ。『2008年版』の解説でも、西上心太さんがこんなことを教えてくれています。
「今期ランキング入りした作家のうち、二十年前から現役だったのはわずか七人。リストを見ただけで指摘できたら、相当のミステリーマニアでしょう。さらに『このミス88』と今期の両方でランクインした作家はただ一人である。さてそれは誰でしょう……」
少なくとも、「このミス」88年版で名前の挙がっていた、綾辻行人さんも法月綸太郎さんも折原一さんも島田荘司さんも樋口有介さんも、まだ直木賞の候補になる可能性があるのだということは、重々承知いたしました。
さて、リストで並べられてもよくわかんないなあ、と首をかしげた人間が、次にとる行動といえば、グラフ化してみることでしょう。横軸を「このミス」得点率、縦軸を、直木賞での評価(上を受賞、下を候補とし、選評の内容からそれぞれどの程度の評価を得たのかを独自に数値化)として、散布図をこしらえてみました。
ううむ、なんだかエラいことになっちまった。
パッと見、際立って目に入るのが、右上の「「このミス」高得点&直木賞受賞」エリアにある2つの▼。一番右が東野圭吾『容疑者Xの献身』、その左が原尞『私が殺した少女』です。とくに『容疑者X』の、得点率52.462が、異常なまでに段違いなことが、よくわかります。今回の候補作、『私の男』(33点/得点率4.521)、『悪果』(59点/得点率8.082)はもちろんのこと、同じ「このミス」1位とはいえ、『警官の血』(180点/得点率24.658)を、『容疑者X』の再現なるか、だなんて観点で見るのは、やはり抵抗あるなあ。
「このミス」1位仲間でみるなら、まだしも『OUT』や『半落ち』のほうが、数字的に近いものがあります。あ、それと『不夜城』も。「このミス」1位タイトルホルダーの馳星周さんが、『2008年版』に食い込んだ3つの候補作品を押しのけて、10年越しの報復なるか、というのもまた、「このミス×直木賞」ヒストリーから、今度の選考会を見るときの重要な視点になりそうです。
「このミス」であまり得点が伸びなかった作品は、直木賞選考委員にウケがよかったり、ボロクソけなされたり、さまざまな例があるんだけど、得点率30超えの2つの作品は、さすがに選考委員たち(何人かは除く)にも快く受け入れられているんだな。飛び抜けたところでは、「このミス」と直木賞、両者の価値観にさほど違いが出ないってことですか。平和な世の中だ、よかったよかった。
と、安心するのは早いぜよ。上のリストにはないけど、第121回の直木賞でどどーんと不評を買った天童荒太の『永遠の仔』が、その年の暮れの「このミス」2000年版では、136点(得点率35.417)のぶっちぎりでトップとっちゃっているんですもの。ふふふ、さすが文春へのアンチテーゼ、面目躍如たるところ見せつけてやりましたね。「このミス」たるもの、平和な世の中なぞぶっ壊してやらなくちゃ。
くそう、グラフ化してはみたものの大した分析もできないじゃんか、と舌打ちした人間が、次にとる行動といえば、こじつけの傾向を見つけることでしょう。
上のリストの36作を、各年ごとに分割して、じっと見てみてください。どんな法則が浮き出てくるか。
「直木賞候補作のなかで、「このミス」の一番の得点を得た作品が、受賞できない場合は、同じ回に候補になったどの作品も、受賞できない。」
さらに、細かく詰めると、
「「このミス」登場作品が3つ、直木賞候補になったケースは、過去に6度あったが、“そのうち一番の得点を得た作品だけが受賞する”か、“3つとも受賞できない”か、2つのパターンしかない。」
……なんか競馬の予想屋みたいな物言いになってきたな。あやしー。
ともかく、今回の“一番の得点を得た作品”である『警官の血』が、もっとも直木賞に近いところにいる、と過去のデータは教えてくれています。受賞できるかどうか、あとは9人の選考委員の、当日の気分次第です(こらこら。語弊ある言い方すんなって)。
『私の男』には、過去にたった一例しかない“「このミス」で自分より上位に挙がった作品を追い越して直木賞受賞”の下剋上を、また巻き起こしてくれるのか、の期待がかかります。ちなみにその唯一の例とは、96年版21位の小池真理子『恋』。『私の男』も『恋』も、ともに10月の刊行で、「このミス」集計上は不利だったこともあって、得票を重ねられなかったんでしょうが、『恋』にできたことを、『私の男』ができぬはずもありますまい。
そして『悪果』には、「このミス×直木賞」ヒストリーに、まったく新しい世界を切り拓く、という重要にしてワクワクする任務が課せられました。『2008年版』の「私の隠し玉&20周年記念特別エッセイ」の枠に黒川さんご自身がお書きになっているとおり、道尾秀介がまだ小学生だった20年も前から、
「府立高校の美術教師を辞めて三年目だった。年収七百万が二百万に激減して貯金も急減。手持ちの株を小金持ちのよめはんに売りつけながら、ぼちぼち原稿を書いていた。教師を辞めたことは後悔したが、反省はしなかった。」(「黒川博行 二十年前の私」より)
と現役作家を続けてこられた黒川さんが、ここに来て、はじめて「このミス」14位が1位を差し置いて直木賞受賞、ともなれば、また爽快。
今日は「このミス」のハナシですから、ついでにこの方のことにも触れておいてもいいですよね。『敵影』の古処誠二さん。ここ最近は、「このミス」に顔を出すような作品をお書きになっていないので、ちょっと時代は古くなりますが、『2003年版』(平成14年/2002年12月刊)に杉江松恋さんによるインタビュー記事が載っています。顔写真が載っていない時点で、すでに古処ワールド全開です。
平成14年/2002年に刊行された『ルール』に関する問答より。
「――『ルール』はサイン会の話もあったのではないですか?
古 全然ありません。絶対にしませんから。私には死んでもできないと思います。恥ずかしくて。
――ほかの作家との交流もあまりないですか?
古 ほとんどありません。」
もし直木賞受賞したとしても、記者会見とか何だとかでさらし者にしないで、そっとしておいてあげてほしいな。
ああ、また収拾がつかないうちに、そろそろ終わりの時間(?)が近づいてきました。井上荒野派のみなさま、申し訳ございません。直木賞オタクといえども、力量足りず、さすがに井上さんのことを「このミス」とからめて触れるのは、無理でした。
『2007年版』以前の「このミス」が、直木賞にふっかけた喧嘩腰とか、ラブコールとか(そんなのあったっけ)、綿々たる歴史エピソードは、またいずれってことで。
今週の水曜日は、第138回直木賞の選考会の日。平穏に事が運べば午後7時~8時ごろ、揉めれば午後9時前ごろに、結果が発表されます。うちの親サイトでは、今回も“決定、即、更新”が目標です。
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コメント
こんばんは。
ミステリ好きのハシクレとして、今回の直木賞、「いやに推理作家が多いな」と気になっておりました。
というわけで、この「『このミス』×『直木賞』徹底比較!」的エントリ、大いに楽しませていただきましたm(_ _)m
メフィスト賞作家から直木賞が出るか、ライトノベリストから直木賞が出るか、と友人と野次馬的議論をたたかわせたりしながら、水曜を心待ちにしている今日この頃です。
・・・個人的には、黒川博行さんに獲ってほしいかなあ。
投稿: 毒太 | 2008年1月14日 (月) 01時28分
毒太 様
メフィスト賞とかライトノべリストとか、そういう観点から直木賞のことを
一緒に語り合えるご友人をお持ちなんですね、うらやましい……。
ワタクシは、“黒川さんには『国境』でとってほしかった”派なんですけど、
ええい、『悪果』でも全然いいです。
関西系ミステリーの先達・黒岩重吾(古っ!)がとれたものを、
黒川博行がとれぬはずもありますまい、って思いです。
投稿: P.L.B. | 2008年1月14日 (月) 02時56分