文蔵 2008.1(Vol.28) 特集「「直木賞」の基礎知識」
正直なところ、さまざま意味で相当取り上げづらい文献なんですけど、ここはやっぱり思い切りまして。なにせ、この対談は、ため息が出るほど貴重です。
『文蔵 2008.1 Vol.28』(平成20年/2008年1月・PHP研究所/PHP文庫)
本題に入る前に、軽く解説です。『文蔵』とは、PHP研究所が平成17年/2005年10月に創刊した文庫本スタイルの月刊誌。まあ、正式な分類とすれば“雑誌”じゃないんでしょう、書店の雑誌コーナーに行っても、なかなか見かけませんが、そんなときはどうぞ、PHP文庫の文庫棚に足を運んでみてください。
内容は連載小説、連載エッセイがてんこもりの文芸誌。えー? PHP研究所が文芸なのー? とかついつい思いがちなんですが、最近の直木賞とはなかなか縁深い出版社だったりします。この前の直木賞、受賞作は幻冬舎の本でしたが、その作家さんを10年前、小説家としてデビューさせたのは、なにを隠そうPHP研究所なんですよね。
ん、この前の直木賞って、いったい誰がとったんだっけ、だなんて、またまたトボけちゃって。ほら、『東洲しゃらくさし』の松井今朝子さんですよ。
さあ、その『文蔵』の最新号の特集が、「日本一有名な文学賞の素朴な「なぜ?」に答えます 「直木賞」の基礎知識」と来ました。いつものワタクシなら、いやみやツッコミの一つや二つ、たらたらつぶやくところなんですが、まあ今日は、そういう“毒”はなるべく抜きで。どうかお察しください。
なんといっても面白いのは、この特集の対談企画です。かたや中村彰彦。かたや豊田健次。ね、すごいでしょ。
と言われて、何がすごいのか全然わからん、とそっぽを向いたあなたのために、不肖のオタクが説明させていただくと、中村彰彦さんは第111回「二つの山河」で受賞された現役バリバリの直木賞作家。その実、かつては文藝春秋に勤めていらした元・編集者です。そして豊田健次さんは、先週の「大いなる助走」でも触れたとおり、昭和40年代、『別冊文藝春秋』と『文學界』の編集長だった頃から、その雑誌から多数の候補作を生み出したりして、直木賞の歴史をつくり上げてきたと言っていい方です。
このお二人が、直木賞について存分に語り合うっつうんですから、それだけでワクワクするよなあ。
題して「対談 直木賞のウチとソト」。
「豊田 戦後の直木賞作家として代表的な存在である水上勉、黒岩重吾、立原正秋、五木寛之、三好徹、野坂昭如、井上ひさしといった錚々たる顔ぶれが『別冊文藝春秋』掲載作品による受賞でしたから、『別冊』に書かなければ直木賞を取れないような雰囲気があった。文壇でそうだったかはとにかく、編集者の間には確かにあったと思います。」
この“別冊文春”伝説は、姿をかえてかたちをかえ、今にいたるまで脈々と受け継がれています。といいますか、一時期は絶えたかに思えた“伝説”が、数年前に一気に息を吹き返し、第129回(平成15年/2003年・上半期)村山由佳『星々の舟』、第131回(平成16年/2004年・上半期)熊谷達也『邂逅の森』、第132回(平成16年/2004年・下半期)角田光代『対岸の彼女』、第135回(平成18年/2006年・上半期)三浦しをん『まほろ駅前多田便利軒』と森絵都『風に舞いあがるビニールシート』、と『別冊文春』初出でのち単行本化された作品が、怒濤の受賞ラッシュ。その伝説のパワーを見せつけられました。
いっぽうの中村彰彦さんも、文春勤務時代、直木賞の運営側として深く関わっていらしたんだとか。はじめて知りました。
「中村 文藝春秋に入って六年目に、当時あった編集総務部に異動になって、そこで芥川賞・直木賞を主催する日本文学振興会の仕事をしました。編集者たちに両賞の社内選考委員を委嘱して、「要回覧」と判子を押して回した作品を読んでもらう。一種の勧進元ですね。僕がまず読んで、その段階で回覧から外すこともあるし、下読み選考の担当者が集まる会議で落とされる場合もあります。」
おお、実際に携わっていた方が自らその内部の様子を語っておられる。これこれ、これをマニアは待っておりました。
「中村 文春の社員とはいえ日本文学振興会の事務局側にいますから、各部署の編集者たちが自分の雑誌に掲載された作品や担当した単行本を「回覧してくれ」と次々に推してくる。すると自社の作品がどうしても多くなるから、他社の出版物をよく読んで、社内の編集者に対抗するつもりで目配りしてほしいと部長に言われていました。」
まったく、この部長さんのおっしゃることは的を得ている。その姿勢は素晴らしい。
で、それを認めた上で、文藝春秋とは何の関係もなく、好意も悪意も持っていない一般的な外野の目線で言いますと、それでもまだまだ候補作品のなかに文春作品は多すぎます。単純に見ても、毎回毎回、かならず文春の作品が一つは候補に選ばれていることが、不自然なんです。さらなる“目配り”を、ぜひお願いいたします。
「中村 何度か候補になるような状況まで来た場合のパターンとしては、二回連続して候補になることでしょうね。僕も候補は三回だけれど、後ろ二回は連続しています。連続した場合に、「この前も頑張っていたな」という評価が加味される。
豊田 選評にもよくそういう書き方がされますが、選考委員の方々も前作を読んだのが半年前だから印象に残っているんです。あまり前だと忘れられてしまう(笑)。
中村 もっとも「あの時よりこちらの方がいい」という評価を受けないとダメです。前より明らかに劣っていたら、もう論外(笑)。」
なーる、こういった見方もまた興味深いな。
おそらく数日のちに発表される、第138回(平成19年/2007年・下半期)の候補のそれぞれを、どの候補者が何度めの候補なのか、というとらえ方に加えて、そのうち最近の候補間隔が短いのが誰か、って見て予想を立ててみるのも、面白いかも。
この対談のうしろには、「知れば知るほど面白い! 日本でもっとも有名な文学賞」の記事がくっついています。「由来・歴史編」「現在編」「データ編」「耳寄り話編」と4つに分けられていて、それぞれに書いてある項目は、ざっと以下のとおりです。
○由来・歴史編
- いつ、なぜ創設されたのですか?
- そもそも「直木三十五」とはどんな作家だったのですか?
- 「第一回」の受賞作家と受賞作品は?
- 「直木賞」を主催しているのは、どんな団体ですか?
- 自分の書いた小説を「直木賞」に応募したいのですが。
- 過去の受賞作をすべて読んでみたいのですが。
○現在編
- 候補作はどのようにして絞り込むのですか?
- 選考はどのようにして行われるのですか?
- いまの選考委員には、どんな作家がいますか?
- 他の文学賞に比べて、なぜ「直木賞」は大きく報道されるのですか?
- 賞金はいくらですか? 賞品はありますか?
- 受賞資格はありますか?
○データ編
- 候補になった回数がもっとも多い作家は?
- 受賞作家の男女比は?
- 受賞するのはどのくらいの年齢層?
- 受賞作は時代小説が多い? 現代小説が多い?
- 受賞作の長篇・短篇集・短篇の比率は?
- もっとも長い受賞作品ベスト5・もっとも短い受賞作品ベスト5
○耳寄り話編
- もっとも小さい版元から出た受賞作は?
- もっとも揉めた選考会は?
- 異色の受賞作・候補作にはどんなものがありましたか?
- 唯一の受賞辞退者・山本周五郎はなぜ辞退したのですか?
- 受賞したのに、その後あまり作品を発表しなかった作家はいますか?
- 選考委員と候補作家の相性を感じさせるエピソードはありますか?
- 親子で受賞したケースはありますか?
これらを書いたヒトがヒトなので、舌鋒鋭くツッコむわけにはいかないんですが、「データ編」の後半部分なんかは、まあ今まで誰もそんなデータ測ったことないぞ、って観点をもってきていて、少なくとも本書でしか読めない読み物になっています。
直木賞についてはまだまだ掘り起こせる研究課題が、無尽蔵に埋まっているのですぞ。油断するなかれ。
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