芥川賞・直木賞100回記念展
最近だんだん何のブログかわからなくなってきたので、微妙に軌道修正。時はバブルの真っ只中、2つの財団法人が強力タッグを組んで、とある展観を景気よく開催したんですが、そのときの図録を熟読してみます。
『芥川賞・直木賞100回記念展』(平成1年3月・日本近代文学館・日本文学振興会刊)
奥付によると、開催日程は次のとおり。
■仙台会場 藤崎 平成1年/1989年3月10日~22日
■大阪会場 梅田・大丸 平成1年/1989年4月5日~17日
■東京会場 新宿・伊勢丹 平成1年/1989年6月15日~26日
表紙まわりを合わせて全100ページ、菊池寛による賞創設のいきさつから、全受賞作の初版本の書影、いくつかの肉筆原稿、作家の愛蔵品や日常生活の写真、全候補作リスト、データをまとめたコラムなどなど、何とまあ充実して、きらびやかなることよ。
巻頭を見ると、日本近代文学館理事長の小田切進さんがこんなこと書いています。
「豊富な、多種多様な資料による本展から、二つの賞の〈魔力〉とまでいわれる魅力、その秘密をさぐっていただければ幸いです。」
ははは。魔力、と来ましたか。芥川賞のほうは知らんけど、少なくとも直木賞に関しては、ワタクシもその魔力に人生を狂わされた一人なんでしょうな。
なにしろ“魔”ですからね、ほんと、すんなり一筋縄ではいかんヤツなんです。直木賞ってヤツは。
たとえば直木賞のことをじっと考察するのに、本図録に収められた記事「昭和の文学をリードした両賞の足跡」は、大いに参考になります。無署名なのでいったい誰が書いたものかわかりませんが、直木賞といえば文学研究では常に除けモノ扱いなのに、何らか書いてくれているだけでも称賛ものです。
例によって、芥川賞の歴史についてタラタラと詳細に書き綴られた後に、こんなふうに続きます。
「直木賞の受賞傾向について見てみると、昭和30年代までの主流だった歴史・時代小説から、現代風俗をモチーフに描いた作品の受賞が目立つようになってきた。」
まあ第1回から昭和30年代(第52回ごろ)までを、たったこれだけの文章で言い尽くそうとしている態度が、やや乱暴なんですけど、それは言いっこなしで。
ところで戦前(第20回まで)の受賞作の主流が、歴史・時代小説だった、これは確かでしょう。でも戦争が明けてからは、そんな傾向はなくなったと思うんだけどな。とりあえず、昭和20年代だけ見てみますよ。受賞作は15作。そのうち、「面」「刺青」「海の廃園」「執行猶予」「長恨歌」「英語屋さん」「イエスの裔」「罪な女」「叛乱」『終身未決囚』「ボロ家の春秋」「高安犬物語」……これら12作、全部昭和以降のことを描いた作品ですけど、これでも、主流は歴史・時代小説と言い張りますか、あなたは。
“昔は大衆文芸といえば時代小説だったよなあ、だけど時がたつにつれて時代小説は不振だよなあ”とは、きっと一般的な印象なんでしょう。ワタクシ自身も結構その印象にとらわれているところがあります。でも、直木賞では昭和40年代に立原正秋、五木寛之、野坂昭如らがとるまでは時代小説が主だった、だなんて何を根拠にそんなこと言うのだ、って気もするのです。イメージで語っちゃいかんよな。マスコミじゃないんだから。
熱くなってすみません。ツッコミに終始するのも大人げないので、話題をがらりと変えます。
「作家の「忙中閑アリ」」のページ。作家たちの普段の姿をとらえた写真がずらり並んでいます。58葉の写真も興味ぶかいんですけど、それぞれに付けられたキャプションが、また参考になるのです。
「第1回両賞受賞の石川達三、川口松太郎は生涯のゴルフ仲間(昭33年)」
「山口洋子は有名な阪神ファン、21年ぶりの優勝に狂喜した(昭60年)」
「中山義秀に師事した安西篤子は受賞を報告に鎌倉を訪問した(昭40年)」
「文壇最強チーム見立てで8番捕手の若手No.1の黒岩重吾(昭38年)」
「今は人気女優の娘ふみと自宅そばの石神井公園で散歩の檀一雄。放浪生活の末、九州の島で不帰の人に(昭36年)」
檀ふみさん、少女のころの写真なんですけど、お顔が今もマンマですね。
さらに、本図録の後半のほうには、過去の受賞データをコラム化した「雑記帳」が、全部で9本載っています。たとえば、受賞年齢、出身地、受賞までの候補回数、男女比、血縁関係、医師出身者、ペンネームの由来と、各種文献でおなじみの切り口があるなかで、もう一本、学校の中退者なんていう取り上げ方が載っています。これは面白い。
「芥川賞作家100名のうち中退者は29名、29%。直木賞のほうは111名中26名で、23%。両賞合わせて55名、26%にのぼる。4人にひとりが中退者というのは、他の分野ではちょっと考えられまい。」
ん? これも“イメージ語り”じゃないだろうな。いや、きっと“他の分野”のこととか、全社会的な中退率も念頭に入れた上での指摘であると、ワタクシは信じています。
やったね、民ちゃん。“記録保持者”だってさ。
もちろん景山さんは、そんなことで記録されるべき人ではなく、あんなことで記憶されている人でもありますが、やっぱり直木賞史上はじめてSF小説(『遠い海から来たCOO』)で受賞した偉大なる足跡を、忘れるわけにはいかないでしょう(とか書くとSF愛好者から怒られそうだな。あんなのSFじゃねえよって)。
いやあ、小田切さん。じっさいの展観はいざ知らず、本図録だけで言っても、たしかに豊富で多種多様な資料が並んでいます。こういうものを企画していただいて、ただただ感謝あるのみです。ただね、ほんと残念なんですけど、ここから直木賞の魅力や秘密を十分にさぐるのは、ちょっと無理です。
なぜならば、受賞作家・受賞作品といった光の部分しか紹介されていないからです。影の部分まで見せてくれないと、なんかマヤかしっぽく見えちゃうんだよなあ。
まあ、賞の主催者が企画したものだから、しかたないですか。それでも「芥川賞・直木賞受賞作家と候補作全リスト」のなかで、受賞者なしの回のところに、候補作のことに触れた選評の抜粋が載っているだけでも、図録制作者の良心を感じるべきなんだろうな。
| 固定リンク
「関連の書籍」カテゴリの記事
- 直木賞事典 国文学 解釈と鑑賞 昭和52年/1977年6月臨時増刊号(2008.04.27)
- 本屋でぼくの本を見た 作家デビュー物語(2008.04.20)
- 展 第三号 特集「大池唯雄・濱田隼雄 郷土に生きる」(2008.04.13)
- 小説家(2008.04.06)
- 思い出の時代作家たち(2008.03.30)
コメント