SF奇書天外
書評ブログでもないくせに、ぴかぴかの新刊を取り上げるのは、自らの情熱のみを武器にしてただひたすらマニア道を突き進む北原尚彦さんに、心より敬意を表するため、でもあります。
『SF奇書天外』北原尚彦(平成19年/2007年8月・東京創元社刊)
→著者の公式サイト 北原尚彦の書物的日常
終戦後の1940年代後半から90年代までに日本で出版された、奇異で奇妙で奇天烈で珍奇なSFの数々が、そのあらすじや、出版の背景や、作家のことなどを含めて、次から次へと紹介されています。そもそも早川書房『SFマガジン』に連載されていたものを、増補して東京創元社から発行したかたちになっていて、“よくやったぞ東創社”と称賛されるべき本でもあります(ん?)。
で、ワタクシお気に入りの箇所を挙げるとすると、一つには、明治生まれの作家・高垣眸が宇宙戦艦ヤマトのノヴェライズ本を出していて、
「基本的なストーリーラインはアニメとそう変わらないが、作家が明治生まれなので形容や登場人物の台詞回しがスゴイ。(引用者中略)古代進が森雪に人工呼吸するシーンなぞ「(前略)童貞の進は恋人森雪の体に跨ることは、なんとなく性交(ルビ:ラーゲ)の体位に似た気がして面映ゆく」と書いてあって、一人で腹を抱えて笑ってしまった。」(「書店にはないが新古書店にはある『少年エスパー鬼無里へとぶ』」より)
二つには、ロバート・ムーア・ウイリアムス著、清水谷漫歩訳の『21世紀の顔』について、
「これがすさまじい。どうすさまじいのかというと、翻訳の文章が滅茶苦茶で、全く意味が取れないのである。(引用者中略)一文一文はなんとか意味が判っても、文章が連なると前後でまるで意味不明になるのだ。横田順彌氏は全部読んだけど判らないよとおっしゃるし、牧眞司氏も原書をアメリカの古書店に注文して取り寄せて原文で読んでも日本語で読むより早いよとのことだった。」(「全く意味不明の滅茶苦茶翻訳SF『21世紀の顔』」より)
三つには、2025年にタレント出身議員が首相となったことで、タレント政権が成立するさまを書いた瀬田龍造『ポリティア・タレンティ』という書があり、実在の有名人をモデルにした奇々怪々な名前をもつ人物がいろいろと登場してきて、
「SF的背景は、JHK(NHKのこと)が民営化されてるとか、日本に大量に外国人が流入したとか、円安で一ドル二百二十円になっているとかは説明されるが、肝心のストーリーはというと、延々と内閣メンバーを決めているばかりなのだ。これを奇書と言わずして、なんと言おう。」(「有名人の人名もじりの嵐! 政治SF『ポリティア・タレンティ』」より)
とか、他にもいくつもあるのですが、やっぱりワタクシの場合、直木賞の受賞作家や候補作家についての記述を、最もワクワクして読んだわけです。
たとえば、中山正男。「日本だって革命が起こるぞ! 『赤い太陽』」として一項が割かれています。紹介されている『赤い太陽』は、1960年代の日本(当時としては近未来)を舞台に、労働組合を基幹とする革命政府の樹立とその後の顛末を描いた小説。そのあらすじのあとに、北原さんの手になる中山正男の略歴が書いてあり、参考になります。
「戦後は公職追放となるが、解除されて後は木材や石油、出版などの会社を興す。『赤い太陽』を出した第一世論社も、彼が社長を務めた会社だ。自伝小説『馬喰一代』(一九五一年)及びその続篇は映画化もされ、大評判となった。」
この『馬喰一代』は第26回(昭和26年/1951年・下半期)の直木賞候補になっていて、恥ずかしながらワタクシ、中山さんの作品は、その一作しか読んでいないのです。これは中山さん自身をモデルにした片山太平の半生記でもありますが、その父、片山米太郎が明治31年/1898年に北海道に移住してからの、馬喰の一代記であるととらえてもよく(タイトルそのまんまですね)、喧嘩と賭博をくりかえすあらくれ者・馬喰たちの生活とか、上京した太平との父子の交流とか、ずしんと読み応えのある一篇になっているわけです。
「わたしは何の予備知識もなく『赤い太陽』を読んだ際には、ああ、左寄りの人、おそらくは社会運動家か何かをしていてその関係の著作もたくさんあるような作家なんだろうな、と勝手に思い込んでいた。作家本人を、たった一冊の著書から推測してはいけないな、とつくづく実感した。」
ああ、同感。アノしぶくて骨太の『馬喰一代』を書いた人が、革命軍と自衛隊のドンパチだの、革命軍が旧政府協力者を残酷にも殺害していくだの、そんなおハナシも書いていたなんて、いやはや想像もつきませんがな。
さらに“あの人がこんなモノを!?”系列でいきますと、第二弾は、久利武(くり・たけし)。
直木賞候補作家のリストに、そんな名前の作家はいません。しかし、「超能力でやりたい放題! SFポルノ『怪盗お花七変化』」の項で触れられているポルノSFの書き手、久利武は、またの名を沼田陽一。沼田さんといえば、愛犬家の世界ではきっと超有名人、犬に関する著書多数で、第74回(昭和50年/1975年・下半期)直木賞候補になったのも『コメディアン犬舎の友情』だったという、筋金入りの“犬の人”です。当時の選考委員、源氏鶏太に、
「私が犬嫌いのせいもあってか、なじめなかった。」(『オール讀物』昭和51年/1976年4月号選評「文句なしの面白さ」より)
なんていう名(迷)選評を書かせてしまったのですから、この候補作の“犬度合い”がどれほどのものか、おわかりいただけるでしょう。
で、ご本人がどうだったかは存じませんが、この連作短篇集の主人公は、戦後に一瞬の光を放ったカストリ雑誌の編集者なんです。カストリ雑誌といえば、エロと興味本位と荒唐無稽の宝庫であったと仄聞しております。そんな流れもあって、ははあ、この方がストーリーはちゃめちゃのポルノSFも書いていたんだと知って、なんだか妙に納得。
まだまだ本書には直木賞関連作家が出てきますが、そのなかで胡桃沢耕史は、もう別格でしょう。「後の直木賞作家のエロスパイ小説《P07号》シリーズ」「ホントに翻訳? ポルノSF『性にとらわれて』」と二項にわたって大々的に(?)取り上げられています。
胡桃沢さんがかつての筆名(っていうか本名)清水正二郎だった時代にみせた、“ポルノのシミショウ”との異名に恥じぬ、なんとまあ執筆活動の縦横無尽で厖大なことよ。イヤーン・フランミンゴ著の清水正二郎訳(その実、シミショウの創作)、喜瀬川博志、井上進といった別名義の作品などなど、まあ、のちの「翔んでる警視」シリーズを見ても、この方の多作ぶりは、どういうことなの? と思わされてしまうのです(これ褒め言葉です)。
北原さんもこんなふうに茫然とされています。
「たぶん、もっと色々あると思うのだが、清水正二郎という作家の全体像が掴めていないために、正確なところが分からないのだ。
清水正二郎は、後に自分が研究の対象になろうなぞとは考えていなかったのだろうが、ペンネームの乱発やら、インチキ翻訳やら、再刊に次ぐ再刊やら、全く罪作りな人である。」
このほか、直木賞関連作家のものでは、
- 宇井無愁『犬のたまご』(「火星推進機はどこへ? 『バラモンの洞窟』ほか諸々」)
- 邦光史郎『1980年の恋人』(「大ハズレな未来予測たっぷり『1980年の恋人』」)
- 今官一『SF講談 にっぽん好色美女伝』(「マンジュウ本の幻想短篇集『出発してしまったA’』」)
- 戸川昌子『赤い爪痕』(「ミステリ界の女王が書いた奇想天外SF『赤い爪痕』」)
- 梶山季之『女中仮面』(「全く意味不明の滅茶苦茶翻訳SF『21世紀の顔』」)
- 景山民夫『時のエリュシオン』(「直木賞作家が書いた宗教SF『時のエリュシオン』」)
- 豊田行二『浮気なエイリアン』(「ポルノSFの流れを変えたナポレオン文庫」)
などが挙げられています。“あの人がこんなモノを!?”のレベルが最も高いのは、私見ですけど今官一でしょうかねえ。
あ、それと「火星推進機はどこへ? 『バラモンの洞窟』ほか諸々」の項にある長田幹彦『幽霊インタービュー』のところにも、ふらっと目が吸い寄せられました。
「著者は『小説 明治天皇』を書いているような人なんだけど、本当に心霊学を信じて入れ込んじゃってたようだ。(引用者中略)ちなみに『幽霊インタービュー』収録の「心霊術」には徳川夢声も登場する。夢声も超常的な事物に興味を持っていたらしい。」
夢声と心霊術といえば、直木賞裏面史のエピソードのひとつ“夢声の候補作だと多くの人が言っていたのに、実は違っていた”というアノいわくつきの作品「幽霊大歓迎」にも、そんな場面があったなあ。
「その前夜、私は信濃町の長田幹彦邸に行き、心霊術の座談会に列席した。霊媒のT氏、木々高太郎氏(慶大医学部教授林博士)などで、大いに賛否両論の華が咲いた。その席上、私は招待を受けて、翌晩、九段のK氏邸で行われたこの実験の集りに参加したのである。行って見ると、火野葦平氏、辻寛氏(名古屋市選出の代議士)なども来ていた。」(昭和25年/1950年11月・創元社刊『親馬鹿十年』収録「幽霊大歓迎」より)
いやまあ、本書はまるまる全篇、北原さんの爆走に導かれるままに、知らない世界に目をみはり、へえ、とか、ふう、とか、はあ、とか声にならない息継ぎをしながら読み進むところに快感があるんだけれど、ほんの時たま自分でも付いていけそうな、こんな箇所を発見すると、ふしぎと嬉しくなってきちゃいます。ねえ、読書好きの同志のみなさん。
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