「九八年一月。選考会当日は、前日に降った雪が溶けきらない寒い日だった。」…桐野夏生、第173回直木賞の選評より
昨年令和7年/2025年5月25日から、うちのブログは19期めに突入し、「選考とは関係ない選評」を昔のものから順に取り上げてきました。
さすがに近年、すっとんきょうな選評を書く人は、さほどいなくなったようにも思います。それが一抹の(いや、大いなる)寂しさを感じさせますが、まじめにやって、まじめに書いている人たちに、遠くから文句を投げても仕方ありません。直木賞の選考委員のなかに、それならわたしが「選考とは関係ない選評」をどんどん書いて選評の場をかき回してみせるわ、という猛者が現れることを期待するばかりです。
で、このテーマでブログを書くのは今週がラストになります。
注目するのは第173回(令和7年/2025年・上半期)の選評です。ほとんど昨日のような出来事です。
あまりに記憶が新しすぎて、わざわざ解説するのも馬鹿バカしいですが、昨年7月、直木賞ともう一つの賞、同日同時刻に選考会が始まる二つの文学賞で、両方ともに該当作なし、となったという例の回です。
受賞作がなしになると、とたんに選評に、選考とは関係ない話題が飛び出してくる。……というのは、この一年間、いろいろな回の選評を読んでわかったことですが、まあそんなことを知ったところで、何の腹の足しにもなりません。別に面白くも何ともないんですけど、ただ、今後いずれやってくる該当作なしの回のときに、さあ、今度はだれがどういうふうに関係ないハナシで行数を稼いでくるか、とわくわくしながら『オール讀物』の発売日を待てる、というおまけが付いてきます。正直、直木賞の楽しみ方としては、邪道も邪道、といったところでしょう。
ともかくハナシは第173回です。
候補作は6作ありました。青柳碧人さん『乱歩と千畝 RAMPOとSEMPO』、芦沢央さん『嘘と隣人』、塩田武士さん『踊りつかれて』、夏木志朋さん『Nの逸脱』、柚月裕子さん『逃亡者は北へ向かう』、そして今日(令和8年/2026年5月17日)「高校生直木賞」を受賞した逢坂冬馬さん『ブレイクショットの軌跡』です。
たとえ、これらの作品の水準が低かったとしても、何作かが拮抗して受賞作を決めあぐねたとしても、何といっても第136回(平成18年/2006年・下半期)以来18年間、36回も該当作なしになったことがないんだから、今回だって、選考委員か司会をやっている文藝春秋社員が妙案をしぼり出して受賞作を出すんだろう、と鼻クソをほじりながら待つこと4時間近く。日本全国のうちの、ほんの一部の人たちが驚くような、該当作なしの発表となったわけです。
え。まじかよ。誰と誰の意見がぶつかり、誰と誰が殴り合って、こんな結論になったんだ。これはもう選評を読むしかない。と、これもまた、日本のほんの一部の人たちが、『オール讀物』直木賞発表号の発売を心待ちに待ちました。ワタクシもその一人です。
で、目を皿にして選評を確認したんですが、そうか、別に全体的に候補作が低調だという評価だったわけじゃないんだな、それぞれの推し作が最後まで行っても噛み合わずに、どれか一作ないしは二作に決めかねた、という感じの展開だったんだな、とうすうす理解しました。
じっさいどうだったかは、これはもうわかりません。もしかしたら、相当な論戦が繰り広げられて、キーキーとわめき声を上げる人、顔を真っ赤にして怒り狂った人もいたりして、あわや一触即発のところまで熱くなった……のかもしれません。実態がわからないのは、密室選考会をつづける文学賞の限界です。
わからないことを、いくら想像したってどうしようもないので、あとは選評を楽しみましょう。
第173回、この回の選考に直接的な関係があるのかないのか、微妙な文章から書き始めた人がいます。桐野夏生さんです。
「一九九七年の十二月、第百十八回直木賞の候補作が発表になった。京極夏彦さんの『嗤う伊右衛門』や私の『OUT』を含め、五作が候補になった。その時はこんな結果が待ち受けているとは思いもしなかった。
翌九八年一月。選考会当日は、前日に降った雪が溶けきらない寒い日だった。残雪が凍って、道路は車の轍の痕が固く盛り上がっていた。
待ち会のレストランで、「該当作なし」という報せがもたらされた時、編集者たちが一斉に立ち上がり、電波の通じない地下の店から、階段を上って行ったのを見て、落選は辛いことだと、初めて知った。やがて芥川賞も「該当作なし」だと知り、こういうケースは、東京會舘での贈呈式もなくなると聞いて驚いた。ともかく寒く、そして暗い冬だった。
長々と昔話をして申し訳ない。まさか今回も、芥川直木ともに「該当作なし」という結末になるとは思いもよらなかったし、このようにメディアで騒がれるとも思っていなかった。」(『オール讀物』令和7年/2025年9・10月合併号、桐野夏生「選評」より)
ふだんの直木賞であれば、桐野さんの選評といえば、候補作それぞれに対する感想・批評に終始しています。あまりに温度感の違うこの書き出しに、思わず身を乗り出してしまった選評読者は、きっと多かった……かどうかはわかりませんが、少なくともワタクシはドキリとしました。
ちなみに、すごくトリビアチックなどうでもいいことを言うと、現在のように直木賞の候補作発表が12月→1月選考、6月→7月選考、というふうに1か月程度まえになったのは、そんなに昔のことじゃありません。第150回(平成25年/2013年・下半期)1月選考の候補作が前年の12月20日に発表されたのが、前月発表の最初です。それより前は、思い出せばおわかりかと思いますが、第149回(平成25年/2013年・上半期)までは、選考会の2週間程度まえ、さらにさかのぼって第133回(平成17年/2005年・上半期)までは、選考会の1週間まえに、各新聞の夕刊に候補作発表の記事が載るのがお決まりでした。
つまり、桐野さんが回想している第118回(平成9年/1997年・下半期)、一般に候補作が発表されたのは、選考会のちょうど1週間まえ、平成10年/1998年1月9日です。おそらく各候補者には、平成9年/1997年12月のうちに知らせが入っていて、それで桐野さんもうっかり不正確なことを書いてしまったのかもしれません。
まあ、そんなことは直木賞オタクぐらいにしか意味がないどうでもいいことです。すみません。
重要なのは、当時の選考会を寒い冬の日のこととして記憶し、落選とは辛いことだと初めて知った日だと、桐野さんが語っていることにあります。
文学賞の選考はたいてい水モノです。確実にこうなる、と断言できることは、昔もいまも、そんなにありません。該当作なしになることだって、そりゃあ当然あるでしょう。
……とは思うんですが、受賞作のないことがニュースになり、それを受けた選考委員の桐野さんが、ふだんならまず回想しないであろう昔の候補者時代のことを、どうしても書かなくてはいられなくなる。それだけでも、該当作なしになった意義はあったじゃないかと、選評を毎回楽しみに読んでいる者としては、思ってしまいます。
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「選考と関係ない選評」のハナシは、とりあえず今週でひと区切りです。また来週から、別のテーマで直木賞の(周辺の)ことを調べていきたいと思います。……が、ちょうど来週日曜日の5月24日は、日本文藝家協会創立百周年記念の文士劇というものが、二日公演の最後の本番をやっている日に当たります。
うーん。このブログをきちんとアップできるのか、厳しいところではあるんですけど、その日は文士劇についてのエントリーを投稿して、お茶を濁すかもしれません。





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