小説現代 平成19年/2007年4月号〈第28回吉川英治文学新人賞決定発表号〉
今週、来週は、なにせ半年に一度の特別な期間ですから、それなりの本を取り上げようと思ったんだけど、どうにも思いつかずに苦肉の策。まあ、ゆっくり“プレ直木賞”でも回顧してみませんか。
『小説現代』平成19年/2007年4月号(平成19年/2007年4月・講談社刊)
吉川英治文学新人賞は、昭和55年度/1980年度から始まった、主に新人のエンターテインメント系小説に対して贈られる文学賞です。今年3月で第28回。けっこう長く頑張って続けてくれています。主催は財団法人吉川英治国民文化振興会ですが、バックに講談社がついていて、文春の芥川賞/直木賞、新潮社の三島賞/山周賞、講談社の野間文芸新人賞/吉川英治文学新人賞のラインは、外から見ている方も、そしておそらくやっている方も、それぞれを意識して存在する“ライバル”文学賞なわけです(こんなザックリした紹介文で、ほんとにいいのかな)。
第28回の吉川英治文学新人賞(長いので吉川新人賞と略します)は、ご存知のとおり、佐藤多佳子『一瞬の風になれ』が受賞しました。本号にはその「受賞の言葉」と「選考委員の言葉」(選評)が載っています。月刊誌のはかない定め、すでに書店の店頭からは、おそらく、きれいサッパリ抹殺されていますので、お持ちでない向きは、図書館に行くか、バックナンバーを取り寄せましょう。
これを今さら取り上げて、いったい何の御利益があるのか。――ありませんよ。露ほどもありませんけど、桜庭一樹『赤朽葉家の伝説』が、このときの候補になっているんですもの、第137回直木賞の選考会の前に、吉川新人賞の5人の選考委員がどんなふうに読んだか、思い起こしておいてもバチは当たりますまい。
選考委員は、浅田次郎、伊集院静、大沢在昌、高橋克彦、宮部みゆき。各委員が一番に推したと思われる候補作を、選評から判断すると、こうなります。
- 浅田次郎……桜庭一樹『赤朽葉家の伝説』(平成18年/2006年12月・東京創元社刊)
- 伊集院静……中島京子『均ちゃんの失踪』(平成18年/2006年11月・講談社刊)
- 大沢在昌……池井戸潤『空飛ぶタイヤ』(平成18年/2006年9月・実業之日本社刊)
- 高橋克彦……佐藤多佳子『一瞬の風になれ』(1=平成18年/2006年8月、2=平成18年/2006年9月、3=平成18年/2006年10月・講談社刊)
- 宮部みゆき……佐藤多佳子『一瞬の風になれ』
この他の候補作には山本弘『アイの物語』(平成18年/2006年5月・角川書店刊)がありました。
今回の直木賞から新しく選考委員になる浅田さんが、『赤朽葉家』をどう評しているのかな、ということが、お気楽で下世話野郎な読者(ワタクシのことです)にとってはやはり気になるところ。
「この長さの小説としては近年珍しく稠密感のある作品であった。作者の類い稀な想像力が、端的で的確な表現で随所にちりばめられており、怪奇譚とも社会小説とも言えぬふしぎな物語世界を構築している。旧家の苦悩と衰弱といういわば俗なストーリーを、神話に祀り上げる力技である。時代を経るに従い、つまり後半に及ぶにつれて物語の興味がやや削がれるのはたしかだが、これはいわゆる「親子三代物」の宿命のようなものであるから仕方あるまい。しかし作者はこの宿命――神話性の時間的喪失によく耐えていると私は思った。」
さあ、この「自分の率直な読後感」が、7月17日の直木賞選考会でどんなファイトを見せてくれるか。相手は手ごわそうですぞ。
選評といえば、今日は『小説現代』&吉川新人賞のハナシで最後まで突っ走りたいと思っていたんだけど、ちょっと脇道へご同行願います。『赤朽葉家』とくれば、第60回日本推理作家協会賞の選評も、読んでおきたいもので。
いずれ日本推理作家協会の充実のホームページで、ただで選評を読めるようになると思いますけど、待ちきれない御仁や、桜庭嬢が木々生い茂る小道に可憐にたたずむグラビア(モノクロ写真です)をその目に焼きつけたい御仁は、940円払って『オール讀物』平成19年/2007年7月号を買いましょう。
協会賞の“長編および連作短編集部門”の候補作は、『赤朽葉家の伝説』のほか、辻村深月『ぼくのメジャースプーン』(平成18年/2006年4月・講談社/講談社ノベルス)、樋口有介『ピース』(平成18年/2006年8月・中央公論新社刊)、森谷明子『七姫幻想』(平成18年/2006年2月・双葉社刊)、柳広司『トーキョー・プリズン』(平成18年/2006年3月・角川書店刊)。選考委員は菅浩江、野崎六助、馳星周、福井晴敏、山田正紀の5人。選考経過を書いているのは、北村薫(おっと。こんなところでお会いするとは。奇遇ですな)。
北村さんの選考経過によりますと、
「最初に各委員が、候補作品すべてについて五段階で評価を行った。その結果、『赤朽葉家の伝説』のみが飛び抜けた点数を得た。」
(引用者中略)
「『赤朽葉家の伝説』は、四人が最高点、うち三人の委員が満点をつけるという状態で、あまりにも突出しているため、ここですぐ受賞作として適切か否かの論議となった。もっとも大きな論点は、「ミステリとして優れているのかどうか」というところにあった。その意味での弱さがなくはないが、ほとんどの委員が、圧倒的な小説の力を前にし、「これ以外にない。これを落とすことは考えられない」という意見だった。」
ほお、協会賞をとったから直木賞の選考でもたぶん有利に運びそうだな、と見てしまうと痛い目に遭うらしいです。なにせ協会賞・直木賞のダブルクラウンは、逢坂剛『カディスの赤い星』一作のみで、それ以降に限っても『絆』『龍は眠る』『ガダラの豚』『カウント・プラン』(※注)『OUT』『秘密』『動機』(※注)『永遠の仔』『亡国のイージス』『死神の精度』(※注)『ユージニア』と、数々の名だたる志士たちが、直木賞の眼前まで歩をすすめながら「ごめんなさい」されてきたわけですから。(※注は、協会賞は短篇として受賞、直木賞はそれを表題作とする短篇集が候補)
協会賞では、「ミステリーとして弱いかもしれないが、それを補って余りあるほど、小説としての力がある」と絶賛されたとのことで、いやあ面白いなあ。「直木賞はだね、ミステリーを評価する場ではない、小説を評価する場なのである。おほん」とか、妙にシャチホコばった雰囲気をかもしだしている直木賞選考会で、この作品がいったいどんな扱いを受けるのでしょうか。楽しみが増えました。
脇道ついでに、桜庭一樹さんが候補になった件で、もうひとつ、つぶやいときますと、ここ数日のワタクシは、インターネット上に数多くいらっしゃる“ラノベラー”の方々の熱い信奉ぶりを、まざまざと感じています。自分が好きになった世界に対して、あくまで自分の興味に忠実に、思いのたけのめり込む姿は、ほんとうに羨ましいし見習いたい。
候補作の発表後、うちの親サイトに、桜庭さんのこれまでの主な著作一覧をのっけたところ、彼女が『ガンガンパワード』誌の連載マンガ「BLANの食卓~bloody dining」に、途中まで原作者として関わっていたことを踏まえて(今は原作者が変わっているらしいです)、それを単行本化した第1冊目が、ワタクシのつくったリストに載っていないことを、すぐさま見破り、指摘してしまう方がいて、これはもうライトノベルをまったく知らない者から見れば、日ごろの丹念な情報収集の積み重ねからくる深い深い知識あったればこそ、と敬服してしまうわけです。
いろいろとブログをサーフィンしていると、「史上初の現役ラノベ作家の直木賞候補」とすら書いている方もいて、おお、これは、その世界を愛好しているからこそ出てくる切り口!と思わされたりします(大げさですか?)。「史上初の松竹歌舞伎出身者の直木賞候補」と我がことのように喜びを表現する歌舞伎信者とか、「史上初の慶應卒・NHK出身者の直木賞候補」と誇らしげに書き記す慶應閥のNHK関係者とか、そういう方はいらっしゃいませんか(この2つは厳密に調べたうえで言っているわけじゃありませんので、ほんとうに「史上初」かどうかは、眉ツバで読んでください)。
さて、ハナシがとっ散らかったところで、吉川新人賞に戻ります。
ワタクシはあくまで直木賞オタクであって文学賞オタクではないので、過去の吉川新人賞を細かく追ってきているわけではないのですが、“直木賞はアレだけどさ、吉川新人賞のほうが信頼できるんだよね”という読書子は、ずいぶん多いと感じます(あくまで感覚値です)。受賞傾向を一覧で見ても、田中光二にはじまり、栗本薫、北方謙三、清水義範、椎名誠、岡嶋二人などときて、福井晴敏、伊坂幸太郎、恩田陸(この方々、みんな直木賞はとっていません)……押さえるべきところをギュと押さえていると言うか、直木賞なにしてんねん、と言うか。
それと、直木賞<->山周賞<->吉川新人賞を三者鼎立で見ると、吉川新人賞の“俺が俺が”と威張りくさらない、つつましやかな出で立ちが、またたまらなく好ましいのです。
たとえば本号の『小説現代』です。
いいねえ。“たとえ決定発表号であっても他の小説や記事を邪魔しない程度にしときます”というこの匂いは、往年の『オール讀物』における直木賞みたいで、ワタクシは好きです。
3つの賞の、それぞれの最新の発表号を、雑誌の背部分で比較してみましょうか(左の写真)。
『小説現代』(写真右)の場合、背では一切、吉川新人賞になど触れない潔さ。『小説新潮』(写真中央)では、特集を頭に乗せて、下に受賞者名も含めて書いてあります。2誌に比べて『オール讀物』(写真左)の、このド太い活字による自己主張、どうですか。ちなみにこの回の直木賞は、あなた、受賞者なしですよ。にもかかわらず、他記事を圧してのこの破格の扱い。「直木賞」と書けば部数が伸びる(かどうかは知りませんけど)市場経済にどっぷりつかってしまうと、やはり、良識ある『オール讀物』編集部も、こんなふうにしちゃうんでしょうねえ。おカネの力って恐ろしいなあ。
とりとめもないのはいつものことなので、気にせずに、このまま今日は終わりにしますが、「余聞と余分」初めてとなる次回予告を。……来週15日は直木賞選考会直前、今日の流れを持ち越して、第20回山本周五郎賞決定発表の載っている『小説新潮』平成19年/2007年7月号を、北村薫さんと森見登美彦さんに思いを馳せながら、とりあげてみたいと思います。
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