ダカーポ 平成18年/2006年7月19日号(587号)
マガジンハウス。とお題を出されて、即座に、『蛇鏡』『肩ごしの恋人』『非道、行ずべからず』のことを思い浮かべるワタクシは、完治不能の直木賞病ですけど、結局この3人の女性作家は全員、直木賞作家になってしまったのですから、おお、おそるべしマガジンハウス。
『ダカーポ 平成18年/2006年7月19日号(587号)』(平成18年/2006年7月・マガジンハウス刊)
第135回(平成18年/2006年・上半期)が決定する直前、『ダカーポ』誌が4~39ページを使って大々的に特集を組みました。その名も「芥川賞、直木賞を徹底的に楽しむ」。
最初に褒めさせてもらいます。一般の読者が知りたくても知ることのできない、話を聞きたくてもわざわざアポとって会いに行ったりしない、主催者の日本文学振興会とか、選考会場の新喜楽とか、選考委員の北方謙三さんとか、受賞作を発売している各出版社とかに取材してくれていて、貴重も貴重、マニア必読の内容になっています。すばらしい。
“東野圭吾が受賞したのは7度目の候補じゃなくて6度目でしょ”だの、“作家人気ランキングというのがあって、宮部みゆきや東野圭吾を押さえて第1位に江國香織が選ばれているけど、アンケート回答者2,370人中、男女比が24:76って、異常なほど女性に偏ってないかい?”だの、“古川薫が初候補から受賞までにかかった年数は〈35年〉じゃないでしょ”だの、ツッコみどころが結構あるとはいえ、まあ、いずれも些末なことなので、『ダカーポ』誌がそんなクダらん間違いなど気にする必要はありません。これからも『ダカーポ』らしく、ガンガン先に突き進んでください。
目を止めたい箇所がいくつもあるなかで、まずは、選考委員の北方謙三親分へのインタビュー記事から行きましょう。なんつったって現在、唯一、直木賞を受賞していない選考委員です、そこに北方さんの輝きがあるのです。
「僕は選考委員ですが、いろいろな経緯があって、直木賞をもらっていません。選ばれなかったこともあれば、いらない、とも言った。直木賞は誰もが認める勲章です。断るには勇気が必要でした。だから、僕は同じ時期に直木賞を取った作家に負けない作品を書き続ける、と自分に誓った。
でもね、直木賞を受賞せずに書き続けるのは大変な苦労があります。それは僕が一番よく知っている。(引用者中略)そういう苦労は、書くこととは別のこと。その僕と同じ苦労は、力のある若い作家にはさせたくはない。
だから、選考会では強く主張する。お前は声がでかい、という苦情もあります(笑)。でも、僕は一歩も引きません。直木賞には恩義も借りもないから、正々堂々とやります」
カッチョいいぜ、親分。
ちなみに北方さんがこれまでに推してきた候補作を、受賞作以外で拾い上げてみると、こんな感じ。東野圭吾『片想い』、黒川博行『国境』、京極夏彦『覘き小平次』、角田光代『空中庭園』、真保裕一『繋がれた明日』、馳星周『生誕祭』、古処誠二『七月七日』、福井晴敏『6ステイン』、伊坂幸太郎『砂漠』、北村薫『ひとがた流し』、三崎亜記『失われた町』、北村薫『玻璃の天』。……いやあ、さすが、直木賞マニアの間でひそかに、“ミステリーファンの頼もしき味方”と囁かれているだけのことはあります。どうぞ、このままその姿勢を貫いてください。
次は、長年にわたって直木賞の選考会場となっている料亭・新喜楽。さすが『ダカーポ』、魔の……もとい、旺盛な取材の手は、そこにも伸びています。直木賞のことに興味があっても、新喜楽のことに関心を向ける人間はそう多くないと思います。もちろんワタクシもその一人。たいへん勉強になりました。
「芥川賞・直木賞決定のときに新聞やテレビのニュースに登場する新喜楽は、昨年創業130年を迎えた、東京中央区築地にある老舗の料亭。晴海通りを銀座から勝鬨橋へと向かい、三原橋を越えてしばらく進むと、築地4丁目の交差点がある。そこを右折すると、すぐ左側が東京中央卸売市場。その向かいの茶色い壁の料亭が新喜楽だ。」
とあって、“じゃあ今度ここで忘年会でもやるか”と軽々しく思ったサラリーマン諸氏が道に迷わないようにと、地図まで載っています。
とはいえ、どう考えても大学生のコンパとか、結婚式の二次会とかをやるような場所じゃない高級料亭のたたずまいで、表門の写真が掲載されているんですが、そのキャプションには、こう書いてあります。
「取材・撮影を依頼したところ、中はNG。「外観だけならば」という条件で店の人立ち会いのもと撮影をした」
ワタクシのようなダメ社会人には一生縁のなさそうな場所ではあります。
新喜楽は記録に残っているだけでも戦後復活のあたりから、しばしば直木賞の選考会場になっていて、第44回(昭和35年/1960年・下半期)からは40数年一度も会場が変わったことはありません。直木賞と新喜楽の関係は、まだまだ調査不足でワタクシには何も語るべきことはないんですが、これもまた、今後の研究課題のひとつでしょう。
あと、直木賞からハナシがズレてしまって我ながらホント切ないんですけど、こんなページがあります。「有名書店文芸棚担当が勧める06年上半期の純文学と大衆文学 芥川・直木賞、受賞してほしい本はコレ!」。林真理子ねえさんが憤然としそうな企画だこと。
ここに全9書店の書店員の方が登場しているんですが、これまた先ほど触れたアンケートにも似て、男女比が女性8人、男性1人。ううむ、文芸棚の担当って、じっさいこんなに偏った割合なんですか? それとも書店そのものが圧倒的に女性多数の職場なんでしょうか。はたまた、顔写真付きってことから、雑誌側の判断で、もしくは書店側の判断で、女性を代表としてピックアップしがちなのでしょうか。
この人選が影響しているかどうかは、よくわかりませんが、書店員さんが直木賞に推しているのは圧倒的に伊坂幸太郎。伊坂さん、ワタクシもしがないファンの一人です。ですけど、9人も書店員がいて自由に回答してもらって、伊坂幸太郎6票、三浦しをん3票、森絵都・瀬尾まいこ・古川日出男1票、これだけ意見が固まっちゃうと逆に気持ち悪い。
言うなれば、揃いも揃って、時代小説が一つも推薦されていないのを見るにつけ、ちょっとため息。村上元三さんあたり、草葉の陰で嘆いていらっしゃいませんか。
いやいや、村上さん、お顔を上げて。本号の「ベストセラーは? 歴代累計売上部数ランキング」のページをしっかとご覧ください。直木賞受賞作の売り上げ第1位は、なんと、浅田次郎『鉄道員』(219.00万部 ※単行本+文庫本)……って、これは時代小説じゃないですけど、第2位に付けているのが、司馬遼太郎『梟の城』(193.80万部)って書いてあるじゃないですか。時代小説が堂々たるロングセラーですよ。さらにこのページの注意書きには、
「*本誌が各版元の協力を得て、受賞作品の単行本と文庫のこれまでの累計の売上部数を算出した。古い時代のものは版元の正確な売り上げデータが残っておらず、部数に計上できなかった作品もあります。」
とあるわけで、要はまだまだ順位の変動する余地があるってことですよね。『鉄道員』は確実に集英社だけのデータですけど、われらが『梟の城』は、新潮文庫だけじゃない、春陽文庫もある、講談社のオリジナルの単行本や、ロマン・ブックスや、新装版もある、東都書房の忍法小説全集版もある、東方社版もある、これらを全部ひっくるめれば、ひょっとすると『鉄道員』を抜いている可能性もあるんですぞ。時代小説バンザイ、ですなあ。
あ、第3位以下を見てみたら第15位までに、時代小説、ひとつもランクインしていないんだ。……村上さん、やっぱり今夜は一緒に思いっきり泣きましょうや。
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コメント
いつも楽しく拝見しています。はじめてコメントします。
自分も突っ走ってほしかったのですが、残念ながら「ダカーポ」、休刊が決まってしまいました。
この雑誌の「本」特集、ミステリに優しくて好きだったのに。
投稿: きのちん | 2007年10月28日 (日) 22時14分
げげ。この12月で休刊ですって? 知りませんでした。
きのちんさん、教えていただきありがとうございます。
創刊から26年も続けてこられたことに、『ダカーポ』には大いに敬意を払いたいところです。
26年が短かったか長かったかは諸論ありそうですけど、
何ゴトも長く続けるのは、ほんとに難しいんだなあと感じ入る次第です。
投稿: P.L.B. | 2007年10月29日 (月) 09時11分