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<title>直木賞のすべて　余聞と余分</title>
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<description>日本で最も有名な大衆文芸賞「直木賞」の非公式サイト「直木賞のすべて」を、インターネットの片隅で細々と運営しつづけていますが、直木賞に関することだけでブログをやってみたらどんな感じになるか、ちょっと興味がわいたので、やってみます。</description>
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<item rdf:about="http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-8c8d.html">
<title>直木賞とは……ちょっとした主婦でも知ってるよ。「一夜で有名になる」代表的な出来事だってことをね。――丹羽文雄『樹海』</title>
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<description>丹羽文雄『樹海』 上・下（昭和57年/1982年5月・新潮社刊　-　昭和63年/1988年2月・新潮社／新潮文庫 ） 　おいらみたいな素人には、とうてい理解できないけど、戦後の流行作家三羽ガラス、丹羽文雄・舟橋聖一・石川達三は、「大衆小説」じゃないのだそうで。いいじゃん、大衆小説で。何が悪いのさ。……と言ってみたところで、少なくともご本人たちのなかには、歴然たる区別意識があったそうで。 　舟橋さ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;strong&gt;&lt;img border=&quot;0&quot; src=&quot;http://naokiaward.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/11/15/091115.jpg&quot; title=&quot;091115&quot; alt=&quot;091115&quot; style=&quot;margin: 0px 5px 5px 0px; float: left;&quot; /&gt;
丹羽文雄&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000J7O8XY?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=B000J7O8XY&quot;&gt;『樹海』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=B000J7O8XY&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;上・下（昭和57年/1982年5月・新潮社刊　-&amp;gt;　昭和63年/1988年2月・&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4101017239?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4101017239&quot;&gt;新潮社／新潮文庫&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4101017239&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;）&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;


&lt;p&gt;　おいらみたいな素人には、とうてい理解できないけど、戦後の流行作家三羽ガラス、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/akutagawa/sengun/sengun21NF.htm&quot;&gt;丹羽文雄&lt;/a&gt;・&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/akutagawa/sengun/sengun21FS.htm&quot;&gt;舟橋聖一&lt;/a&gt;・&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/akutagawa/jugun/jugun1IT.htm&quot;&gt;石川達三&lt;/a&gt;は、「大衆小説」じゃないのだそうで。いいじゃん、大衆小説で。何が悪いのさ。……と言ってみたところで、少なくともご本人たちのなかには、歴然たる区別意識があったそうで。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　舟橋さんが戦前、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/sengun/sengun1KK.htm&quot;&gt;菊池寛&lt;/a&gt;親分から直木賞選考委員になってもらえないか、と打診を受けたのに、断ったとか。それで、芥川賞委員ならば、ひょいひょい引き受けちゃうとか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　戦後に両賞が復活するとき、石川さんははじめ直木賞選考委員を務める予定で、昭和23年/1948年の段階では、直木賞の選考会に出席していたくせに、昭和24年/1949年になったら、なぜか澄ました顔して芥川賞の選考委員の座におさまっていたとか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/sengun/sengun27NT.htm&quot;&gt;永井龍男&lt;/a&gt;さんも、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/sengun/sengun17IM.htm&quot;&gt;井伏鱒二&lt;/a&gt;さんも、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/sengun/sengun55MT.htm&quot;&gt;水上勉&lt;/a&gt;さんも、何年にもわたって直木賞委員を務めていたはずが、何の未練もなく急に芥川賞委員に鞍替えしちゃったりして。何なんだ、あなたたちは。そんなに直木賞がイヤか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　丹羽文雄さんが、そんな方たちと同類かどうかは異論あるところでしょうけど、それにしても直木賞オタクとしては、丹羽さんの動向は、舟橋聖一・石川達三とともに、研究欲をかき立ててくれます。たぶんワタクシは生きているあいだに、それに手を付けるところまで到達できないでしょうけど。なにせ丹羽山脈は標高もたかく、面積も広大すぎます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　……と言いつつ、丹羽さんが昭和50年/1975年にもなって、まだ、とある一つの信念を貫いていたかと見ると、まあ彼が直木賞について何かを語るなんて、あるわきゃないな、と納得してしまいます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　とある一つの信念とは、「通俗雑誌にのった小説は、絶対に純文学ではない」ってものです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img border=&quot;0&quot; src=&quot;http://naokiaward.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/11/15/091115_4.jpg&quot; title=&quot;091115_4&quot; alt=&quot;091115_4&quot; style=&quot;margin: 0px 5px 5px 0px; float: left;&quot; /&gt;
　昭和50年/1975年の第11回谷崎潤一郎賞にて。丹羽さんは候補作品に、ある作品を推薦します。ところが、ふたをあけてみると……。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「私&lt;/span&gt;（引用者注：丹羽自身）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;がその作品を推したのである。しかし、その小説をよんでいなかった。作者の名をみて、書下ろしの長篇ではないかと思い、その作者なら必ずよみごたえのあるものを書いているだろうと思ったからである。選考会で、私が推したのが通った。が、一読して、私がまちがっていたことを知った。候補作品にはなりかねないものであった。筆がひどく荒れていた。作者がその雑誌の特色に多分に迎合して書いているようであった。そのため今後は、掲載誌を厳重に調査することになった。」&lt;/span&gt;（昭和51年/1976年11月・講談社刊&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000J9803G?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=B000J9803G&quot;&gt;『創作の秘密』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=B000J9803G&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;「作者の持味」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　すげえぜ、丹羽親分。作品を読まずして、作者の名と「書下ろしだろう」との当て推量で、推薦するたあ。候補作の作者名と作品名、掲載誌（または出版社名）だけ見て賞のなりゆきを予想する、我らみたいな素人とほとんど同じレベルじゃないかよ、すげえぜ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　いやいや丹羽親分は、自分自身や他の作家たちのこれまでの長ーい経験に裏打ちされた理論を持っていたのですから、おいらたちと一緒にしちゃあいけません。たぶん。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「が、私がかんじんの内容を知らずに、その名前だけで推薦したというのも、かねてからその作者の持味に期待をかけていたからである。その持味は、文学的にもかなり高いものであった。が、いつも発表する雑誌が大衆的なものが多く、持味が十分に生かされていなかった。これも一種の作者の不幸というべきであろう。」&lt;/span&gt;（同「作者の持味」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　このエッセイでは、谷崎賞5つの候補作のうち、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun45MT.htm&quot;&gt;水上勉&lt;/a&gt;『一休』、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/akutagawa/jugun/jugun29YS.htm&quot;&gt;安岡章太郎&lt;/a&gt;『私設聊斎志異』、中村真一郎『四季』の3つについて実名を挙げて詳細に論じていて、すると残るは2作品。まさか丹羽親分が「いつも発表する雑誌が大衆的なものが多く」と評したのが、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/akutagawa/jugun/jugun64FY.htm&quot;&gt;古井由吉&lt;/a&gt;さんであるわきゃないもんね。……ってことで、その作家とは容易に&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun58NA.htm&quot;&gt;野坂昭如&lt;/a&gt;さんのことだとわかるわけです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　しかしまあ、丹羽親分いわく、この一件はご自身の責任っていうより運営者側の&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「谷崎賞候補を選ぶときの手落ち」&lt;/span&gt;だそうですし、野坂昭如は、通俗的な雑誌に書くと手加減をくわえる（あるいは手を抜く）から、とうてい推せないんだ、でも俺はちがう、&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「私はいろんな雑誌、新聞に作品を発表しているが、かつて手加減を加えたということは一度もなかった」&lt;/span&gt;んだそうです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　おお、偉大なるかな、キング・オブ・ブンダン。かわゆすぎます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　……でもまあ、これが丹羽さんのお人柄なのだとしたら、そりゃあ周りに敵が多そうだな。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　そうでした、「小説に描かれた直木賞」のことに触れなきゃいけませんね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　『樹海』が発表されたのは、昭和55年/1980年～昭和56年/1981年。初出は『読売新聞』の昭和55年/1980年9月25日～昭和56年/1981年11月6日です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　まだ丹羽さんがお元気に芥川賞委員を務めていた時代。作品内容も、丹羽長篇のお約束どおり、会社社長のご家族やら、裁判沙汰やらが出てくる女と男のものがたりです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　文壇や作家や、そういったものは何も出てこないんですが、一か所だけ「直木賞」が出てきます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　主人公である主婦の市岡染子は、音大の学生だったころ、ピアノを弾いていた経験から、エレクトーン教室の先生となります。その後、すったもんだあって、夫と離婚して、いっそうエレクトーンに身を入れるようになりまして、その美貌のおかげで、「渋谷の放送局」に呼ばれて、テストで演奏したところ、それがつなぎの音楽としてテレビ放映されます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　で、予定の番組でもなく新聞にも何にも予告されていなかったにもかかわらず、なぜか染子の周囲の人びとはこぞって、その放送を目にとめていて、会う人会う人に「あれはよかった」と褒められたりします。「つなぎの音楽」のはずが、なぜかテレビ局にも大きな反響があったらしくて、それ以後、染子は何度もテレビで演奏するようになり、ホテルの結婚披露宴とかにも演奏者として、がんがん呼ばれるようになります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そう。ご都合主義なのか、自然な展開なのか、ようわからんこの「美貌の染子、テレビの力でもって有名になっていく図」のところで、「直木賞」の単語が出てくるわけです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　偶然、染子がエレクトーンを弾いた結婚披露宴に、客として来ていた知人の川喜田秀俊。彼と、染子との会話です。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「「思いがけなかった。メニューに、染子さんの名が出ていた」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「あら、私、知らなかったわ。エレクトーンの演奏者としてですか」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「染子さんも、有名になった。有名でなかったら、印刷されなかったろう」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　川喜田が笑っていった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「何がいったい有名になったのかしら。一夜が明けたら、有名になっていたということがよくいわれるけど、芥川賞や直木賞をもらって、一夜で有名になったというのとはちがうでしょう」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「たびたびテレビに登場するからだ。いっぺんに有名になるのではなくて、じりじりと顔がおぼえられていく」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「技術のせいじゃないんですね」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「それもあるだろうが、染子さんの印象だ。若々しくて、上品で、つやのある演奏の仕方だ。ぼくはビディオに、もう何回も染子さんを撮っている」」&lt;/span&gt;（『樹海』下巻「春来る」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　おっと、染子さん。そりゃあ勘違いってもんだ。「芥川賞や直木賞をもらって、一夜で有名になった」っつうのは、たぶんに比喩めいた表現であって、あなたがテレビに出たのを契機に、「知っている人が知っている」範囲内で有名になったのと、大して違いはないんじゃないかな。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　染子さんが必ずしも演奏技術じゃない部分で有名になったのと同様、芥川賞・直木賞受賞者が「有名になる」のは、別に、彼らの書いた作品の内容によって、ではないように。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　まあ、仮に昭和50年代ごろの芥川賞・直木賞が、ほんとに「一夜で有名」を引き起こしていたのだとしても、いずれにしても、やっぱりアイツの力のおかげです。……テレビの力です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　一か月前に、&lt;a href=&quot;http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-055f.html&quot;&gt;小林信彦さんの『悪魔の下回り』&lt;/a&gt;を取り上げましたけど、この作品も、ほら、ほぼ同時代に書かれたものだもんなあ。この当時の直木賞（プラス芥川賞も？）は、ほぼその性質の大半は、「テレビ」とつながっていたんだろうな。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt; 　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ええと、テレビのことは、まあ措いときましょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　問題は『樹海』です。この小説において丹羽さんが、主人公の口から自分が有名になってきたのは「芥川賞や直木賞みたいな有名のなりかた」とは違う、と言わせているのが、どうもワタクシには気になります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　丹羽さん自身はきっと無自覚でしょう。無自覚でしょうけど、なんだかこの作品全体から、「私は芥川賞・直木賞の類いのものじゃありません。内容で勝負する、もっと高尚な文学作品です」って匂いがプンプンしてきちゃうんです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　なんでだろう。丹羽文雄は、絶対に通俗雑誌とか大衆作家とかを自分と同じ領域のものとは考えない人、っていう思い込みを、こっちが持っているからなのかな。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　でもなあ。戦前から戦後、時の情報局ににらまれて発禁処分を喰らい続けた自分の経験を描いた&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000JA6W8K?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=B000JA6W8K&quot;&gt;『告白』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=B000JA6W8K&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;（昭和24年/1949年3月・六興出版社刊）って小説があって、ここには何人もの作家が出てきます。ちょっと引用しますと、&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「同じ小説を書く&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/akutagawa/kogun/kogun2KC.htm&quot;&gt;川崎長太郎&lt;/a&gt;」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「作家の一人の柴田賢次郎」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「同年輩の、同じ作家の新田潤」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「大衆作家の&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun1MK.htm&quot;&gt;湊邦三&lt;/a&gt;」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「大衆作家の山岡荘八」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「大衆作家の&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun1HH.htm&quot;&gt;浜本浩&lt;/a&gt;」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;










&lt;p&gt;　湊邦三、山岡荘八、浜本浩は、なぜ単なる「作家」じゃ駄目なんだい？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　今日の最初のほうで紹介した丹羽親分の『創作の秘密』でも、そうです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　これは『丹羽文雄文学全集』（昭和49年/1974年1月～昭和51年/1976年8月・講談社刊）に掲載したエッセイを集めたものですが、そのとき親分が選考委員をしていた野間文芸賞、吉川英治文学賞、芥川賞、読売文学賞、女流文学賞、平林たい子文学賞、谷崎潤一郎賞のなかから、選評で言い尽くせなかったことなどが書かれてあって、それはそれで、文学賞を見つめる者にとっては、必読の書です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ですが、『告白』にあるような無意識ふうの叙述は、ちょこちょこあって、たとえば「老人文学」の章で、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun50WY.htm&quot;&gt;和田芳恵&lt;/a&gt;さんについて紹介しています。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「和田芳恵といえば、昔は新潮社の「日の出」の編集長であった。終戦後は、小説も書いていたが、樋口一葉の研究をはじめて、それによって芸術院賞をうけた。こつこつと小説を書いていた。私は「接木の台」という短篇をよんで、和田芳恵が小説家としてここまで成長していたのかと、わが目を疑うほどにおどろき、よろこんだものである。野間賞でも問題にされたが、読売文学賞をもらったのは当然のことであった。」&lt;/span&gt;（『創作の秘密』「老人文学」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　たぶん、和田さんが芥川賞をとっていたら、そのこともこの紹介文には書かれていたことでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「破滅型」の章には、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun24DK.htm&quot;&gt;檀一雄&lt;/a&gt;さんの話が登場します。もちろん、檀さんがイヤイヤながら受けた例の賞のことは何にも出てきません。っていうか、芥川賞のことばかり気にしている檀さんのせいでもあるでしょうけど。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「「また新しい作家が誕生しましたね」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　と、檀は芥川賞の作家のことをいった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「新しい作家が生まれると、ぼくは恐怖を感じるのです」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「どうしてか」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　と、私は訊いた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「恐しいんです。ライバルがまだ一人増えたと思ってます」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;&amp;nbsp;&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;新しい芥川賞作家に脅威をおぼえたり、借金を忘却出来る人間は、所詮私にとっては異質の人間であった。世間にはさまざまな人間がいる。私とは関係のない人間も多いのだ」&lt;/span&gt;（同「破滅型」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;













&lt;p&gt;　むろん、丹羽親分が、通俗性を低く見ていたとか、そんな的外れな指摘をするつもりはありません。昭和10年代当時は、丹羽親分も、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/sengun/sengun10YR.htm&quot;&gt;横光利一&lt;/a&gt;さんと同程度には、通俗小説の味を採り入れた小説を目指そうとされていたそうですし。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　だったら、もうちょっと「直木賞」のことにも関心を持ってくれてもよかったんじゃありませんの？　少なくとも昭和20年代～40年代ぐらいの直木賞は、あなたみたいな作家をどんどん誕生させようと頑張っていたんですから。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　って、言い掛かりを付けても、詮ないみたいですね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img border=&quot;0&quot; alt=&quot;091115_3&quot; title=&quot;091115_3&quot; src=&quot;http://naokiaward.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/11/15/091115_3.jpg&quot; style=&quot;margin: 0px 5px 5px 0px; float: left;&quot; /&gt;
　後輩の&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun22KY.htm&quot;&gt;小泉譲&lt;/a&gt;さんも、こうおっしゃっていますし。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「丹羽文雄という作家は小説以外の、たとえばエッセイや感想文などでは時々誤解を招くような短絡的な発言をする癖がある。しかし、よく読めば彼の言わんとする真意はそれなりに理解できるのだが、そのぞろっぺな表現の故に損をしている場合がある。しかし、丹羽にしてみればこと更に意識的ではないにしても実作者の自分は小説作品の上で真剣勝負をすればよいのだという考えが根底にあるせいか、評論家のように重箱の隅をほじるような神経質な方法はとらないし、いい方もしない。これは多分に性格的なものでもある。」&lt;/span&gt;（昭和52年/1977年12月・講談社刊『評伝　丹羽文雄』「６　華麗なる出発」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　こっちに言わせれば「エッセイや感想文など」だけじゃなく、「小説」でも、多分にその傾向があると思いますけど。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　まあ、その丹羽親分の無自覚な感じが、よけいに「なんだ、あいつは」と反感を買い、敵をつくっちゃったところなのかもしれないしなあ。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>小説に描かれた直木賞</dc:subject>

<dc:creator>P.L.B.</dc:creator>
<dc:date>2009-11-15T23:03:58+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-1367.html">
<title>直木賞とは……噂をするなら匿名で。だって悪口いってるのがバレたら、とれなくなっちゃうもん。――夢枕獏『仰天・文壇和歌集』</title>
<link>http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-1367.html</link>
<description>夢枕獏『仰天・文壇和歌集』 （平成4年/1992年5月・集英社刊　-　平成14年/2002年6月・集英社／集英社文庫 ） 　小説でもエッセイでも、「文学賞をネタにする」っていうのは、飛び道具みたいなところがありますよね。あ、飛び道具というか、低俗、ゴシップ、卑しい、下品、文学の本筋とは関係のない傍流。 　それでたいていの良識人は、あえて文学賞について深く語ったりしないものらしいですけど、性格上、...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;strong&gt;&lt;img border=&quot;0&quot; src=&quot;http://naokiaward.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/11/08/091108.jpg&quot; title=&quot;091108&quot; alt=&quot;091108&quot; style=&quot;margin: 0px 5px 5px 0px; float: left;&quot; /&gt;
夢枕獏&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4087728498?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4087728498&quot;&gt;『仰天・文壇和歌集』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; width=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4087728498&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;（平成4年/1992年5月・集英社刊　-&amp;gt;　平成14年/2002年6月・&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4087474607?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4087474607&quot;&gt;集英社／集英社文庫&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; width=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4087474607&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;）&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;


&lt;p&gt;　小説でもエッセイでも、「文学賞をネタにする」っていうのは、飛び道具みたいなところがありますよね。あ、飛び道具というか、低俗、ゴシップ、卑しい、下品、文学の本筋とは関係のない傍流。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それでたいていの良識人は、あえて文学賞について深く語ったりしないものらしいですけど、性格上、ついついネタにしちゃう人もいます。たぶん、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/other/otherYE6YB.htm&quot;&gt;夢枕獏&lt;/a&gt;さんもそのひとりです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　キマイラ、サイコダイバー、餓狼伝。昭和50年代後半（1980年代）に、一気にノベルス・文庫界隈で売れっ子になり、『上弦の月を喰べる獅子』で無冠の座から脱却（第10回日本ＳＦ大賞）。これが平成1年ごろのことで、ちょうど獏さんにとって一回目のお仕事自重期のころなんですが、このあたりから獏さんからは文壇ネタ、文学賞ネタが一気に噴き出していきます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そのなかの一作である『仰天・文壇和歌集』（初出『小説すばる』平成2年/1990年11月号、平成3年/1991年3月号、8月号、10月号～平成4年/1992年4月号）より。まずは一首。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「勝手に候補にしておきながらこの賞が欲しければもっと勉強しろと言って落選させた審査員がいたようないないような」&lt;/span&gt;（『仰天・文壇和歌集』「一、仰天・文壇和歌集の一人百首」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　終わりかたに、やや腰の引けた感じが残っています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　いかんいかん、これじゃ面白がってもらえんぞ、と切り替えたのかどうなのか、そのあとは賞を欲しがる作家の心情とか生態とかを、次々にネタにしていきます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　なにせ、ちょうど昭和の末から平成のはじめごろっていえや、あれです、「推理小説では直木賞はとれない」（昭和30年代～昭和40年代）、「ＳＦ小説では直木賞はとれない」（昭和40年代～昭和50年代）などと、各グループで怨みまじりの気炎が上がったのと同様、夢枕獏さんの周辺の冒険小説グループが、直木賞から迎え入れたり拒否られていたりした時代ですもん。獏さんも、文学賞ネタには事欠かなかったようで。

&lt;/p&gt;&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「あの賞を取ったあいつの作品より取らぬおれの本の方が売れている&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;と言う君の酒は五杯目である」&lt;/span&gt;（同「一、仰天・文壇和歌集の一人百首」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;



&lt;p&gt;　ははあ。たくさん本が売れること……人気作家っていう座を何年も持続できること。それも作家の価値のひとつと認めて、直木賞を与える理由として採り入れたっていいじゃないか、とのちに&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/sengun/sengun123KK.htm&quot;&gt;北方謙三&lt;/a&gt;さんが提示する土壌が、このあたりに垣間見えたりもします。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それから獏さんは、賞に対して作家たちが裏で悪口を叩き合っている図、なんてのも描きます。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「欲しい賞の悪口けして言わないあなたは世渡り上手」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「もらってしまった賞の悪口しか言わないあんたが大将」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「あの賞の悪口急に言いはじめた同業者&lt;/span&gt;（ルビ：きみ）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;を見て　きみがエロスとバイオレンスでやってゆく決心をしたことを知る」&lt;/span&gt;（以上三首「三、仰天・文壇和歌集の懲りない逆襲」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;





&lt;p&gt;　悪口を言い出すと、それが噂となってどこかの出版社あたりに流れて、もうその賞から声がかからなくなる、っていう原理。くーっ、まったくこの世は生きづらいもんなんですね。たとえば文学賞が「発表された小説のなかで、最高のものを選び出す」っていう理念があったとしても、なかなかその理念どおりに事が運ばんのも、わかります。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「「ぼくは一度あの賞の候補になりました」「おれは三度なった」とらぬどうしで哀しくはないか」&lt;/span&gt;（同「三、仰天・文壇和歌集の懲りない逆襲」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　なあんてことを、あまり「文学賞の候補者」ってかたちで表沙汰になったことのない獏さんがつぶやくから、クククッと黒い想像の広がる一首です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　……と、あまり引用ばかりしていくと、面白くなって止まらなくなりそうなので、ここらでやめときます。もっと出てくる文学賞ネタについては、同書をチェックしてみてください。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それにしても、あの賞あの賞、としか言わず、いちいち固有名詞を出さないところが、獏さんも自嘲ぎみに「世渡り上手」と詠っちゃうところなんですけど。ただ、本書のなかではっきりと「欲しい」とネタにされて具体的に賞名の挙がっているものが、二つだけあります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　芥川賞と直木賞です。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　芥川賞のほうは、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun31AY.htm&quot;&gt;有馬頼義&lt;/a&gt;さんが芥川賞が欲しいと晩年つねづね公言していたのと同じ話で、そうは言っても実現しそうにない夢の夢。獏さんもその辺をしっかり抑えて、「あどけない話」との題を付しています（「四、仰天・文壇和歌集の詩歌浪漫」の内「あどけない話」）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ところがです。直木賞といえば、こっちはけっこう現実味のある話です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「四、仰天・文壇和歌集の詩歌浪漫」におさめられた「北方謙三氏が柴田錬三郎賞を受賞した夜、銀座にて詠める歌」。この詩では、言葉遊びとして何人かの作家名が隠し詠まれています。&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun94ST.htm&quot;&gt;志水辰夫&lt;/a&gt;、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun110OA.htm&quot;&gt;大沢在昌&lt;/a&gt;、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun89KK.htm&quot;&gt;北方謙三&lt;/a&gt;、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun96OG.htm&quot;&gt;逢坂剛&lt;/a&gt;、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun123FY.htm&quot;&gt;船戸与一&lt;/a&gt;、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun100SJ.htm&quot;&gt;佐々木譲&lt;/a&gt;、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun99NM.htm&quot;&gt;西木正明&lt;/a&gt;。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　当時、大沢さんと船戸さんは直木賞の候補になどなったことがなく、年がたつにつれ、実績から言っても、もう二人が直木賞と関わることなどないだろう、と思われていったのに……。けっきょく、ここに登場するすべての作家が、直木賞を受賞したり候補になったりすることになるんですからねえ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「おいらも欲しい直木賞」&lt;/span&gt;と、同詩のなかで獏さんが詠んだ一行には、よりいっそう、現実感がズッシリ重たくのしかかります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　獏さんがほんとうに直木賞を欲しがったかどうかは、とりあえず措いときましょう。ただ少なくとも、「ははあ獏め、いっとき直木賞の持つ魔力に酔わされた時期があったんだな」と、ワタクシら読者に想像させ楽しませてくれる仕組みが、そこに用意されているのはたしかです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　なので、ついつい深読みであることを承知のうえで、&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4577701383?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4577701383&quot;&gt;『空気枕ぶく先生太平記』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; width=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4577701383&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;（平成10年/1998年5月・フレーベル館刊　-&amp;gt;　平成14年/2002年2月・&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4087474127?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4087474127&quot;&gt;集英社／集英社文庫&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; width=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4087474127&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;）で、さんざん作家と編集者と出版界まわりのことをパロって、「芥田川賞」と命名したアッチの賞のことは舞台上にあげているのに、直木賞についてはスルーするとは。それって、「欲しい賞の悪口けして言わない」の実例のひとつですか、と思わされたり。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img border=&quot;0&quot; alt=&quot;091108_2&quot; title=&quot;091108_2&quot; src=&quot;http://naokiaward.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/11/08/091108_2.jpg&quot; style=&quot;margin: 0px 5px 5px 0px; float: left;&quot; /&gt;
　獏さんの文学賞についての持ちネタのひとつに、「文学賞チャンピオンベルト制」ってのがあって、獏さんのというより、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun87MT.htm&quot;&gt;村松友視&lt;/a&gt;、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun102SM.htm&quot;&gt;椎名誠&lt;/a&gt;ご両人の持ちネタなんですけど、椎名さんいわく、こういうものです。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「作家は一度賞をとるとそのあとどんなに力が衰えてもずっと安泰というのは格闘技のチャンピオンと較べてあまりにもナマヌルイ超過保護制度だ。いっそすべての文学賞をランキング制にして新しい才能と常に闘いながらその栄誉を血と汗で保持していくようにしたらどーだどーだ！ドン（机を叩く音）とするどく口角泡をとばしたものだ。」&lt;/span&gt;（平成11年/1999年1月・波書房刊&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4816412476?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4816412476&quot;&gt;『仰天・夢枕獏特別号』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; width=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4816412476&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;所収「義理原エッセイ5「宿敵　獏へ告ぐ！」」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　遊びの発想のようでいて、ん？　ほんとにそうかも。と思わせてしまうところが、椎名さんの真骨頂ですけど、このエッセイの最後がまたふるっています。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「今日はこれでドローとしてやるが、いいか獏、次は直木賞会場で待っているからな！」&lt;/span&gt;（同「宿敵　獏へ告ぐ！」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　ここでクッと笑いがこみ上げるのは、「芥川賞」じゃなくて「直木賞」ってワードを選択しているからだもんなあ。っていうのも、ありえなさの要素のなかに何割かの現実味が混じっているからだよなあ。案外、裏では獏さん界隈では、直木賞のネタがいろいろと語られ、イジくられていたんじゃなかろうか、と思わされたり。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　もうちょっと想像の世界で楽しんでみますと。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　あくまで一つの推論ですが、獏さんと直木賞とのファースト・コンタクトがちょうどこのころ、平成1年/1989年にあった、と見立ててみます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img border=&quot;0&quot; alt=&quot;091108_3&quot; title=&quot;091108_3&quot; src=&quot;http://naokiaward.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/11/08/091108_3.jpg&quot; style=&quot;margin: 0px 5px 5px 0px; float: left;&quot; /&gt;
　ご本人いうところの「半自伝的なエッセイ物語」である&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4048833278?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4048833278&quot;&gt;『純情漂流』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; width=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4048833278&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;（平成4年/1992年11月・角川書店刊　-&amp;gt;　平成10年/1998年8月・&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4087488470?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4087488470&quot;&gt;集英社／集英社文庫&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; width=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4087488470&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;）、「三章　玄奘行路」に、「ある賞」と接近したときの話が出てきます。

&lt;/p&gt;&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「ことのおこりは、ある知り合いの編集者からの電話であった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　その編集者は、今年の春にぼくが出したある本を読んだのだが、それが非常におもしろかったとぼくに告げた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「これは、賞の対象となってもおかしくない内容の本だと思います」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　そう言って、ある賞の名をぼくに告げた。」&lt;/span&gt;（『純情漂流』「三章　玄奘行路」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　それで、賞の選考っていうのは極秘でも何でもないらしく、その編集者（賞には関係ない人）はツテを頼って、獏さんのその小説が、その賞の「候補の候補」に選ばれていることを、たちまち調べ上げます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　候補の候補、っていうのはアレです。直木賞でいったら、青森の同人誌『現代人』の山内七郎さんが残った、っていうやつです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　って、そんな人知らんよ、と言いますか。ほら、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun129IK.htm&quot;&gt;伊坂幸太郎&lt;/a&gt;さんがその段階で辞退の通告をした、っていうアレです。最終候補作にまで絞りこんでいく過程の、まだ何十作かがリストアップされている粗選びのところです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　けっきょく、獏さんの小説は、最終候補に残ることはありませんでした。それまで賞とは無縁の活動をしてきた獏さんは、この一連のプチ事件で、こんな感想を抱くにいたります。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「賞もなにも、作品がなければ話にならない。しかも、あたりまえのことだが、賞のためにその作品を書くわけではないのだ。&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;とにかく書き、書き続けるということの中から、それが“伝奇バイオレンス”であるにしろ“賞”であるにしろ、結果として生じてくるものだとぼくは思っていた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　しかし――&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　候補の候補に残っていることを知らされた途端に、急にその賞に色気が出た。ぼくはその賞が欲しくなったのだった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　自分のその心の動きを眺めるのはおもしろかった。その賞をとった気になり、受賞の挨拶の言葉などが、原稿を書いている最中、ふいに、ちらちらと頭の中を動いたりするのである。気がつくと、原稿を書く手が止まり、その賞のことを考えていたりする。その自分をひどく冷静に眺めている自分もまたいるのである。」&lt;/span&gt;（同「三章　玄奘行路」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　その年……平成1年/1989年の春に、獏さんが出した本となると、&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4062043254?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4062043254&quot;&gt;『鮎師』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; width=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4062043254&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;（平成1年/1989年4月・講談社刊　-&amp;gt;　平成4年/1992年6月・&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4061851810?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4061851810&quot;&gt;講談社／講談社文庫&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; width=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4061851810&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;　-&amp;gt;　平成17年/2005年10月・&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4167528142?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4167528142&quot;&gt;文藝春秋／文春文庫&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; width=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4167528142&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;）ってことになって、さすがにこの本を読んだ編集者がパッと思い浮かぶ文学賞となると、やや限られるわけですし、しかも何度も候補選出までの過程を踏むだとか、吉川英治文学新人賞の候補にはそれより前に獏さんもなったことがあるみたいだし、だとか、いろいろ考えていくと、ううむ、それって直木賞でしょ？　と確かめたくなります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そのあと、獏さんも「陰陽師」シリーズで『オール讀物』とか文藝春秋とかに大貢献して、それこそ大沢在昌＝船戸与一＝佐々木譲世代をも、対象にしちゃうほど直木賞は範囲を広げていったわけなので、獏さんが直木賞エリアに呼び込まれる可能性だってあったんですけど。実名を出さないまでも出版業界まわりをバンバンとギャグのネタにしてきた獏さんの正直さが、そこにきてアダとなったのかな。ってこらこら、そりゃ想像が飛躍しすぎだつうの。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　想像から現実の世界に、戻ってきまして。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　現実的に、文学賞を欲しがる作家像だの、よその作家が賞をとって、なにを、あいつよりもおれの小説のほうが売れてるじゃんかと強がる作家像だの、そういう下世話な作家バナシをおもしろがる読者は、たーくさんいるわけでして。ワタクシみたいに。そして、そういうエピソードとかを持ち芸としながら、読者をグイグイひっぱっていって己の新しい世界を開拓していった成功例もあるわけですし。獏さんの「カエルの死」を最初におもしろがってくれたあの大先輩みたいに。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ああ。低俗路線よ。永遠なれ。&lt;/p&gt;
</content:encoded>


<dc:subject>小説に描かれた直木賞</dc:subject>

<dc:creator>P.L.B.</dc:creator>
<dc:date>2009-11-08T21:24:58+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/miss-you-a79d.html">
<title>直木賞とは……「とれば周囲の目が変わる」。と思われていることそのものが、ユーモアのネタになる。――奥田英朗「妻と玄米御飯」その他</title>
<link>http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/miss-you-a79d.html</link>
<description>奥田英朗「妻と玄米御飯」（平成19年/2007年4月・集英社刊『家日和』 所収）その他 　精神科医・伊良部一郎のもとに訪れたのは、すでに著作数200冊を超える人気大衆作家、彼はここ最近悩んでいて、数年前からＮ木賞の選考委員を務めているのですが、かつては自分の物差しで「推す」小説と「推さない」小説をきっぱり決断できていたのに、急にどの小説を読んでも良し悪しが判断できなくなってしまって、選考会に出ては...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;strong&gt;&lt;img border=&quot;0&quot; src=&quot;http://naokiaward.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/11/01/091101.jpg&quot; title=&quot;091101&quot; alt=&quot;091101&quot; style=&quot;margin: 0px 5px 5px 0px; float: left;&quot; /&gt;
奥田英朗「妻と玄米御飯」（平成19年/2007年4月・&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4087748529?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4087748529&quot;&gt;集英社刊『家日和』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4087748529&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;所収）その他&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;


&lt;p&gt;　精神科医・伊良部一郎のもとに訪れたのは、すでに著作数200冊を超える人気大衆作家、彼はここ最近悩んでいて、数年前からＮ木賞の選考委員を務めているのですが、かつては自分の物差しで「推す」小説と「推さない」小説をきっぱり決断できていたのに、急にどの小説を読んでも良し悪しが判断できなくなってしまって、選考会に出ては胸をはって発言することができず、冷や汗のかきどおし……。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　とかいう伊良部シリーズがあってもよさそうなんですけど、そんな小説ありません。残念。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun131OH.htm&quot;&gt;奥田英朗&lt;/a&gt;さんに、文学賞（とくに直木賞ふうのもの）が出てくる小説が、まったくないわけじゃありません。ただし、それぞれがズバリ直木賞、って書かれ方はしていないし、文学賞をネタにしているっていうより、登場人物である作家を肉付けするような小道具程度のものですけど。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ってことで、今日のお題は、「妻と玄米御飯」その他。たぶん「その他」のほうに多くの文量を割くことになりそうです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「その他」その1。&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4344411668?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4344411668&quot;&gt;『ララピポ』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4344411668&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;（平成17年/2005年9月・幻冬舎刊）から行きますか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img border=&quot;0&quot; src=&quot;http://naokiaward.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/11/01/091101_2.jpg&quot; title=&quot;091101_2&quot; alt=&quot;091101_2&quot; style=&quot;margin: 0px 5px 5px 0px; float: left;&quot; /&gt;
　『ララピポ』第5話の「I SHALL BE RELEASED」の主人公は、作家の西郷寺敬次郎です。いや、官能作家の、と言い換えておきましょう。桃園書院の書き下ろしシリーズとか、月刊誌『小説エロス』『桃色ノベル』、週刊誌『実話パンチ』、夕刊紙『夕刊トップ』の締め切りを控える、人気者です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　でも西郷寺先生、むかしは純文学を志していました。文壇デビューは20年前、日本を代表する老舗出版社の「世界文藝社」（わざわざ「藝」と書いてあるところがミソ）が主催する世界文藝新人賞を受賞したことにあります。しかし、文学に賭ける志は途中でどっかに行ってしまい、今じゃ官能小説専門。そんな西郷寺先生ですが、もう一度、純文学をどこかに発表できないかと、短篇を何本か書き溜めています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それで、西郷寺先生と、三流出版社（利益の大半は官能小説で上げている）の桃園書院編集者、石井との会話。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「「ところで、近頃はどんな小説が売れてるわけ？」&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「文芸ですか。うちの本ではあまり……」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「別に桃園書院のことを聞いてるわけじゃないの。世間一般のことだよ」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「さあ。宮部あけみ先生とか、浅田一郎先生とか、そういった方なんじゃないでしょうか」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「この前、賞を獲った翠川輝夫はぼくの同人誌時代の後輩だけどね」（引用者中略）「小説のイロハを教えてやったのはぼくだよ。あいつも長かったね、地味な私小説ばかり書いてて。食えるようになったのは最近だろう」」&lt;/span&gt;（『ララピポ』「I SHALL BE RELEASED」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;









&lt;p&gt;　へえ、翠川輝夫が獲った賞って、どんな賞なんだろ。同人誌出身というから純文学系の可能性もあるけれど、長い作家歴、それから小説で食えるようになった、ってぐらいですからねえ。直木賞・山周賞・吉川新人賞、その辺の系列ですかね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　もう一場面、引用します。西郷寺先生が、銀座で艶聞社ってところの接待を受けている最中に、たまたま同じ文壇バーに高橋なるミステリー作家が、編集者を引き連れてやってきたところです。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「「高橋先生」ママが華やいだ声をあげ、駆け寄った。ほかのホステスたちも一斉に立ち上がる。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　テレビや雑誌でよく見かけるミステリー作家だった。大半の作品がドラマや映画になっていて、賞の選考委員もいくつか兼任している文壇の大御所だ。」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;



&lt;p&gt;　その高橋を接待しているのが、先にご紹介した世界文藝社なんでした。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「向こうのテーブルは端から賑やかだった。ミステリー作家は両脇にホステスを抱え、大物ぶっている。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　ふん。たかが三文推理小説だろう。何を大きな顔をしているのか。こっちは純文学作品を書いていたことだってあるのだ。」&lt;/span&gt;（同「I SHALL BE RELEASED」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;



&lt;p&gt;　ふふふ。小物感・俗物感たっぷりの中年作家の、ドロドロした心理をあぶり出すために、文学賞が使われているんですね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　自分は、先ごろ賞をとった後輩作家とは、知らぬ仲じゃないってことで、優越をひけらかす。対して、賞の選考委員をしているのみならず、それを「いくつか兼任する」ほどの流行作家には、バーのママやホステスの態度――つまり世間の目の違いを見せつけられ、めらめら怨念を燃やす。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ちなみに、この『ララピポ』第5話が発表されたのは、幻冬舎の『ポンツーン』誌、平成16年/2004年4月号だそうで。とりあえず、奥田さんが直木賞を受賞（平成16年/2004年7月）する前のことです。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　ごぞんじ、筋金入りの偏屈作家、奥田英朗。……ってことは、人がワーワー騒ぐものとか、作品内容じゃなくて「受賞した」との事実だけが切り取られて世間に流布されるようなものとか、そういうものは、おそらく好みじゃなかろうし、興味もないんだと思います。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「我らが乗船するのは韓国船籍の「星希」号。全長一六二メートル、定員五六二名の堂々たる大型フェリーだ。チェックインして一等客室に入ると、前回同様、二段ベッドが二つ並ぶ“合宿部屋”であった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　またしてもわたしは感動した。この業界はＮ木賞を獲るといきなり待遇がアップするという通説がある。もしかして受賞後初の今回は個室かも、という予感がわたしの中にかすかにあった。しかし新潮社はＮ木賞などおかまいなしだ。あくまでもわたしを「仲間」として扱おうというのである。この平等精神をわたしは高く評価したい。ほっほっほ。」&lt;/span&gt;（奥田英朗&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/410134471X?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=410134471X&quot;&gt;『港町食堂』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=410134471X&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;平成17年/2005年11月・新潮社刊）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　文意からして、奥田さん自身が、「ふーん、直木賞なの？　それがどうした？」って構えであることはわかるわけです。でもここで、さらに注目したいのはあえて「Ｎ木賞」と置き換えている点にあります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　実質的にゃあ、ここで「直木賞」と書こうが「Ｎ木賞」と書こうが、違いなんてありません。新潮社の『旅』誌に載る原稿だから、よその会社の賞をそのまま書くのを遠慮した、ってことがあるかもしれませんけど、じゃあ、光文社の『小説宝石』誌に連載した「野球の国」で、講談社文庫出版部だの、文藝春秋オール讀物だのと、堂々と固有名詞を書くのは、どういうことなんだ、とカラむ輩がいそうです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　たぶん読んでいる人のおおかたが、「Ｎ木賞」が「直木賞」であることぐらいわかっている。でも、そのまま表現したのじゃ面白くもない。新潮社が（ほんとうにそうかは別として）直木賞をとっても全然待遇を変えなかった、というストーリーを仕立てあげて、それをストレートに書かずに、誰でもわかるようにボカすことで、読者にニヤリとしてもらおう。……って、そんな奥田さんの思いが伝わってきます（うわあ、われながら野暮な解説だなあ）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ねえ。なんつったって、直木賞の「受賞のことば」で、ボケ（？）をかます奥田さんですからねえ。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「数ある文学賞の中で、なぜ直木賞ばかりがもてはやされるのか――。これはもう言葉の響きが美しいからに決まってるんですね。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　ナオキショー。この滑らかな語感。直木賞作家。この言葉の座りのよさ。&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;元コピーライターとして言うなら、最高の商品名である。奥田賞じゃ話にならないのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　いや失礼。逸れてますね。こんな場でも馬鹿話をしてしまうのが、わたしという作家です。」&lt;/span&gt;（『オール讀物』平成16年/2004年9月号「受賞のことば」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　権威とか、みんなが羨望するものとか、そういうものを前にして、抑えきれずに笑いに持っていこうとしてしまう、あるいは、ついウケを気にしてしまう。ああ、奥田さん、生まれついてのエンターテイナーだなあ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ってことを、奥田さん自身、ネタにして書いたのが、そうです。ようやくたどりつきました。今日のメイン作「妻と玄米御飯」です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○
&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　集英社の『小説すばる』誌に発表した6つの作品からなる連作集『家日和』。その最終話が「妻と玄米御飯」、主人公は42歳のユーモア小説家、大塚康夫です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　若いころから社交が嫌いで、建前を好まず、流行しているものはまず疑ってかかる。そんな男です。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「書いているのは主にユーモア小説だ。つい昨年までは、「日本でユーモアは売れない」「ミステリーに転向したらどうか」と編集者に冷たくされていたが、賞を獲って売れ出した途端、周囲がてのひらを返し、注文が殺到した。世間とはこんなものだ。」&lt;/span&gt;（『家日和』「妻と玄米御飯」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　その康夫の妻、里美が、ご近所づき合いのなかから「ロハス」ってなものに凝り出したところから、康夫の悩みが始まります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　康夫は性格上、この近所を席捲する「ロハス」の動きに、くだらないものを感じて、それをネタに一本のユーモア小説を書き上げます。題は「妻と玄米御飯」。締め切りをやや過ぎて、ようやく編集部に原稿を送り、評判は上々、康夫自身も出来に満足していました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　しかし、妻・里美が、その原稿を読んでしまったのかどうか、急によそよそしくなります。康夫は急に不安になります。この作品が発表されたら、近所づき合いはどうなるんだろう。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「迂闊だった。これを読んでいちばん最初に頭に来るのは里美だ。おまけに彼女は、ロハス仲間に対しては加害者の妻という立場になってしまう。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　だんだん憂鬱になってきた。まったく小説家なんてろくなものではない。ウケを取るためなら、女房までをもカタにする。」&lt;/span&gt;（同「妻と玄米御飯」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;



&lt;p&gt;　それで、不安が最高潮に達して、康夫は修英社『小説ズバル』編集部に、原稿はボツにしてくれと電話をかけます。さあ、ようやくここで康夫さんが何ていう賞を受賞したのかが明らかにされるわけです。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「「とにかく、ボツにはできません。イラストも発注しました。明日から校了が始まります。大塚さんの短編は次号の巻頭を飾ります」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「巻頭？　せめて目立たないように……」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「弱気だなあ、もう。天下のＮ木賞作家が何を言ってるんですか。文士たるもの、もう少し腹をくくってくださいよ」」&lt;/span&gt;（同「妻と玄米御飯」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　ユーモア小説を書くにも、腰を引かずに腹を決めなきゃ、そのユーモアは読者に伝わらない。っていうことをユーモア小説のかたちで書くところが、ともかく何でもウケを考えちゃう奥田さんの流儀てんこもりです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　周囲が、あるいは近所が、あるいは世間が、「直木賞」＝何だか知らんが凄いもの、と見なしてどんなに騒ごうと（いや、騒げば騒ぐだけ）、奥田さんはほくそえんだかもしれません。うわあ、このくだらなさ、きっとネタになるぞ、と。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　で、もっと言えば、その「偏屈」ぶり……いや、偏屈って表現は違うな。自分自身の感覚を信じてそれを書き切るところが、奥田作品の魅力となって、その結果「直木賞」にむすびついたんだろうな。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　究極の偏屈だったら、たぶん直木賞なんか拒絶していたでしょう。偏屈な部分もありつつ、「直木賞」なる流行物を、ひとつの世間の事象、ひとつのネタとして見つめる目があるからこそ、3度の候補（と、それに伴う周囲のバカ騒ぎ）を経てもなお、『空中ブランコ』で4度めの候補に挙げられることを、受け入れたんでしょうから。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img border=&quot;0&quot; src=&quot;http://naokiaward.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/11/01/091101_3.jpg&quot; title=&quot;091101_3&quot; alt=&quot;091101_3&quot; style=&quot;margin: 0px 5px 5px 0px; float: left;&quot; /&gt;
　そういえば、奥田さんの処女小説&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4062649020?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4062649020&quot;&gt;『ウランバーナの森』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4062649020&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;（平成9年/1997年8月・講談社刊）にも、チョロッとそれに似たエピソードが出てきていましたね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　便秘の患者ジョンと、アネモネ医院のドクターとの会話。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「「かつてこんな患者がいました。患者は小説家でした。彼はあなたと正反対で便が出すぎて困ると訴えてきました。&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;彼は用を足してトイレを出ると、次の瞬間、もう便意をもよおしてくる。あわててトイレに戻る。再び用を足す。ところがトイレを出るとまたしても便意をもよおしてしまう。彼はそれでは原稿がまったく書けないと悩んでわたしのところへ来たのです」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「で、どうしたんだい？」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「わたしは勧めました。トイレを広くして書斎に改造したらいかがですか？」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　ジョンは声をあげて笑っていた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「その患者は便座に腰掛けて原稿を書いたのかい？」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「さあ、そこまでは知りません。ただ、彼はその後とある文学賞を獲りました。いまでは売れっ子の作家です」」&lt;/span&gt;（『ウランバーナの森』「6」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　このエピソードから、ドクターはこんな教訓を導き出しています。&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「つまり、人は、まかせることがいちばんなのです」&lt;/span&gt;。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　偏屈だけじゃ、「受賞作家」なる椅子に唯々諾々とすわるわけないものなあ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ちなみに、この会話はさらに続いています。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「「……そうかもしれないね」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「なすがままに（let it be）」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　一瞬、ジョンのおなかがひきつりかけた。」&lt;/span&gt;（同「6」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　やっぱりウケを狙っちゃうんだな、奥田さんは。んもう。だからワタクシは奥田作品が好きです。&lt;/p&gt;
</content:encoded>


<dc:subject>小説に描かれた直木賞</dc:subject>

<dc:creator>P.L.B.</dc:creator>
<dc:date>2009-11-01T22:51:01+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/miss-you-6beb.html">
<title>直木賞とは……エンタメ小説に与えられる賞。と、言い切りたいけど言い切れない。――柴田よしき『Miss You』</title>
<link>http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/miss-you-6beb.html</link>
<description>柴田よしき『Miss You』 （平成11年/1999年6月・文藝春秋刊） （←左書影は平成14年/2002年5月・文藝春秋／文春文庫 ） 　ふいに、こんな推薦文を見せられたとき、どんな対応をとるかによって、あなたの直木賞ハマり度が測れます。 「しかし何よりも読ませるのは、ここまで書くかという業界の内幕話だろう。具体的に読んでのお楽しみだが、この暴露度は筒井康隆「大いなる助走」以来と言ってもいい。...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;strong&gt;&lt;img border=&quot;0&quot; src=&quot;http://naokiaward.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/10/25/091025missyou.jpg&quot; title=&quot;091025missyou&quot; alt=&quot;091025missyou&quot; style=&quot;margin: 0px 5px 5px 0px; float: left;&quot; /&gt;
柴田よしき&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4163185208?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4163185208&quot;&gt;『Miss You』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4163185208&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;（平成11年/1999年6月・文藝春秋刊）&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 0.8em;&quot;&gt;（←左書影は平成14年/2002年5月・&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/416720309X?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=416720309X&quot;&gt;文藝春秋／文春文庫&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=416720309X&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ふいに、こんな推薦文を見せられたとき、どんな対応をとるかによって、あなたの直木賞ハマり度が測れます。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「しかし何よりも読ませるのは、ここまで書くかという業界の内幕話だろう。具体的に読んでのお楽しみだが、この暴露度は&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun58TY.htm&quot;&gt;筒井康隆&lt;/a&gt;「大いなる助走」以来と言ってもいい。出版界に興味のある読者には、たまらない一冊だと思う。」&lt;/span&gt;（『北海道新聞』平成11年/1999年8月22日「書評　Miss You　出版界の内幕徹底暴露」茶木則雄・著　より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　直木賞オタクとしての正解は……ほお、評者は茶木則雄さんか、しかもその前段では&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「本書ほど徹底して“業界”を舞台にした作品は、ことミステリーに限って言えば、おそらくないのではあるまいか。」&lt;/span&gt;などと、あまりにも言いすぎ・暴論の勢いだもんな、こりゃとても信用できんな、としてスルーする。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　っていうのは冗談ですけど、もうちょっと信頼感のありそうな（こらこら）長谷部文親さんは、こう語ります。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「もちろん本書はミステリーの形式を踏んだフィクションには違いないが、あえて作家や文芸編集者の生態を掘り下げたところにドラマを構築した点で、含蓄に富んだ新機軸と呼べるのではないかと思う。」&lt;/span&gt;（『THE 21』178号［平成11年/1999年9月］「ミステリーから現代を読む」長谷部文親・著　より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　ああ、柴田よしきさん。何にでも手を出す彼女の活躍ぶりは、ワタクシみたいな偏向読者にとっては、ただ指をくわえて遠くから眺めていることしかできません。なので、ワタクシは厚顔無恥を承知のうえで邪道を歩かせてもらいまして、村上緑子もリアルゼロも炎都もすっとばして、いきなり『Miss You』に手を出してしまうわけです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　『Miss You』では、現実の出版界を想像させながらも、スレスレのところでモデルを特定させない配慮が、いたるところにまぶしてあります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　主人公の江口有美の勤める会社が「文潮社」、担当雑誌が「小説フロンティア」。ここ一流出版社だそうで、東大卒の学生が就職先に選ぶ部類の会社だそうで、他にファッション誌とかも出しているらしくて、「小説フロンティア」は公募の新人賞も主催していて、そこには五人の選考委員がいて……。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　競合の出版社は、「講論社」と「丸川書房」。この作品にはいろいろと文学賞（っていうかミステリー賞）が出てくるんですけど、意識的にか無意識的にか、まず最初に出てくるのは、この競合二社のものです。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「講論社のコナン・ドイル賞は推理小説の新人賞としてはいちばん知名度があり、受賞者は新人のエリートコースに乗ることが出来る。」&lt;/span&gt;（『Miss You』「第一章　砂の城」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　はい、ここで講談社の江戸川乱歩賞以外の、現実の賞をパッと頭に思い浮かべた人がいたら、挙手をお願いします。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「丸川書房のミステリ新人賞でデビューしていきなりベストセラー作家になってしまった新田恒星、」&lt;/span&gt;（同「第一章」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　デビュー作『霧の迷路』は公称50万部突破、だそうじゃないですか。すごいですね。それにしても、この賞もまたミステリー対象なんだそうで、ははあ、平成の世の出版界を映しているような気がしたり、しなかったり。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それで、直木賞っぽい文学賞がもうちょっと後にエピソードとして出てきます。「いや、それって別に直木賞をモデルにしたわけじゃないから」と、言い逃れできてしまいそうな記述が、ちょこちょこと差し挟まっているのが特徴です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　このエピソードは、江口有美の先輩編集者、竹田沙恵にからめた話です。竹田沙恵と、作家・石田瑛との関係が語られています。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「竹田ってのは、ドライでバリバリのようでいて、妙なところで女っぽいというか、女性特有の面倒見のよさを発揮することもあったな。去年、立木賞とった石川瑛、あの人は丸川書房の新人賞で出たんだが、受賞作も大して当たらなくてその後もパッとしないまま三年沈んでたんだ。」&lt;/span&gt;（同作「第二章　予兆」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　なんだよ、石川瑛さんもやっぱりミステリー系かよ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　竹田沙恵はその石川瑛の作品に惚れ込んで、女房のように尽くしてあげて、「自分が売ってみせる」との宣言どおり、石川瑛さん立木賞受賞。と、実はそこでは竹田沙恵の周到な（あるいは、必死の）戦略も、功を奏したらしいんです。こんなふうに。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「「&lt;/span&gt;（引用者前略）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;竹田の宣言通り、石川さんはいきなり立木賞をとって大復活、うちは受賞第一作を連載でもらえてほくほくもんだ。だが、あの立木賞をとったやつがなぜうちから出ないで他から出たのか」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「竹田さん、他社に売り込んだんですね」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「そういうことだな。そこに竹田の計算があったんだと思う。立木賞はあの前年と前々年、二年続きでうちの作品がとっていた。いくら何でも三年続けば裏があるんじゃないかと勘ぐられる。主催しているミステリ協会としても、痛くもない腹を探られるのはできたら避けたいと思うだろうさ。よほどぐうの音も出ない大傑作でもない限り、あの年、うちの作品が受賞する可能性は薄かった。竹田は会社を裏切ってでも、石川瑛を復活させようとしたんだ。」&lt;/span&gt;（同「第二章」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;





&lt;p&gt;　おっと。立木賞の主催者は、ミステリ協会なんですか。ミステリーミステリー、って柴田さん、それで押しますね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　さらに本作では、「立木賞をとること」は、「人気作家になること」とほぼ同義って感じで書いてあります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　平成10年/1998年前後のエンターテインメント文芸界は、もうほとんどミステリー（って名を付けたもの）で埋め尽くされていた、っていう世界観は、まあある意味正しいかもしれません。でも、この賞の主催者を、あえて出版社ではなく「ミステリ協会」なる団体に設定しておきながら、なぜに「ミステリ大賞」とか、そういう毒にも薬にもならない名称にしなかったんでしょう。「立木賞」だなんて。まるで、現実のなにかを連想させるような賞名にしたりして。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　そうなんだ、やっぱり直木賞っていうのは、とくべつにこの賞に焦点を当てて描こうとしないかぎり、真正面から戯画化するのが難しいやつなんだなあ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　この賞の対象とする分野が、どうにも、とらえどころがないからなのかな。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ミステリー専門賞でもないし、時代小説専門賞でもないし。これから作家になりたいって人が目指す賞でもないし。……かといって、エンターテインメント小説全般を扱っている、ってわけでもないし。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img border=&quot;0&quot; alt=&quot;091025&quot; title=&quot;091025&quot; src=&quot;http://naokiaward.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/10/25/091025.jpg&quot; style=&quot;margin: 0px 5px 5px 0px; float: left;&quot; /&gt;
　たとえば芥川賞なら、何の前提も必要とせずに、さらっと小道具として使えちゃうんですよね。柴田よしきさんの&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4334925138?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4334925138&quot;&gt;『銀の砂』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4334925138&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;（平成18年/2006年8月・光文社刊）にも出てくるように。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「自分より、たった二歳年上なだけの女子高校生が、文芸雑誌の文学新人賞をとり、Ａ賞の候補になって「時の人」としてもてはやされていたのは、珠美が中学三年生の時だった。珠美は羨望と激しい嫉妬でその若い作家を雑誌で見つめ、原稿用紙を買込んで来た。そして夢中になって升目を埋めた。」&lt;/span&gt;（『銀の砂』「白い部屋」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　若者が、「いいなあ。自分もああいうふうに世間から注目されたいなあ」と感じる対象は、なんつっても、Ａ賞だと。芥川賞だと。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　でも、直木賞のほうを、だらだら背景を説明しないで小道具化しようとすると、うーん、やっぱりこういうかたち・こういう名前にせざるを得ません。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「藤子のところで働き始めて、もう足掛け八年が過ぎた。&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;書いても書いてもボツにされていた長編が、ようやく上梓できた翌年、その作品が日本エンタテインメント大賞の候補作になり、藤子が選考委員のひとりだったことから、藤子の秘書を続けるのはまずいだろう、という話になった。&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;結果として、賞は逃した。&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;その後、大きな賞の候補になったことで、仕事の依頼が一気に押し寄せた。それまで原稿を持ち込もうとしても電話で断られていたような編集部からも、一度お会いしたい、という連絡が入った。」&lt;/span&gt;（同作「紫苑の栞」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　新人の駆け出し作家が、大衆向きの単行本を出して、候補に挙がるのは、エンターテインメント全般を対象にする大きな賞……だから「日本エンタテインメント大賞」。わかりやすい。読み手にもスッと伝わる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　Ａ賞に並び立つ文学賞が、ほんとに、エンターテインメント全般を対象にする大きな賞、だったら、もっとわかりやすかったんですけどね。残念ながら直木賞は、そうと言い切れる性質のものじゃないので、ささっと「Ｎ賞」とは書けないんだろうなあ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　もう一度、『Miss You』のことに戻ります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そもそも、柴田さんの公式発表（？）によりますと、『Miss You』が業界内幕モノになったのは後付けだそうで、本来のテーマは全然別のところにあったらしいです。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「今の時代、人々は自分を正当化することにやっきになっているように見える。自分は正しい、自分は誰も傷付けていない、誰の迷惑にもなっていないと思い込むことで、自身のものの考え方の奥底に潜む澱んだものを見逃し、気付かずにいる人がとても多いのではないか。そうした「無神経さ」が、悪意を呼び寄せてしまうことの怖さ、というテーマで作品を組み立てるつもりでいたわけです。」&lt;/span&gt;（『新刊展望』平成11年/1999年9月号「前書後書　総ての、明日を信じる女性に捧げます。」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　で、「そのテーマにぴったりな主人公像は、そうだ、女性編集者だ」と気づいてからはドドドッと原稿がはかどり、「こんなに短時間に、こんなに濃密な原稿を書き上げた経験は初めてのこと」というぐらいに、突っ走ったんだそうでして。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「結果、本来のテーマはその骨格を残してはいるものの、作品の印象としては女性編集者と彼女を取りまく娯楽文芸業界の現実がとてもライブに表現出来たようで、業界モノ小説としての楽しさも読者に味わって貰えるのではないかな、と自負しています。」&lt;/span&gt;（同「前書後書」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　テーマに固執せずに、ともかく書き切ってみたら、読者の覗き見趣味の心をくすぐる内幕モノが出来上がっていた。なんていう経緯からして、もう柴田さんったら、読者サービスする術に長けた、量産型エンタメ作家ならでは、ですね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　『Miss You』に先行する文壇内幕モノ（？）、&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4047881236?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4047881236&quot;&gt;『柚木野山荘の惨劇』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4047881236&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;（平成10年/1998年4月・角川書店／カドカワ・エンタテインメント）あたりの評判のよさを感じて、おそらく意識的に業界のことを描いたんでしょうか。そのじつ、業界モノにありがちな、その慣習だとか凋落ぶりだとかを嘲笑・糾弾するような筆ではなく、あくまでも、働く女性を応援しようっていう基盤を守り切っているんだもんなあ。ワタクシは柴田作品のなにほども知りませんけど、つい、二階堂黎人さんの見解に賛同したくなります。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「柴田よしきという作家の本質に言及するとしたら、あらゆる面で戦略的であるということを指摘できよう。」&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「様々な意識的要素に、彼女の作家としての聡明さが滲み出ている。」&lt;/span&gt;（平成12年/2000年10月・&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4043428057?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4043428057&quot;&gt;角川書店／角川文庫『ゆきの山荘の惨劇―猫探偵正太郎登場』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4043428057&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;所収「解説　柴田よしきのさらなる挑戦」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　そうだよなあ。「人気作家になること」に直結する、既存作家のために設けられた文学賞「立木賞」を、ずばり、ミステリーの賞にしちゃうとこなんぞ。聡明です。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>小説に描かれた直木賞</dc:subject>

<dc:creator>P.L.B.</dc:creator>
<dc:date>2009-10-25T21:07:54+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-9c8b.html">
<title>直木賞とは……受賞後に書きつづけることができないと、自嘲の対象になる。――岡田誠三『定年後』</title>
<link>http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-9c8b.html</link>
<description>岡田誠三『定年後』 （昭和50年/1975年3月・中央公論社刊） 　直木賞がまだ、佐佐木茂索＆池島信平イズムにどっぷりと塗りつぶされる前のころ……。香西昇さんたちが、なけなしの奮闘ぶりを発揮するその礎にさせられる前のころ……。「原始直木賞」の終焉は、太平洋戦争が終わるころに訪れました。 　戦中最後の受賞者、第19回（昭和19年/1944年・上半期）の岡田誠三さんです。 　だいたい世の中には、「直木...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;strong&gt;&lt;img border=&quot;0&quot; src=&quot;http://naokiaward.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/10/18/091018.jpg&quot; title=&quot;091018&quot; alt=&quot;091018&quot; style=&quot;margin: 0px 5px 5px 0px; float: left;&quot; /&gt;
岡田誠三&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000J96RW2?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=B000J96RW2&quot;&gt;『定年後』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=B000J96RW2&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;（昭和50年/1975年3月・中央公論社刊）&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　直木賞がまだ、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/sengun/sengun1SM.htm&quot;&gt;佐佐木茂索&lt;/a&gt;＆池島信平イズムにどっぷりと塗りつぶされる前のころ……。香西昇さんたちが、なけなしの奮闘ぶりを発揮するその礎にさせられる前のころ……。「原始直木賞」の終焉は、太平洋戦争が終わるころに訪れました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　戦中最後の受賞者、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/ichiran/ichiran1-20.htm#list019&quot;&gt;第19回&lt;/a&gt;（昭和19年/1944年・上半期）の&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun19OS.htm&quot;&gt;岡田誠三&lt;/a&gt;さんです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　だいたい世の中には、「直木賞作家なんて、受賞後、あまり活躍できない人も結構いる」とかなんとか、やっかみ混じりの妙なイメージをもつ人がいるらしいです。それ、正しい見立てかもしれないけど、別の視点でみたら、間違いかもしれません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　とくに、戦時下に受賞した作家たちと言ったら、あなた。その後のたくましい躍進ぶりは、なかなかエラいもんです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　早くに亡くなった&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun16KT.htm&quot;&gt;神崎武雄&lt;/a&gt;さんは、まあ措いときましょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「没落受賞作家」の代名詞、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun11KS.htm&quot;&gt;河内仙介&lt;/a&gt;さんにしたって、戦争終結前はけっこう、ぶいぶい活躍してたんじゃないですか？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun11TC.htm&quot;&gt;堤千代&lt;/a&gt;さんは、家庭誌・女性誌をメインに、一時期は超流行作家。戦後に直木賞が復活するときには、選考委員に予定されているメンバーの一人として名が挙がっていたほどです。&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun13KS.htm&quot;&gt;木村荘十&lt;/a&gt;さんは、戦後の出版復興期には、各誌からひっぱりダコ。&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun18MS.htm&quot;&gt;森荘已池&lt;/a&gt;さんは、宮沢賢治のことならまずこの人に聞け、と言われるほどの賢治研究の大家にのぼりつめちゃったし。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun16TN.htm&quot;&gt;田岡典夫&lt;/a&gt;さんは、渋いながらも良心的な歴史小説で長らくご活躍。&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun12MG.htm&quot;&gt;村上元三&lt;/a&gt;さんの、佐々木小次郎旋風と、それからの重鎮化にいたる道のりは、「直木賞作家」としてバツグンの優等生です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　で、岡田誠三さん。いやあ、さすがにこの人は、戦争モノ中の戦争モノで唐突にポロッと受賞できただけの人だからな、早々と表舞台から名前が消えちゃったよな。……と戦後、30年間も、言われつづけました。おそらく。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　昭和50年/1975年に、『定年後』なる半自伝的な、爆弾小説が投下されるまでは。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　朝日新聞記者の岡田さん、受賞のころやその後のことを、あくまでサラッと、『定年後』のなかで触れてくれています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　岡田さん流の、なかなかコネくられヒネくられた文章ですので、注意深く読んでみましょう。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「受賞してから私を見る周囲の目が微妙に変ってきたことを私は皮膚の上に感じる。廊下ですれ違うたびに故上野精一社長が「岡田はん、書いてるか」と、その丸く禿げた頭と同じソフトな大阪弁でいう。敗戦前後へかけての内面の振幅がまぎれるにつれ、それ以後の中年サラリーマンの惰性的ぬるま湯へまたしても私は徐々に首まで漬っていった。受賞の記憶はやがて虚称と化して空転しはじめる。」&lt;/span&gt;（『定年後』「１　定年葬」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　虚称。……ははあ。そうなんですか。コイツは、職業作家じゃない人間にとっての、正確な直木賞観でしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　さらに、つづいてもう一段落、その「虚称」が具体的にどう空転していったかを述懐しています。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「戦後社会が深まる中でおおかたの人は私の作品の意味を問わずに受賞のことにふれる。虚栄心のくすぐられる限界効用が逓減して自身にむなしいコッケイさを感じながら、「イヤ、あれはもう、時効にかかりましたよ」と受け流す文句を編み出しながら私は、「直木賞をもらった男」という自嘲的短編の幻想の主人公の姿を自分の中に見ていた。」&lt;/span&gt;（同『定年後』より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　「自嘲」と来ました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　受賞当時のことをひるがえって見ますと、昭和19年/1944年には、新聞の従軍記者が戦地の状況を報告する文章なんか、山ほど発表されていて、『新青年』にだって、そんな散文はいろいろ出ていたはずです。そのなかで、作家として何の実績もない岡田誠三なる記者の、「讀切長篇　報道小説」と角書きを付した小説とも現地報告文ともとれる文章に、よくぞまあ、直木賞は賞を授けたものだな。……と思うわけですけど、岡田さんが単なる従軍記者、ジャーナリストであったなら、もしかして、こんな虚称になんか無関心を貫けたかもしれません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ところがです。岡田さんはどうやら、からだの奥底に「作家」の魂を持っていました。戦争だあ国策だあってことで鑑賞眼が曇りがちな戦時下に、そういう人の書いたものを、ビシッと探して出してきて、文学の賞を与えてしまった直木賞たるや。むむ。なかなかやるな。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　さっき、「作家」の魂、と言いましたけど。「作家志望」と言い換えちゃってもいいかもしれません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　岡田誠三さんが、記者として従軍する前、何か作家修業めいたことをしていたのか、作家を志していたのかは、ワタクシは知りません。なにせ子供のころから、身近に強烈なインパクトをもつ父親がいて、もちろん本に対する馴染みはあったでしょうが、自分で小説を書いてみたいと思ったことが、あったかどうだか。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「私のおやじは奇異な風采が人目を引いた。肩までさがる多毛質な長髪の上に、家の中でも釜底型のこげ茶色のソフト帽子を載せ、白羽二重の反物を長い首にぐるぐると巻きつけている。&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　道ですれちがって、人がふり向かないような、もっと普通で平凡な父親をなぜ私だけが持たなかったのかと、子供ごころに悲しんだ思いが残っている。」&lt;/span&gt;（昭和56年/1981年11月・中央公論社刊『字余り人生』所収「私のおやじ・おやじになった私」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;&lt;img border=&quot;0&quot; src=&quot;http://naokiaward.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/10/18/091018_2.jpg&quot; title=&quot;091018_2&quot; alt=&quot;091018_2&quot; style=&quot;margin: 0px 5px 5px 0px; float: left;&quot; /&gt;
　でも、『定年後』の続編みたいな小説&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4120017141?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4120017141&quot;&gt;『定年後以後』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4120017141&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;（昭和63年/1988年8月・中央公論社刊）のなかには、こんな記述があります。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「退職後、若いときからの念願どおり小説を書こうとして数年間、あがいたすえ、『定年とその後に来るもの』と題する私の単行本がやっとの思いで世に出た。」&lt;/span&gt;（『定年後以後』「１　古猛妻、腰をぬかす」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　若いときからの念願、だったらしいです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そういえば、小説じゃないですけど、岡田さんには戦前にも著作があります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　単著『ニューギニヤ血戦記』（昭和18年/1943年9月・朝日新聞社刊）は、全16章。題名が示すとおり、『新青年』の「ニューギニア山岳戦」と同じく、舞台はニューギニヤです。しかも第3章の名称が「山岳戦」。両者、扱っている内容はカブっているところもあります。でもこれ、『ニューギニヤ血戦記』は特派員が伝える態をとっていて、現地住民との交流とかそんな記述もあります。小説と見るには無理がありますよね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　さらに、これについては、大阪市史料調査会調査員の村上大輔さんによる、こんな調査報告があったりします。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「岡田誠三は『朝日新聞』に「ニユーギニヤ血戦記」と題した連載を開始した。連載は、&lt;/span&gt;（引用者注：昭和18年/1943年）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;２月26日付夕刊から始まり、４月23日付夕刊から「ソロモン血戦記」と連載名を変えて、５月２日付夕刊まで48回続いた。&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　岡田誠三は「ニユーギニヤ血戦記」の連載が終了した後、『ニユーギニヤ山岳戦』の執筆に取り掛かった。」&lt;/span&gt;（平成13年/2001年3月『大阪国際平和研究所紀要　戦争と平和&#39;01　10号』所収「ポートモレスビー攻略戦の戦況報道―従軍記者・直木賞作家としての岡田誠三を通して」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;



&lt;p&gt;　もうひとつ、共著『わが血戦記』（昭和19年/1944年10月・朝日新聞社刊）なんて本もあります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　これは朝日新聞の四人の特派員による「手記」です。つまり、天藤明「珊瑚海海戦」、宍倉恒孝「印度テンスキア爆撃行」、長谷川直美「軍神加藤と或る少年飛行兵の生涯」、それから岡田誠三「ニューギニヤ山岳戦」。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　おや、『新青年』の直木賞受賞作と同じ題名だぞ、……って思って読んでみたんですが、こちらも、描く内容は同じでも、受賞作とは章立てや文章量が異なっています。まあ、小説とは別ものととらえるべきでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　戦後になりまして、岡田さんは、ほんの一時期だけ「作家」としても活動しました。このあたりから、なるほど岡田さんには確かに作家を志す気持ちがあったんだな、とうかがえる程度ですけど。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ひとつは、直木賞作品「ニューギニア山岳戦」からの続きで、『文藝春秋　別冊1号』（昭和21年/1946年2月　今の『別冊文藝春秋』とは別）に「失はれた部隊」を発表したこと。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　前出の村上大輔さんの調査によれば、その後、加筆して昭和21年/1946年11月に人民会議社から『失はれた部隊』を出版しているんだとか。ワタクシは未見・未読です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　二つ目には、ＳＦ小説を書いています。昭和22年/1947年8月に誠光社から出版された『火星の夢』。表紙には堂々と「科学諷刺小説」と印刷されています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　この本の「作者略歴」には、ほかの作家活動のこともチョロッと書いてありますので、引用しておきますね。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「終戦後『失はれた部隊』『日本降伏す』などを文藝春秋其他に発表&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;昭和二十一年十一月より翌二十二年三月にわたり長編小説『死と倦怠』を國際新聞紙上に連載す」&lt;/span&gt;（『火星の夢』「作者略歴」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;



&lt;p&gt;　三つ目。同人誌『文学雑誌』に参加していたことだって、見逃せませんぞ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そう、なにわの硬骨漢・&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun23YE.htm&quot;&gt;吉井栄治&lt;/a&gt;を生んだ同人誌でおなじみ。……っていうのは言い過ぎですか。ええと、藤沢桓夫のもとに集まった関西の文学熱中者たちの同人誌でおなじみ、の『文学雑誌』です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　第52号（昭和49年/1974年9月）の「総目次」によれば、第17号（昭和25年/1950年10月）に小説「血の色に燃えるもの」を発表。当時の同人名簿にも、きっちり、岡田誠三さんの名が印刷されています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そうか、そういう縁で、岡田さんが『文藝讀物』昭和25年/1950年6月号に書いた「日映演労組文楽座分会」の筆者紹介を、藤沢桓夫さんが書いているのか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そこでは、岡田さんの作品として、「ニューギニア山岳戦」「失われた部隊」「死と倦怠」「火星の夢」のほかに、「枕」七十枚、なんてのも紹介されています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それより、藤沢さんが「作家」岡田誠三に対して、どんな推薦の辞を述べているのかを、見てみましょう。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「前作&lt;/span&gt;（引用者注：「ニューギニア山岳戦」）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;は当時大本営が太平洋戦線での日本軍の最初の退却であったニューギニアの部隊の運命を日本陸軍戦史から抹殺しようとする意図に出たのに抗して作者が制約されて筆をとったために非常にゆがめられた形にはなったが、作品の中に示された描写力など作家として伸びる素地を認められて授賞されたものである。&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;精力的な若い作家であるだけに、そのジャーナリストとしての社会的な視野の広さが、今後の精進に期待させるところ大である。」&lt;/span&gt;（『文藝讀物』昭和25年/1950年6月号より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;



&lt;p&gt;　当時、岡田さんはまだ30代半ば。「直木賞作家」の肩書きが虚称とはいえども、その前後にいくつかの小説を書き、また同人誌に参加したりなどして、多少なりとも小説への情熱を抱いていたことだろうと推測します。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　しかし、その後、岡田さんは「記者」生活のほうに歩いていきます。「サラリーマンの惰性的ぬるま湯」っていうのは、さっき引用させてもらった、岡田さんご自身の表現です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ほんとは、うまくいけば終戦直後のころから、小説家として生活していきたかったのかな。でも、なんだかんだでうまく行かなかったのかな。それゆえの「直木賞作家と呼ばれること」＝「自嘲」なのかな。……と想像してみたりして。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　いやまあ、それにしてもですよ。受賞から30年、「消えた直木賞作家」の一人に数えられていたところから、一からのスタートで、定年後に、もう一花も二花も咲かせたんですからねえ。岡田誠三さん、やっぱり並の「作家」じゃなかったんでしょうなあ。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>小説に描かれた直木賞</dc:subject>

<dc:creator>P.L.B.</dc:creator>
<dc:date>2009-10-18T22:38:24+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-055f.html">
<title>直木賞とは……人間の自尊心を侮辱し、愚弄する非人間的なシステム。――小林信彦『悪魔の下回り』</title>
<link>http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-055f.html</link>
<description>小林信彦『悪魔の下回り』 （昭和56年/1981年2月・文藝春秋刊） （←左書影は昭和59年/1984年4月・新潮社／新潮文庫 ） 　選考委員がぶっ殺される、二大“直木賞”本のうちのひとつを、そりゃあ素通りするわけにはいかないだろうな。拙ブログで、『大いなる助走』は何度も登場しているのに、本書にまで筆が及んでいなかったのは、ただワタクシが筒井康隆さんの本ほど、小林信彦さんのものを読んでこなかった個...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;strong&gt;&lt;img border=&quot;0&quot; alt=&quot;091011&quot; title=&quot;091011&quot; src=&quot;http://naokiaward.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/10/11/091011.jpg&quot; style=&quot;margin: 0px 5px 5px 0px; float: left;&quot; /&gt;
小林信彦&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4163063307?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4163063307&quot;&gt;『悪魔の下回り』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4163063307&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;（昭和56年/1981年2月・文藝春秋刊）&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 0.8em;&quot;&gt;（←左書影は昭和59年/1984年4月・&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4101158088?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4101158088&quot;&gt;新潮社／新潮文庫&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4101158088&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　選考委員がぶっ殺される、二大“直木賞”本のうちのひとつを、そりゃあ素通りするわけにはいかないだろうな。拙ブログで、『大いなる助走』は何度も登場しているのに、本書にまで筆が及んでいなかったのは、ただワタクシが&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun58TY.htm&quot;&gt;筒井康隆&lt;/a&gt;さんの本ほど、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun52KN.htm&quot;&gt;小林信彦&lt;/a&gt;さんのものを読んでこなかった個人的事情、以外には何もないわけでして。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　『悪魔の下回り』を語った文章は、おそらくたくさんあるはずです。たとえば藤脇邦夫さんは、&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「この小説を読むと、誰しも筒井康隆の『大いなる助走』を連想することだろう。この二つの作品を並列して論じた評論もあったが、&lt;/span&gt;（引用者後略）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;」&lt;/span&gt;（昭和61年/1986年12月・弓立社刊&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4896671244?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4896671244&quot;&gt;『定本小林信彦研究「仮面の道化師」』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4896671244&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;「第三章　道化師の回帰」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　と、さらりと述べています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そうだよな、筒井作品では選考委員を殺すのは同人誌作家で、小林作品では、雑誌編集者だもんな。お互いの発表時期や発表媒体をながめてみても、前者は『別冊文藝春秋』第141号［昭和52年/1977年9月］～第146号［昭和53年/1978年12月］、後者は『週刊文春』昭和55年/1980年1月3日号～10月23日号だもの、比較したくなる心をよけい熱くさせてくれるしな。両者の作品にくわしい人たちが、すでに、いろいろと評してくれているんだろうなあ。ぜひあなたも、そんな評論を探して読んでみてください。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img border=&quot;0&quot; alt=&quot;091011_2&quot; title=&quot;091011_2&quot; src=&quot;http://naokiaward.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/10/11/091011_2.jpg&quot; style=&quot;margin: 0px 5px 5px 0px; float: left;&quot; /&gt;
　で、身近なところで、前出の藤脇邦夫さんの評論本と、それから文壇揶揄小説の解説者としておなじみ（？）&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/akutagawa/sengun/sengun55OS.htm&quot;&gt;大岡昇平&lt;/a&gt;さんの『悪魔の下回り』文庫解説を読んでみまして、やや違和感をおぼえた人間が、ここにひとりいる、ってことをまず宣言しておきたいと思います。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「大体、この出版社&lt;/span&gt;（引用者注：『悪魔の下回り』を連載した『週刊文春』の発行元、文藝春秋）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;が主催する芥介賞&lt;/span&gt;（原文ママ）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;の明らかなモジリである（いや直木賞のニュアンスもある）青田刈賞（このネーミングを考えついた著者はエライ！）がこの小説では徹底的に糾弾（いや、もっといじわるいコキおろしといった方がいい）されているのだから。何か&lt;u&gt;故意に&lt;/u&gt;&lt;/span&gt;（下線部は原文傍点）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;連載中止になればいいような意図があって、書かれているようにも思える。」&lt;/span&gt;（藤脇邦夫―前出『定本小林信彦研究「仮面の道化師」』より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「「青田刈賞」は芥川賞と直木賞をいっしょにしたようなものだが、私の芥川賞選考の経験では「根回し」はなかった。縁故や交友関係から有利になる程度である。」&lt;/span&gt;（大岡昇平―昭和59年/1984年4月・新潮社／新潮文庫『悪魔の下回り』「解説」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　ほお、本作の後半部のものがたりを支配する文学賞「青田刈賞」は、芥川賞と直木賞の混合とおっしゃる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そりゃあね、文壇、文学世界、の領域で、出版社が主催する薄汚れた賞（……おっと、失礼。）といえば、その世界にいる人も、あるいは普通の読者も、まずは「芥川賞」を思い浮かべるんでしょう。ネーミングも、あおたがり &amp;lt;-&amp;gt; あくたがわ、ってことですから、「青田刈賞」を構成する要素に「芥川賞」は外せない、って感触もわかります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　でも、この「青田刈賞」って、意外に、現実の直木賞のほうと瓜二つじゃん。逆に芥川賞っぽい要素なんて、薄くないかい？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　悪魔（＝挫折した文学中年・笹井に化けている）が、よろず評論家の首沢に、「どの賞がもっともショウ的要素が大きいでしょうか」と尋ねたところ。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「「それは、もう……」と首沢はにやにやして、「同朋社の青田刈賞だな。この賞は、純文学とか大衆小説とか区分けをしないので、数年まえまでは軽く見られていた。しかし、今の若者は、やれ文学だ、非文学だ、といった発想がない。〈面白ければいい〉〈面白い小説を読ませろ〉――これ一本だ。&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;この賞は、昭和十年代の代表作家、故青田刈甚輔の〈これからの純文学は、大衆小説の要素も持たなければならない〉という、当時としては破天荒な説にもとづいて設定されたものだ。あの説が、ようやく実を結んだというべきだろう」&lt;/span&gt;（『悪魔の下回り』「第八章　賞の周辺」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　常識としては、直木賞は「大衆文学の賞」ってことになっていますけど、実際は（少なくとも1980年代ごろまでは）全然そんなことなかった、っていうのは、ご存じのとおりです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　かつては「直木賞＝第二芥川賞」と揶揄されたとかされないとか、要は大衆文学の仮面をかぶって、机の下では純文学に手を差し出していて、さらにはノンフィクションからもエッセイ風散文からも自分の賞に取り込んでやろうと頑張っていて、ああ、まさしく「純文学とか大衆小説とか区分けをしない」姿。なんだ、青田刈賞って直木賞そのまんまじゃないですか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　だいたい、『悪魔の下回り』では芥川賞のことは「芥川賞」として別に触れられていますしね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　直木賞マニアの目から見れば、どう考えも本作は、直木賞っぽい賞を主たる攻撃目標として、そのまわりの事象を黒グロしい笑いで蹴っ飛ばしてやろう、としているとしか思えません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　で、物語のなかでは選考会が近づくにつれて、もっともっと直木賞度は高まっていきます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　同朋社の編集者、木田が、選考委員の風戸高徳のところに、候補作品を持参する場面。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「「今回の候補作品は、いつもより少ないのですが」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　木田は模造皮革のバッグから、単行本三冊と数部の雑誌をとり出して、テーブルに置いた。」&lt;/span&gt;（同『悪魔の下回り』「第九章　根回し　２」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　候補作に、単行本と雑誌掲載の小説をとり混ぜて選ぶこと。これ、当時の直木賞（だけ）が持っていたお約束ゴトです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それから、何といっても極めつけは、これでしょう。ＭＨＫです。天下の。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「不意に電話が鳴って、びくりとした。&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;――梨田さんですか？&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　電話の向うの声は妙に明るい。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;――は、そうですが……。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;――やれやれ、やっと、つかまった。夕方から、ずっと、連絡をとっていたのですがね。こちらＭＨＫテレビです。念のために申しあげておきますが、天下の公共放送です。」&lt;/span&gt;（同『悪魔の下回り』「第九章　根回し　２」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　この底抜けに明るいＭＨＫの人間が、青田刈賞候補の梨田正義にいったい何の用か、といえば。本作が発表された昭和55年/1980年当時の読者なら（いや、今でも）、すぐさまピンとくるわけです。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「――じつは、このたび、特別番組として、〈青田刈賞の夜〉というのを作ることになりました。&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　銀座の〈珍気楽〉って料亭で、作品の審査がすすむわけですけど、四人の選考委員が、家を出るところ、選考会にくる途中なんかを録画で挿入します。画面の四つ割りとか、ああいう手は、抜け目なく使います。ほかにも仕掛けをいろいろ考えているのですが、多元中継となれば、どうしても、候補者の表情がなければならない。そこで、梨田さんにご出演をお願いするわけでして……。」&lt;/span&gt;（同章より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　天下の公共放送ＮＨＫが、自ら応募したわけでもないし取りたいと公言したわけでもない候補作家のところにずかずかとカメラを持ち込み、受賞決定までの彼らの様子を無神経に追ってしまった番組「ルポルタージュにっぽん　直木賞の決まる日」を放送したのは、本作連載が始まってまもなくの、昭和55年/1980年1月26日でした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　本作では、青田刈賞に落選した待鳥海彦が、選考会場に日本刀を手にのりこんでいって、テレビカメラの前でこんなことを語っています。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「賞の仕掛人たちは、候補作家の名をあらかじめ発表して、競馬の予想じみたムードを煽ります。この瞬間から、地道に勉強をしてきた作家は一介のタレントとして扱われるようになります。それも四流の芸人以下の扱いです。しかし、関係者も、マスコミも、この&lt;u&gt;システムそのもの&lt;/u&gt;&lt;/span&gt;（下線部は原文傍点）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;を疑ったことは、一度も、ないのです。どのように無名な作家にも自尊心はあります。が、いまや、この〈システム〉は、タレントとしての無名作家たちを興味本位で眺め、彼らの動揺や一喜一憂をたのしみ、さらにはその姿をテレビ中継までして、ショウアップしようとするまでにエスカレートしました。&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;ここまで人間の自尊心を侮辱し、愚弄する非人間的な〈システム〉に、なぜ、だれひとりとして反対しないのでしょうか……」&lt;/span&gt;（同『悪魔の下回り』「第十章　地獄のカーニバル」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　当時のＮＨＫが、なぜ「芥川賞の決まる日」ではなくて、「直木賞の決まる日」を番組にしようとしたかといえば、たぶんその回（&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/senpyo/senpyo82.htm&quot;&gt;第82回&lt;/a&gt;　昭和54年/1979年・下半期）の候補者に、すでにマスコミ界隈で活躍中の人が数人ふくまれていたからでしょうが、なるほど、直木賞はその体質として、マスコミに弄ばれやすい性質を持っているんだな。今じゃ芥川賞のほうも、四流芸人以下まで引きずりおろされましたけど。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　……などと、本作を現実の直木賞とかとオーバーラップさせて、いかにもその風刺性を取り上げようだなんて、無理なわざです。なにしろ書き手が小林信彦さんですからね。フレドリック・ブラウンの『火星人ゴーホーム』を、二十世紀小説のベスト12に入れたいと激賞する信彦さんですからね。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「ことわるまでもないが、ここ&lt;/span&gt;（引用者注：『火星人ゴーホーム』）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;には〈諷刺〉なんてものはない。人類の愚行をたのしんでいる悪意の作者がいるだけである。一九五五年の世界に対する〈諷刺〉などないからこそ、この寓話は長い生命を得たのである。」&lt;/span&gt;（平成1年/1989年3月・新潮社刊&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4103318147?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4103318147&quot;&gt;『小説世界のロビンソン』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4103318147&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;「第二十六章　早過ぎた傑作「火星人ゴーホーム」」より　―引用は平成4年/1992年8月・&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4101158223?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4101158223&quot;&gt;新潮社／新潮文庫&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4101158223&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;版による）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;&lt;img border=&quot;0&quot; src=&quot;http://naokiaward.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/10/11/091011_3.jpg&quot; title=&quot;091011_3&quot; alt=&quot;091011_3&quot; style=&quot;margin: 0px 5px 5px 0px; float: left;&quot; /&gt;
　そうそう、信彦さんの『小説世界のロビンソン』です。これを読んだことで、よけいにワタクシは、『悪魔の下回り』が徹底的にコケにした文学賞まわりは、芥川賞じゃないよなあ、直木賞のほうだよなあ、と思うにいたったのでした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　たとえば、ことさらこんな箇所を引用するのも気が引けるんですが、しごく普通の発言。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「読者としてのぼくにとって、〈純〉文学かエンタテインメントかという区別は、ほとんど、どうでもいいことである。その差は、古典落語とアメリカの喜劇映画ぐらいのものでしかない。たとえば、古今亭志ん朝を生で聴くとき、ぼくは、どうしても身構えてしまう。デイヴィッド・ロッジの〈純〉文学を読むときの微妙な緊張も、まあ、そんなものだ。」&lt;/span&gt;（同『小説世界のロビンソン』より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　ほんとほんと。読者にとっては、両者の区別なんてどうでもいいことです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ただ、芥川賞とかそこら辺に棲んでいる人びとにとっては、両者の区別こそが我が身のすべて、でしょうから、そっとしておいてあげましょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　問題は直木賞です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　芥川賞にひきずられるようにして、両者を区別しているようでありながら、そのじつ境界線を引くことができず、そもそも「〈純〉文学かエンタテインメントかの区別なんて、どーでもいい」という一般的常識をもった「大衆」に、おのれがいったいどんな立ち位置で接すればいいのか、迷うばかり。結局は、出版社の思惑だの、マスコミの過剰で暴力的な興味本位だのに、あらがうこともせず、容易に取り込まれちまう能天気野郎の文学賞。……&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　はあ、ワタクシにとっては愛おしい限りなんですが、人類の愚行を悪意でもって笑い飛ばそうとする視点にすれば、これほどネタにしやすい賞はないのでありまして。&lt;/p&gt;
</content:encoded>


<dc:subject>小説に描かれた直木賞</dc:subject>

<dc:creator>P.L.B.</dc:creator>
<dc:date>2009-10-11T21:42:51+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-825c.html">
<title>直木賞とは……当落はさして意味がない。多くの人に読まれるチャンスなのが重要なのだ。――吉村昭『一家の主』、津村節子『重い歳月』</title>
<link>http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-825c.html</link>
<description>吉村昭『一家の主』 （昭和49年/1974年3月・毎日新聞社刊） （←左書影は平成1年/1989年3月・筑摩書房／ちくま文庫 ） 津村節子『重い歳月』 （昭和55年/1980年4月・新潮社刊） （←左書影は平成8年/1996年5月・文藝春秋／文春文庫 ） 　今週はお二人そろってお出でいただきました。昭和30年代、第40回ごろ～第50回台前半の直木賞・芥川賞を、作家の側から語るに最もふさわしい人たち...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;strong&gt;&lt;img border=&quot;0&quot; alt=&quot;091004&quot; title=&quot;091004&quot; src=&quot;http://naokiaward.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/10/04/091004.jpg&quot; style=&quot;margin: 0px 5px 5px 0px; float: left;&quot; /&gt;&lt;img border=&quot;0&quot; alt=&quot;091004_2&quot; title=&quot;091004_2&quot; src=&quot;http://naokiaward.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/10/04/091004_2.jpg&quot; style=&quot;margin: 0px 5px 5px 0px; float: left;&quot; /&gt;

吉村昭&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000J96Q9G?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=B000J96Q9G&quot;&gt;『一家の主』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=B000J96Q9G&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;（昭和49年/1974年3月・毎日新聞社刊）&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 0.8em;&quot;&gt;（←左書影は平成1年/1989年3月・&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4480023038?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4480023038&quot;&gt;筑摩書房／ちくま文庫&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4480023038&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;strong&gt;津村節子&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000J89H0C?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=B000J89H0C&quot;&gt;『重い歳月』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=B000J89H0C&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;（昭和55年/1980年4月・新潮社刊）&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;


&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 0.8em;&quot;&gt;（←左書影は平成8年/1996年5月・&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4167265125?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4167265125&quot;&gt;文藝春秋／文春文庫&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4167265125&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　今週はお二人そろってお出でいただきました。昭和30年代、第40回ごろ～第50回台前半の直木賞・芥川賞を、作家の側から語るに最もふさわしい人たちです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　なにしろ、何度も自分が落選させられっぱなし、の体験だけでも貴重なのに。さらに、ほかの人の落選劇をかなり身近なところで目撃し続けた、とくるんですからねえ。その経験で二人にかなう人はいません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　妻・&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun41TS.htm&quot;&gt;津村節子&lt;/a&gt;さんの「玩具」での芥川賞受賞は昭和40年/1965年。夫・&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/akutagawa/kogun/kogun40YA.htm&quot;&gt;吉村昭&lt;/a&gt;さんの『戦艦武蔵』での遅まきながらの大ブレークは、昭和41年/1966年。それから以後、それぞれが当時の状況を振り返りつつ、またネタにしつつ、小説とか自伝をいくつか書きました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　たとえば昭さんには、&lt;strong&gt;『一家の主（あるじ）』&lt;/strong&gt;なる小説があります。『毎日新聞』夕刊に昭和48年/1973年6月1日～12月27日まで連載されました。平成1年/1989年3月にちくま文庫に入るにあたって、昭さんが寄せた「あとがき」によりますと、こんな作品です。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「私は、自分の過去についてかなりの数の私小説を書いている。その背景となっている時期は、大別して二つ&lt;/span&gt;（引用者注：一つは少年時代～終戦後、病臥していた時期。二つ目は昭和50年代～平成）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;である、と言っていい。&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　その二つの時期の間には十数年という歳月があり、今でも気持に変りはないが、その期間の私について書くのをためらう気持はきわめて強い。理由は、一言にして言えば照れ臭いからで、書く気になれないのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　この「一家の主」は、その空白の時期を敢えて書いた小説で、それだけに書いておいてよかった、と今にして思うのである。」&lt;/span&gt;（平成1年/1989年3月・筑摩書房／ちくま文庫『一家の主』「あとがき」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;





&lt;p&gt;　「照れ臭い」っていうのが、ミソです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　いっぽう、節子さんには、自伝的小説三部作ってのがあります。「茜色の戦記」と「星祭りの町」と、それから直木賞・芥川賞の連続落選のころまでを描いた「瑠璃色の石」。ということで、昭&lt;strong&gt;『一家の主』&lt;/strong&gt;に対するものとして、節子&lt;strong&gt;『瑠璃色の石』&lt;/strong&gt;でもいいんでしょうが、今日は、より虚構味の強い“自伝的”な小説のほうを選んでみました。&lt;strong&gt;『重い歳月』&lt;/strong&gt;です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　『新潮』昭和53年/1978年3月号に「暗い季節」として掲載。それを加筆・訂正のうえ、改題したものです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img border=&quot;0&quot; src=&quot;http://naokiaward.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/10/04/091004_3.jpg&quot; title=&quot;091004_3&quot; alt=&quot;091004_3&quot; style=&quot;margin: 0px 5px 5px 0px; float: left;&quot; /&gt;
　こちらについては、&lt;strong&gt;『瑠璃色の石』&lt;/strong&gt;の「あとがき」にある、節子さんの言葉をご紹介しておきます。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「「重い歳月」は、代る代る文学賞の候補に上りながら落選を繰返す夫婦の相剋を書いている」&lt;/span&gt;（平成19年/2007年3月・新潮社／新潮文庫『瑠璃色の石』「あとがき」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　さあて。それじゃあ、昭&lt;strong&gt;『一家の主』&lt;/strong&gt;と節子&lt;strong&gt;『重い歳月』&lt;/strong&gt;を読み比べてみようぜ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　と躍起になれば、そりゃあいくらでも切り口はあるでしょう。でも、ここは直木賞専門ブログです。あっちこっちと手を出して怪我するのもみっともないので、あえて一つの事象だけに絞ります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ズバリ、作家夫婦のもとに、はじめて直木賞の存在が身近にせまったときのこと。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/ichiran/ichiran41-60.htm#list041&quot;&gt;第41回&lt;/a&gt;（昭和34年/1959年・上半期）に、津村節子さんの「鍵」が、はじめて直木賞候補になった前後のことです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　付け加えるなら、同じ回の芥川賞では、吉村昭さん「貝殻」が、自身二度目の候補になりました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　まずは昭&lt;strong&gt;『一家の主』&lt;/strong&gt;。そのころ、圭一（夫）・春子（妻）の夫婦は、マイホームを建築する準備を進めていました。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「棟上げは六月初旬におこなわれたが、その夜アパートにもどると、郵便受に速達の封筒が二通入っていた。封を切ってみると、圭一宛のものには芥川賞候補推薦、妻宛のものには直木賞候補推薦の通知が入っていた。」&lt;/span&gt;（『一家の主』「巣作りのこと」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　節子&lt;strong&gt;『重い歳月』&lt;/strong&gt;。こちらは、すでに桂策（夫）がＡ賞の候補に二度あがったことになっていて、そのときは章子（妻）だけに通知がくることになっています。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「ある日、郵便受の中に、白い長封筒がはいっていた。自分の名が記されている表書のペン字に見覚えがあり、胸をとどろかせて裏を返すと、かつて桂策が二度候補にあげられて落ちた文学賞の運営にあたっている機関の名が印刷されていた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　章子は息を詰め、封筒を手にしたままその場に佇立していた。開けば、玉手箱のように、中に書かれている文字が消えてしまうような恐れで、容易に開く決心がつかなかった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　部屋に戻り、机の前に坐って鋏で一気に封を切った。ガリ版の印刷文の中に、そこだけペン字で同人雑誌に発表した章子の作品の題名が記されていて、今年度上半期のＮ賞の候補作に推されている旨が記されていた。Ｎ賞は大衆文芸作品に与えられる賞で、自分の作品にその要素が強かったのか、と章子は一瞬意外の感を抱いたが、それはすぐに単純な興奮に打消された。いずれにしても権威ある新人文学賞には違いないのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　章子は詰めていた息を、ちぎるように少しずつ吐いた。何度読み返しても、夢の中の出来事のようで、実感がせまって来なかった。」&lt;/span&gt;（『重い歳月』「一章」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;







&lt;p&gt;　いやあ、一通の通知を受け取る場面だけでも、&lt;strong&gt;『一家の主』&lt;/strong&gt;と&lt;strong&gt;『重い歳月』&lt;/strong&gt;でそうとうの違いが出ているなあ（って当たり前か）。こりゃあ節子さん、“作家であり妻である”主人公・章子のこころの動きを、こうまで綿々と綴っていくワザなんぞは、Ａ賞じゃなくてＮ賞寄りだ、と判断されたとしてもおかしかないわけでして。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　通知を受け取ってから、最終的に落選しちゃうところまでの場面も、もちろん両作品に描かれています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　せっかくなので、両作品におけるこの場面のポイントを挙げてみますってえと。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　まずは昭&lt;strong&gt;『一家の主』&lt;/strong&gt;のほうから。一言でいうならば、「照れくささ」です。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「また選考日の二日前には、地方の有力紙の文化部記者が、カメラマンを伴って訪れてきた。短い口髭をはやした記者は、にこやかな表情で経歴や文学を志した動機などをきき、&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「選考日の夜は、御夫妻とも家にいますね」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　と、きいた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　圭一は、とっさに自分だけは外に飲みに行っていると答えた。春子と家で顔をつき合わせ、重苦しい時間を過すのがやりきれなかったし、滑稽にも思えたからだった。」&lt;/span&gt;（『一家の主』「巣作りのこと」より）&lt;/p&gt;

&lt;/blockquote&gt;&lt;p&gt;　それで結局、夫・圭一は、当日新宿の小料理屋で酒を飲み、外で二人の落選を知ることになります。バーを転々と飲み歩いたあと、妻・春子の待つアパートに帰ってきまして、圭一の帰宅後の一声が、これです。&lt;/p&gt;&lt;blockquote&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「「だめだったな」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　と、ドアを開けて春子に大声で言った。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　春子は、&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「静かにしてよ。今、子供を寝かしつけたばかりだから……」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　と、指を口に当てた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「だめだということはラジオできいたのか」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　圭一が、低い声できくと、&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「七時頃テレビ局の車がアパートの前に来て停っていたのよ。でも八時半頃窓から見おろしてみたら、いつの間にか消えていてね、九時のラジオニュースで知ったわ」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　春子は、苦笑した。」&lt;/span&gt;（同『一家の主』「巣作りのこと」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　二人そろって候補に挙がり、でも二人で家で結果を待つことが照れ臭くて、つい別の場所に出かけた。……なるほど、なるほど。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　でも、じつはここには一部、昭さんの創作がまじっています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img border=&quot;0&quot; alt=&quot;091004_4&quot; title=&quot;091004_4&quot; src=&quot;http://naokiaward.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/10/04/091004_4.jpg&quot; style=&quot;margin: 0px 5px 5px 0px; float: left;&quot; /&gt;
　昭さんが自伝として書いた&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4480425608?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4480425608&quot;&gt;『私の文学漂流』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4480425608&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;（平成4年/1992年11月・新潮社刊-&amp;gt;平成21年/2009年2月・筑摩書房／ちくま文庫）によると、じっさいは、こんな感じだったみたいです。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「翌日が両賞の選考会がおこなわれる日で、夕方、帰宅すると、鮨の折詰を手に弟夫婦が車でやってきた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　私たちは、弟夫婦と食事をし、テレビをつけてプロ野球の試合に眼をむけていた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　弟が立つと、書斎に行ったらしく、おどけたような忍び足で居間にもどってきて、&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「来ている、来ている」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　と、低い声で言った。テレビ局の旗をつけたハイヤーが、塀の外にひっそりととまっているのが洋室の窓からみえるという。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　テレビ番組は九時からで、八時になっても玄関のチャイムは鳴らない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　部屋を出て行った弟がもどってくると、&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「ハイヤーが消えている」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　と、言った。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　九時のラジオのニュースで、芥川賞に斯波四郎氏の『山塔』が、直木賞に渡辺喜恵子氏の『馬淵川』、平岩弓枝氏の『鑿師』がそれぞれ決定したことが報じられた。」&lt;/span&gt;（『私の文学漂流』「第八章　二通の白い封筒」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;&lt;img border=&quot;0&quot; src=&quot;http://naokiaward.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/10/04/091004_5.jpg&quot; title=&quot;091004_5&quot; alt=&quot;091004_5&quot; style=&quot;margin: 0px 5px 5px 0px; float: left;&quot; /&gt;
　節子さんの自伝&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4000246429?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4000246429&quot;&gt;『ふたり旅―生きてきた証しとして』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4000246429&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;（平成20年/2008年7月・岩波書店刊）でも、やっぱりこの場面が描かれています。弟夫婦が鮨折を持って訪ねてきていること、テレビ局のハイヤーが停っていたが途中で姿を消したことで、落選を知ったことなどが、ほぼ同様に書かれています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　のちに昭さんは、作家生活のなかで夫婦そろって同じ雑誌の同じ号に作品を発表することは極力避けた、なぜなら気恥ずかしいからだ、といったエッセイを書きました。そんな昭さんですものねえ。ほんとは二人で（プラス弟夫婦をまじえて）結果を待っていたのに、小説では、そうは書かなかった。……っていうのは、なんだか昭さんの「そんなの、照れ臭いよ」って思いが、こっそり見え隠れするようです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　いっぽうの節子&lt;strong&gt;『重い歳月』&lt;/strong&gt;。キーワードは「内面を読者に伝える工夫の数かず」でしょうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　妻であり母親であり、そのために自由に執筆の時間を割くことができない同人誌作家。そんな女性が突然、有名な文学賞の候補になっちゃって、落選はしたものの、悔しくもあり、でも嬉しくもあり。……ってな感情の動きを、どうやって読者に伝えていけば理解してもらえるだろうか。という試みが、&lt;strong&gt;『重い歳月』&lt;/strong&gt;からは見えてきます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　たとえば、この作品には、夫から一通の電報が送られてきて、妻喜ぶ、なんて場面があります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　章子は自分がＮ賞候補になったことを知り、一刻もはやく桂策に伝えてあげたいと思います。家に電話がないので、電車に乗って公衆電話のあるところまで行き、彼の勤め先に電話しちゃうぐらいに。夫が外出中だと聞かされると、電話に出た女事務員に、Ｎ賞の候補になったと伝えてくれと頼んでおきます。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「受賞したのでもないのに、候補ぐらいでわざわざ電車に乗って二度も電話をかけて来たことを滑稽に思われただろうと恥ずかしかったが、この賞の候補になるだけでも万年同人雑誌作家にとってどれほどの意味があるのか、一般の人々には到底理解出来ぬことなのだった。」&lt;/span&gt;（『重い歳月』「一章」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　それで帰宅して、子供と二人で夕食をとっていたときに、玄関のブザーが鳴ります。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「桂策にしては早いと思いながら、それでもかすかな期待を抱いて出て行くと、電報だった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　チクシヨウ　ヨカツタナ　ケイサク&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　章子はひとりでくっくっと笑った。初めて、喜びが実感となった。」&lt;/span&gt;（同『重い歳月』より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;





&lt;p&gt;　夫から、わざわざ電報で送られてきた短い文面。うわあ、嬉しいわあ、と実感した、って場面を、節子さんは、まだ受賞するかどうかわからない段階、候補に挙がったところに持ってきました。そうですよね、この段階での喜びの感情ならば、到底理解できないはずの一般の読者にも、多少はわかってもらえるかもしれないし、夫婦のあいだの相剋と思いやりも、より鮮明に表現できるかもしれないですもんね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　でも、ほんとは、昭-&amp;gt;節子宛の電報は、これよりもっと後のタイミングで送られたものだったようです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　落選してから、しばらくたったある日のこと。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「「カギ　ベ　ツサツブ　ンシユンノルゾ　チクシヨウ　アキ」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　ウナ電が届いた。吉村の勤務先に『文藝春秋』の編集部から連絡があったのだろう。初めて直木賞候補になって受賞するなどとは思っていなかったが、女性二人が受賞したことに気落ちがしていたので、喜びがこみ上げて来た。」&lt;/span&gt;（『ふたり旅』「遥かな光」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;



&lt;p&gt;　同人誌『文學者』に載った候補作の「鍵」が、落選したというのに『別冊文藝春秋』に転載されることになったわけです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　もちろん、候補に挙がるのも嬉しかったでしょう。ただ、節子さんにとっては、この『別冊文春』転載にもまた、かなり力を与えられたそうでして。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「直木賞候補になった妻の中篇小説『鍵』は、「直木賞委員会で大問題となった」作品として、「別冊文藝春秋」に転載された。彼女にとっても、一流の出版社から発行されている文芸雑誌に掲載されたのは初めてであった。」&lt;/span&gt;（『私の文学漂流』「第九章　睡眠五時間」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　昭&lt;strong&gt;『一家の主』&lt;/strong&gt;では、さらに突っ込んで、妻の嬉しげな姿まで書かれています。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「春子が候補作品にえらばれた作品は、一部の選考委員に支持されたらしく、半年前圭一の作品が転載された総合雑誌の別冊に掲載されていた。春子は、それが嬉しいらしく、送られてきた雑誌を何度も繰返しひるがえしていた。」&lt;/span&gt;（『一家の主』「巣作りのこと」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　妻である作家が、どの段階で喜びを感じたか、小道具は「夫からの電報」と、事実を使いながらも、こっそりそれを選考前にズラして描いた節子さん。一般の人にゃあ、『別冊文春』に落選作が転載される、ってより、有名文学賞Ｎ賞＝直木賞の候補に挙がったところのほうが、おそらく「喜び」を想起させやすいですもんね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　でも、正直なところ、節子さんには、受賞するとか候補になるとか、そんなことよりもやっぱり『別冊文春』転載が心に響いたことでしょう。&lt;strong&gt;『重い歳月』&lt;/strong&gt;の一節にも、こうありますし。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「無論、小説は受賞を目標に書くものではない。しかし、賞を得れば、作品の発表の場を得られることは事実である。それは多くの人々に読んで貰えるチャンスを得ることであり、限られた同人仲間の評価のみを支えに書き続けて来た者にとっては、この上ない魅力であった。」&lt;/span&gt;（『重い歳月』「一章」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　多くの人に読んでもらえる状況に、なにより魅力を感じる、と。ああ、現代の直木賞候補作家が同じことを言ったとしても、節子さんほど説得力は出ないわなあ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○
&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　蛇足。ここは直木賞のことを書く場なので、今回は掘り下げませんけど、&lt;strong&gt;『一家の主』&lt;/strong&gt;と&lt;strong&gt;『重い歳月』&lt;/strong&gt;といって、両作を読むことで何倍にも際立つエピソードがあります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そう、ごぞんじ、吉村昭さん&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/akutagawa/ichiran/ichiran41-60.htm#list046&quot;&gt;第46回&lt;/a&gt;芥川賞候補「透明標本」に対して、日本文学振興会が勇み足でやらかしてしまった、あの事件です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　昭&lt;strong&gt;『私の文学漂流』&lt;/strong&gt;＋節子&lt;strong&gt;『ふたり旅』&lt;/strong&gt;でも、いいです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　第46回芥川賞選考会の大詰め、最終的に、昭さん「透明標本」と&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/akutagawa/jugun/jugun46UK.htm&quot;&gt;宇能鴻一郎&lt;/a&gt;さん「鯨神」の二作に絞られ、ほぼ両作受賞で決まりかけたところで、主催者・日本文学振興会の担当者が吉村宅に電話をしちゃう。ほぼ決まったので今から来てください、と告げる。昭さんは、やったやったと夢見心地で、兄の運転する車で銀座の文春に向かう。しかし、着いてみると、どうも様子がおかしい。「じつは受賞は宇能さん一作ということに決まりました」と、衝撃の事実を告げられる。……っていう、涙なくして読むことのできない、あの事件です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それが、当事者・昭さんの視点と、自宅で待機していて、夫が出かけたあと「じつは受賞は宇能さん一人に決まった」と電話を受けた妻・節子さんの視点と、別々のシーンでもって、この事件をたのしめる……おっと失礼、この事件の展開を追うことができるのですから。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;strong&gt;『一家の主』&lt;/strong&gt;の「小説を書くこと」に描かれたこのシーン。さて、主人公の圭一は、じつは自分は受賞していなかったと言われて、どんな反応をみせ、どんな感想を抱いたのか。それを吉村昭さんがどう表現するのか読むだけでも、きっと得した気分になれます。……ううむ、昭さん、感服です。&lt;/p&gt;
</content:encoded>


<dc:subject>小説に描かれた直木賞</dc:subject>

<dc:creator>P.L.B.</dc:creator>
<dc:date>2009-10-04T22:43:05+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-2f7c.html">
<title>直木賞とは……批評家がおのれの生命を賭けてまで取り組む世界じゃない。――大岡昇平「盗作の証明」</title>
<link>http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-2f7c.html</link>
<description>大岡昇平「盗作の証明」（昭和54年/1979年6月・集英社刊『最初の目撃者』 所収） 　そろそろネタに困ってきました。ほんとは「小説に描かれた直木賞」のことをツツキ回さなきゃいけないんですけど、今週は、中村光夫「『わが性の白書』」の回と同じような手法をとらせてもらいます。 　直木賞は登場しない、だけど登場しないところに存在感を見出す、ってやつです。 　短篇集『最初の目撃者』には、推理小説好きの大岡...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;strong&gt;&lt;img border=&quot;0&quot; src=&quot;http://naokiaward.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/09/27/090927.jpg&quot; title=&quot;090927&quot; alt=&quot;090927&quot; style=&quot;margin: 0px 5px 5px 0px; float: left;&quot; /&gt;
大岡昇平「盗作の証明」（昭和54年/1979年6月・&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000J8G9GM?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=B000J8G9GM&quot;&gt;集英社刊『最初の目撃者』&lt;/a&gt;&lt;img border=&quot;0&quot; height=&quot;1&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=B000J8G9GM&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;所収）&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そろそろネタに困ってきました。ほんとは「小説に描かれた直木賞」のことをツツキ回さなきゃいけないんですけど、今週は、&lt;a href=&quot;http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-6489.html&quot;&gt;中村光夫「『わが性の白書』」の回&lt;/a&gt;と同じような手法をとらせてもらいます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　直木賞は登場しない、だけど登場しないところに存在感を見出す、ってやつです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　短篇集『最初の目撃者』には、推理小説好きの&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/akutagawa/sengun/sengun55OS.htm&quot;&gt;大岡昇平&lt;/a&gt;さんが、30年の間に発表した推理短篇7つが収められています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　昭和25年/1950年に文春の編集者・上林吾郎さんに無理やり書かせられた「お艶殺し」（『オール讀物』12月号）からはじまり、驚きの日本推理作家協会賞受賞（昭和53年/1978年）をへて、昭和54年/1979年の「最初の目撃者」（『オール讀物』5月号）まで。そのうち、最後に発表された「最初の目撃者」と、同じころの「盗作の証明」（『小説新潮別冊』昭和54年/1979年春号）は、ともに推理仕立てであるだけでなく、文壇まわりのことを扱っている面でも、共通点があります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　文壇まわり、言い換えますと……作家が評論家・批評家に対して抱く、殺人にまで発展しちゃう恨みつらみ、みたいなものです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ゴシップ好きにとっては、それぞれの作品が、現実のどの作家、どの事案をモデルにしているのかな、と興味がわきますよね。「盗作の証明」については、栗原裕一郎さんの&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4788511096?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4788511096&quot;&gt;『〈盗作〉の文学史』&lt;/a&gt;&lt;img border=&quot;0&quot; height=&quot;1&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4788511096&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;（平成20年/2008年6月・新曜社刊）に、「小説に描かれた盗作事件―小幡亮介「永遠に一日」」と一項が割かれて詳しく紹介されていますので、ぜひそちらをどうぞ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「最初の目撃者」のほうは、昇平さんがこんなことを言っています。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「この作品は二十数年以前&lt;/span&gt;（引用者注：と言いますから、昭和30年/1955年前後？）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;、ある物故作家と物故批評家に関する文壇ゴシップにヒントを得ました。第１章の冒頭がそれですが、事件全体はまったくのフィクションです。実在の人名その他との一致は、偶然のものです。」&lt;/span&gt;（『オール讀物』昭和54年/1979年5月号より　―引用は『大岡昇平全集13』平成8年/1996年1月・筑摩書房刊「解題」より　また『最初の目撃者』昭和54年/1979年6月・集英社刊「あとがき」にも全く同文がある）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　だそうです。つまり、第1章の冒頭とは、30代そこそこの新進批評家・建部隆之介が、銀座のバーで、批評家仲間や編集者を前にして、おれが電話すれば10歳以上年上の流行作家・安城光春は絶対にやってくる、と威張りちらし、電話をしたらほんとうに安城がひょいひょいやってきた、って場面でしょうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そんなゴシップから昇平さんは、「ううむ、そりゃ作家の側に何か批評家に対して後ろめたいことがあったに違いない、その後ろめたさが増幅していくと相手を殺したくなるぐらいの事情が」……と想像力をふくらませます。そこに探偵役として推理作家・垂水兼人を登場させて、純文壇と推理文壇のあいだがらを、ちょっとしたトリックに使ったりするサービス精神まで発揮したりして。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　でも、今回のハナシは「最初の目撃者」のほうじゃありません。「盗作の証明」です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　盗作騒動がこの物語の軸ですから、そっちの面を文壇ゴシップと混ぜ合わせて見ると、そりゃあ面白い。プラス、これを文学賞にまつわるせつない話、として読めば、さらに面白いってシロモノです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　作品冒頭、実在の賞が二つ、こっそり登場します。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　『新文学』新人賞に応募していた同人誌作家・青井浩のところに、『新文学』の編集者から電話がかかってきます。青井の応募作が受賞作に選ばれた、と知らされる場面です。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「「受けて下さいますか」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　と相手は言ったが、これはほんの形式で、谷崎賞や日本文学大賞とは違う。新人賞を断る人間はいない。貰うために応募したのだ。」&lt;/span&gt;（「盗作の証明」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;



&lt;p&gt;　公募の新人賞でも受賞を辞退する例は、なくはないみたいですけど、それはいいとして。公募じゃない、新人賞じゃない、そして辞退されることのある文学賞の例として、あえて二つ、昇平さんは谷崎潤一郎賞（中央公論社が勧進元）と日本文学大賞（新潮社）を例示しました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　この小説は『小説新潮』なんて読物雑誌に載っているけど、物語の舞台は、純文学方面のことなんですよ、と最初に昇平さんは読者にやさしく教えてくれているのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「「盗作の証明」は昨年六月のある新人賞で起った盗用事件と、佐々木基一氏発表の意見及び谷沢永一氏のそれに対する批判（「読書人の園遊」十月刊所収）にヒントを得ていますが、事件の経過、人名、地名その他、すべて作り事です。」&lt;/span&gt;（『最初の目撃者』昭和54年/1979年6月・集英社刊「あとがき」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　と昇平さんは断ります。青井浩（本名・丸木浩）も、その年上の彼女である草鹿理恵（本名・友近理恵）も、浩の属する同人誌『セレナータ』も、彼が受賞した新人賞の主催誌『新文学』も、版元の天元社も、それから盗用問題に噛みついた中堅の辛口批評家・海野謙作も、すべては想像の産物、つくりものです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　とか言って、作品に出てくる固有名詞のなかには、あえて現実の事象を引き合いに出して語られているものだってあります。先の「谷崎賞、日本文学大賞」なんか、まさにそうです。それから、やっぱりこれ。来ました。「芥川賞」。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　浩が新人賞を受賞したと聞いて、『セレナータ』の同人仲間たちがスナックに集まり、お祝いをします。その一情景。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「『セレナータ』で唯一人の女性同人で、薬師丸ひろ子に似ていると自称している橘亜希子も酔払って、&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「浩、ついでに芥川賞取っちゃいなさい。あたし、前から浩、好きっ。今夜だけっ、許してね」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　そして理恵を横目で見ながら、浩の口のまん中へキスした。」&lt;/span&gt;（「盗作の証明」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;





&lt;p&gt;　おうおう、たかが『新文学』新人賞受賞の段階でこれですからね。ほんとに芥川賞とっちゃったら、橘亜希子さんはいったいどんな行動で青井浩君を惑わせるのでしょう。こりゃあ、芥川賞をとれれば女にモテると妄想を抱く青少年が、いまも消えてなくならないわけですな。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それから、青井浩と草鹿理恵の二人のしあわせな姿を描く段においても、昇平さんは「芥川賞」のキーワードを持ってきます。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「「浩、やったわね」と理恵は言った。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「理恵のおかげだ。芥川賞をとったら結婚しよう」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「あはは、どうだかね。結婚しない女かもよ、あたし」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（引用者中略）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　これはほんとうに二人の生涯の最高の日だった。同時に数々の不幸の始まりの日でも。」&lt;/span&gt;（同「盗作の証明」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;









&lt;p&gt;　さらにもう一声。次の章で、受賞作につづく作品の注文が、『新文学』以外の文芸誌からも寄せられたときのところでも。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「理恵は自分の看護婦の体験を描くことをすすめたが、浩はその前に最初に彼女と会った時の経験を書きたい、と言った。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「ぼくたちの記念のために――。社会的な主題もいいけど、当選第一作はぼくの年上の女体験を書くよ。その方がヴァラエティがあっていいだろう」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「ご勝手に」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　理恵はそう言って、いまや芥川賞候補のうわさの出はじめた年下の男にキスした。二人の最良の日々はまだ続いていた。」&lt;/span&gt;（同「盗作の証明」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;







&lt;p&gt;　もちろん、「芥川賞」は二人にとって、まだ実現していない夢です。一文芸誌の新人賞を受賞した、まだ一作きりしか発表していない若者には、「芥川賞」が目の先にある、現実味を帯びてそこにある、そんな状態が「最高」「最良」の生活に結びついているのだと描かれています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ただ、文学賞なんてそんな幸せ一辺倒なもんでもないんだよ、だって結局、いろんな人がいろんな思惑を突き合わせてやっていることだからね、幸福と不幸の両方の要素をもっているもんなんだよ。……てな世間の定理を体現した人物が登場して、二人の若者を奈落の底につきおとすことになります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それが批評家・比較文学者の海野謙作、45歳です。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「彼の文学理論はアメリカの新批評の系統を引くもので少し古かったが、文学賞の選考委員会などでは、あくまで自説を主張して譲らなかった。従ってある程度、妥協の産物である文学賞の選考委員には敬遠され気味だった。すると彼は時たま文芸時評を受持つと、作品の批評よりも、自分の加わっていない賞の選考にけちをつけた。」&lt;/span&gt;（同「盗作の証明」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　たとえ、青井浩＆草鹿理恵のコンビが、盗作騒動にまき込まれずに、「芥川賞」とかそれ近くまで幸福なまま進めたとしても、いずれは文学賞のもつ不幸性の攻撃を受けることになっただろうな。世の中にゃあいろんな人がいるしな。また、そんないろんな人の意見のなかから、騒ぎになりそうがあれば臆面なく取り上げちゃう「『東都新聞』の匿名欄『大口小口』」みたいな媒体も、世の中にゃああるしな。……と思わせてくれるのが、この海野謙作の登場と、その後のなりゆきなのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○
&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「文学賞」の姿を形づくっているのは、主催する出版社の思惑だけじゃありません。内から外から既成作家や批評家がああだこうだと言い合うことも、「文学賞」の一つの要素でしょう。そしてそこから、昇平さんは、幸福と不幸を切り出して「盗作の証明」に書きました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そうだよなあ。これじゃあ、「芥川賞」は出てきても「直木賞」は出てこないよなあ。なにせ直木賞は、あまり文芸評論、批評家、そういった方面からは興味をもってもらえなかったからなあ。「直木賞」の要素として、出版社、作家、マスコミ、出版流通、書店あたりは思いつくけど、批評家ってのはなかなか結びつけにくい現実があるからなあ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　作品のなかでは、自殺した青井浩の復讐をなしとげるために、海野謙作を殺すにいたった草鹿理恵が、海野にむかってこんな憤懣をぶちまけます。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「なにさ、海野謙作が、批評家？　結局ひとの悪口を言うことで、自分が偉いんだと見せびらかしたいんでしょう。この国をだめにしてる奴らをどうすることもできないくせに。あなたは自分では知らないだろうけど、芸術主義の仮面をかぶった無力の憎悪そのものなのよ。弱い者いじめして、うさ晴らししているだけなのよ。虚栄心と自尊心のかたまり、ただの害虫にすぎないのよ、あなたは」&lt;/span&gt;（同「盗作の証明」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　批評家ってやつは、これほどまでに他人の感情を暴発させるほどの、ある意味おもしろい存在だと。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　現実の直木賞の場でも、もうちょっと批評家たちが出しゃばって偉そうな口を聞いていたならば――。「盗作の証明」に、直木賞の三文字が書き加えられていたかもしれません。残念と言いますか、よかったと言いますか。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>小説に描かれた直木賞</dc:subject>

<dc:creator>P.L.B.</dc:creator>
<dc:date>2009-09-27T22:02:18+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-b0c6.html">
<title>直木賞とは……文壇に出るためにどうしても欲しい賞。芥川賞候補を辞退してでも。――柴田錬三郎「わが青春無頼帖」</title>
<link>http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-b0c6.html</link>
<description>柴田錬三郎「わが青春無頼帖」（昭和42年/1967年3月・新潮社刊『わが青春無頼帖』 所収） （←左書影は平成17年/2005年3月・中央公論新社／中公文庫 ） 　一か月前に野口冨士男「真暗な朝」を取り上げたところで、柴田錬三郎さんのことに触れました。くどいですけど、もう一回、シバレンで行きます。 　文学に取りつかれた作家の卵たちが、狂おしいぐらいに芥川賞を欲しがる。……っていう、かなりステレオタ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;strong&gt;&lt;img border=&quot;0&quot; alt=&quot;090920&quot; title=&quot;090920&quot; src=&quot;http://naokiaward.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/09/20/090920.jpg&quot; style=&quot;margin: 0px 5px 5px 0px; float: left;&quot; /&gt;
柴田錬三郎「わが青春無頼帖」（昭和42年/1967年3月・&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000JA8ZUI?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=B000JA8ZUI&quot;&gt;新潮社刊『わが青春無頼帖』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=B000JA8ZUI&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;所収）&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;font-size: 0.8em;&quot;&gt;（←左書影は平成17年/2005年3月・&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4122045061?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4122045061&quot;&gt;中央公論新社／中公文庫&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4122045061&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　一か月前に&lt;a href=&quot;http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-533a.html&quot;&gt;野口冨士男「真暗な朝」を取り上げた&lt;/a&gt;ところで、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun26SR.htm&quot;&gt;柴田錬三郎&lt;/a&gt;さんのことに触れました。くどいですけど、もう一回、シバレンで行きます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　文学に取りつかれた作家の卵たちが、狂おしいぐらいに芥川賞を欲しがる。……っていう、かなりステレオタイプな見立ては、それでも説得力があります。でも果たして、「直木賞」のほうを欲しがる文学青年なんて、これまでいったいどれほどいたのだろうか。それを考えると、なかなかセツないものがあります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun117AJ.htm&quot;&gt;浅田次郎&lt;/a&gt;さん、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun89KK.htm&quot;&gt;胡桃沢耕史&lt;/a&gt;さん、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun85AY.htm&quot;&gt;青島幸男&lt;/a&gt;さん、あたりが自他ともに認める「直木賞を欲しがった作家」たちでしょうか。みなさん、かなり年輪を重ねてきた海千山千のつわものどもですねえ。純文学に対する幻想的なあこがれ、なんて時代を、きっと乗り越えてきた人たちです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それより時代はさかのぼって、昭和26年/1951年ごろの柴田錬三郎。御年34歳。「青年作家」と言うには、やや年を食っちゃっていますが、同時代に芥川賞を受賞した&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/akutagawa/jugun/jugun23TR.htm&quot;&gt;辻亮一&lt;/a&gt;さん（第25回受賞、35歳）とか&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/akutagawa/jugun/jugun25IT.htm&quot;&gt;石川利光&lt;/a&gt;さん（第26回受賞、37歳）と比べても、まだまだ芥川賞にかぶれててもおかしかない世代です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　でも、当時からすでに、錬三郎さんは私小説嫌い、虚構好きでした。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「僕は小説らしい小説を書くことを念願として来た。今もそうである。所謂面白い小説、どんな短いものでも起承転結のある小説、それぞれ色彩の異った素材の小説、そういう小説を書こうと心がけて来た僕は、ストーリイテイラーになりかねないと警告され、鬼面人を驚かすと非難され乍ら、どうしても私小説は書けないでいる。」&lt;/span&gt;（昭和23年/1958年2月・新紀元社刊『敗徳の夜』所収「『敗徳の夜』後書」　―引用は平成2年/1990年8月・集英社刊『柴田錬三郎選集　第十八巻』より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　そんな錬三郎さんが、流行作家になったのち、私小説のていをなした小説として放ったのが「わが青春無頼帖」です。あるいは、同題の短篇集に収めた「北の果から」や「先生と女と自分」です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そこでは、錬三郎さんが『三田文学』に「デスマスク」を発表することになる経緯やら、その後、「イエスの裔」で直木賞をとるところなどが描かれています。いかにも、私小説っぽく。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　作者・錬三郎が、登場人物・錬三郎（あるいは須藤三郎、Ｒ・Ｓ）に与えた役割は、こういうものです。――文壇に出たくて出たくてしょうがない、カストリ作家が、とある未亡人と関係を持ち、それが縁で、当の未亡人に好意を寄せる文壇の大家とのパイプができて、未亡人との関係を踏み台にして、文学賞受賞をねらった男。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そんな虚構上の男を、最もわかりやすいかたちで書き込んだ作品が、「先生と女と自分」です。&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「私が、佐藤&lt;/span&gt;（引用者注：&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/sengun/sengun10SH.htm&quot;&gt;佐藤春夫&lt;/a&gt;）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;先生から、速達のハガキを受けとったのは、勤めていた書評新聞を退めて、ペン一本で、生活しようとして、文壇には認められず、子供の読物を書きなぐってその日ぐらしをしている頃であった。」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　佐藤邸を緊張して訪ねてみると、要件というのは、とある女性・末永松子のことでした。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　佐藤先生は、松子が200通ものラブレターを「私」に送っていることを知り、「私」を呼びつけたのです。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「「彼女は、私がこれまで出会った女性のうちで、いちばん面白い女狐だ、と思っている」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　私は、あわてた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　末永松子を無神経な、執念ぶかい煩しい存在としか思わなくなっていた私は、自分の尊敬する文壇の長老から、思いもかけぬ言葉をきかされてたちまち彼女が自分にとって、重大な存在にすりかわるのを、おぼえた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「実は私は、末永松子を好きなのだ」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　佐藤先生は、つつまずに、いった。&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「私は、末永松子に、Ｒ&lt;/span&gt;（引用者注：語り手の「私」のこと）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;にいいものを書かせて、機会を与えてやろう、と約束した」」&lt;/span&gt;（「先生と女と自分」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　この会見が、「私」を勇気づけます。文壇に登場する野心に、一気に火をつけたのでした。そして「私」は、当の末永松子にこんなことまで言っちゃいます。&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「佐藤春夫の知遇を得る、ということは、おれの人生にとって、たった一度しかない、文壇登場のチャンスなんだ。先生の推挙があれば、おれの作品には
陽が当る。うまくいけば、芥川賞が、もらえるかも知れん。このチャンスをうまく掴んで、裏側から表側へ出るためには、愛人を売ることも、男としては、やむ
を得ぬ、とおれは、考えたんだ。」&lt;/span&gt;（同「先生と女と自分」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;
&lt;p&gt;　……ってことで、思惑どおり、「デスマスク」が『三田文学』に載せられることになって、芥川賞の候補になり、佐藤春夫が選考会でこれを第一に推したりします。じっさいの選考会でも、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/akutagawa/sengun/sengun21FS.htm&quot;&gt;舟橋聖一&lt;/a&gt;が語るところによれば、&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「会の劈頭、佐藤春夫氏が、柴田錬三郎を推したが、これには、必しも公平を以てせず、私的感情を混入せざるを得ない事由を、陳弁せられた」&lt;/span&gt;（『文藝春秋』昭和26年/1951年10月号より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;
&lt;p&gt;　のだそうです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　錬三郎さんの小説では一貫して、「文壇に出る―佐藤春夫―芥川賞」のラインでのみ物語をひっぱっていきます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ただ、じっさいには「デスマスク」は同時に直木賞の候補作にもなっているんですよね。佐藤春夫と犬猿の仲、でも『三田文学』の関係者、って立場にあった&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/sengun/sengun21KT.htm&quot;&gt;木々高太郎&lt;/a&gt;が強力に推してくれていたりして。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　はたから見ると、芥川賞候補に挙がった人が、ひきつづいて同じ雑誌に小説を書き、それが直木賞のほうをとっちまったところに、逡巡とか戸惑いはなかったのか、純文学への熱からどうやって解放されたのか、ってところに興味はわきます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　現に錬三郎さんも、その辺のことをエッセイの類では、いろいろ書いてくれています。なのに、「私小説」ふうの小説では、そこら辺をいっさいカットしています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　芥川賞と直木賞を、まるで一緒のものであるかのように描いちゃうのです。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「「デスマスク」を書き、「イエスの裔」を書いている頃から、受賞して、一年あまりの間は、私は、一種のノイローゼ気味になっており、いま思いかえしても、イヤになるのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　雑文書きにでもなると、自分は相当な才能ではないか、といささかのうぬぼれがあったが、一流の作家になるには、何かが欠けている、という意識があった。これは、どうにも、払いのけられなかった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　にも拘らず、「デスマスク」が芥川賞候補になるや、この次は、是が非でも、芥川賞をもらわねばならない、という気持になってしまっていた。それにあたいする作品を書かなければならなかったのである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　「イエスの裔」は、芥川賞と直木賞の両方の候補になったが、これは、あきらかに、狙った&lt;/span&gt;（原文傍点）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;作品であった。そのいやしさが、私自身には、判っていた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　そのために、受賞してからも、しばらく、自己嫌悪が、消えなかった。」&lt;/span&gt;（「わが青春無頼帖」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　ははあ。賞を狙って書いた、そのことで自己嫌悪に陥った。ですか。……いいでしょう。おそらく虚構ふうな心理描写ではありますが、まさに真実なのかもしれません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　しかもこの小説だけ読むと、語り手の「私」は、文壇に出るためなら芥川賞でも直木賞でも、どっちでもよかった、と受け取れます。まあ、小説の読者にとっちゃ、どっちの賞でも大して変わりありませんから、作者・錬三郎さんもあえて、そう書いたんでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　でも、果たしてほんとうにそうであったか、どうだったか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ここら辺の経緯については、ちょっと面白い指摘もあります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img border=&quot;0&quot; src=&quot;http://naokiaward.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/09/20/090920_2.jpg&quot; title=&quot;090920_2&quot; alt=&quot;090920_2&quot; style=&quot;margin: 0px 5px 5px 0px; float: left;&quot; /&gt;
　柴田錬三郎の評伝、澤辺成徳さんの&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4087728862?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4087728862&quot;&gt;『無頼の河は清冽なり』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4087728862&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;（平成4年/1992年11月・集英社刊）です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　錬三郎さんにとって、芥川賞でも直木賞でも、くれるならどっちでもよかったのか。それについて、こんな記述があります。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「こうして「イエスの裔」は、昭和二十六年下半期の芥川賞と直木賞の両方の候補に挙げられた。しかし、錬三郎は文藝春秋の池島信平に申し入れ、この作品を芥川賞の候補作品からはずしてもらったという。」&lt;/span&gt;（『無頼の河は清冽なり』より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　なぬ。目の前に、芥川賞と直木賞のチャンスカードを並べられて、錬三郎さんはあえて、直木賞のほうに手を伸ばしたですと。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　いったい過去、こんな人がいたでしょうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「日本の文学賞といえば芥川賞しかないじゃん」と言い切りながら王道を進む人はいます。いや、はなっから大衆向けの小説でスタートして、行き着くところ直木賞しかない人も、たくさんいます。まだどっちに転ぶかわからない、芥川賞をとる可能性もあるが、直木賞のほうからもお誘いを受けているような人が、芥川賞の候補をあえて辞退するとは……。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　こういう人を、世間は「変わり者」「ひねくれ者」と呼ぶのかもしれません。いやいや、「信念の人」っていう表現のほうが適切かも。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　はてまた、錬三郎さんに言わせれば、芥川賞を見限って、直木賞をとりたいという行動に出たのは、彼の生き方「無頼」のひとつだったんじゃないでしょうか。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「「円月説法」&lt;/span&gt;（引用者注：『週刊プレイボーイ』の「人生相談・無頼控――円月説法・柴錬のダンディズム指南」）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;は柴田錬三郎という作家が若者のさまざまな悩みにこたえるものだった。最初の質問がふるっていた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「無頼に生きるって、どういうことですか？」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　これにこたえて言う。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「自分の規律を守る。つまり知性のコントロールだな。世間が何といおうと、自分が正しいと信ずる規律に基づいて行動する。そういうプライドを持った行動が無頼なんだ」」&lt;/span&gt;（『無頼の河は清冽なり』より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;







&lt;p&gt;　うん、昭和20年代当時、文学の道で生きようとしている人間が、芥川賞を捨てて、直木賞のほうを欲しがる、っていうのは、まさしく。並の作家にゃ真似できません。無頼＝プライドをおのれの心中に堅持する人にしか、なし得ませんよ。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>小説に描かれた直木賞</dc:subject>

<dc:creator>P.L.B.</dc:creator>
<dc:date>2009-09-20T21:46:59+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-0213.html">
<title>直木賞とは……日本の文学の世界とは、まったく関係はない。――上坂高生「清書」「選評」</title>
<link>http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-0213.html</link>
<description>上坂高生「清書」「選評」（平成16年/2004年9月・武蔵野書房刊『賞の通知』 所収） 　消えていくものや、忘れ去られていくものに、なぜか逆に愛着を感じてしまいます。じっさい、うちの親サイトの表テーマは、直木賞のことですけど、裏テーマがありまして、「まず今じゃ絶対に見向きもされない過去の作家たちのことを調べて、なるべく先ざきまで残しておきたい」ってことなんです。 　そんな人間にとって、上坂高生さん...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;strong&gt;&lt;img border=&quot;0&quot; alt=&quot;090913&quot; title=&quot;090913&quot; src=&quot;http://naokiaward.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/09/13/090913.jpg&quot; style=&quot;margin: 0px 5px 5px 0px; float: left;&quot; /&gt;
上坂高生「清書」「選評」（平成16年/2004年9月・武蔵野書房刊&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4943898521?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4943898521&quot;&gt;『賞の通知』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4943898521&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;所収）&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　消えていくものや、忘れ去られていくものに、なぜか逆に愛着を感じてしまいます。じっさい、うちの&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/&quot;&gt;親サイト&lt;/a&gt;の表テーマは、直木賞のことですけど、裏テーマがありまして、「まず今じゃ絶対に見向きもされない過去の作家たちのことを調べて、なるべく先ざきまで残しておきたい」ってことなんです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そんな人間にとって、上坂高生さんの短篇集『賞の通知』は、こりゃあ宝石ですよ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「あとがき」で上坂さんは言っています。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「それにしても、賞がどんどん消えていくのには当該受賞者にとっては、嬉しくない。侘しいかぎりである。空しさに囚われてしまう。せめて書いて残さねば浮かばれない。」&lt;/span&gt;（『賞の通知』「あとがき」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　それでこの短篇集は、上坂さんが同人誌『碑』に発表した「文学賞もの」を中心に成り立っています。とくにそのうち、最初の二作「清書」と「選評」は、直木賞を愛する者にとっても、外せない短篇と言っていいでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;strong&gt;「清書」&lt;/strong&gt;（初出『碑』79号［平成14年/2002年10月］「消えた賞」）は、上坂さんが昭和29年/1954年、第1回小説新潮賞に「みち潮」を応募して、当選した前後のことを描いています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　上坂さんは&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/akutagawa/sengun/sengun21NF.htm&quot;&gt;丹羽文雄&lt;/a&gt;の『文学者』の集まりに属し、小学校の先生をしながら、こつこつ小説を書いていました。『新潮』『文學界』『群像』は毎月買い求めるけど、『小説新潮』『オール讀物』なんかの書店の棚には、まず近寄ったことがない、……っていう感じが、おお、生粋の通俗小説嫌いのかまえです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その『文学者』の集まりに、当時よく顔を出していた&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun34NJ.htm&quot;&gt;新田次郎&lt;/a&gt;さんのことを書いた箇所があるのですが、これを読んでワタクシは、ますます新田さんが好きになりました。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「当時、懸賞募集をしていたのは、「サンデー毎日大衆小説コンクール」というもの一つだけだった。&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun35NN.htm&quot;&gt;南条範夫&lt;/a&gt;が時代小説、新田次郎が山岳・気象小説を書き、毎回二人が当選していた。新田さんは「文学者」によく顔を出していたが、通俗小説作家とみられ、軽視される傾向にあった。」&lt;/span&gt;（「清書」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　さて、ここで萎れたり、はてまたネジれた文学志向をもったりしないのが、新田さんの素晴らしいところです。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「しかし気象庁の技官である新田さんは、そんなことには意を介さない。ひたすら前進する逞しい男達を描く。それに共鳴する人は世間に多く、「サンデー毎日」に当選した作品を集めて『強力伝』として、単行本にする小出版社があって、直木賞を得た。気骨の新田さんは、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/akutagawa/jugun/jugun32SJ.htm&quot;&gt;庄野潤三&lt;/a&gt;や&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/akutagawa/jugun/jugun32KN.htm&quot;&gt;小島信夫&lt;/a&gt;の作品を、あんなもので芥川賞か、とさんざんこきおろしていた。それに反論する者はいない。あるじ&lt;/span&gt;（引用者注：丹羽文雄、当時の芥川賞選考委員）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;は苦笑するばかりである。」&lt;/span&gt;（同「清書」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　そうだそうだ、芥川賞だから何だっつうんだ、そんなものばかり崇め奉る同人誌の小作家連中なんぞ、ぶっつぶしてしまえ。と、新田さんを応援したくもなります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　つづく短篇&lt;strong&gt;「選評」&lt;/strong&gt;（初出『碑』80号［平成15年/2003年4月］）にも、前半部分で、『文学者』に集う者どもの逸話が出てきます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　こちらの作は、上坂さんが名古屋の同人誌『作家』が主催する作家賞の候補に、何度も何度も挙げられ落とされる経緯がスジのハナシです。だいたい「作家賞」ってご大層なことぬかして全国の同人誌作品を候補にするくせに、けっきょく受賞作は、『作家』に掲載されたものばっかしじゃないのか、みたいな噂バナシのあとに、『文学者』のことが出てきます。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「丹羽文雄主宰の「文学者」では、「文学者賞」というのが作られていた。いつ始まり、いつ終わったかは定かではないが、三、四年は続いた、と思う。全くの内輪の賞で、私などにはぜんぜん関係がないといえた。あるじ&lt;/span&gt;（引用者注：丹羽）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;に近い年齢の先輩たちがごろごろしていて、その人たちが複数で編集委員となっており、委員の作品は優先して掲載された。三百人ほどが、「十五日会」で年一回投票するが、記名投票なので、その先輩たちに評&lt;/span&gt;（原文ママ）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;が集まってしまう。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「これ、インチキだよな」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　若手の同輩たちは、呟く。若い者が、そっぽを向いてしまうのは、当然といえた。」&lt;/span&gt;（「選評」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　そうだよなあ。この仕組みというか雰囲気を、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun44KJ.htm&quot;&gt;黒岩重吾&lt;/a&gt;さんも唾棄しちゃったんだもんなあ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ええと、ちなみに威張りくさった先輩方を鞭打つつもりは毛頭ないんですけど、「インチキ」とまで言われた「文学者賞」の受賞者・受賞作品を、やっぱり知っておきたいですよね。&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun21NH.htm&quot;&gt;中村八朗&lt;/a&gt;さん&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000J8179Q?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=B000J8179Q&quot;&gt;『文壇資料　十五日会と「文学者」』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=B000J8179Q&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;（昭和56年/1981年1月・講談社刊）からご紹介しますと、以下のとおり。&lt;/p&gt;

&lt;ul&gt;&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第1回&lt;/strong&gt;（昭和26年/1951年度）　&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/akutagawa/kogun/kogun25TS.htm&quot;&gt;武田繁太郎&lt;/a&gt;「風潮」、吉岡達夫「隠花植物」、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/akutagawa/pkogun/pkogun19HK.htm&quot;&gt;浜野健三郎&lt;/a&gt;「非時香果」&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第2回&lt;/strong&gt;（昭和27年/1952年度）　&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun33UT.htm&quot;&gt;瓜生卓造&lt;/a&gt;「彷徨」、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun32OJ.htm&quot;&gt;小田仁二郎&lt;/a&gt;「たん、たろう」、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun21NH.htm&quot;&gt;中村八朗&lt;/a&gt;「アチエの敗北者」&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第3回&lt;/strong&gt;（昭和28年/1953年度）　十返肇「贋の季節」、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/akutagawa/jugun/jugun35KK.htm&quot;&gt;近藤啓太郎&lt;/a&gt;「黒南風」、荒木太郎「湖のある風景」&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;&lt;strong&gt;第4回&lt;/strong&gt;（昭和29年/1954年度）　森啓祐「Ｘと物質」、見島正憲「低い土地」、村松定孝「日本文学の系譜」&lt;/li&gt;&lt;/ul&gt;






&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「「文学者賞」は第四回までで終った。というのは、昭和三十年十二月号（通算六十四号）で「文学者」は休刊になるような情勢にあったので、その年の「文学者賞」は見送りになってしまった。第二次「文学者」が復刊になっても、「文学者賞」は復活しなかった。」&lt;/span&gt;（『文壇資料　十五日会と「文学者」』「第六章　リッツからモナミ時代へ」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　だそうです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そうそう、上坂さんの「選評」に戻りますと、引用した箇所の直後に、一人の先輩会員が登場します。その場面が、ワタクシがこの作品のなかでいちばん好きな部分です。声を上げて笑っちゃいました。&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「先輩のひとりが、「十五日会」のある日、私のところに、まっすぐ寄ってきた。日頃、会話を交わしたこともない人なので、私はひどく緊張した。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「君は第一回の小説新潮賞で、ずいぶん騒がれたね」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「は？」と私は目を見張る。ずいぶん昔の話ではないか。先輩は、つけ加えた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「君はもう芥川賞候補にも直木賞候補にもなることはないよ」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　冷たい目でそう言うと、上席の方にさっさと大股で行った。私は呆然とする。なんでそんなことをこの先輩から宣告されねばならないのか。」&lt;/span&gt;（「選評」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;






&lt;p&gt;　この先輩（某大学の文学部教授）の、ただ単純に後輩をイジめるためだけの、究極にくっだらない一撃。ぐわははは。もう笑いゴトです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　上坂高生さんといえば、昭和20年代から現在までの、同人誌まわりで起こった自らの体験をいろいろなかたちで書き残しておいてくれる貴重な存在です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;img border=&quot;0&quot; alt=&quot;090913_2&quot; title=&quot;090913_2&quot; src=&quot;http://naokiaward.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/09/13/090913_2.jpg&quot; style=&quot;margin: 0px 5px 5px 0px; float: left;&quot; /&gt;
　&lt;strong&gt;『有馬頼義と丹羽文雄の周辺　「石の会」と「文学者」』&lt;/strong&gt;（平成7年/1995年6月・武蔵野書房刊）なんちゅう著書もあります（書名の「頼」の字は、ほんとは旧字の「賴」です）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　本書前半部の&lt;strong&gt;「有馬頼義と「石の会」の士たち」&lt;/strong&gt;（初出『文芸広場』平成2年/1990年10月号～平成3年/1991年12月号「不屈の統率者―有馬頼義と「石の会」―」）は、これまた、あんまり笑っちゃいけないけど、ついニヤリとさせられる作家たちの行動・発言が満載です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　たとえば、「直木賞がずっと求めてきた質の高い作品」がはじめて受賞した、とまで言われた&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/ichiran/ichiran21-40.htm#list031&quot;&gt;第31回&lt;/a&gt;（昭和29年/1954年・上半期）受賞の&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun31AY.htm&quot;&gt;有馬頼義&lt;/a&gt;さん。その後、さんざん大衆寄りの小説を書きまくりましたが……。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「有馬さんは『三十六人の乗客』や『四万人の目撃者』などで、松本清張とともに推理小説の隆盛を築いた人だが、それからは足を洗っていた。かなり以前からである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「芥川賞がほしいね、芥川賞が……」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　例会に行くたびに有馬さんは、そんなことを口にした。初めは冗談をいっていると思ったが、やがて私は、それは有馬さんの本音だとわかってきていた。直木賞作家、つまり通俗作家とみなされて終わりたくはなかったのだ。」&lt;/span&gt;（「有馬頼義と「石の会」の士たち」「二、一九六九年（昭和四十四年）」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;





&lt;p&gt;　いいじゃないですか、通俗作家でも。そんなにイヤですか？&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　あるいは、ちょいと意外なメンツ同士の、冷たい戦争もありました。&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun60SM.htm&quot;&gt;早乙女貢&lt;/a&gt; VS. &lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/akutagawa/kogun/kogun57GM.htm&quot;&gt;後藤明生&lt;/a&gt;です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　昭和46年/1971年、有馬氏を囲む「石の会」の例会で、有馬さんが同人誌を出す気はないかと参加者に提案します。かなり真剣な様子だったそうで、ああ、有馬さん、商業主義の小説ばかり書くことに倦んでいたんだな、とわかるんですが、ここで反対の声をあげた人がいます。後藤明生さんです。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「入り口近くにすわっていた後藤さんが、これまた日頃にない真面目な顔でいった。もちろん酒はだいぶはいっている。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「チャンバラを書く人といっしょの同人誌は出せません」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　それはいかにも後藤さんらしい毅然とした態度だった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「馬鹿にしないでください。ぼくだって、書くとなれば、ちゃんとしたものを書きますよ」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　有馬さんの近くにいた早乙女&lt;/span&gt;（引用者注：早乙女貢）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;さんは立ちあがりコップにウイスキーを注いでいたが、きっとなって振り返り、これまたいつになく怒りに満ちた表情と言葉でいった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　後藤さんは、もはや何事もいわず、コップを傾けている。早乙女さんも、それ以上はいわない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　有馬さんはソファの肘かけに肘をつき、その手で右側の頭を支えるようにして、うつむく。」&lt;/span&gt;（同「有馬頼義と「石の会」の士たち」「四、一九七一年（昭和四十六年）」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;













&lt;p&gt;　ううむ。これは、あんまり笑えんなあ。チャンバラのなかにだって、後藤さんの文学観に添うような種類のチャンバラがあったって、おかしかないんだけど。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　上坂さんの短篇「選評」に戻ります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　この作品では、上坂さんが属していた『文学者』が昭和49年/1974年で消滅してしまい、その後、八幡政男さんのツテで同人誌『碑』に参加するところが描かれています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　『碑』。いしぶみ。じつはワタクシも、この同人誌には前々から興味があったのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　なんつったって、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/pkogun/pkogun14NK.htm&quot;&gt;長崎謙二郎&lt;/a&gt;さんが興したアノ雑誌でしょ。彼を追悼した号（18号［昭和43年/1968年9月］）に、その妻・&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/akutagawa/pkogun/pkogun14TS.htm&quot;&gt;田村さえ&lt;/a&gt;さんが謙二郎さんのことを綴った文章が載っているっていうんですからねえ、そりゃ直木賞オタクのみならず、芥川賞オタクだって、目をつけなきゃいけない雑誌です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　はじめて『碑』の会合にやってきた上坂さん。そこに、謙二郎亡き後、同誌の責任者を継いでいた人が待っていました。&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/akutagawa/kogun/kogun16IS.htm&quot;&gt;稲葉真吾&lt;/a&gt;さんです。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「「やあ、どうぞ」と奥に坐っていた人が手招きをした。「責任者の稲葉真吾です」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　戦前、芥川賞候補の筆頭にあげられ、賞の予告があったのに、最後になって、戦時色が弱い、ということで降ろされた人である。&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/sengun/sengun1KK.htm&quot;&gt;菊池寛&lt;/a&gt;は平あやまりの手紙を書き、代わりに、「文芸春秋」に作品を載せた。『炎と倶に』という。」&lt;/span&gt;（「選評」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;



&lt;p&gt;　へえ、稲葉さんも、受賞一歩手前作家のおひとりでしたか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　で、またその稲葉さんも、通俗小説大嫌いだったんだそうで。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「「碑」という誌名は、おのれの生き方を、こつこつと刻むことになる、と稲葉さんは説明をしてくれる。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「通俗小説を書くような奴は入れないよ。&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun53FS.htm&quot;&gt;藤井重夫&lt;/a&gt;というのがいたがね、彼は二年ほどでやめた。そのあと直木賞をとったが、そんな奴とわしとはまるきり違った。あいつが死んだとき、ざまあみろ、と思ったね」」&lt;/span&gt;（同「選評」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;



&lt;p&gt;　こいつあ、大工の棟梁、口が悪いね。かたや藤井重夫さんも、思ったことをズケズケ口にする、そうとう純粋な人だったらしいので、たしかにこの二人がやり合ったら、穏やかなままでは済まなそうです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　けっきょくのところ、直木賞ってのは、文学に真剣にとりくむ人にとっては、「穢らわしい商業主義の、金もうけのためだけの通俗小説」の方角にあるものなんでしょうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「選評」の一節にも、こんな記述があります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　上坂さんが何回めかの作家賞の候補になり、落選したとき、時の選考委員、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun64TJ.htm&quot;&gt;豊田穣&lt;/a&gt;さんが&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「氏の名前は十年以上も前から知っている。力のある作家である。今更作家賞の候補に、という感もある」&lt;/span&gt;と選評に書いたのだそうです。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「これを読むとまたしても、二十年も前に「文学者」の先輩が、君はもう芥川賞の候補にも直木賞の候補にもなれないよ、と言った言葉が思い出される。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　この国の文学の世界は、結局は、芥川賞以外にはないことになる。芥川賞を得た人の大半が、それきりになってしまう。」&lt;/span&gt;（同「選評」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;



&lt;p&gt;　そうなんですよね。なまじ、直木賞は「芥川賞っぽいなり」のままやってきちゃったから、「純文学と大衆文学の、二つの賞」っぽく見られますけど、実態は、そうじゃないんですよね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　文学の賞は、芥川賞だけなんだと。そう、ながらく商業主義から離れて文学に打ち込んでこられた上坂さんの見立ては、おそらく正しいようです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　じゃあ直木賞は？　……そういう世界とはまったく無縁の、文学でもなく、もしかしたら小説でもない、ヘンテコリンなものどもを対象とする自由な賞だったのかもしれません。いや、そういうものであり続けてほしいと、ワタクシが願っているだけかもしれませんけど。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>小説に描かれた直木賞</dc:subject>

<dc:creator>P.L.B.</dc:creator>
<dc:date>2009-09-13T21:40:04+09:00</dc:date>
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