2023年1月29日 (日)

自分でカネを出さない直木三十五、俺に10万円の療養費をくれる人はいないか、とホザく。

 令和5年/2023年2月25日の午後、埼玉県春日部市で「直木賞の歴史と作家三上於菟吉」という講演会をやります。春日部市民じゃなくても大丈夫。ご都合あえば、参加のほどぜひご検討ください。

 ……と、いきなりの宣伝ですみません。

 新しい直木賞も決まって、そわそわとするこの季節。直木さんの盟友にして直木賞にも縁が深い三上於菟吉さんをテーマに講演することになりました。

 人前で話すのは苦手です(文章書くのだって苦手ですけど)。以前、大多和伴彦さんとイベントをやって、ああ、ワタクシは人前に出ちゃいけない奴なんだな、とさんざん懲りました。ただ、春日部の郷土資料館の館長にはすごくお世話になっています。今回はゆきがかり上です。とりあえず、ここ最近、話す内容をせっせとかき集めています。

 そのため、頭のなかはもう、直木さん・三上さんが活躍していた時代のことでいっぱいです。昭和のはじめ、ないしは大正時代。ということで今回のブログは、直木賞のことというより直木さんのハナシを中心に書いてみたいと思います。

 ところで、直木三十五さんとはどんな作家だったでしょうか。簡単にいうと、カネ・カネ・カネ。おカネにまつわるエピソードが異常にたくさんある作家です。

 早稲田の学生だった頃には、授業料が払えなくなって中退した、という金欠バナシに始まって、デカい口を叩いては、人から大金を巻き上げて、どんどん使っちゃう経済観念のなさ。借金取りが家に押し寄せても、慌てず騒がず、払うカネなんてないよと傲然と暮らし、やがて物書きになって稼ぎが増えたら増えたで、所得額の査定が高すぎる、そんな税金払えるか、ぼけ、と税務署と大ゲンカする。

 とにかく貯金するという感覚が乏しく、入ったら入っただけ使ってしまいます。全集15巻に入っている「直木益々貧乏の事」などは、直木さんの病状が悪化して、死にむかって一直線の頃に書かれたものですが、稀代の流行作家といわれたその頃ですら、貯金は0円だったと言い、「直木さんを、今死なすのは惜しい、と云つて、療養費の十萬圓ももつて來てくれる人は、無いものだらうか?」などと書いています。どうしようもないタカリ体質です。

 そのタカリ屋気質について、恨みたらたら暴いてみせたのが鷲尾雨工さん、本名・鷲尾浩さんでした。かの有名な「人間直木の美醜」(『中央公論』昭和9年/1934年4月号)という文章がそれです。

 大正なかばに、神田豊穂さんと古館清太郎さんらが始めた「春秋社」と、鷲尾さんが始めた「冬夏社」。2つの出版社は、はなから姉妹会社の性格があり、株主も両社共通だったそうです。資本は、春秋社2万円に、冬夏社5万円。しかし両社の創設に関わった直木さん(植村宗一さん)は、どちらにも一銭も出していません。それなのに、やたらと優遇され、

「直木の月給は百五十円、だが家賃は要らず(女中一人の給金だけは直木が持ったと憶えている)、交際費はかなり充分とれたし、三四十円で美術雑誌の編輯をしていた時の思いをすれば、甚だ結構なわけなのを、集金に行って京都で芸者の馴染をこしらえたため、急に金が要るようになり、社からの前借りが、忽ち五百円か千円かに嵩んだ。そこで神田が顔をしかめ出した。」(鷲尾浩「人間直木の美醜」より)

 これがだいたい大正8年/1919年ごろです。それから15年ほど経って、直木さんが死んで直木賞ができるわけですが、そのときの賞金が500円。大正中期より昭和初期のほうが物価は上がっているので、同じ500円でも、同じ価値とは言えませんけど、ただ自分の快楽と欲望のために、人サマのおカネを500円、1000円と浪費した直木三十五。こういう人の名前のついた文学賞を受賞して、その賞金を後生大切に使うのは馬鹿バカしいです。

 直木さんには「濫費礼讃」なる、なかなか痛快な文章もあります。おカネが入ったら、くだらないことにどんどん使っちまえ、という。その伝でいけば、直木賞の賞金なんかパーッと使っちまうのが、この賞の伝統に見合ったやり方なんだと思います。

 さて、直木さんは本名・植村宗一時代に、何度も出版社をつくってはつぶしてきた人です。先に挙げた春秋社、冬夏社は言わずもがな。その冬夏社のおカネを勝手につぎ込んだと言われる雑誌『人間』発行元の人間社。そして三上於菟吉さんと共同経営した元泉社……。どれもおカネを出してくれた金づるは別の人で、直木さんはいつも使うだけの濫費ヤロウでした。ろくでもありません。

 亡くなったあとに直木賞なんてものができますが、これも植村家からは何のおカネも出ていません。ヒトサマのおカネで名前まで残してもらった直木三十五。自分じゃ一円も使わんぞ、の徹底した精神が、いまも直木賞のかたちとして続いています。

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2023年1月22日 (日)

直木賞を受賞すれば半年で収入が4000~5000万円になる、と胡桃沢耕史は言う。

 直木賞の賞金は100万円です。しかし、受賞者には賞金だけでは測れない、それ以上の価値が手に入る、とも言われています。

 外から見ていると、「賞金以外の価値」がどの程度のものなのか、よくわかりません。おカネ以上の恩恵があることは想像できますが、人によってバラつきがあるでしょうし、直木賞をとったら収入が下がっただの、全然食えないだの、そういうハナシすら文献には残っています。直木賞をとればこうなる! と何か絶対的なことを言えるわけではない。まあ、それが直木賞という文学賞の面白さでもあります。

 ……と、そんなことを言っていてもハナシが進まないので、無理やり後を続けます。受賞すると、どのくらい儲かるのか。

 『ダカーポ』平成18年/2006年7月19号「芥川賞・直木賞を徹底的に楽しむ」の特集に、石田衣良さんと町田康さんの対談が載っています。これは、いまは更新が止まっているサイト「いやしのつえ」の人が、当時けっこう長く文章を写していて、いまのところネットでも読むことができます。石田さんいわく、編集者によれば直木賞をとると生涯賃金が2、3億円上がるらしい、とのことです。

 いったいその編集者とは誰なのか。いや、編集者は何をどのように計算してそんな結論を出したのか。聞いてみたいところです。

 何といっても興味があるのは、たとえば具体的にどのあたりの受賞者を想定すると、2~3億アップになるのか、ということ。海老沢泰久さんなのか。高橋義夫さんなのか。はたまた、高村薫さん、伊集院静さんなのか。……

 どこに根拠があるかはわかりません。ただ、どれほど読者受けしそうにない地道な人でも、賞なんてとったっておれは変わらんぜ、とかたくなに寡作を通す人でも、最低でもそのぐらいは増える、ということなんでしょう。誰かひまな社会学者か経済学者の人が、直木賞受賞者の生涯賃金でも調べてくれないかな、と思います。

 それはともかく、受賞後にどれぐらい収入が上がったか、なかなか受賞者が自分で言うことはありませんが、以前にはそれを断行した人がいます。胡桃沢耕史さん。下品と下世話を煮詰めたような人です。

 ご高説をうかがってみます。

「直木賞受賞によってきのうまで年収百万円の人が一挙に四、五千万円になる。少なくとも半年間はそのぐらい稼げる。本当に力のある人は収入が一億円になる。まさに百倍である。それから二億、三億と進んでいく人と、六か月でだめになってしまう人に分かれるけれど、直木賞が国家公務員上級試験や司法試験に負けない力があることは確かだ。」(平成3年/1991年4月・廣済堂出版刊、胡桃沢耕史・著『翔んでる人生』所収「直木賞の取り方を教えます」より)

 半年で4000~5000万円。1年で1億円。たしかに受賞作が10万部近く売れ、既刊の文庫本にもぞくぞくと増刷がかかれば、そのぐらい(ないしはそれ以上)行く人もいそうです。

 胡桃沢さんの説を採れば、その後、上に行く人とだめになる人、二極化していく、ということになります。このあたりがどうも信用ならないところで、いやいや、「だめになる」状況にもグラデーションはあるでしょう、こつこつ、そこそこに書き続けて年収1000万円超をキープする作家もいれば、ほとんど新作を出せなくなる作家だっている。

 そして、こつこつ、そこそこに書きつづける人にしても、ほんとに直木賞をとったおかげでその道を歩めているのか、それとも作家の本来の力量ゆえなのか、切り離して計算するのは相当困難です。なので、胡桃沢さんの説を突き詰めても、生涯賃金2~3億アップ、というところには結びつかなそうです。

 人サマのフトコロ事情を、直木賞とからめて語るのはほんとに難しい。と同時に、なかなか空しいことだと、よくわかりました。

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2023年1月19日 (木)

第168回直木賞(令和4年/2022年下半期)決定の夜に

 いよいよ明日ですね。令和5年/2023年本屋大賞のノミネート作が発表されます。何が候補になるんだろう。あれかな、これかな。頭がいっぱいです。明日が来るのを楽しみにして眠りにつきたいと思います。おやすみなさい。

 ……いや、寝る前に、ひとつ思い出しました。そういえば今日、別の文学賞の選考会がひらかれていたというではないですか。第168回(令和4年/2022年・下半期)直木賞です。

 ワタクシ自身、直木賞の楽しみは、だれの何という作品が受賞するか、ということじゃありません。ボルテージのマックスは、昨年12月に候補作が発表され、それらの作品を一作一作読んでいる最中です。

 なので、選考結果がどうなったのかは、些末なおハナシ。おいしいフルコースを食べておなかがパンパンになったあと、最後にちょっとだけ飲む一杯の水みたいなものです。

 水は水。ワタクシには、かくべつ語るほどの感想もありません。ただ、フルコースの料理については、こんなに贅沢なものを食べさせてもらって、無言で立ち去るのは気が引けます。まあけっきょくは「おいしかったです!」ぐらいしか言えないんですけど、今回も趣向を凝らした絶品の5作、堪能しました。

 『光のとこにいてね』が候補になってくれたおかげで、一穂ミチさんの、長篇作家としてのうまさを味わいました。長いあいだ書きつづけてきた人の力をナメちゃいけませんね。……って、別にナメてたわけじゃないですけど、一穂さんは新たな時代を背負って立つ作家のひとりになるだろう、と確信しています。直木賞はなかなか時代の先頭に立つのが苦手な賞ですが、いずれ直木賞も、一穂さんの歩みに追いつく日がくればいいな。

 いやあ、『クロコダイル・ティアーズ』 面白かった。正直、今回の候補作でこれがいちばん面白かった。と感じてしまうのは、おそらくワタクシが古びたおじさんだからでしょうけど、しかし雫井脩介さんが候補者にいてくれたおかげで、心理サスペンス小説の魅力に、改めて気づかされました。ありがとうございます。

 凪良ゆうさんの小説が候補作になったと聞いたとき、おじさんは恐怖で震えました。おれが読んでわかるのか。そもそも作者も、ジジイになんか読まれたって嬉しかなかろう、と。だけど勇気を出して読んでみれば、そんな懸念を楽々と飛び越える『汝、星のごとく』 のまっとうなつくり。救われました。今度、凪良さんが候補になっても、もう恐れず、その柔らかな世界に浸れそうです。

          ○

 受賞結果は、たぶん順当だったんだと思います。二作受賞、ということまで含めて予想が当たった人も、全国に何千人かはいたでしょう。

 それだけ多くの読者が直木賞のことをよく知るようになったということか。はたまた、選考委員が一般の読み方に寄り添ったのか。よくわかりませんが、どっちなんだろうと考えるのもまた直木賞の楽しみ方です。いまリアルタイルでワタクシも楽しんでいます。

 ただやっぱり、小川哲さんの『地図と拳』が直木賞をとらない世界など、思い浮かびませんよね。あんなに絡み合ったお話を、読んでいるこちらにストレスなく伝えながら、読み終えて感嘆させてくれる抜群の力作。満洲は、直木三十五さんとも縁がなくはない土地ですし、これ以上ないほどに、ふさわしい受賞だったと思います。

 そして、そんな目一杯の重量級と同じ舞台に立たされて、よくぞ受賞しました『しろがねの葉』。いったい、千早茜さんはどこまで大きくなるんでしょうか。時代物まで書けちゃうんですよ。もう無敵じゃないですか。そうだそうだ、敵なんぞ蹴散らしてしまえ、これからも攻撃的な作品をたくさん書いていってください。

          ○

 今回の発表時刻は、以下のとおりでした。

  • ニコニコ生放送……芥:18時16分(前期と同時刻) 直:18時24分(前期比+8分)

 いつもは家でネットに貼りついているんですけど、たまには新しいことをしたいな、と思いついて、今日は大阪にある直木三十五記念館に行って、そのときを待っていました。

 ここでは10数年も前から、1月と7月、選考会の日に合わせて「勝手に直木賞「長屋路地裏選考会」」というのが開かれています。テレビもラジオもつけず、ニコ生中継も観ず、ただただ参加者たちが好き勝手に候補作のことをしゃべり合う。ほとんど小辻事務局長の独演会と化していましたが、それでもハナシは脱線に次ぐ脱線で、それがまた面白く、気づいたら東京での受賞発表も終わっていました。

 こういう待ち方もまたアリだなあ、と近年ニコ生中継ばっかりで毒されてしまった自分を、少し反省しています。さて、半年後はどうやって直木賞発表を待とうかな。第169回(令和5年/2023年・上半期)の来るのが待ち遠しいです。

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2023年1月15日 (日)

第168回(令和4年/2022年下半期)直木賞候補者は、どれだけ賞金を稼いできたか。

 文学賞の最大の特徴は何でしょうか。それは、受賞すれば賞金がもらえることです。

 ……と、昭和の中盤ぐらいまでは自信満々に言えたんですけど、もはや文学賞も多様化の時代。とってもおカネは出ませんよ、という文学賞もたくさんできてきました。

 なにしろ、小説や文化に関わる組織は、どこもかしもおカネがなくてピーピー言っている時代です。文藝春秋だって同じこと。直木賞もここらで時代の流れを汲み取ったふりして、賞金なし、にしたっていいんじゃないかと思いますが、とりあえず今週決まる第168回(令和4年/2022年・下半期)では、旧弊どおり賞金が出るようです。ひとり100万円です。

 そうか、文学賞って賞金がもらえるんじゃん。ということを意識しながら、今回候補に挙がった5人のプロフィールを見ると、どの人の履歴にもおカネのことが書いてあることに気づきます。おカネのこと。つまり、これまでいろいろと文学賞をとってきた人たち、ということです。

 文学賞は歴史的な始まりからして、おカネにまつわるイベントです。作品がどうだとか、誰がとりそうかとか、そんなのは些末なことにすぎません。賞を見るときいちばん自然な角度は何なのか。それは「賞はカネである」という視点です。

 なので、今回の直木賞も、おカネの明細で並べてみます。候補者のなかで、誰がいちばん文学賞で稼いできたのか。

■雫井脩介(平成12年/2000年デビュー・22年)

1500万円
平成11年/1999年第4回新潮ミステリー倶楽部賞1000万円
平成16年/2004年度第7回大藪春彦賞500万円

■千早茜(平成21年/2009年デビュー・14年)

550万円
平成20年/2008年第21回小説すばる新人賞200万円
平成21年/2009年第37回泉鏡花文学賞100万円
平成25年/2013年第20回島清恋愛文学賞50万円
令和2年/2020年度第6回渡辺淳一文学賞200万円

■小川哲(平成27年/2015年デビュー・8年)

350万円
平成27年/2015年第3回ハヤカワSFコンテスト100万円
平成29年/2017年度第38回日本SF大賞50万円
平成29年/2017年度第31回山本周五郎賞100万円
令和4年/2022年第13回山田風太郎賞100万円

■一穂ミチ(平成19年/2007年デビュー・16年)

100万円
令和3年/2021年度第43回吉川英治文学新人賞100万円

■凪良ゆう(平成19年/2007年デビュー・16年)

10万円
令和2年/2020年2020年本屋大賞図書カード10万円

 文学賞全体が景気がよくて浮かれていた頃から、景気がわるくて「それでも文学には力がある!」とか宗教じみたことを言いはじめた現在まで、見事に時代相が出ている候補者のラインナップで、さすがは何でもありの直木賞です。

 何つっても、賞金1000万円がゴロゴロしていた、アノ狂乱の時代の文学賞がリストに出てくるんですからね。それをとってデビューした人が今回はじめて候補に挙がるというのも、また直木賞ならでは。時空間がむちゃくちゃです。

 さあ、これら賞金ハンターの猛者たちがつどって、いったい誰が100万円を獲得するのか。

 1月19日(木)夕方~夜には受賞会見が開かれる予定になっています。そこで主催者か受賞者が、札束をビラビラと見せびらかせて、世を炎上させたら面白いな、と思うんですけど、残念ながら受賞式は、選考結果が出てから1か月ほど先のことです。発表の当日はゲンナマを目にすることはできません。せめて、だれか空気を読まない文芸記者が「賞金の使い道は?」と質問してくれることを期待しています。

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2023年1月 8日 (日)

年収100万円ほどの朱川湊人、デビューしてまもなく作家で食えるようになる。

 直木賞って何なのか。定義はさまざまありますが、そのなかの一つに「プロの作家に与えられる」ということがあります。

 もちろん、直木賞が始まった最初のときには、そんな考えはありませんでした。昭和10年/1935年上半期、選考委員たちのお仲間、川口松太郎さんが第1回受賞に選ばれたあとも、「そうだ、直木賞は職業作家に与えよう」なんて簡単に方向が決まったわけじゃありません。

 それが半年に一回ずつ、飽きもしないでやり続けるうちに、だんだんと文筆で飯を食っているやつらばかりが受賞することになって、いつの間にやら、プロの作家を意識した文学賞になっていった、というわけです。

 プロの作家とは、どういうことか。小説を書いておカネを稼いでいる。いや、専業、兼業、ともかく生活費のすべてか一部を、作家としての営みで成り立たせている人たちを指します。

 小説を書いて定収入を得る。それは、本人ひとりの才能ややる気ではどうにもなりません。おカネを払ってくれる出版社、雑誌社、新聞社などがある。それらの会社の向こうには、作品にを対しておカネを払ってくれる読者たちが、ある規模で存在している。この経済の仕組みのうえで、プロの作家でありつづけることは、それだけで特別な評価を得ていることになります。

 すでに評価を得ている人に、あらためて文学賞みたいな別の評価をハメ込む必要なんてないんじゃないか。と、疑問に思う人が増えるのは道理です。はじめ直木賞は、素人作家に与える想定だったわけですから、プロ作家を対象にすればするほど、そういう疑問(というか批判)を誘発することになる。直木賞の80余年に及ぶ歴史を見るとき、その流れこそ面白いのだと思います。

 けっきょくのところ、直木賞の面白さは、おカネがからんでいるわけです。

 ということで、今回は「プロの作家」というものにこだわった一冊から、直木賞のおカネを見てみることにします。『作家の履歴書 21人の人気作家が語るプロになるための方法』(平成26年/2014年2月・角川書店刊)です。

 取り上げられた21人のうち、直木賞の受賞者は3分の2の、14人。プラス、受賞していないけど選考委員になった北方謙三さんが入っています。

 基本的には、各作家のインタビューが中心です。ああ、わたしもプロの作家になりたい! と思っている夢見るイイ子ちゃんたちは、インタビューを読めば満足かもしれません。ただ、やはり同書のなかで面白いのは、作家ごとに最後のページに載っている10項目のQ&Aの回答です。おカネのハナシがちょくちょく出てきます。

 具体的に金額に触れているのは朱川湊人さんです。直木賞を受賞したのは第133回(平成17年/2005年上半期)になります。

「作家の収入で生計を立てられるようになったのは、デビューして割とすぐです。ホラー大賞短編賞(引用者注:平成15年/2003年3月決定)のあと連載の依頼を4、5社からいただいたので、雑誌の原稿料で食べられるようになりました。それまで妻の扶養家族で年収100万円ぐらいだったのを思うと、大きな進歩ですよね。」(『作家の履歴書』「朱川湊人」「収入の管理」より)

 朱川さんは、社会人になっても子供の頃からの夢が捨てきれず、25歳のとき、結婚を機に会社を辞めます。相手の妻は公務員で定収があり、奥さんの稼ぎで食わせてもらう生活を10数年。見事に日本ホラー小説大賞短編賞を受賞したのは40歳のときでした。それですぐに、雑誌の原稿料で食べていけるようになって、2年で直木賞を受賞、夢がかなってよかったよかったです。

 その後、朱川さんがどのぐらい稼ぐ作家になったのか。よくわかりませんけど、直木賞の受賞者のなかには大ガネを稼ぐ化けものがたくさんいます。逆に、まるっきり作家業が立ち行かなる人もわずかにいます。朱川さんは、そのどちらでもなく、ほどほどの中程度。ああ、言われてみればそんな直木賞受賞者いたねえ、というラインをいまもひたひたと歩いています。

 直木賞は、超絶なベストセラー作家を生むのも特徴かもしれませんが、ただ長い歴史を通してみれば、朱川さんのような(そこそこの)プロ作家を生み出してきたことが、最大の成果でしょう。

 何といっても『作家の履歴書』を読んでいると、森村誠一さんというレジェンドが出てきます。作家と高額納税者という歴史には、かならず顔を出す往年の売れっ子、最高の年収が6億円ほどで、いまから10年ほど前の段階でも年収は1億円前後、と稼ぎぶりを誇示しています。そういう方が、直木賞をとっていないんですから、まあ、直木賞を受賞したってほとんどの作家はそこそこの収入だよな、と思わされてしまいます。

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2023年1月 1日 (日)

賞金1000万円の賞がたくさんあった時代はとうに過ぎて。

 令和5年/2023年、新年です。ようやく1月がやってきました。

 直木賞が取り上げられることも多くなります。ああ、メデたいメデたい。この流れでパーッと景気のいいハナシをしたい……ところではあるんですけど、たぶん今年もこの世は厳しいにちがいない。その現実を直視しないわけにはいかないので、一発目は景気のわるい話題から始めたいと思います。うちのブログもたいがいがアマノジャクです。すみません。

 というところで、いきなりクイズです。

 江戸川乱歩賞、横溝正史ミステリ&ホラー大賞、日本ファンタジーノベル大賞、日経小説大賞、司馬遼太郎賞、紫式部文学賞、大藪春彦賞。これらの文学賞には、ある一つの共通点があります。いったい何でしょう。

 ……答えは、けっきょく日本人のうち90%以上が興味のない文学賞。ではありません。

 ほんとの答えは、受賞賞金が途中で下がった歴史をもっている、ということ。いわば景気のわるい賞たちです。

江戸川乱歩賞
昭和30年/1955年開始
5万円
昭和38年/1963年
なし(単行本の印税)
平成4年/1992年
1000万円
令和4年/2022年
500万円
横溝正史ミステリ
&ホラー大賞
(横溝正史賞)
昭和56年/1981年開始
50万円
平成2年/1990年
1000万円
平成13年/2001年
500万円
平成17年/2005年
400万円
平成31年/2019年
500万円
令和5年/2023年
300万円
日本ファンタジーノベル大賞
平成1年/1989年開始
500万円
平成29年/2017年復活
300万円
日経小説大賞
平成18年/2006年開始
1000万円
平成24年/2012年
500万円
司馬遼太郎賞
平成9年/1997年開始
300万円
平成17年/2005年
100万円
紫式部文学賞
平成3年/1991年開始
200万円
令和4年/2022年
100万円
大藪春彦賞
平成11年/1999年開始
500万円
平成30年/2018年
300万円

 賞金が低くなったものは、他にもまだまだあるんですけど、とりあえずはこんなところで。

 何だかデキそこない文学賞の代表みたいに挙げてしまいましたが、そもそも高額賞金を売りにしておきながら、スッパリやめちゃった賞も少なくありません。まだ頑張って続けているだけ、上記の賞はましなほうでしょう。

 ただ、これだけでもわかるように、文学賞の歴史はエキサイティングです。1990年代はじめ、平成が始まった頃は、全国の地方自治体がぞくぞくと文学賞を創設。また出版社がテレビ局をだまし込んで高いおカネを引き出し、1000万円を賞金に設定する例が相次ぎました。

 ちなみに、文学賞(というか公募の賞)の高額化が話題になった時期が、もう一度あります。大賞賞金2000万円を打ち出して創設、5回ほどやって終了し、けっきょく齋藤智裕=水嶋ヒロさん騒ぎだけを残してカゲロウのごとく終焉したポプラ社小説大賞があった頃。平成18年/2006年前後のことです。おそらくあれが、これまでの日本の文学賞史上、おカネのことで騒がれたピークだったかと思います。

 その後、平成20年/2008年に世界はリーマンショックなんてものに襲われてしまい、日本も不況感にまみれます。出版業界は下り坂だと言われ、歴史ある雑誌もぞくぞくと廃刊。いっときは自治体に人気だった文学賞事業も、手もちのおカネがなくなってくると、悠長なことを言ってもいられず、バタバタと終わる賞、縮小する賞が相次ぎました。そうなってくると次にくるのが、賞金の多さで勝負しないタイプの文学賞です。書店が中心になってやるようなもの、あるいは、個人が熱烈な推しとして発表するものが流行し、次々と生まれては生きていく、というのが平成終わりから令和に続く現状です。

 と、そんななかで直木賞の賞金は、まったく変わらずに来ました。第100回(昭和63年/1988年・下半期)に100万円へ上がってから、40年近く変動がありません。

 一般的に賞金の高額化がつづいていたとき、直木賞の賞金がちょっと安すぎるんじゃないか、と言われたこともありました。ネット上にも平成20年/2008年にimidasに川村湊さんが書いた「高額賞金文学賞」という文章が残っています。100万円はやはり低額だ、という認識があったことがわかる言い方です。

 しかし、もしもっと高額にしていたら、どうでしょう。自分で自分の首を絞める状態になって、直木賞も賞金を下げるという状態になっていたに違いありません。何であっても、過剰にやりすぎず、そこそこに。賞金を据え置くこの消極性こそが、直木賞には似合っているのだなあ、と思います。

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2022年12月25日 (日)

「直木賞をとったら職業作家になる」という道筋は、創設当時どこまで考えられていたのか。

 今年も直木賞漬けの一年でした。……と、年末の回想はそうありたいものです。

 だけど、今年は他のことに時間がとられて、なかなか直木賞に目を向けるひまがありませんでした。来年は、もう少し直木賞の新しい面をさがしていけるといいな、と思います。

 さて、それはさておき、直木賞にまつわるおカネのハナシです。このテーマなら、やっぱり触れておかなくちゃいけない本があります。山本芳明さんの『カネと文学 日本近代文学の経済史』(平成25年/2013年3月・新潮社/新潮選書)です。

 以前、別のテーマのときに取り上げたかもしれません。この本は、基本的にはかなり限定された文学者界隈のことを扱っていて、直木賞とか大衆文芸のことはほとんど出てきません。なるほど、山本さんにとって「文学」といったとき、そこに直木賞は入ってこないんだな、とその点はガッカリさせられる一冊です。

 いや、直木賞といえども直木賞だけで成立しているわけじゃありません。菊池寛さんがいる、佐佐木茂索さんがいる。彼らが出版社(というか雑誌社)を経営して、黒字だ赤字だとおカネにまみれて生きてきた前提があって、「貧乏なことが文学者の矜持だ」といった、ちょっと頭のイカれた人たちの信じる世界と、資本主義社会の実体との、すれ違いだったり交じり合いなどを経ながら、大正中期から昭和30年代までの文学シーンは動いてきたんだな、ということが山本さんの本を読むとよくわかります。勉強になります。

 とくに昭和のはじめ頃、作家の収入のなかで、単行本の印税はそこまで多くなかった、物書きが印税で儲かるという状況が生まれたのはもっと後になってからだ、と突き詰めていくところなど、ホレボレしました。

 たとえば吉屋信子さんの例でいうと、昭和10年/1935年の段階でおよそ月収2000円はくだらない、という当時の記事を紹介し、雑誌の稿料が合わせて1000円ぐらいで、本の印税で得る収入はそれと同じ程度にすぎなかった、と言っています。直木賞の賞金が500円に設定された頃のハナシです。吉屋さんの月収はその4倍、どんだけ儲けてんだよ。

 「カネと文学」となれば、もちろん直木賞と芥川賞のハナシも欠かせません。できたときの賞金が500円。それは実際大した金額じゃなかった、文藝春秋社はこの賞で職業作家を増やしていけるという発想なんてなかった、と当時の資料を紹介しながら山本さんは語ります。

 多くは芥川賞のハナシです。一般的に文学研究者が文学というとき、まあ、直木賞を中心に語ることは稀なので、それはそれでいいんですけど、そんな山本さんがポロッと、直木賞に対する印象を表した文章があります。

 『文藝春秋』昭和10年/1935年1月号に載った菊池寛さんの「審査は絶対公平」と佐佐木茂索さんの「委員として」に触れて、山本さんはこう続けます。

「そこには文学を職業とすることの困難さが浮びあがってくる。直木賞はともかく、芥川賞はぎりぎりの所に追い詰められた「純文学」の新人たちの、その場しのぎの救済策でしかなく、菊池たちもそれを自覚しており、受賞がその作家の経済的自立に直結するなどとは考えていなかったのである。」(『カネと文学 日本近代文学の経済史』より)

 大衆文芸の新人たちだって、うなるほどの仕事とカネに恵まれていたわけじゃなく、ぎりぎりの所に追い詰められた人もいたと思うんですが、どうして「直木賞はともかく」などと言うのか。大衆文芸界では、ちょっと出だした物書きなら、すぐに職業作家になれる土壌があったのかもしれません。

 まあでも、同人雑誌くんだりに好きで書いている連中より、大衆文芸で勝負して生活費を稼ごうとするほうが、よっぽど厳しい世界だったんじゃないでしょうか。あるいはそっちのほうが尊いとさえ思います。

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2022年12月18日 (日)

讃岐文学13号に載った小説にあやかって、1-3に賭けた新橋遊吉、2万2000円を手にする。

 毎年12月の風物詩といえば何でしょう。M-1か、有馬記念か。いやいや、やっぱり、直木賞の候補作発表です。

 ということで、ワタクシにとっての今年の12月は、すでに終わっちまいましたが、カレンダーはまだちょっと残っています。来年1月の決定まで、粛々と昔の直木賞について調べていくことにします。

 先週は黒川博行さんとマカオのことを取り上げました。たしかに直木賞には、その流れの一つとしてギャンブルとの関わりがあります。そしてギャンブルに付きものなのが、おカネです。

 黒川さんの受賞からさかのぼること約50年。昭和41年/1966年1月に直木賞を受賞したのが新橋遊吉さんです。我が人生すべてギャンブル、と言わんばかりに、32歳で直木賞という大穴を当ててしまいました。

 高校時代から競馬にハマった新橋さんは、病気をしたり、職をウロウロ変わったり、べつに大金持ちではありません。しかし競馬場がよいだけはやめられず、毎月4~5回は淀、仁川などに出没します。

 賭けるおカネは微々たるものです。奥さんの亀山玲子さんからもらうお小遣いで賄える程度で楽しみます。近所のあいだでは、新橋さん(というか本名、馬庭さん)といえや競馬好き、で名が通っていたらしいので、よっぽどの競馬狂です。

 新橋さんが、はじめての小説「八百長」を書いたのが昭和40年/1965年のことです。当時の経済水準を見てみますと、だいたいサラリーマンの年収が40万円をちょっと超えるくらい。月に直すと、だいたい4万円程度という時代です。当時、新橋さんは中小企業で旋盤工として働いていましたが、この会社は昭和40年/1965年暮に倒産してしまうほどの、なかなか景気のわるいところだったので、新橋さん自身が平均給与ほどもらえていたのか。それはわかりません。

 昭和40年/1965年12月25日、新橋さんは日本文学振興会から驚きの通知を受け取ります。「八百長」が直木賞の候補になった、という知らせです。

 他の候補には、立原正秋さんや青山光二さん、生島治郎さんなど、商業出版の世界で活躍中の名前もありました。いやあ、こりゃ絶対に受賞は無理やな。新橋さんがあきらめた気持ちはよくわかります。

 しかしです。ここで新橋さん、ギャンブラーの血が騒ぎます。戦前に絶対に勝つわけきゃないと思われた馬が、なんかのタイミングで勝ってしまうことがあるのが競馬の世界。よし、おれが受賞できるかどうか、いっちょ賭けたろうか、と。

 いや、そのときはまだ他の候補が誰かは知らなかったかもしれません。すみません。しかしともかく、はじめて書いて同人誌に載ったものの、べつに反響もなかったおれの作品が、まさか取れるとは思えない、と感じていたのはたしかなようです。

 知らせを聞いた次の日、12月26日は、その年の阪神競馬の最終日。全部で10レース行われます。新橋さんは、ボーナスの一部の1万円を手にとって競馬場に出かけますが、

「そして競馬場の門をくぐったとき、

「そうや競馬の小説が直木賞の候補になったのやから、候補になった同人雑誌の号数で吉か凶か賭けてみよう」

と思った。

(引用者注:「八百長」が載ったのが)讃岐文学13号だから、第一レースから①③を千円ずつ買って占うつもりであった。①③が的中すれば望みありというところである。

第一レースから第八レースまで①③は外れっぱなしだった。私の顔は自嘲に歪んだ。

「処女作品で直木賞を頂こうなんて図々しすぎるんやなァ」」(『新評』昭和51年/1976年7月号 新橋遊吉「小説「八百長」誕生記」より)

 1レース1000円ずつ賭けつづけて8戦全敗。そして9レース目がやってきます。阪神牝馬特別。その日のメインレースです。

 枠単(枠番連勝単式)で1-3ということは、1枠シードラゴン3番人気、3枠ニユウパワー5番人気。ええい、行ったれい、と1000円賭けたところ、これがズバリ大当たり。netkeiba.comのデータベースによると、1-3で1000円賭けたなら、払い戻しは2万2000円だったことになります。22倍です。

 やったあ、的中だ、これでおれも直木賞や。……と確信したんだとしたら、よっぽど頭のめでたい人です。

 新橋さんがそこまでイッちゃった人だったのかどうかは、判断の分かれるところですけど、ともかく大穴を引き当てても守りに入ることなく、賭けつづけてはスッてスッてスりまくるギャンブラー精神は、直木賞をとっても何ひとつ変わらなかった、とも伝えられています。

 直木賞の受賞賞金は10万円。何に使ったのかと問われ、新橋さんいわく、馬券を買っていっときは7倍ぐらいに増やしたが、競馬をやりつづけるうちにそれもけっきょくどこかに消えてしまった、とのことです。

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2022年12月11日 (日)

カジノで20~30万円使うとはどういうことか、黒川博行が記者会見と受賞作で示す。

 昔のことばかり書いていると、さすがに生きる気力がなくなってきます。なので今回は、少し新しめのハナシです。

 直木賞の賞金を何に使うか。あまりにどうでもいい話題すぎて、最近その手のことが取り上げられる機会はほとんどありません。ただ、新しめの時代で無理やり探すとするなら、第151回(平成26年/2014年・上半期)の黒川博行さんの賞金の使い道にぶち当たります。

 天下のWikipediaにも出ています。きっと受賞当時も注目されたんでしょう(っつっても8年ほど前のことですが)。受賞の記者会見で、賞金を何に使うかと問われた黒川さん、「とりあえずマカオへ行こうと思っています」と答えました。

 その後、ほんとにマカオに行って賞金を使ったのか。どこかのエッセイに載っているかもしれないので、ご存じの方がいたら教えてください。

 それはともかく、賞金の使い道はマカオに行く……だけだと、ちょっとインパクトに欠けます。具体的な金額が明らかではないからです。

 しかし、さすがはリアリティにうるさい黒川博行、会見の席では「マカオに行く」だけじゃなくて、きちんと金額についても触れていました。

 20万~30万円ぐらいは負けてもいい、というつもりで行く、のだそうです。

 ちなみに黒川さんは同じ会見で、ギャンブルに向かう姿勢についても語っています。昔はいくら稼いでやろうと思って高揚していた。だが最近では、20万~30万円ぐらいは負けてもいいかな、という気持ちで楽しんでいる、とのこと。直木賞の賞金が100万円というのは、20万~30万円負ける設定であれば、なるほど、ちょうどいい金額かもしれません。

 ただ、そもそもマカオに行ってギャンブルをするときの金額水準が、こちらにはよくわかりません。それが安いのか高いのか。

 その参考になるちょうどいい本があります。黒川さんの『破門』(平成26年/2014年1月・KADOKAWA刊)、このときの直木賞受賞作です。

 『破門』のなかには主人公の二宮&桑原コンビが、消えた映画プロデューサーを追ってマカオに飛ぶ場面があります。そこで、彼らがギャンブルにいくらつぎ込んだか。いくら儲けていくら損したのか。二人は何度かカジノに出入りしますが、最初につぎ込んだ金額が、これです。

「桑原は十万円、二宮は三万円をチップに替え、三十枚ほどをばらばらに張ると、桑原の“17”が当たった。

(引用者中略)

桑原は賭けつづけたが、三十分でチップがなくなり、また十万円をテーブルに放った。」(黒川博行・著『破門』より)

 貧乏がしみついている建設コンサルタントの二宮は、一晩で3万円、暴力団の桑原は合計20万円スッたと出てきます。

 その後、90万円勝ったとか、120万円負けたとか、もはや庶民感覚もクソもない金額になっていき、おカネの価値っていったい何なんだ、と目が点になる展開がつづいていくんですけど、それはともかくヤクザの桑原が最初の一晩で使ったおカネが、ちょうど20万円です。

 つまり黒川さんは、受賞作に出てくるその金額になぞらえて、作中の人物たちはそこからどんどんおカネを使っていって、金銭感覚が麻痺してくるギャンブル中毒の入口に差しかかるけど、おれはもうそこまでは行かずに引き返すよ、と言っているわけですね。

 いや、言っているんでしょうか。ギャンブラーの思考はよくわかりません。ただ、マカオのカジノで数夜を満喫するなら、とても20万~30万円では足りないことが、『破門』の記述でよくわかります。おカネの動きを描いた作品が直木賞を受賞して、その会見で賞金のハナシになったというのも何かの縁です。やはり黒川さんが、直木賞とおカネのテーマにふさわしい作家なのは間違いありません。

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2022年12月 4日 (日)

平成10年/1998年度、車谷長吉に返ってきた税金還付金は130万円。

 このまえ、高橋一清さんの『芥川賞直木賞秘話』(令和2年/2020年1月・青志社刊)にあった三好京三さんとその家のことを、少し取り上げました。まわりの人から「直木賞御殿だ」何だと言ってイジられていたとか。

 文学賞、おカネ、そして家。それぞれが何がしか関係しているような、関係していないような、似たもの同士です。

 この本では、三好さんだけじゃなく、受賞にまつわる「家」のハナシが紹介されている人がいます。車谷長吉さんです。

 車谷さんが受賞したのは平成10年/1998年上半期ですので、三好さんの受賞から20年以上たっています。その間に、日本の経済は大きな山あり深い谷あり。ぐいんぐいんと乱高下しながら、おカネに対する感覚も変わったはずですが、車谷さんも受賞後に、家を買おうか買うまいかという状況になったそうです。

 高橋順子さんの『夫・車谷長吉』(平成29年/2017年5月・文藝春秋刊)の「直木賞受賞・光と影」によると、そのころ検討した家は、千駄木4丁目の6Kが3000万円、千駄木5丁目3730万円、小日向2700万円(借地条件つき、地代が月3万円)といったところ。そして最終的には向丘8DKの2800万円の家を、終の住処で買うことに決めます。しかもガツンと現金払い。

 直木賞をとれたから、家を買えたのか。それとも、別に受賞しなくたって、そのぐらいのおカネは蓄えていたのか。よその家庭のカネ勘定はよくわからないところがありますけど、まがりなりにも高度経済成長期のときに大人になって、それからせっせと働いてきたご夫婦なら、そのぐらいの家を買うのはさほど難しいことではないのかもしれません。ほんとうに貧乏な人なら、まず高嶺の花、といった感があります。

 さて、税金のおハナシです。『夫・車谷長吉』には、直木賞を受賞した年の翌年、税務署から連絡が来たエピソードも書かれています。

「九月二十一日、長吉宛についに恐れていた税務署からの一報が届いた。「貴方に印税・原稿料のあることが判明しました」とある。脱税の目論見が外れた。

(引用者中略)

長吉は税務署で、なぜ申告をしなかったのか申し開きをさせられた。強迫神経症で何も分からなかった、死にたかった、失業して、嫁はんに小説書いてみたら、と言われて書いたところ、直木賞だった、と答えたそうだ。もっとも税務署の人は直木賞が何かを知らなかったそうだ。いくら税金を納めねばならないか怯えていたところ、すでに源泉徴収されていたので、なんと一三〇万円ほど還付されることになった。」(高橋順子・著『夫・車谷長吉』所収「終の住処」より)

 130万円も還付金があったとは。まさに「なんと」です。

 直木賞に冠された直木三十五さんといえば、貧乏、借金でも有名ですけど、もうひとつ有名なのが、税務署とのケンカです。税務署は、あなたは申告よりもっとたくさん稼いだはずだ、だから税金を納めろという。本人は、いや、それは稼ぎじゃないから払わんと突っぱねる。物書きとして売れれば売れるほど、おカネとはつまり税金のハナシになっていくのが、直木賞界にとってのあるあるでしょうが、車谷さんの場合は(少なくとも受賞の年度は)その逆だった、というのです。

 何年も売れっ子作家として活躍したわけじゃなし、直木賞一個とったぐらいじゃ、別にそこまで税金におびえる必要はない、というハナシなんでしょう。……と、言いたいところですが、作家と税の問題については、もっとくわしい人が世のなかにはたくさんいるはずです。だれか解説してください。

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