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<title>直木賞のすべて　余聞と余分</title>
<link>http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/</link>
<description>日本で最も有名な大衆文芸賞「直木賞」の非公式サイト「直木賞のすべて」を、インターネットの片隅で細々と運営しつづけていますが、直木賞に関することだけでブログをやってみたらどんな感じになるか、ちょっと興味がわいたので、やってみます。</description>
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<dc:date>2009-07-05T22:26:51+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/141212009-df8f.html">
<title>第141回直木賞（平成21年/2009年上半期）候補のことをもっと知るために、本人たちの声に耳を傾ける。</title>
<link>http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/141212009-df8f.html</link>
<description>　今度、第141回（平成21年/2009年・上半期）には6人の方々が候補に挙がりました。その名前をみて、「なあんだ。また、みんな知ってる人ばかりだ。つまんないの」と、最近の直木賞の“有名作家主義”にげんなりした方もいるでしょう。そんな方には、すみません、今日のエントリーはお役に立てません。 　「がーん。ほとんど読んだことのない作家ばかりだ」とか、「だ～れも知りません」とか、つぶやいている方。さあ、...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　今度、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/ichiran/ichiran141-160.htm&quot;&gt;第141回&lt;/a&gt;（平成21年/2009年・上半期）には6人の方々が候補に挙がりました。その名前をみて、「なあんだ。また、みんな知ってる人ばかりだ。つまんないの」と、最近の直木賞の“有名作家主義”にげんなりした方もいるでしょう。そんな方には、すみません、今日のエントリーはお役に立てません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「がーん。ほとんど読んだことのない作家ばかりだ」とか、「だ～れも知りません」とか、つぶやいている方。さあ、顔をあげてください。あなたのような人のために、直木賞はあるのですから。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　かくいうワタクシも、こんなブログや、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/&quot;&gt;親サイト&lt;/a&gt;をやっていますけどね、新しい作品・新しい作家にはトンとうといわけでして、新しい候補作家たちについて知っていることなど、ほとんどありません。選考会の7月15日（水）までまだあと2週間弱あります。その日を楽しく迎えられるように、ちょっとずつ知識を深めていきたいところです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それで今日は、候補作家ご本人たちの声に耳を傾けたいと思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　だって選考会の日がくれば、先輩作家たちが、ああだこうだと、6つの候補作を丁寧に切り刻んで、それぞれ独自の評価をくだしちゃいます。たぶん、ワタクシのように、その作品を直木賞を通して知った人間にとっては、いやがおうにも、それらの選考委員の言葉に振り回されてしまいます。が、待ってください。それじゃあまりにも不公平です。一方的すぎます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「でもさ。作者本人の声を聞こうだなんて邪道だよ。作品は、発表された瞬間に作者の手を離れるんだから、あとは読み手が判断すればいい」。ってこれ、まっとうな考え方です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　でもね、直木賞（とか文学賞）を、まっとうな尺度ではかってどうするんですか。まさかあなたは直木賞をまっとうなものだと信じているのですか。この世に読者は何十万人も何百万人もいるのに、そのなかのたった数人が、たった数時間の会議でくだす判断を、特別に価値あるものとして囃し立てて、その結果にワーワーと騒ぐ。ね。全然まっとうじゃないですよね。くだらないですよね。馬鹿馬鹿しいですよね。……ワタクシはこの、くだらない感じが大好きです。むちゃくちゃ楽しいと感じます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　やばい。ハナシがズレてきた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　要は、構図として候補作家は自分の作品を選考委員にどう切り刻まれようと耐えるしかありません。なので今のうちに、候補の方々の言い分も聞いておきたいな、ってことです。この6人の作家たちは、今回の作品をどんな思いで、どんな気持ちをこめて書いたのかを知っておこう、ってことです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;strong&gt;『鷺と雪』&lt;/strong&gt;……&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun114KK.htm&quot;&gt;北村薫&lt;/a&gt;さんいわく&lt;/p&gt;
&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「とにかく平和があり、明日の命を心配する生活ではない、という点では日本は世界でも恵まれた状況でしょう。この現状と、格差社会どころか信じられないような貧富の差があった昭和初期において、富裕階級という安定した社会に居る主人公たちとが重なるのではないかと」&lt;/span&gt;（『別冊文藝春秋』平成21年/2009年5月号「book Trek」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;&lt;strong&gt;『きのうの神さま』&lt;/strong&gt;……&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun141NM.htm&quot;&gt;西川美和&lt;/a&gt;さんいわく&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「死にたがっている長寿の人の話を聞くと、ざわざわするんです。毎日が退屈で『（生きることに）もう飽きちゃった』とあっけらかんと言ったり。そのタフさや俗っぽさも含めて、人間は面白い。生と死のグロテスクさ、えぐみを書きたかったのかなと思います」&lt;/span&gt;（『静岡新聞』平成21年/2009年6月29日「映画監督・西川美和さん―生と死のえぐみ書きたい」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;&lt;strong&gt;『乱反射』&lt;/strong&gt;……&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun135NT.htm&quot;&gt;貫井徳郎&lt;/a&gt;さんいわく&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「大事なのは、自分の些細な行動が他人に大きな影響を与えているかもしれないという想像力。この本を多くの人に読んでもらって、頭の片隅で『もしかしたら』と考えてほしいんです。小説が世の中に対して影響をもつなんて考えはおこがましいですが、可能性がゼロじゃないなら書く意味があると信じて、祈るような気持ちで原稿に向かっていました」&lt;/span&gt;（『オール讀物』平成21年/2009年5月号「ブックトーク」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;&lt;strong&gt;『秋月記』&lt;/strong&gt;……&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun140HR.htm&quot;&gt;葉室麟&lt;/a&gt;さんいわく&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「勝てないとわかっていても、戦わねばならない時があります。秋月藩の男たちも負けを覚悟して戦い、最後は敗れます。しかし、負けて終わりなのではなく、その先に何かがあった。負けてもなお心が折れない男たちを書くには、架空の小説より、史実に基づくほうがリアリティーが出ると考えました」&lt;/span&gt;（『毎日新聞』平成21年/2009年2月22日「今週の本棚・本と人」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;&lt;strong&gt;『プリンセス・トヨトミ』&lt;/strong&gt;……&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun137MM.htm&quot;&gt;万城目学&lt;/a&gt;さんいわく&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「『鹿男あをによし』（幻冬舎）の中で鹿に「人間は文字で書かないとなんでもかんでも忘れてしまう」ということを言わせていますが、鹿は人間が文字に残さないがため忘れてしまったことを代々伝える生き物として登場させているんです。今度の作品では逆に、人間自身が文字にするのを自ら禁止して、人と人の間で口承で伝え続けていたらどうだろうと思いました。」&lt;/span&gt;（『本の話』平成21年/2009年3月号「著者インタビュー　もう一つの大阪が明らかに」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;&lt;strong&gt;『鬼の跫音』&lt;/strong&gt;……&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun140MS.htm&quot;&gt;道尾秀介&lt;/a&gt;さんいわく&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「昔、都筑&lt;/span&gt;（引用者注：都筑道夫）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;さんの『怪奇小説という題名の怪奇小説』を読んだときに『ここに混沌がいた！』と思ったんですね。エッセイだか小説だかわからない、ＳＦでもないし、何だかわけがわからないけど一生忘れない、すごくインパクトのある本で、こういう混沌的なというか、目鼻をつけたら死んでしまうような話を書くのが夢だったんです。今回の短編集で、少しはそれが出来たかなという気がしています」&lt;/span&gt;（『ダ・ヴィンチ』平成21年/2009年3月号「こんげつのブックマークＥＸ」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　この6人のうち5人の方は、すでに直木賞候補を経験ずみです。選考委員から何だかんだと難癖つけられたことがあります。直木賞オタクとしては、やはりそういった過去の「一方的通告」と対比させながら、候補の方々の発言を読んで（深読みして）、どうにも胸がわくわくしてきちゃいます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ほら、こんなふうに。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　北村薫さんの場合は、どうしたって2年前の、『玻璃の天』（&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/ichiran/ichiran121-140.htm#list137&quot;&gt;第137回&lt;/a&gt;　平成19年/2007年上半期　候補）のときのことを、思い起こさずにはいられません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/sengun/sengun113AT.htm&quot;&gt;阿刀田高&lt;/a&gt;さんは言いました。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「なぜいま昭和の初めの上流社会を描いて、古典的なトリックをあしらうのか、それでなにを訴えるのだろうか、小説観のちがいを感じ、良質の作品とは思いながらもポジティブに評価できなかった。」&lt;/span&gt;（『オール讀物』平成19年/2007年9月号選評「小説の豊饒さ」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　げげ。「小説観のちがい」とか言われちゃったらなあ。何も言えません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　たぶん選考委員の方も、シリーズ途中の1冊だけ読まされて、どう読み取っていいのかよくわからなかったんでしょう。北村さんは「昭和の初め」という設定について、こんなことも語っています。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「登場人物たちは、これから十年後に世界がどうなってゆくかわからないわけです。一方、われわれは「歴史」を知っている。描かれた時代が過去であるからこそ、作中の登場人物の運命を知りつつ読むことによって、作者は語っていないんだけれど伝えられる部分があるということです。」&lt;/span&gt;（『本の話』平成21年/2009年4月号「著者インタビュー　ベッキーさんが、われわれに託すもの」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　読み手側の力量が試されているんだろうな。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　本来『鷺と雪』だけじゃなくて、シリーズ通して読まれるべき物語なんでしょう。文春の人もあせって、単発ごとに候補にせず、3冊まとまったところで3冊全部を候補作にすればよかったのに。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　『愚行録』（&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/ichiran/ichiran121-140.htm#list135&quot;&gt;第135回&lt;/a&gt;　平成18年/2006年・上半期　候補）が、選考会でさんざんけなされたことは、うちの親サイトの「&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kenkyu/toku141.htm&quot;&gt;第141回候補の詳細&lt;/a&gt;」の、貫井徳郎さんのところでもちょっと触れました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ほんの一例。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「なんら新味のない構成であるが、内容に、あるいは文体に斬新さがあれば、よしとしたいとおもっていたものの、そこにも作者の意識は不在で、けっきょく新しい人間像を造形することに成功したわけではなく、社会現象を汎論するにとどまった、と感じられた。」&lt;/span&gt;（&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/sengun/sengun123MM.htm&quot;&gt;宮城谷昌光&lt;/a&gt;　『オール讀物』平成18年/2006年9月号選評「さまざまな課題」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　さらには、渡辺淳一さんをして&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「この作品がなぜ候補になったのか、不思議」&lt;/span&gt;とかいう、昔なつかしい「直木賞における酷評の常套句」を書かせてしまったほどです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　対して、貫井さんはごく最近、こんなふうに書いています。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「&lt;/span&gt;（引用者注：『愚行録』の文庫化にあたり）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;ゲラで読み返して、この作品のテーマである「格差社会の醜さ」は、三年前よりも今の方がもっとリアルに感じられるのではと思いました。三年前はまったくテーマを読み取ってもらえませんでしたが、この文庫版で理解してもらえたらいいなと思っています。」&lt;/span&gt;（&lt;a href=&quot;http://www.hi-ho.ne.jp/nukui/&quot;&gt;貫井徳郎オフィシャル・サイト「He Wailed」&lt;/a&gt;内「RECENT TOPICS」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　で、今度の『乱反射』にも、先の引用どおりに作者の祈りが込められているそうです。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「僕だって〈些細な自分勝手〉は日常的にしていて、誰もが例外ではありえませんから。その愚かな人の世を、人は嫌でも生きていくしかないと諦めつつ、例えば明石市の歩道橋事故（01年）のような悲劇を、小説が未然に防ぐ可能性が０でないなら書く価値はあると。そんな祈りをこめたもう一つの『愚行録』（06年の代表作）です」&lt;/span&gt;（『週刊ポスト』平成21年/2009年4月3日号「ポスト・ブック・レビュー」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　今度は、さすがにね。テーマぐらいは、選考委員の方々も読み取ってくださるでしょう。きっと。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　葉室麟さんには、前回『いのちなりけり』（&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/ichiran/ichiran121-140.htm#list140&quot;&gt;第140回&lt;/a&gt;　平成20年/2008年・下半期　候補）が、バシバシ叩かれた痛い経験があります。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「始まりから固有名詞群と脇筋群が一気に出しゃばってくるので、主筋がたえず横滑りを起こし、時の前後さえ判別しがたくなる。とても読みにくい。」&lt;/span&gt;（&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/sengun/sengun88IH.htm&quot;&gt;井上ひさし&lt;/a&gt;　『オール讀物』平成21年/2009年3月号選評「意中の三作」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「中盤から書き急ぎの感がありました」&lt;/span&gt;と&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/sengun/sengun140MM.htm&quot;&gt;宮部みゆき&lt;/a&gt;さんが指摘していましたが、今度の『秋月記』が、5月の&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/senpyoYS/senpyoYS22.htm&quot;&gt;山本周五郎賞選考会&lt;/a&gt;で議論されたときにも、やっぱりそんな感じの評価があったようです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　さて直木賞の選考会ではどうなるか。またまた、「途中から書き急ぎすぎ」とか言われて窮地に立たされるのでしょうか。むしろこの物語の運び方こそが、葉室作品の特色といえば特色なんでしょうけど。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それでも葉室作品には、愛してくれる無数の読者たちがいます。彼らの、次のような思いが、果たして選考委員の方々に理解されますか。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「私たち&lt;/span&gt;（引用者注：『西日本新聞』内門博記者）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;は、本藩と支藩の関係を親会社と子会社、引いては大企業と孫請け中小企業の関係のように重ねて読んでしまう。主人公の間は、いわばそうした子会社や孫請け会社などで奔走する幹部だ。「不況の昨今、間のように懸命に戦いつつも結局は競争に敗れるサラリーマンは多いでしょう。きっと無数の間小四郎が今もなお戦っているんです」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「秋月記」は日本経済新聞の書評で紹介され、売り上げが伸びたという。間小四郎に自分を重ねる中小企業の幹部たちが手に取っているのかもしれない。」&lt;/span&gt;（『西日本新聞』平成21年/2009年4月11日「あなたに会いたい＝作家　葉室麟さん　歴史の中で人は孤立していない」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　万城目学さんと『プリンセス・トヨトミ』は、直木賞的にみて今年上半期に、とある事件に遭遇しています。それは、『週刊朝日』誌上で万城目×&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/sengun/sengun123HM.htm&quot;&gt;林真理子&lt;/a&gt;（直木賞選考委員）の対談がおこなわれたことです。万城目さんが対談した作家は、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun137MT.htm&quot;&gt;森見登美彦&lt;/a&gt;さんに続いて、林ねえさんが二人目なんだとか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ちなみに前作の『鹿男あをによし』は&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/ichiran/ichiran121-140.htm#list137&quot;&gt;第137回&lt;/a&gt;（平成19年/2007年・上半期）の候補になりました。このとき、林ねえさんは、万城目＆森見を「最近の若い作家」としてくくって、ガツンと懲らしめる内容の選評を書いたわけです。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「今若い人に人気の万城目学さんの「鹿男あをによし」、森見登美彦さんの「夜は短し歩けよ乙女」は面白いことは面白いのであるが、途中からいっきにだれていく。&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;読み手よりもまず書き手が楽しんでいるのは、最近の若い作家によく見られる傾向である。自分が真先に面白がり楽しんで、この輪の中に入ってくる読者だけを迎え入れる。&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;ありきたりな言い方であるが、二人ともあまりご自分の才に溺れないでほしい。」&lt;/span&gt;（『オール讀物』平成19年/2007年9月号選評「まさにプロの技」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　それが今年になって、林ねえさんははじめて実際の万城目さんに逢うわけですが、そこでは、いかにも優しげで穏やかじゃないですか。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「&lt;strong&gt;林&lt;/strong&gt;　&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;いよいよドーンときた感じですよね。&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;あり得なさそうな話だけど、どんどん引きこまれて、つい最後まで読んじゃいましたよ。&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　ただの荒唐無稽の小説にしてないところがすごい。発想が奇想天外で、話の外堀を埋めていくための文章力や構成力もきちんとしていて。」&lt;/span&gt;（『週刊朝日』平成21年/2009年6月13日号「マリコのゲストコレクション」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;



&lt;p&gt;　これが社交辞令だったのかどうかは、今度の選評のときに判明します。楽しみに待っていようっと。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それはそうと。林ねえさん。たまには&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kenkyu/naoki35.htm&quot;&gt;直木三十五&lt;/a&gt;の墓参りにも行ってあげてくださいよね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　道尾秀介さんの場合は、半年前の&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/ichiran/ichiran121-140.htm#list140&quot;&gt;第140回&lt;/a&gt;（平成20年/2008年・下半期）候補の『カラスの親指』とは、がらりと趣向も風合いもちがう短篇集『鬼の跫音』が候補です。昨日の敵が今日の味方となるか、昨日の味方までも敵となっちゃうのか、これが選考委員の面々にどう受け取られるかは、ほんとわかりません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　たとえば、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/sengun/sengun79IH.htm&quot;&gt;五木寛之&lt;/a&gt;さんの、&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「軽やかなタッチは、ほっと一息つけるところがあって好ましかったが、残念ながら読む側の意表をつく意外性に欠けるような読後感をおぼえた。」&lt;/span&gt;（『オール讀物』平成21年/2009年3月号選評「作家と作品と」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　なんつう感想は、とうてい今度の『鬼の跫音』に当てはまるわけもありませんし。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ただ、今度の短篇集を書き終えて、道尾さんご自身の「やりきった感」はかなり高かったみたいです。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「この本には、今僕のできることの全てがつまっています。もし僕自身が『鬼の跫音』を未読の状態で読めるなら、五十万くらい出しても買う（笑）。誰にでも好かれる本じゃないだろうけど、僕と同じ好みの人なら、これは世の中にあるどの本よりも面白いと思いますよ」&lt;/span&gt;（『別冊文藝春秋』平成21年/2009年3月号「book Trek」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　ワタクシは定価1,470円で買わせてもらいました。ワタクシの好きな範疇の小説であってくれて、幸せなことでした。……さあて、選考委員の方々はこれを逆に100万円もらって読みます。どんな感想が聞けますことやら。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ただひとりの初候補は、西川美和さんです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　初候補の受賞は、さかのぼること丸5年前、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/ichiran/ichiran121-140.htm#list131&quot;&gt;第131回&lt;/a&gt;（平成16年/2004年・上半期）の&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun131KT.htm&quot;&gt;熊谷達也&lt;/a&gt;さん以来ずっと出ていません。となればそろそろ出てもおかしくない星のめぐりです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　なんにせよ、映画の原案だろうがポプラ社だろうが、この作品集を他のあまたの小説たちと同列において審査し、候補作にのこした日本文学振興会＝文春の社員の方々の努力がうれしいですよね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ただし、これで直木賞を受賞されたからといって、西川さんを映画界が放っておくわけはなく、彼女がバリバリと小説に専心して、小説界の隆盛の一翼をになってくださるようになるとはとうてい考えにくいんですけど。まあ、直木賞のほうは自分の生い立ちなぞすっかり忘れて、パッと光ってパッと散る、一夜の花火になろうなろうとしていますから、それはそれでいいですか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　映画監督と小説家の両立、ってことでいえば、『エコノミスト』誌で、ライターのりんたいこさんが、西川さんにこんなことを聞いてくれています。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「――あるとき急に、作家に方向転換することもあるのでしょうか。」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　それに答える西川さん。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「&lt;strong&gt;西川&lt;/strong&gt;　体力がなくなったら、そうするでしょうね。映画監督は本当に、精神力と体力とが必要な仕事ですから。その意味で、自分が向いているとは思えないし、いまでも、もっとやれることがあるだろうにと思いますが、なかなかうまくいきません。だから、そのへんが事切れたときが、（監督から身を引く）潮時なのかもしれません。私みたいに不器用な、映画のこともよく勉強したことのない人間は、映画監督を職業としてやっていくとダメになっちゃう。不器用な人間は不器用なりに自分のできることを磨いていけばいいのかな、と思っています。」&lt;/span&gt;（『エコノミスト』平成21年/2009年6月16日「ワイドインタビュー問答有用」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　お疲れ様です。まあ、映画撮るのに疲れて気分転換したくなったら、小説で息抜きして、ワタクシたちを楽しませてください。&lt;/p&gt;
</content:encoded>


<dc:subject>まもなく選考会</dc:subject>

<dc:creator>P.L.B.</dc:creator>
<dc:date>2009-07-05T22:26:51+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-6489.html">
<title>「芸術としての文学」とは正反対にある、俗悪な散文すべて。――中村光夫「『わが性の白書』」</title>
<link>http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-6489.html</link>
<description>中村光夫「『わが性の白書』」 （昭和38年/1963年11月・講談社刊） 　このカテゴリーテーマはまだ2週目です。それなのに、早くも本題から外れた小説を取り上げてしまうのは、心の痛いかぎりです。 　40数年前……と言いますから、直木賞でいえばちょうど第50回（昭和38年/1963年・下半期）を迎えたころのこと。話題作「『わが性の白書』」が世に登場しました。 　しかし正直いって、ここには直木賞も、そ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;strong&gt;&lt;img border=&quot;0&quot; src=&quot;http://naokiaward.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/06/28/090628.jpg&quot; title=&quot;090628&quot; alt=&quot;090628&quot; style=&quot;margin: 0px 5px 5px 0px; float: left;&quot; /&gt;
中村光夫&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4061962906?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4061962906&quot;&gt;「『わが性の白書』」&lt;/a&gt;&lt;img width=&quot;1&quot; height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4061962906&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;（昭和38年/1963年11月・講談社刊）&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;
　このカテゴリーテーマはまだ2週目です。それなのに、早くも本題から外れた小説を取り上げてしまうのは、心の痛いかぎりです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　40数年前……と言いますから、直木賞でいえばちょうど&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/ichiran/ichiran41-60.htm#list050&quot;&gt;第50回&lt;/a&gt;（昭和38年/1963年・下半期）を迎えたころのこと。話題作「『わが性の白書』」が世に登場しました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　しかし正直いって、ここには直木賞も、それを連想させる文学賞も登場しません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　当たり前だ、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/akutagawa/sengun/sengun34NM.htm&quot;&gt;中村光夫&lt;/a&gt;が直木賞のことなんか触れるわきゃないだろ。と鼻で笑う気持ちもわからんでもないのです。ないんですが、直木賞オタクともなると、当時の芥川賞選考委員・中村光夫さんが、芥川賞をパロった「新人賞」を描いたり、大衆雑誌とか婦人雑誌とかのことを皮肉ったりしている小説を書いて、それでも直木賞ふうの賞のことは完全に埒外に置いたその不在の感じに、逆に直木賞の亡霊が見えてきたりするんですから、いや、手に負えません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　内容紹介の前に、簡単な書誌を挙げておきます。&lt;/p&gt;

&lt;ul&gt;&lt;li&gt;初出『群像』昭和38年/1963年10月号&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;単行本　&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000JAHOQ4?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=B000JAHOQ4&quot;&gt;昭和38年/1963年11月・講談社刊&lt;/a&gt;&lt;img width=&quot;1&quot; height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=B000JAHOQ4&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt; &lt;/li&gt;

&lt;li&gt;新書判　&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000JACY8M?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=B000JACY8M&quot;&gt;昭和40年/1965年6月・講談社／ロマン・ブックス&lt;/a&gt;&lt;img width=&quot;1&quot; height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=B000JACY8M&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt; &lt;/li&gt;

&lt;li&gt;全集　&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000J98WDO?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=B000J98WDO&quot;&gt;昭和47年/1972年5月・筑摩書房刊『中村光夫全集　第十五巻　戯曲・小説（一）』&lt;/a&gt;&lt;img width=&quot;1&quot; height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=B000J98WDO&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;所収&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;文庫　&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4061962906?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4061962906&quot;&gt;平成6年/1994年9月・講談社／講談社文芸文庫&lt;/a&gt;&lt;img width=&quot;1&quot; height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4061962906&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt; &lt;/li&gt;&lt;/ul&gt;









&lt;p&gt;　この作品がいきなり講談社から書き下ろしで発表されたのだったら、杉戸一彦の『わが性の白書』と同じことになって、もっと面白かったんですけどね、現実はそれほどうまくはいかないもののようです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　で、杉戸一彦っていうのは、中村さんの「『わが性の白書』」に出てくる（といっても、物語は彼の葬式から始まるんですが）流行らない小説家です。死後、彼の遺した「わが性の白書――墓の彼方より」っていう350枚の原稿が見つかります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　これは杉戸の性生活の告白で、相手の名前とかも実名で書かれていて、杉戸の昔からの文学仲間、大学助教授で文芸評論家の永田了介のことが出てくるばかりでなく、了介の妻いつ子との不倫関係も描かれている代物。この評判になること請け合いの原稿を発見したのは出版社の現代社。担当者は吉井昭次といって、赤字つづきの文芸誌『現代文学』の編集長です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　現代社は大々的な広告をうって、また映画化の話も取りつけてきたりして、杉戸の遺作を売り込みにかかります。そして、モデル……しかも性生活や不倫といった話題のモデルとなった永田了介と妻いつ子の周辺も、もちろん穏やかなままではいきません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　といった筋で話は運びます。まあ、中村さんの「『わが性の白書』」のもつ文学性とか価値とかは、どうぞまじめに文学研究されている方々に預けるとして、ここでは直木賞のことにだけ視点を合わせます。いや、芥川賞のことですか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　永田いつ子は、杉戸の遺作が出た後に、『現代文学』に初めての小説「夜よ、ふたたび」を発表。これが好評で、いろんな雑誌から注文がくるようになります。次第に、今度の「新人賞」の有力な候補としていつ子の名前が取り沙汰されるようになるんですが、その頃の了介といつ子の会話。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「「&lt;/span&gt;（引用者前略）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;それより新人賞なんかもらわない方がいいよ。人に怨まれて損するだけだ。あんまり早くもらうと。」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　了介は、本気で云った。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「うらむなんてわずかでしょう。もらおうと思ってた人だけですもの。」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「そうじゃないさ、誰もがみとめる時期があるんだ。賞をとるにはね。」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「作品がすぐれていればいいわけじゃないの。」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「理窟としてはそうだよ。だけど、作品の水準なんて似たりよったりなんだ、新人賞の場合は。委員によって評価が違うしね。だから、経歴がどうしても参考になる。」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「おかしいわね、そんな。新人賞でなくて旧人賞じゃないの。」」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;













&lt;p&gt;　おかしいですよね、いつ子さん。ワタクシもそう思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　でも、これを何らおかしいと感じなくなって、はじめて「現代」人なのかも。ああ、ただ純粋に候補作品だけをもって選考しようとして、その果てに選考委員の椅子を蹴った&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/sengun/sengun79SS.htm&quot;&gt;城山三郎&lt;/a&gt;さんの純心さがなつかしい。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　先に引用した箇所からしばらく、「新人賞」のことが続きます。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「了介は妻の顔をみた。その表情は真剣だった。そこには見なれた妻とも彼の考える芸術家とも、まったく別な新しい型の女がいた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　むろん文学賞をほしがるのが異常なのではない。名誉欲が芸術家の天性なのは、了介自身の経験からもよくわかっていた。しかしそれが政治家のなどと違うのは、芸術にたずさわることが、利害や成敗を無視した献身であるからと了介は信じていた。彼が文壇にでたころは、戦後といっても、こういう古風な気質が強く残っていた。&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　それがいまでは文学者が正直になったのか、いつ子のように作家になったかどうかわからぬ女まで、文学賞を公然とほしがる。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　了介が芸術の世界にだけはまだあるように信じていた慎しみや羞みなどの美徳も、実際はもう記憶のなかの幻にすぎず、それらが悪徳に変ってしまった新しい秩序がジャーナリズムの世界にできて、妻がそこに泳ぎだしているのかも知れない。」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;







&lt;p&gt;　中村さんの意識は、そりゃあ、「芸術」＝「文学」の側にあるのであって、その世界にいるはずの人間たちが、ジャーナリズムの攻勢で変容し、また文学の「新人賞」もジャーナリズムの洪水で変形してきた、ってハナシなんでしょう。「文学」の人たちは、それで怖がったり抵抗したりしていりゃいいでしょうが、さて直木賞はどうでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　直木賞は、最初の段階で「大衆文芸」……ってことは、つまり「ジャーナリズムなき場所では発生も発展もし得なかったジャンル」に与える賞だと謳ってしまいました。そのことで、たぶんかなりの人が目をくらまされ、誤解したのじゃないだろうか、とワタクシは疑っています。&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/sengun/sengun1KK.htm&quot;&gt;菊池寛&lt;/a&gt;や&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/sengun/sengun1SM.htm&quot;&gt;佐佐木茂索&lt;/a&gt;のねらいは、たしかにそうだったかもしれないけど、実際の「直木賞」は、全然ちがう性質をもってここまで生きながらえてきた、と見たほうがシックリきます。 &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　じゃあ「ちがう性質」って何なんだ。……一言で説明するのはキツいんですけど、無理に表現するなら、「文学、と認めてくれる人の少ない散文作品」と言いましょうか。俗っぽくいえば、アンチ芥川賞の世界、と言いましょうか。中村さん（いや、永田了介）の言葉を借りるなら、とても芸術と言えないシロモノたち、と言いましょうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　なので、永田了介ら文学者がまゆをひそめるあらゆる作品こそが、現実的には直木賞の取り上げてきたものでした。決してそれらは「大衆文芸」だけじゃないですよ。いくつかは、拙ブログの「これぞ名候補作」でも取り上げましたけど、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun32IK.htm&quot;&gt;石川桂郎&lt;/a&gt;の&lt;a href=&quot;http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/32-6c88.html&quot;&gt;『妻の温泉』&lt;/a&gt;や&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun87IK.htm&quot;&gt;飯尾憲士&lt;/a&gt;の&lt;a href=&quot;http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/197087-d6f5.html&quot;&gt;「自決」&lt;/a&gt;を大衆文芸と言い張る勇気が、ワタクシには沸いてきません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「『わが性の白書』」において、まゆをひそめられている（かどうかは異論ありそうですが）事象を、ちょっと挙げてみましょうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　まず中沢寅次なる人物。杉戸や了介の昔の仲間でありながら、週刊誌に時代小説を書き出して流行作家になった人です。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「「やあ、どうも、おそくなって。」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　てりのでた赤ら顔で、中沢寅次が、わざと大声をあげた。&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　杉戸の写真の前にすわると、頭をたれて合掌していたが、すぐけろりとした顔で食卓について盃をあげた。人中での彼の行動はすべて芝居じみていた。」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;





&lt;p&gt;　この中沢が、新人賞についていつ子にアドバイスを贈ります。次のような感じです。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「「面白いこと云ったわ。新人賞の詮衡が近づいたら、あんまり読みものを書きちらさない方がいい、審査員の印象が悪くなるからですって。」&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「だから、そのためにも早く貰った方がいいって。とってしまえば、あと、なに書いたって文句がでない。大衆作家がうんと稼いだのはむかしのことで、いま流行作家になる一番の早道は純文学の作家になることだ、自分がいい例だって。」」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　さすが、40年前の、純文学あがりの大衆作家は言うことが違いますなあ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それと、読物雑誌、婦人誌、週刊誌などもいろいろ槍玉にあがっています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　現代社は文芸誌のほかに読物雑誌を出しています。名前は『オール小説』。文芸誌『現代文学』との力関係は、こんなふうです。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「&lt;/span&gt;（引用者注：『現代文学』のことを）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;社長も口先きでは激励してくれたが、実際に経費を請求すると、もうかっている「オール小説」とはまるきり金のだしぶりが違った。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「オール小説」の売行が、週刊誌におされて減ってきてから、ことに風当りが強くなった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「大きな顔するな、俺達が食わしてやってるんじゃないか」「儲けなくてもいい雑誌は羨しいよ」などの陰口が「オール小説」の編集員から聞えてきた。」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;





&lt;p&gt;　ううむ、まさに「『わが性の白書』」を一挙掲載したＫ談社の『Ｇ像』誌のハナシを聞いているような（&lt;a href=&quot;http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_97c2.html&quot;&gt;大久保房男『終戦後文壇見聞記』のエントリー&lt;/a&gt;をご参照あれ）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その『現代文学』の若き編集者、北山が話題のご婦人である永田いつ子に、自分のところに小説を書いてくれと頼むシーン。いつ子が、すでにどこかの婦人雑誌から小説の依頼を受けているらしいことを聞いて、&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「「およしになった方がいいですね。」北山はずばりと云った。「初めての小説を婦人雑誌に書いたら通俗作家にされちまいますよ。」&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「『現代文学』にのれば、どんなに評判が悪くても、一応純文学の作品になる、そこが大事なんです。一旦純文学の作家ということになれば、通俗小説をいくら書いても、その資格はなくならない。通俗作家の方は純文学を書くわけには行かないんです。」&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　云われて見れば、たしかにそれは事実だった。どうしてこういう奇妙な習慣ができたのか、いつ子にはわからなかった。」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;



&lt;p&gt;　そうですか、やっぱり&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun58TY.htm&quot;&gt;筒井康隆&lt;/a&gt;さんが歩んだ道のりは偉大ですなあ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　終始こんな調子で、文壇をとりまく話題がパロりパロられ、ストーリーのあいだあいだに差し挟まれます。それで、「新人賞」（作品のなかには具体的な賞名は出てきません）といえば、純文学の賞のことです。それ以外に別のジャンルを扱う賞があることなど、出てきません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　逆に、「大衆文芸の新人賞」みたいなかたちで、直木賞っぽいものが出てこなくて、正直ホッとしました。たぶん直木賞を「『わが性の白書』」のなかに組み込むとしたら、大衆文芸、通俗小説、週刊誌小説、ジャーナリズムに食い物にされる小説、純文学あがりの薹の立った中堅作家、それら全部……つまり「文学」とか「芸術」とは真反対の、すべての俗悪なものを対象にした賞、っていうかたちになったでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それはそれで読みたかった気もしますが。まあ、直木賞っぽいものが出てこないのは、中村光夫さんがそんなものに、興味も関心もなかっただけなんでしょうけど。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>小説に描かれた直木賞</dc:subject>

<dc:creator>P.L.B.</dc:creator>
<dc:date>2009-06-28T21:12:13+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-6f5a.html">
<title>受賞すれば名前が一躍メジャーになり、親戚連中を見返せる。――東野圭吾「もうひとつの助走」</title>
<link>http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-6f5a.html</link>
<description>東野圭吾「もうひとつの助走」（平成17年/2005年4月・集英社刊『黒笑小説』 所収） 　「直木賞を描いた小説」、新たな定番といえば、これでしょう。「もうひとつの助走」です。 　パロディものです。こういう類の作品を、知ったかぶりして講釈たれるのは、心底はずかしい。要はパロディものなんて、元ネタになっているモデルや本家を知っている人だけが楽しめればいいわけであって、わざわざ解説するなんざ愚の骨頂。ほ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;img border=&quot;0&quot; alt=&quot;090621&quot; title=&quot;090621&quot; src=&quot;http://naokiaward.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2009/06/21/090621.jpg&quot; style=&quot;margin: 0px 5px 5px 0px; float: left;&quot; /&gt;&lt;strong&gt;東野圭吾「もうひとつの助走」（平成17年/2005年4月・&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4087747549?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4087747549&quot;&gt;集英社刊『黒笑小説』&lt;/a&gt;&lt;img width=&quot;1&quot; height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4087747549&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;所収）&lt;/strong&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;
　「直木賞を描いた小説」、新たな定番といえば、これでしょう。「もうひとつの助走」です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　パロディものです。こういう類の作品を、知ったかぶりして講釈たれるのは、心底はずかしい。要はパロディものなんて、元ネタになっているモデルや本家を知っている人だけが楽しめればいいわけであって、わざわざ解説するなんざ愚の骨頂。ほんと、そう思います。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　思いつつも、あえて愚をおかします。愚かな行為がお好みでない方は、ぜひこんなブログ無視して、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun134HK.htm&quot;&gt;東野圭吾&lt;/a&gt;さんの『黒笑小説』を読んでお楽しみください。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ええと、「もうひとつの助走」を紹介するにあたって、絶対に忘れちゃいけないこと。それはこの作品がワタクシたちの前に現れたタイミングが、3度あるってことでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　一回目。『小説すばる』平成11年/1999年7月号。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　二回目。単行本&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4087747549?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4087747549&quot;&gt;『黒笑小説』（平成17年/2005年4月・集英社刊）&lt;/a&gt;&lt;img width=&quot;1&quot; height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4087747549&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;に収録されて出版。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　三回目。文庫本&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4087462846?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4087462846&quot;&gt;『黒笑小説』（平成20年/2008年4月・集英社刊）&lt;/a&gt;&lt;img width=&quot;1&quot; height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4087462846&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;に収録されて出版。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　3度とも作品の内容はまったく変わっていません。そのかわり、東野圭吾さんと直木賞を取り巻く状況は、3度とも変わりました。劇的に。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それゆえにこの作品は「奇跡の小説」とかいう称号とともに、誰が言い出したということなしに、呼ばれることになるのです。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　作品のなかで、直木賞がどのように描かれているか。少しご紹介してみます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　賞の具体的な名前には一度も触れられていません。「灸英社」（ルビ：きゅうえいしゃ。ルビは初出にはなく、単行本・文庫本に付されたもの。以下同じ）がスポンサーとなって、「新日本小説家協会」が主催する賞です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　寒川心五郎（ルビ：さむかわ・しんごろう）は、デビュー30年のベテラン作家。ミステリ的な小説を灸英社から出して、今回で5度目の候補にあがります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　さてこの賞をとると、いったい何がどうなるのか。寒川は心のなかで、次のように思っています。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「受賞ということになれば、本の売れ行きも全然違ってくる。本屋にずらっと俺の本が並ぶぞ。寒川心五郎という名前が一躍メジャーになる。クレジットカードだって簡単に作れる。テレビからだってお呼びがかかるかもしれない。寒川心五郎と聞いて、「あらあ、ごめんなさい。聞いたことないわあ」と馬鹿笑いをされなくても済む。俺のことを売れない作家だと思っている親戚連中を見返してやることもできる。」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　それが真実なら、この賞は直木賞よりも社会的影響の大きいニュース性をもっていることになります。だってあなた、少なくとも、現実的にまわりの人に、直木賞受賞者の名前を言って、「ああ、あのひと」とうなずいてもらえる割合が、どのくらいありますか？　直木賞作家の名前なんて、多くの人は興味もないし覚えてもいません。そんなもんです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　寒川5度目の候補となった今回は、おそらく冬から春にかけての時期。全候補作中、時代小説はひとつもなく、一作を除いてみなミステリ的な小説です。その例外の一作を書いたのが乃木坂（ルビ：のぎざか）という女流作家。もうひとり、今度で3度目の候補の望月（ルビ：もちづき）と、それから寒川の3人が、実質的に受賞の可能性があるのではともっぱらの評判です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　選考会は5時に始まりますが、過去1時間以内で終わったことなど一回もなく、たいてい結果が出るのは7時から8時。ＮＨＫの夜のニュースに間に合うかどうかの時間帯です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　選考委員のうち、作品内に名前が登場するのは次の5名。&lt;/p&gt;

&lt;ul&gt;&lt;li&gt;花本（ルビ：はなもと。望月を推しそう）&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;鞠野（ルビ：まりの。乃木坂を推しそう。前回の選考では一人、乃木坂を推した）&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;狭間（ルビ：はざま。時代ものが好き。ミステリ・ＳＦが嫌い）&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;夏井（ルビ：なつい。大御所。若手作家にも強烈なライバル意識を燃やす）&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;平泉（ルビ：ひらいずみ。選考会のたびに言うことが変わる。望月を推しそう）&lt;/li&gt;&lt;/ul&gt;

&lt;p&gt;　有力視されている3人の候補作家は、みんな2度以上の候補経験がある人ばかり。このあたりが、“本家の助走”の物語から20年以上、時がたって書かれたその時代性を感じさせます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　そうそう、“本家の助走”……&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun58TY.htm&quot;&gt;筒井康隆&lt;/a&gt;さんの&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4167181142?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4167181142&quot;&gt;『大いなる助走』&lt;/a&gt;&lt;img width=&quot;1&quot; height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4167181142&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;（昭和54年/1979年3月・文藝春秋刊）に比べると、こっちは短篇ってこともあって、作家とそれを取り巻く編集者たちの、オモテの顔と、内心で考えていることのギャップに絞って描かれていて、そこが読ませどころです。“本家”みたいに、選考委員たちが俗物（っていうより、“本家”の場合はほぼ怪物）っぷりまんまんで描かれることもありません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　初出の『小説すばる』誌をみてみますと、イラストは浅賀行雄さん。本文の前に、こんなキャッチ文（あらすじ）が付けられていました。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「受賞か、また落選か？&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　苦節三十年候補五回目寒川心五郎は文学賞の選考結果を待っていた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　作家編集者選考委員の思惑期待が入り乱れ！&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　そして、運命の電話が鳴った。」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　このとき、東野さんは作家デビュー14年目くらい。直木賞の候補になったのは、その年（平成11年/1999年）の1月に、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/ichiran/ichiran101-120.htm#list120&quot;&gt;第120回&lt;/a&gt;（平成10年/1998年・下半期）で『秘密』が取り上げられたその1回きりしかありませんでした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　当時だって、さすがに30年も作家稼業を送っているようなベテランが、候補になるケースはなくて、そういう意味でこの「灸英社がスポンサーの賞」は、直木賞を連想させつつ、そこまで似ていない、架空度の高い小説でした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そうは言っても、苦節10ン年でようやくはじめての直木賞候補、それで落とされてまもなくこんな作品を発表するなんて、なかなか勇気がありますね、ってところでしょうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ご本人いわく、&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「&lt;strong&gt;１９９９&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　直木賞落選という派手なセレモニーから、この年は始まった。本当にいろいろなことのあった一年だった。直木賞に続いて、吉川英治文学新人賞にも落ちた。デビューして十四年の人間が新人ということ自体おかしいと思っていたから、これには何とも思わなかった。よく落ちたなあと感慨深かっただけである。」&lt;/span&gt;（平成19年/2007年1月・&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4163688102?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4163688102&quot;&gt;文藝春秋刊『たぶん最後の御挨拶』&lt;/a&gt;&lt;img width=&quot;1&quot; height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4163688102&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;所収「I. 年譜」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　と、すでにかなり落選慣れ（ってコラコラ）していたところに、直木賞落選なるセレモニーが加わって、「苦節三十年、五度目の候補」っていう寒川心五郎が生み出せたのかもしれませんね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　こんな回想もあります。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「&lt;strong&gt;『黒笑小説』&lt;/strong&gt;（２００５年４月　集英社）&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　『怪笑小説』、『毒笑小説』に続く第三弾の、お笑い小説集である。これまでで一番の出来だと思っている。文壇ネタが多いが、担当者から自粛するようにいわれたこともある。」&lt;/span&gt;（前掲書所収「II. 自作解説」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;



&lt;p&gt;　担当者が、この作品から呪いのパワーを感じ取ったからなのか、どうかは知りませんけど、発表から5年後、平成16年/2004年7月に東野さんが『幻夜』で&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/ichiran/ichiran121-140.htm#list131&quot;&gt;第131回&lt;/a&gt;（平成16年/2004年・上半期）の候補に挙がり、そして落ちたとき、しきりに「『もうひとつの助走』の呪い」論がささやかれたものです。寒川先生ほどじゃないにしても、東野さんデビューから20年弱、そして寒川先生に追いついて（？）ついに5度目の直木賞候補（落選）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ところが、これが呪いなのか幸いなのか、よくわかりません。翌年4月に、「もうひとつの助走」が単行本に収録されて広く読者に流布します。初出のころにはなかったパワーが、自然とこの作品にみなぎることになったのは、まさに僥倖でした。直木賞に5度落ちた人気作家が、文学賞に5度も候補になって期待と不満たらたらの作家のことを描いた小説を出す。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そして、『黒笑小説』のあのカバー写真です（オモテとウラ表紙含めて）。本書には、こう書かれています。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「装幀　今井秀之&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;写真　ＮＯＢＵ&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;（某文学賞の選考結果を編集者と待つ著者）」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;





&lt;p&gt;　前掲の『たぶん最後の御挨拶』の「自作解説」によれば、写っているのは著者ご本人と実際の編集者たちだそうで、都内の某焼鳥屋で撮影したものとのこと。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　小説もさることながら、あのカバー写真にゃ笑った、参った、という読者が（たぶん）急増して「もうひとつの助走」に込められた呪いも、ふっとんだ。のでしょう、おそらく。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　『黒笑小説』が文庫になるころには、東野さんも晴れて直木賞受賞作家（&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/ichiran/ichiran121-140.htm#list134&quot;&gt;第134回&lt;/a&gt;　平成17年/2005年・下半期　『容疑者Ｘの献身』で受賞）。ただし、文庫のカバーは、やけにあっさりとしたものになっちゃいました。「もうひとつの助走」にまといつく怨念または笑いも、否応なくレベルダウンしてしまうわけですが、いや、3度市場に現れて、内容は全然変わっていないのに3度ともちがった風味で受け止められる、奇跡の変遷を、この数ページの短篇が持っているそのことだけでも、ワタクシは一読者として、嬉しく楽しいのです。&lt;/p&gt;
</content:encoded>


<dc:subject>小説に描かれた直木賞</dc:subject>

<dc:creator>P.L.B.</dc:creator>
<dc:date>2009-06-21T21:02:31+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/3-17af.html">
<title>第3期は、「直木賞」を描いた小説たち。……ちょっとネタ切れが心配ですけど</title>
<link>http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/3-17af.html</link>
<description>　絶対に直木賞のこと以外は書きません、ってだけが取り柄の本ブログは、現在3年目を進行中です。 　先週までと同じく、これからもしばらくは、いろんな小説を取り上げていきたいんですが、視点をチョコっと変えてみます。「直木賞」は、じっさいどういうふうに見られ、どう思われてきたのか、それを知るために、「直木賞」のことを描いている小説に目を向けてみよう、って寸法です。 　そうは言っても、ワタクシも、そんなにネ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　絶対に直木賞のこと以外は書きません、ってだけが取り柄の本ブログは、現在3年目を進行中です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　先週までと同じく、これからもしばらくは、いろんな小説を取り上げていきたいんですが、視点をチョコっと変えてみます。「直木賞」は、じっさいどういうふうに見られ、どう思われてきたのか、それを知るために、「直木賞」のことを描いている小説に目を向けてみよう、って寸法です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そうは言っても、ワタクシも、そんなにネタを持っているわけじゃありません。世に有名なアレとか、コレとか。そのくらいです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　過去、このブログでは第1期（関連の書籍）、第2期（これぞ名候補作）とも、同じテーマで1年ぐらい続けました。今期は、1年（50週ぐらい）ももつかなあ。だめなら途中で変えます。すいません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それと、できればなるべく昔の、しかも受賞もしていないし、候補になったこともない人の書いた作品を取り上げたいのです。もしそんな小説をご存じの方がいたら、ぜひ教えてください。今期はいつも以上にヒト頼みです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ただ、1週間なんてすぐに過ぎてしまいます。しかたなく、「受賞作家が描いた、小説なのかエッセイなのか日記なのか、ほとんど判別のつかない作品」（これはけっこうありそうです）をご紹介するときもあると思います。ご容赦ください。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　さあて、始めます。最初は、あなたも知っている、ワタクシも知っている、定番中の定番作品から行きます。&lt;/p&gt;

</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>P.L.B.</dc:creator>
<dc:date>2009-06-21T20:57:59+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/140-d4be.html">
<title>新しさや斬新さが何もないのだとしても、それが小説として劣っていることにはなりません。　第140回候補　北重人『汐のなごり』</title>
<link>http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/140-d4be.html</link>
<description>=================================== 【歴史的重要度】… 3 【一般的無名度】… 3 【極私的推奨度】… 4 =================================== 第1...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #ff9900;&quot;&gt;===================================&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;ul&gt;&lt;li&gt;【歴史的重要度】…<img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /><img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /><img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /> 3&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;【一般的無名度】…<img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /><img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /><img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /> 3&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;【極私的推奨度】…<img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /><img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /><img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /><img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /> 4&lt;/li&gt;&lt;/ul&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #ff9900;&quot;&gt;===================================&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/ichiran/ichiran121-140.htm#list140&quot;&gt;第140回&lt;/a&gt;（平成20年/2008年・下半期）候補作&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;strong&gt;&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun140KS.htm&quot;&gt;北重人&lt;/a&gt;『汐のなごり』（平成20年/2008年9月・徳間書店刊）&lt;/strong&gt;
&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「これぞ名候補作」のエントリーは、これで56本目、ほぼ1年間書いてきたことになります。とりあえずの一区切りです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　最後ぐらいは「今」につながる最新の候補作を取り上げたいなと思って、第140回（平成20年/2008年・下半期）の候補作のなかから選びました。受賞しなかった4つの候補のうちの一つです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　こないだの直木賞――半年前の第140回は、いろいろな注目点があったと思います。いつもと同様に。そのなかで一部のマスコミの取り上げた視点がありました。「50代以降の作家が3人（も？）候補になった。そのうち2人は50歳をすぎてからの割りと遅いデビューだった」っていうものです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　おっと、もうこれだけで、団塊のアレがどうしたこうした、と続くお決まりのハナシを想像させて、ややうんざり。と、眉をひそめる40代以下の小説愛好者が続出したとかしないとか。さらに言えば、オーバー50歳のお三方とも、その候補作は時代小説なんだとさ、ふん、じじいは時代小説ばっかだな、とせせら笑うミステリー愛好者がわんさかいたとかいないとか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　50歳というラインに、なんか意味があるとは思えません。また、時代小説がおじさん・おじいさんたちだけのものではない、と固く信じます。けれど、「時代小説がいま若い女性に人気」とか、ことさら書き立てる文章に出会うと、ふむ、世の中には時代小説はじじいのものと信じている一派があるんだなと勉強になります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　関川夏央さんに、その題もずばり&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4000271040?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4000271040&quot;&gt;『おじさんはなぜ時代小説が好きか』&lt;/a&gt;&lt;img width=&quot;1&quot; height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4000271040&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;（平成18年/2006年2月・岩波書店刊）っていう著書があります。最後のほうにこんな一節があります。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「これまで時代小説というものがあることは知っていたけれども、なんの興味もなかった。自分には関係ないと思っていた人が多いでしょう。では時代小説は誰に関係があるかというと、おじさんに関係があると思っていたわけですね。で、おじさんというのは得体の知れない暗黒大陸の住人のようなもので、彼らがなにを好んでなにを読もうと関係ない、それが素直な気持だったと思います。」&lt;/span&gt;（『おじさんはなぜ時代小説が好きか』より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　ほう、そうですか。時代小説＝おじさん、っていう構図はそんなに一般的ですか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それと関川さんは、こんなことも指摘しています。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「おじさんと時代小説の相性のよさは、たしかに「保守化」と関係があるでしょう。」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　いいでしょう。受け入れましょう。時代小説は、保守的な世界を味わわせてくれるものだと。いつもそこに、そのかたちであることの安心感。なごみ。しみじみ。地道。そして地味。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　……と、ここまで書いて、ワタクシはこう続けたいわけです。『汐のなごり』や『いのちなりけり』がいかに、『きのうの世界』や『カラスの親指』に比べて、地味であるか。人の目をひかないか。注目度が低かったか。と。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　でもね、そんな暴論はとても吐けません。6人の候補作家のなかでは&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun133OR.htm&quot;&gt;恩田陸&lt;/a&gt;さんだけズバ抜けて著作数も多いし固定読者も多いと思いますけどね、あの人は別格です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ちなみに、うちのちっぽけな親サイトのアクセス数を見てみますか。第140回の候補が発表された平成21年/2009年1月5日から、選考日前日の1月14日までの総数で、各作家のページのアクセス比率は、以下のとおりでした（恩田陸さんを100として計算しました）。&lt;/p&gt;

&lt;ol&gt;&lt;li&gt;&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun133OR.htm&quot;&gt;恩田陸&lt;/a&gt;………100&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun140TA.htm&quot;&gt;天童荒太&lt;/a&gt;……65&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun140KS.htm&quot;&gt;北重人&lt;/a&gt;………58&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun140YK.htm&quot;&gt;山本兼一&lt;/a&gt;……55&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun140MS.htm&quot;&gt;道尾秀介&lt;/a&gt;……45&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun140HR.htm&quot;&gt;葉室麟&lt;/a&gt;………39&lt;/li&gt;&lt;/ol&gt;











&lt;p&gt;　って、うちのサイト程度のデータじゃ何の参考にもなりませんか。そうですよね。どうもすみません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ワタクシもおそらく、おやじの一人にカウントされても、とくに文句の持って行き場のない人間です。仮に、おじさんの好きな小説、ってことだけで興味を失うような愚かな読者がいるとは思えませんので、堂々と胸をはって言いましょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ワタクシは『汐のなごり』が好きです。時代小説として好き、っていうより、単純に小説として好きです。それだけです。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　奥州の湊町、水潟。ここを舞台として、6つの短篇からなるのが『汐のなごり』です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　一篇、直木賞選考会でもっとも評価の高かった「海羽山」のあらすじだけ、ご紹介しておきます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　天保のころ。大飢饉に見舞われ、多くの人が飢えに苦しむなか、身銭を切って困窮者に粥をほどこすひとりの男。木津屋喜三郎。古手扱いの問屋の主です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　彼が他人の飢渇を黙って見過ごせないのには、わけがありました。彼自身、50年前、ひとに救われた経験があったからです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　喜三郎は元の名を辰吉といいました。水潟の人間ではありません。北津軽の生まれです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　辰吉が11歳のとき。北津軽が飢饉に襲われます。辰吉一家も食う者がなくなり、とうとう土地を捨てて、羽州に逃れます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　しかし、羽州を目指す道程も容易なものではありませんでした。食い物を求め、乞食のようになってさまよいます。その半ばで父、母、兄とはぐれ、辰吉だけが水潟にたどりついたのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そこで浮浪者の仮小屋に入れられ、粥を食わせてもらい命を救われます。その施粥を統括していた人こそ、先代の喜三郎でした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それから50年。懸命に働き、先代に目をかけられ、ついに二代目として跡を継がせてもらい、裕福で幸せな生活を送るまでになった彼。しかしこのごろ、どうしても貧乏で苦しかった50年前のこと、家族と別れることになった道程のことが、思い出されてなりません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そんな折り、知り合いから手紙が届きます。どうやら、彼が別れて久しい兄、と思われる男が海羽山中で修験者として住んでいるらしい、というのです。兄と会えるかもしれない……。彼の心はにわかに騒ぎはじめます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　地味かどうかはわからないんですが、時代小説は、たしかに「地道」であることの尊さを教えてくれることがあります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　直木賞においての時代小説を見ていくと、なぜかそんな思いにとらわれます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ごぞんじのとおり、直木賞は、ある程度実績を積んだ人を（も）顕彰する性格があります。そのなかでもとくに、「地道さ」に着眼して授賞することがあ
ります。そのために直木賞は、新人賞でありながら一筋縄ではいかない性質を内包することになるのですが、直木賞が目をつける「地道さ」は、なぜか時代小説
と結びついています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　コツコツとおのれが信じた道ひと筋を励みつづける姿、といって思い出されるのが、何度も何度も候補になって、そのたびに変わり映えがしないだの、前のほうがよかっただの言われた候補者たちです。&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun117UM.htm&quot;&gt;宇江佐真理&lt;/a&gt;さん、6度の候補。&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun104TR.htm&quot;&gt;東郷隆&lt;/a&gt;さん、6度の候補。&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun38TY.htm&quot;&gt;滝口康彦&lt;/a&gt;さん、6度の候補。なかでも滝口さんの&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/senpyo/senpyo68.htm&quot;&gt;第68回&lt;/a&gt;（昭和47年/1972年・下半期）の『仲秋十五日』が、受賞できなかったときの不運さたるや、ハンパありません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それでもみなさん、受賞者と呼ばれても何の違和感もないほど、淡々と職業作家として活躍してこられて。ああ、滝口さんが駆け出しだったころに、もし&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kenkyu/furok_YENEWaward.htm&quot;&gt;吉川英治文学新人賞&lt;/a&gt;があったなら、ぜひ差し上げて、無冠のかなしさから救ってあげたかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ええと、直木賞の場での「地道さ」は、なにも落とされ続けたところにのみ、湧き出る味じゃありません。じっさい、受賞者のなかにこそ、この賞独特の「地道さ」が表れています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「地道さ」が理由で受賞した三大作家といえば。……&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun12MG.htm&quot;&gt;村上元三&lt;/a&gt;、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun43IS.htm&quot;&gt;池波正太郎&lt;/a&gt;、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun69FS.htm&quot;&gt;藤沢周平&lt;/a&gt;です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　この方たちの受賞の、何が特徴的だったかといえば、コンスタントに作品を発表し、次々に候補に挙がった。とそのうえに、何度目かの候補のときに、候補作品はそれほど評価されなかったけども、これまでの実績で（実績だけで、と言ってもいいかも）受賞した、ってことです。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「作者村上元三氏は既に著名で、努力型であるが中々角度の広い人だ。審査会の席上、この使い分けがいけないと云う説も出たが、私はそれを好意に解釈
する方針を執った。&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;作も作だが、村上氏の作家経歴が物を言って今回の栄冠を頂くことになったと云えよう。」&lt;/span&gt;（&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/senpyo/senpyo12.htm&quot;&gt;『文藝春秋』昭和16年
/1941年3月号「直木三十五賞経緯」&lt;/a&gt;　&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/sengun/sengun1SK.htm&quot;&gt;白井喬二&lt;/a&gt;　より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「&lt;/span&gt;（引用者注：池波正太郎の「錯乱」は）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;整理が足りなかったし、真田信之という人物を主人公に書くべきだったと思うが、これまで五回も直木賞候補になった実力は、受賞に値する。」&lt;/span&gt;（&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/senpyo/senpyo43.htm&quot;&gt;『オール讀物』昭和35年/1960年10月号選評&lt;/a&gt;　&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/sengun/sengun32MG.htm&quot;&gt;村上元三&lt;/a&gt;「推理小説への疑問」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「&lt;/span&gt;（引用者注：藤沢周平の「暗殺の年輪」は）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;作品のねらいも古いし、こういうテーマの小説は、時代物畑の作家なら、たいていは書いている。」「この作者の実力と、これまでの実績を買って推した。これを契機に、自分のスタイルを確立してほしい。」&lt;/span&gt;（&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/senpyo/senpyo69.htm&quot;&gt;『オール讀物』昭和48年/1973年10月号選評&lt;/a&gt;　村上元三「二つの形」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　それでみなさん、受賞したあとにせっせと仕事に励むうちに、受賞の頃にはなかった新たな自分の型を生み出し、人気作家となっていくわけでして。た
ぶん賞を与えた選考委員たちの想像を超えるぐらいに。いま振り返ってみると、ああ、「地道さ」に目をつけることを馬鹿にしちゃいかんよなあ、と思わされた
りして。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　とくにあなた、藤沢周平さんの魅力が、一部の玄人だけじゃなくて、こんなにも広く一般的に受け入れられる日がこようとは。&lt;/p&gt;&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「氏の作品にはこれまで
のところ惜しいことにかくべつ新しい発想も視野もみられない」&lt;/span&gt;（前掲選評にて&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/sengun/sengun45MS.htm&quot;&gt;松本清張&lt;/a&gt;の評言より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;&lt;p&gt;　とまで言われた、平凡で今後の時代小説に何ら新しいもの
を生み出さないと思われていた藤沢さんが。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　たとえば、半年前の第140回で、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/sengun/sengun123MM.htm&quot;&gt;宮城谷昌光&lt;/a&gt;さんはこんな選評を書きました。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「藤沢周平を想わせる筆致で、全体に明るい落ち着きがある。時代小説に新しい試みをもちこんだとはいえないが、読後感はかなり良い。」&lt;/span&gt;（『オール讀物』平成21年/2009年3月号選評「ひとつの非凡」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　『汐のなごり』に対する言葉です。こう言われてしまった北重人さんには、あれ、もしかして藤沢さんばりの大飛躍が、将来あり得るのかもしれませんぞ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　「これぞ名候補作」を紹介するエントリーは、ひとまず今回で終わります。直木賞の候補作（受賞しなかった作品）は800作以上あるんですが、ほんの56作品しかご紹介できませんでした。毎週、この駄文に目を通していただいている方が、もしおられるのだとしたら、ほんとすみません。と、とりあえず謝っておきます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　第1期のときに直木賞の関連書籍を1年間とりあげて、ちょっと大変だったものですから、第2期に入るときに考えました。自分の好きな候補作品を紹介するのであれば、割りと楽に書けるんじゃないかなと、そう踏んだのが誤算でした。分け入る森の深さに、呆然とするばかり。おのれの勉強不足ぶりに気づかされました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　来週からは、また視点を変えて、書いていきたいと思います。今後ともお付き合いのほどを。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>これぞ名候補作</dc:subject>

<dc:creator>P.L.B.</dc:creator>
<dc:date>2009-06-14T23:13:31+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/70128-980c.html">
<title>とある組織をあたふたさせた、一人の女の余計な発言と、一人の男の怒り。　第128回候補　横山秀夫『半落ち』</title>
<link>http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/70128-980c.html</link>
<description>=================================== 【歴史的重要度】… 5 【一般的無名度】… 1 【極私的推奨度】… 3 =================================== 第128回（平成14年...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #ff9900;&quot;&gt;===================================&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;ul&gt;&lt;li&gt;【歴史的重要度】…<img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /><img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /><img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /><img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /><img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /> 5&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;【一般的無名度】…<img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /> 1&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;【極私的推奨度】…<img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /><img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /><img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /> 3&lt;/li&gt;&lt;/ul&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #ff9900;&quot;&gt;===================================&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/ichiran/ichiran121-140.htm#list128&quot;&gt;第128回&lt;/a&gt;（平成14年/2002年・下半期）候補作&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;strong&gt;&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun120YH.htm&quot;&gt;横山秀夫&lt;/a&gt;『半落ち』（平成14年/2002年9月・講談社刊）&lt;/strong&gt;
&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　第128回（平成14年/2002年・下半期）は、ほんとは直木賞史のなかでも、のちのち語り継がれるほどの特異な回であるはずでした。ワタクシ、直木賞オタクなものですから、正直いってそのテーマで一本エントリーを書き尽くしたかったのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　でも、たぶんよほどの直木賞オタクでないと、その特異さは理解していただけないし面白がってもらえないと推測します。なので、やっぱり今日は、多数の方が興味をもたれるハナシを書くことにします。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　うちの親サイトは、一年のうち2か月を除いて、平常はさしてアクセス数の多くないサイトです。そんな低アクセスの時期でも、けっこう見に来てくれる人の多いページがあります。&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kenkyu/kenkyu_128YH.htm&quot;&gt;「横山秀夫氏の「直木賞決別宣言」について」&lt;/a&gt;です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ほんと、あなたも他人の揉めゴトがお好きですのう。えへへ。ワタクシもそうです。人気作家が直木賞候補になって、落とされて、どうやらその選考の経過に不満を抱いて、もう金輪際おれの作品を候補にするのはやめてくれと、堂々、宣言したと。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　うちの親サイトのページを書いたのが平成15年/2003年6月末。それから先、大して調査を深めることもせず、放ったらかしにしてしまいました。当該ページでは、事実関係について6年ぶりに加筆したんですが、そいつをもとに余聞と余分な事項を、ここに書かせてもらいます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　まず、横山秀夫さんの直木賞決別宣言にまつわる事柄を、時系列でまとめてみます。&lt;/p&gt;

&lt;ul&gt;&lt;li&gt;&lt;p&gt;&lt;strong&gt;平成14年/2002年9月&lt;/strong&gt;　講談社より『半落ち』刊行（初出は『小説現代』平成13年/2001年3月号～平成14年/2002年4月号）&lt;/p&gt;&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;&lt;p&gt;&lt;strong&gt;同年12月&lt;/strong&gt;　『このミステリーがすごい！2003年版』（宝島社刊）の国内編で『半落ち』が第一位となる。&lt;/p&gt;&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;&lt;p&gt;&lt;strong&gt;同年12月&lt;/strong&gt;　『週刊文春』（文藝春秋刊）の「ミステリーベスト10」国内部門で『半落ち』が第一位となる。&lt;/p&gt;&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;&lt;p&gt;&lt;strong&gt;平成15年/2003年1月&lt;/strong&gt;　第128回直木賞候補となる。&lt;/p&gt;&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;&lt;p&gt;&lt;strong&gt;同年1月16日&lt;/strong&gt;　選考会が開かれ落選。この回は受賞作なし。&lt;/p&gt;&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;&lt;p&gt;&lt;strong&gt;同年同日&lt;/strong&gt;　選考後に、選考経過を&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/sengun/sengun123HM.htm&quot;&gt;林真理子&lt;/a&gt;委員が記者会見。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「林さんは『半落ち』について、ミステリーとしてでき過ぎではないか、アルツハイマーの奥さんを殺す設定は安易じゃないか、あまりにも善意の人に満ちていて最後が弱く、小説としても決定打に欠けるという意見が大勢を占めた、と選考経過を紹介した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　さらに（１）&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/sengun/sengun123KK.htm&quot;&gt;北方謙三&lt;/a&gt;さんから、受刑者はドナーとして提供できないという指摘があった（２）&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/sengun/sengun91WJ.htm&quot;&gt;渡辺淳一&lt;/a&gt;さんから、そういう欠陥があるのに誰もわからなかったのか、今のミステリー業界はちょっとよくないんじゃないか、という発言があった――とも明らかにした。」&lt;/span&gt;（『毎日新聞』夕刊　平成15年/2003年5月28日「小説と現実の間で　広がった不幸な溝」より　執筆：重里徹也）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;&lt;p&gt;&lt;strong&gt;同年1月23日&lt;/strong&gt;　『毎日新聞』夕刊が、直木賞選考会が『半落ち』にはミスがあると指摘したことを重点的に取り上げる。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「&lt;/span&gt;（引用者注：選考会で）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;北方謙三さんが、物語のポイントについて「基本的な事実関係の解釈に間違った点がある」と指摘した。&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;落選したのは、この理由ばかりではないが、出版界では北方さんの指摘が話題になっている。&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　横山さんはこれらの事態について「この問題は承知していた。そのうえで、警部にどんな行動をさせたらふさわしいかを考えた。彼の内面を重視した物語にしたかったので現行の形で書いたのです」と語る。講談社も「致命的な思い違いがあるわけではない」として、書き直しの検討などは考えていない。」&lt;/span&gt;（『毎日新聞』夕刊　平成15年/2003年1月23日「直木賞候補『半落ち』で評価真っ二つ　ミステリーの現実性めぐり議論」より　執筆：内藤麻里子）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;&lt;p&gt;&lt;strong&gt;同年その頃&lt;/strong&gt;　講談社がホームページ上で、選考経過への反論を掲載。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「これに対し、出版元の講談社はすぐに文芸局長名の反論をホームページに掲載。「充分（じゅうぶん）な調査を重ねた上で、このケースは妥当な設定であると判断……問題の核心に迫る先見性を備えている」と、欠陥説を一蹴（いっしゅう）した。」&lt;/span&gt;（『朝日新聞』平成15年/2003年3月19日「小説「半落ち」は欠陥作か傑作か　主人公の行動可能？…異例の論争」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;&lt;p&gt;&lt;strong&gt;同年その頃&lt;/strong&gt;　横山氏自身、「欠陥」と指摘された箇所について、あらためて再取材を行う。その結果、作品のなかに事実誤認はなかったと確信、主催者の&lt;a href=&quot;http://www.bunshun.co.jp/shinkoukai/&quot;&gt;日本文学振興会&lt;/a&gt;に、事実の再検証をするように申し入れる。&lt;/p&gt;&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;&lt;p&gt;&lt;strong&gt;同年2月20日頃&lt;/strong&gt;　『オール讀物』3月号発売。&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/senpyo/senpyo128.htm&quot;&gt;直木賞の選評&lt;/a&gt;が掲載される。ここでも記者会見の内容と同様の、「この作品には事実誤認がある」「それを見抜けなかったミステリー界にも問題がある」「それにもかかわらずこの本はいまだに売れ続けている」といった文章があった。&lt;/p&gt;&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;&lt;p&gt;&lt;strong&gt;同年3月&lt;/strong&gt;　横山氏、おおやけに選考会での指摘に対する反論を行う決意を固める。&lt;/p&gt;&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;&lt;p&gt;&lt;strong&gt;同年3月19日&lt;/strong&gt;　『朝日新聞』が文化欄に「小説「半落ち」は欠陥作か傑作か　主人公の行動可能？…異例の論争」を掲載。横山氏からの反論を載せる。ここで横山氏は&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「&lt;/span&gt;（直木賞に）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;今後、作品をゆだねる気には到底ならない」&lt;/span&gt;とコメント。&lt;/p&gt;&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;&lt;p&gt;&lt;strong&gt;同年3月31日&lt;/strong&gt;　上記のコメントを受けて、『上毛新聞』が横山氏へのインタビュー記事「人間の矜持保ち次の一歩進める　直木賞への決別宣言　「半落ち」の横山秀夫さん」を掲載。&lt;/p&gt;&lt;/li&gt;
&lt;/ul&gt;

&lt;p&gt;　と、ここまでが、いわゆる「直木賞決別宣言」までのおおまかな流れです。 &lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　3月19日の朝日新聞の記事は、『半落ち』に関して論争がまきおこってますよ、と伝える主旨のものでした。たとえば&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun43SY.htm&quot;&gt;佐野洋&lt;/a&gt;さんとか北上次郎さんとかのコメントを載せつつ、北方謙三さんが選考会で行った「欠陥に対する指摘」は正しかったのかを検証しています。そのなかで作者本人が、作品内容の重要なことを明かしてまで反論するに至ったことを記事にしたものです。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「『半落ち』は選考会後も３度の増刷がかかり、現在２７万部。「欠陥」説に反論するためには、結末を明かさざるを得ず、作者・出版社にとって、正面から受けて立ちにくい状況だった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　しかし、「オール読物」３月号の選評に「落ちに欠陥がある……しかし、それほど問題にもならず、未（いま）だに本は売れ続けている。一般読者と実作者とは、こだわるポイントが違うのだろうか」（林さん&lt;/span&gt;（引用者注：林真理子）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;）と書かれていたため、横山さんは「読者までも侮辱された」と感じ、作者として反論する意思を固めた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　横山さんは「ミスではないと思っている。たとえミスがあったとしても、作品個々の良しあしを論ずるべき選考会の講評で、ミステリーという特定のジャンル批判に及ぶなど言語道断。その後もあらぬ批判が繰り返され、直木賞という権威を笠に着たおごりとしか思えない。今後、作品をゆだねる気には到底ならない」と怒りを隠さない。」&lt;/span&gt;（前掲『朝日新聞』記事より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　事実上、このコメントをもって、横山秀夫さんの直木賞決別宣言が行われた、ととることができます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ただ、これだけではまだ、売り言葉に買い言葉ふうで、怒った勢いで語ってしまったコメントとも読めます。いや、横山さんは本気で、今後いっさい直木賞の候補になるのを拒否するんだな、とワタクシたちに知らされたのが、『上毛新聞』のインタビューでした。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「―「事実誤認はない」のだから、直木賞の主催者、日本文学振興会に疑義を呈した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「できないと断ずる根拠を示してほしいと申し入れたが、明確な回答がないまま２カ月以上も店晒（たなざら）しにされた。その間、主催者や選考会が再検証を行ったという話も聞かない。要するに、権威ある直木賞選考会の決定は絶対であり、ノミネート作品が傷つこうが死のうが、知ったことではないということだ。それがために、ミスがあったという誤った事実が一人歩きを続け、揚げ句は、ミステリー界や読者を誹謗（ひぼう）する論外な発言までをも誘発した」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;―「今後、直木賞に作品を委ねる気はない」と発言しているが。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「もちろん欲しい賞だった。『黙して次のチャンスを待つ』というさもしい考えが頭にちらついたことも確かだが、読者との暗黙の約束もある。これまで、窮地に追い込まれても次の一歩を踏み出す人間の矜持（きょうじ）を描いてきた。作者と作品は無縁ではあり得ない。今回のことを看過してしまっては、作家として一歩も前に進めない。一行たりとも書くことができない」」&lt;/span&gt;（前掲『上毛新聞』記事より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　それ以後、「決別宣言」に関する記事はいくつかの新聞・雑誌に載りますが、そこで横山さんが語る決別の真意は、ほぼこの記事どおりのものです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　まあ、横山さんの怒りを沸騰させたのは、主催者の日本文学振興会が、横山さんからの訴えを無視した、っていう姿勢にありそうです。でもさかのぼれば、そもそも騒動に火をつけた真犯人が、林真理子さんであったことは自明の理。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　作品の論評だけしてりゃよかったものをねえ。わざわざ、ミスを見抜けなかったミステリー界がどうだだの、欠陥作品を感動作とか言って買ってる読者のなんとまあ多いことよだの、作品評とは関係ないことを、ぬけぬけ語っちゃう真理子さん。そうか、彼女が一介のコピーライターからここまで人気を博してやってこれたのも、歯に衣きせぬ発言っていいますか、けっこう多くの人が不快に思うにちがいないことをあえて口に出してきたからだもんなあ。それで、支持を得たり、はてまた面白がられたりして、それが真理子さんの魅力、そして嫌われるポイントだろうからなあ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その真理子マジックに、まんまとヤられたのが『半落ち』であり、横山さん。それと横山さんの直木賞受賞を心待ちにしていた担当編集者や、多くのファン。プラス、悪者に仕立てあげられることになった日本文学振興会。もっとも心を痛めたのはきっと、文藝春秋で横山さんを担当していた編集者だったかも。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　おお。真理子マジックよ。周囲に迷惑をかけることで、その存在意義を輝かせる負のパワーたるや。さすがです。惚れ惚れします。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　いつもなら、ここで『半落ち』のあらすじ紹介をするんですが、今回はなにせ有名作すぎますからね、略させてもらいます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　で、「決別宣言」です。その後、はたして日本文学振興会＝文藝春秋はいかなる収束策に出たのでしょうか。もう少し、時系列の箇条書きをつづけます。&lt;/p&gt;

&lt;ul&gt;&lt;li&gt;&lt;strong&gt;平成15年/2003年4月10日&lt;/strong&gt;　『読売新聞』夕刊に「「半落ち」への批判に反論　横山秀夫氏、直木賞に決別宣言」（執筆：石田汗太記者）の記事が載る。&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;&lt;p&gt;&lt;strong&gt;同年4月&lt;/strong&gt;　文藝春秋が「選考会の手続きに問題があった」と横山氏に謝罪。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「&lt;/span&gt;（引用者注：直木賞の）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;主催は日本文学振興会だが、出版社の文芸春秋が運営に深くかかわっている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　文芸春秋は四月になって「選考会の手続きに問題があった」と横山さんに謝罪した。鈴木文彦取締役は「不信感を抱かせてしまった。申し訳なく思う」と語る。」&lt;/span&gt;（平成15年/2003年5月末頃の共同通信の配信記事　―引用は『神戸新聞』平成15年/2003年5月27日「直木賞選考のあとさき／横山秀夫氏が決別宣言／向かい合うべきは読者」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;&lt;p&gt;&lt;strong&gt;同年5月1日&lt;/strong&gt;　横山氏、『毎日新聞』に決別宣言の経緯と本意を寄稿。夕刊「直木賞選考への疑問　『半落ち』をめぐって」。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「読者やミステリー界を見下した発言を粉砕したかった。「怒っていても内心では直木賞を欲しがっている」。そんな空気を打ち破って真意を伝えるためには、「決別」してから発言するほかないと思うに至った。&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「面白い小説を書きたい」。その一心で突っ走ってきたはずが、周囲の期待やほめ言葉に乗せられ、「いつかは直木賞」と頭のどこかで考えている自分がいた。そんな自分にも「決別」したつもりだ。」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;&lt;strong&gt;同年5月28日&lt;/strong&gt;　『毎日新聞』夕刊に「小説と現実の間で　広がった不幸な溝――横山秀夫さんの『半落ち』をめぐって」の記事が掲載（執筆：重里徹也）。&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;&lt;p&gt;&lt;strong&gt;同年7月17日&lt;/strong&gt;　&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/ichiran/ichiran121-140.htm#list129&quot;&gt;第129回&lt;/a&gt;直木賞の選考経過の記者会見において、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/sengun/sengun113AT.htm&quot;&gt;阿刀田高&lt;/a&gt;委員が、決別宣言について言及する。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「前回の直木賞候補で、選考のプロセスやその後の対応に不信感を抱き、直木賞への決別宣言をした横山秀夫さんについて阿刀田さんは「こんちくしょうと思うこともあるのは当然だが、選考委員もおのれの小説観と情熱で評価して結果を出している。素晴らしい才能をお持ちの方ですから、性急なことをおっしゃらずに、どうか、なお挑戦してほしい」と話した。」&lt;/span&gt;（『熊本日日新聞』平成15年/2003年7月21日「象徴的な描写に評価　芥川賞・吉村さん　直木賞２作品　光るセンス、せりふ　第１２９回芥川、直木賞」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;&lt;/li&gt;&lt;/ul&gt;

&lt;p&gt;　あれ、阿刀田さん、だいじょうぶですか？　全然、横山さんの決別の趣旨を理解されていないような気が……。日本文学振興会＝文藝春秋がもうちょっと早く、対応していれば、決別宣言にはいたらなかったはずでして。要は横山さんは、作品に事実誤認があったかどうか、再検証してくれと訴えたにもかかわらず、何の音沙汰もない主催者に、「権威と称せられるものからくる傲慢」を感じたわけでして。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そして1年後。『クライマーズ・ハイ』が&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/senpyoYS/senpyoYS17.htm&quot;&gt;第17回山本周五郎賞&lt;/a&gt;の候補となって、落選した頃、『ＡＥＲＡ』が「現代の肖像」で横山さんを取り上げました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　取材文は朝山実さんによるものです。このときもやはり、決別宣言の影響が尾をひいていました。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「今回の取材を行うにあたり横山から申し出がなされた。周辺取材については配慮してほしい。とくに直木賞の一件については。」&lt;/span&gt;（『ＡＲＥＡ』平成16年/2004年6月7日号「現在の肖像」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　つまり、編集者に直木賞のときのコメントを求めて掲載したりしないでほしい、といったことのようです。横山さんは直木賞という「組織」＝日本文学振興会・文藝春秋・選考委員（ベテラン作家）に楯突いた。もし、その横山さんをかばったり擁護したりすると、その編集者の「組織」における立場が危うくなる。……そんな横山さんの気遣いがありました。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「騒動から数ヵ月後。ある雑誌で新人作家との対談が組まれようとした際、横山は断りを入れている。横山寄りのレッテルを貼られてしまうと将来にかかわる。そんな理由からだと耳にしている。そもそも直木賞騒動については徹底抗戦で黒白をつけるという仕方もあった。選ばなかったのは矢が弱者へと向いていくことになるから。失態が発覚すれば配下の責任にすりかえる。そんな力ある者の構図が横山には読めたのだろう。」&lt;/span&gt;（前掲『ＡＲＥＡ』記事より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　カッチョいいぜ、横山さん。……ええと、ここで言われた、新人作家の「将来にかかわる」っていうのは、別にその新人が将来直木賞をとれなくなるとか、そういうハナシじゃないんだろうなとは再確認しておきたいところです。たぶん、文藝春秋をはじめとして出版界との関係が悪くなっちゃうと「将来にかかわる」、って意味なんでしょう。だってそもそも直木賞は、作家の将来を左右するほどのものじゃないはずですから。横山さんが今、それを我が身をもって実証されているところでもありますし。ねえ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ワタクシは、先にリンクした親サイトの記事で、日本文学振興会の姿勢についてこう書きました。2割がた揶揄ですが、8割は本気でした。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「主催者には、若手・中堅作家に“自信”や“やる気”を与える義務などないのです。個別の作品に対する評価はすべて、選考委員一人ひとりの責任において行われるもので、主催者は一切関知しないし、責任やら義務やらを負う必要もないのです。直木賞という“権威”はまわりが勝手につくったものだから、彼らは「こっちは何も知らんよ」という顔をしたっていいのです。」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　これは過去70年余りの直木賞を調べてきて、日本文学振興会に対する印象として書いたものです。でも、いまどき、こんなことではとうてい主催者はやっていけないんだな、と今回見直しました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　文藝春秋は、横山さんにきちんと詫びを入れたんですもの。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　かつての日本文学振興会が、候補作家とどのような力関係を持っていたのか、これはあらためて調査が必要です。ただ、人気作家を候補に挙げるってのが、主催者にとって、また一段と気を遣わなければならないことだというのは、重々知れました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　たかが候補作家といえども、気分を害されて以後、自社の雑誌に書いてもらえなくなったら、そっちこそ社益をそこなう、っていう構図。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　真理子さんみたいな自由奔放なベテランにも気をつかわなくちゃならないし、また脂ののった人気作家との絆を失わないために、ベテランが撒き散らす火ダネの尻ぬぐいまでしなきゃいけない。大変ですよね、日本文学振興会さん。権威だ権威だといっておだてられるその内実が、いかに水面下のあなたたちの努力でもって成り立っているのか、お察しいたします。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　もし、横山さんほど各社から引っ張りダコでもない、昔でいうなら同人誌の作品が候補になったような、無名に近い人が、選考経過に反論したのなら。そして、もう直木賞の候補に挙げないでくれと公式に発言したのなら。逆に「売名行為だ」とか言われて出版界からそっぽを向かれたかもしれないし、日本文学振興会もずっと無視し続けたかもしれない。……そんなことを想像させてくれる事件でした。&lt;/p&gt;
</content:encoded>


<dc:subject>これぞ名候補作</dc:subject>

<dc:creator>P.L.B.</dc:creator>
<dc:date>2009-06-07T22:10:20+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/40113-f02d.html">
<title>史上唯一の70代候補。年下の連中から酷評されて、受賞の望みも断たれて、ややムッとする。　第112回候補　池宮彰一郎『高杉晋作』</title>
<link>http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/40113-f02d.html</link>
<description>=================================== 【歴史的重要度】… 4 【一般的無名度】… 2 【極私的推奨度】… 3 =================================== 第112回（平成6年/...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #ff9900;&quot;&gt;===================================&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;ul&gt;&lt;li&gt;【歴史的重要度】…<img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /><img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /><img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /><img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /> 4&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;【一般的無名度】…<img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /><img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /> 2&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;【極私的推奨度】…<img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /><img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /><img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /> 3&lt;/li&gt;&lt;/ul&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #ff9900;&quot;&gt;===================================&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/ichiran/ichiran101-120.htm#list112&quot;&gt;第112回&lt;/a&gt;（平成6年/1994年・下半期）候補作&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;strong&gt;&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun112IS.htm&quot;&gt;池宮彰一郎&lt;/a&gt;『高杉晋作』(上)(下)（平成6年/1994年11月・講談社刊）&lt;/strong&gt;
&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;a href=&quot;http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/125-ddab.html&quot;&gt;前クール（平成21年/2009年3月1日付）のエントリー&lt;/a&gt;で&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun124TR.htm&quot;&gt;田口ランディ&lt;/a&gt;さんの『モザイク』を取上げました。ならば当然、この方を無視しちゃいかんぞな、さあ池宮彰一郎さんに壇上に姿をさらしていただこう。ってわけじゃありません。盗作ファンのみなさま、申し訳ございません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そうは言っても、池宮さんを語るにあたって、『遁げろ家康』や『島津奔る』の一件（いや、二件）を省いて進めるほど、ワタクシも紳士じゃないもので。まずは、そこから触れます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　『遁げろ家康』は、平成9年/1997年1月3日・10日号～12月26日号に『週刊朝日』に連載。その後、単行本化、文庫化と順調に版をかさねたものの、平成14年/2002年の9月にいたって版元の朝日新聞社に、読者から指摘が寄せられる。いわく、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun42SR.htm&quot;&gt;司馬遼太郎&lt;/a&gt;の『覇王の家』と、よく似た表現・記述が多いのではないか、と。それで平成14年/2002年12月25日付で絶版、および自主回収。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　『島津奔る』は、平成8年/1996年7月18日号～平成9年/1997年10月23日号に『週刊新潮』に連載。その後、単行本化（第12回柴田錬三郎賞も受賞）、文庫化と、かなりの売上げを稼いだものの、平成14年/2002年の12月にいたって版元の新潮社に、読者からまたも指摘が突きつけられる。いわく、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun42SR.htm&quot;&gt;司馬遼太郎&lt;/a&gt;の『関ケ原』と、まるで引き写しに近い表現・記述が多いんじゃないかコノヤロ、と。それで平成15年/2003年4月1日付で絶版、および自主回収。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　池宮さんご本人の、類似表現をまねいてしまった原因の説明やお詫びについては、他のサイトをご覧ください。人の作品から表現を盗むなんざ、ひでえ奴だ、それで作家を名乗るとは言語道断、ってご意見が出るのもごもっとも、そんな切れ味鋭いコメントの類も、どうぞ他のサイトをご覧ください。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ここでは、これら二件で、ああ、池宮さん残念だよ、しょぼーんとなってしまった、池宮さんに近しい方々の思いを、ちょこっと引用しておきます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　まずは、栗原裕一郎&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4788511096?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4788511096&quot;&gt;『〈盗作〉の文学史――市場・メディア・著作権』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4788511096&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;（平成20年/2008年6月・新曜社刊）でも触れられた『朝日新聞』の記事、「「類似表現で絶版」慎重に 池宮彰一郎「島津奔る」問題で識者指摘」より。お二方のコメントです。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「「類似即絶版」という流れが定着することへの、懸念の声も上がっている。歴史作家の&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun111AR.htm&quot;&gt;安部龍太郎&lt;/a&gt;氏（４７）は「同じ史料や軍記などを参考に事件を描けば、似た描写や表現になることはある程度やむをえない。先行作品と似ているから絶版という措置を取られると、歴史小説の自由な表現をそがれる恐れがある」とする。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　文芸評論家の縄田一男氏（４５）も「原史料との厳密な照合が必要で、表面上の類似だけの即断はさけるべきだ」と話す。」&lt;/span&gt;（『朝日新聞』夕刊　平成15年/2003年4月9日より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　プラス、この記事を書いた佐藤憲一記者の感想も。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「作家にそれなりの事情があったとしても、連載、単行本化、文庫化まで三度の編集作業を経た出版社側がなぜ長年、類似を発見し改善できなかったのか。両作とも十万部以上のベストセラーで、柴田錬三郎賞を受賞した『島津―』が、近年の歴史小説の名作と評価されていることを考えれば、残念でならない。」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　さらに池宮さんが亡くなったときの、『朝日新聞』と『読売新聞』の記事があります。これらもやっぱり「池宮作品＝盗作のイメージが残っちゃって、いやあ残念だ」の路線を継承しています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　『朝日新聞』の編集委員、白石明彦さんは「作家・池宮彰一郎さん　歴史小説に斬新な人物像」のなかで、こう嘆きました。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「「司馬史観を超えなければ新しい歴史小説は生まれない」と熱く語る言葉が今も耳に残る私は、あの独創的な発想の持ち主がなぜ、という思いが消えない。」&lt;/span&gt;（『朝日新聞』夕刊　平成19年/2007年6月1日「惜別」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　いっぽう、拙ブログ二度目のご登場となるのが、『読売新聞』文化部記者、石田汗太さん。「作家・池宮彰一郎さん　無頼が描く「美しい生」」なる記事を書きました。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「同年生まれの司馬遼太郎氏を敬愛し、「常にその背中を追いかけていた」（司さん&lt;/span&gt;（引用者注：息子で作家の池上司）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;）。それだけに、柴田錬三郎賞を受賞した「島津奔（はし）る」など２作が「司馬作品との類似表現多数」との指摘を受け絶版・回収になったのは、皮肉としか言いようがない。「島津奔る」は、司馬氏が「定見なし」と切り捨てた薩摩の島津義弘を正反対の視点から英雄的に描いた代表作で、作家にとっても、小説界にとっても、計り知れない傷を残した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　この件について、作家に直接尋ねる機会は、ついに訪れなかった。最後の連載担当を務めた角川書店常務の新名新さん（５３）によれば、一時「筆を折る」とまで漏らしたという。いかなる葛藤（かっとう）が胸の内にあったのか、もう知るすべはない。」&lt;/span&gt;（『読売新聞』夕刊　平成19年/2007年6月5日「追悼抄」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　ほんとほんと、「もう知るすべはない」んですけど、少しだけ想像しますとね。版元から「司馬さんの作品と、似てる表現があるみたいですよ」と知らされたときに、池宮さん自身がどれだけショックを受けたことか。……このショック、たぶん年齢を重ねた者のみが体験することを許されたものだったりして。ねえ、池宮さん。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「人間の老化は、十八歳ごろから始まるという。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　その自覚症状は、四十歳台からである。頭髪に白髪がまじり、薄くなる。観た映画の俳優の名を忘れる。読んだ小説の作中の人物が思い出せない。&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　六十歳になると、ど忘れが頻発する。いま手許にあった物が突然亡失する。ひょいと置いた眼鏡や煙草がどうしても見当らない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　七十歳近くになると、老人惚けが顕著になる。思いついた事があって茶の間に行く途中、妻が台所で首を傾げて立っている。聞けば用向きを忘れたという。惚けを笑って、さてわが身となると、こちらも用件を失念して、どうしても思い出せない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　そういう身で、時代小説を書く事自体無理である。史料を漁り史実を確めるのは、壮齢の人間の想像を越えた手間暇がかかる。せめて時間の余裕があれば、と思うが、原稿依頼には必ず期限が附せられる。締切間近となる辛さは筆舌に尽し難い。無理して書くには体力が続かない。」&lt;/span&gt;（平成9年/1997年2月・新潮社刊&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4103872047?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4103872047&quot;&gt;『義、我を美しく』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4103872047&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;所収「時計の音」より　―初出『歴史ピープル』平成7年/1995年春号）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　若いころから段違いに記憶力がよくて、それでまわりの人から褒められている人ほど、たぶん「自分がいつの間にか忘れてしまっている」ことに気づいたときのショックは大きいんじゃないかなあと。……あくまで想像です。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「池宮さんと親しかった新潮社の元編集者宮澤徹甫さんは語る。「酒席で人の脚本をそらんじたことがあり、後でその映画を見て一字一句一致しているのに驚いた。司馬さんの小説を読み込み、類似表現が無意識のうちに出たのだろう」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　長男で作家の池上司さんも父の異常な記憶力について触れ、「暗唱できるほど記憶の中に刷り込まれていた司馬さんの文章が、創作の最中に自分の文章と判別できなくなったのではないか」という。」&lt;/span&gt;（前掲『朝日新聞』夕刊「惜別」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　ワタクシだって老いる身ですし、いや、そろそろ物忘れ攻撃を食らいはじめてもいて、あんまり当時の池宮さんを老人老人とあげつらいたくはないんですけど。いちおう今日のエントリーで書こうとすることも、年齢のことでして。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　『高杉晋作』は、池宮さんが『四十七人の刺客』に続いて発表した長篇の第二作目です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　文久二年、上海に向かう貿易船に23歳の長州藩士、高杉晋作が乗っていました。驕慢で可愛げがなく、それでも周囲の人からは自然とその態度が許されていた若者。たしかに、彼には人を惹きつけてやまない〈何か〉がありました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　……という歴史上の有名人、幕末の高杉晋作が尊王倒幕の運動に身をささげ、28歳の若さで亡くなるまでの5年間を描いていきます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　池宮さんは&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4048734733?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4048734733&quot;&gt;『平家』下巻&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4048734733&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;（平成15年/2003年6月・角川書店刊）の「あとがき」で、&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「第一作『四十七人の刺客』上梓後、「あとがき」を書かないことを常とした。&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　作者は弁明せず。それは鉄則である。」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;



&lt;p&gt;　と書かれていますが、文庫はそのルールの埒外にあったのか、『高杉晋作』の文庫には「あとがき」が付いています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　あらすじをなぞる代わりに、池宮さんのこの「あとがき」によって、本作を紹介させてもらいましょう。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「薩摩、特に西郷隆盛を維新最大の英雄とした小説があった。また、土佐、坂本龍馬を維新回天の最高指揮者とした小説もある。それらは、薩摩、あるいは土佐の観点から維新史を展望した。が、ふしぎなことに、長州から維新史を眺めた小説は銖錙である。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　筆者は、長州の高杉晋作の立場から、維新革命を直視しようと思い、筆を執った。&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　この作品の編集者は、講談社文芸第一出版部の川端幹三氏である。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　川端氏は執筆に当り、筆者に二つの方針を提示した。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　奔放に書くこと。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　高杉晋作の短かい生涯を伝えるため、早いテンポで書き続けること。」&lt;/span&gt;（平成9年/1997年9月・講談社／講談社文庫『高杉晋作（下）』所収「あとがき」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　まさに、文章は短く、ひんぱんな段落替えで、テンポよく晋作の死までを疾走します。&lt;/p&gt;


&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　過去、直木賞の候補に挙げられた人は、500名を超えます（予選候補として名の挙がった人も含む）。そのなかで、池宮彰一郎さんただ一人しか経験していない世界があります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　70歳をすぎて直木賞候補になった経験です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　池宮さんには「「柴田錬三郎賞」受賞に際して」というエッセイがあります。既出のエッセイ集&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4101408157?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4101408157&quot;&gt;『義、我を美しく』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4101408157&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;は平成12年/2000年5月に新潮文庫におさめられたのですが、このときに同書に新たに追加されました。初出は『青春と読書』平成11年/1999年12月号です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　映画とテレビの脚本家から、60歳をすぎて時代小説を書く作家になり、直木賞に2度候補となりながら落選して、柴田錬三郎賞をとった……っていう同じ道を歩んだ&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun95RK.htm&quot;&gt;隆慶一郎&lt;/a&gt;さんとの思い出も語られています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　いやいや、それより何より、拙ブログで引用するにふさわしいのは、Ｂ社のＮ賞の件でしょう。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「初夏の頃、Ｂ社の編集者に、冗談を言った。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「そろそろ、Ｎ賞をくれんだろうか」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　Ｎ賞は、文壇の登龍門として長い歴史を持つ。私は時代小説第一作『四十七人の刺客』で、「新田次郎文学賞」受賞の栄誉を得たが、他の賞は逸していた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「今更、失礼でしょう」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　彼は、事もなげに言った。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「それ、年齢のことかね」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「まあね」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　彼は、笑いながら言う。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　――そうかも知れん。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　ほろ苦くそう思った。私は文学修行の年数がほとんど無い。今更修行を積むには年をとり過ぎている。」&lt;/span&gt;（平成12年/2000年5月・新潮社／新潮文庫『義、我を美しく』より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　『高杉晋作』が&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/ichiran/ichiran101-120.htm#list112&quot;&gt;第112回&lt;/a&gt;（平成6年/1994年・下半期）候補になったのは、池宮さん71歳8ヵ月のとき。選考委員は8名いました。お年の若い順に当時の年齢とともに列挙しますと、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/sengun/sengun88IH.htm&quot;&gt;井上ひさし&lt;/a&gt;（60歳1ヵ月）、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/sengun/sengun91WJ.htm&quot;&gt;渡辺淳一&lt;/a&gt;（61歳2ヵ月）、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/sengun/sengun79IH.htm&quot;&gt;五木寛之&lt;/a&gt;（62歳3ヵ月）、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/sengun/sengun97HY.htm&quot;&gt;平岩弓枝&lt;/a&gt;（62歳9ヵ月）、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/sengun/sengun97TS.htm&quot;&gt;田辺聖子&lt;/a&gt;（66歳9ヵ月）、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/sengun/sengun94FS.htm&quot;&gt;藤沢周平&lt;/a&gt;（67歳0ヵ月）、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/sengun/sengun83YH.htm&quot;&gt;山口瞳&lt;/a&gt;（68歳2ヵ月）、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/sengun/sengun91KJ.htm&quot;&gt;黒岩重吾&lt;/a&gt;（70歳10ヵ月）。全員年下です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/ichiran/ichiran101-120.htm#list113&quot;&gt;第113回&lt;/a&gt;（平成7年/1995年・上半期）の「千里の馬」候補は、その6か月後。この回から新たに選考委員になった&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/sengun/sengun113AT.htm&quot;&gt;阿刀田高&lt;/a&gt;（60歳6ヵ月）、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/sengun/sengun113TY.htm&quot;&gt;津本陽&lt;/a&gt;（66歳3ヵ月）両氏とも、やっぱり池宮さんほど年輪を重ねていません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そりゃ池宮さんにとって「直木賞をとりたい」っていうのは半分冗談なんでしょうけど、ムカついたところもあったでしょう。ねえ、池宮さん。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「『高杉晋作』を書いて小説家の中では非常な酷評を受けています。どうも高杉という人間がよく描けていない、高杉がやせて見えるという批評がありました。もっとひどい批評になりますと、これはおもしろおかしい講談本ではないかという説もありました。私はこの年ですから、言っている方が同業でしかも先輩となると、私は反抗心が強いですから反発もしたくなるのですが、考えてみるとみんな年下の方なんです。&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;年下の人と自分の作品のことについてけんかしても始まらないとも思うものですから、私はそれについてどう思いますかというかなり手厳しい質問に対しては、『高杉晋作』を出版したのは講談社である、講談社で講談本を書いて何が悪い――みんな黙ってしまいました。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　それで体をかわしたわけですが、実を言うと、そこら辺にも私は現代の小説の弊害があると思います。高杉の知性であるとか、理念であるとか、意思力であるとか、そして、激動する幕末の時代の世相ということを無視して、高杉の情念が書いていないと言われますと、それを書くつもりではなかったんだというのがありまして、非常に困り果てたことがあります。」&lt;/span&gt;（前掲『義、我を美しく』所収「歴史小説における史実と虚構」より　―初出『司馬遼太郎の世紀』平成8年/1996年6月・朝日出版社刊）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;



&lt;p&gt;　若造ども（！）に偉そうな顔されて、さんざんなこと言われて、それでも耐えなきゃならなかったのも、高齢候補であるがゆえの不幸のひとつです。ほんとは池宮さん、直木賞とりたかったんだろうな。いや、認めてもらいたかったんだろうな。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　先のエッセイでは「Ｂ社のＮ賞」とボカしていますけど、「講談社の講談本」のエピソードとともに、はっきりと直木賞の逸話として書かれたのが&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4022577169?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4022577169&quot;&gt;『大将論』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4022577169&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;（平成14年/2002年3月・朝日新聞社刊）の「あとがき」です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ただ、もう直木賞候補に挙げてもらえない理由として、先のエッセイと多少ちがうやりとりが書かれています。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「そうした身&lt;/span&gt;（引用者注：直木賞候補に2度なって落ちた身）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;でありながら、文藝春秋の各誌から、時に原稿依頼を受ける。老齢の身、無理が利かず、お断りする言葉に窮して、&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「直木賞の候補にもならぬ身ですから」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　と、冗談に紛らせたら、ある日、重役の方が拙宅に来訪された。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「あなたは駄目です」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「駄目というのは、将来何を書いても、という事ですか？」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「そう、見込みがありません」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「どうしてですか？」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　大方、年齢制限でもあるのか、と思った。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「あなたの本は売れ過ぎる」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　唖然となった。たまさか本が売れたのは、偶然の結果に過ぎない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　それで、直木賞作家になる望みは断たれた。」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;





















&lt;p&gt;　なるほど、売れすぎですか。まあ、売れていても、しつこく直木賞候補に挙げられる作家もいますからねえ、これってやや文藝春秋某重役の方の逃げ口上（もしくはお世辞？）の臭が匂ってこなくもありません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ただ、池宮さんが老齢にして身にあまるほどの人気を博しすぎたのは、事実なんだろうな。たとえば、エッセイ「「柴田錬三郎賞」受賞に際して」には、『島津奔る』の連載から単行本上梓のころ、そうとう無理をしながら各紙誌の依頼に対応しているさまが描かれています。このさなかに、本人気づかぬうちに、司馬さんの文章が自作に紛れ込んじゃったんだものな。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「長篇第三作・第四作を企画しながら、目先の短篇・中篇に追われて、集中することが難しく、筆が進まない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　業を煮やした編集者は、書下ろしの長篇を連載に切り換えた。『島津奔る』は週刊誌連載となった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　初めての長期連載に、書き溜めを作る余裕などあろう筈もなく、毎週締切りに追われた。悪い事に数年前に約束した別の週刊誌連載が途中から加わり、二誌同時連載となった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　加えて、住居が住むに堪えなくなり、建て直しが始まる。家人が病で入院する。内憂外患が同時に襲いかかって、修羅場となった。」&lt;/span&gt;（前掲「「柴田錬三郎賞」受賞に際して」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;







&lt;p&gt;　立て続けの盗作への糾弾ごろから、池宮さんの新作は急激に減っています。各出版社側が池宮さんに依頼するのを避けたのかもしれませんし、池宮さん自身、反省をして依頼を断りつづけたのかもしれません。単純に健康上の問題かもしれません。事情は知りません。それでも、池宮さんを（たぶん）励まして新作を書かせつづけた出版社が一つありました。そうです、池宮作品の終着駅、として知られる（ん？）角川文庫を出している角川書店です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ってことで、どなたか&lt;a href=&quot;http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%A0%E5%AE%AE%E5%BD%B0%E4%B8%80%E9%83%8E&quot;&gt;wikipedia&lt;/a&gt;に、池宮さんが盗作騒動のあとも作品を発表していて、「密約―西郷と大久保」（角川書店刊『野性時代』平成16年/2004年5月号～平成17年/2005年1月号）の第一部を書き終えたところで未完となったことなんかも、書き加えておいてあげてください。死の半月前まで、この作品を書き継ぎ、書き直していたことも、添えておいてあげてください。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　案外、池宮さんにとっては、相手をしてくれる出版社が一社だけになってくれて、それからは落ち着いて仕事に打ち込めた……そんな晩年であったことを願うばかりです。&lt;/p&gt;
</content:encoded>


<dc:subject>これぞ名候補作</dc:subject>

<dc:creator>P.L.B.</dc:creator>
<dc:date>2009-05-31T22:39:26+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/110-f724.html">
<title>迷惑と心配をかけた家族のために、お父さんは40歳をすぎてから書き始めました。　第110回候補　小嵐九八郎『おらホの選挙』</title>
<link>http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/110-f724.html</link>
<description>=================================== 【歴史的重要度】… 1 【一般的無名度】… 3 【極私的推奨度】… 3 =================================== 第110回（平成5年/1993年・下半期）候補作 小嵐九八...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #ff9900;&quot;&gt;===================================&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;ul&gt;&lt;li&gt;【歴史的重要度】…<img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /> 1&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;【一般的無名度】…<img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /><img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /><img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /> 3&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;【極私的推奨度】…<img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /><img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /><img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /> 3&lt;/li&gt;&lt;/ul&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #ff9900;&quot;&gt;===================================&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/ichiran/ichiran101-120.htm#list110&quot;&gt;第110回&lt;/a&gt;（平成5年/1993年・下半期）候補作&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;strong&gt;&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun106KK.htm&quot;&gt;小嵐九八郎&lt;/a&gt;『おらホの選挙』（平成5年/1993年10月・講談社刊）&lt;/strong&gt;
&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun93YY.htm&quot;&gt;山口洋子&lt;/a&gt;女史が阪神タイガースの大ファンで有名だとするならば、この方だって相当なもんです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　本名、工藤永人さんはペンネームをつけるときに、タイガースの応援歌「六甲おろし」からの連想で、「小嵐」としたのだとか。しかも、小説デビューとなった作品は題名が「嗚呼、虎が吼えずば」。作品中に昭和60年/1985年の阪神快進撃と優勝のことが織り込まれていて、さすが虎キチ、念が入っています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　もっとも、「嗚呼、虎が吼えずば」辺りのハナシは、それほど小嵐さんのプロフィールに書かれることがなくて、あれ、あんまり言っちゃいけなかったんですか？　ううむ、たとえば&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun89KK.htm&quot;&gt;胡桃沢耕史&lt;/a&gt;ぐらいになるともはや、「性豪」とか言われて伝説にまでなるんでしょうけど、有名になる前にポルノチックなもの（あるいはポルノそのもの）を書いていたって履歴は、ふつうは筆歴にかぞえないんだろうなあ。&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun117HK.htm&quot;&gt;姫野カオルコ&lt;/a&gt;さんを例に出すまでもなく。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　小嵐さんの前歴といえや、そりゃあ、新左翼、社青同解放派の活動家だったことが知られています。そこから離れて、金を稼ぐために物書きになった、その入り口がポルノ分野だった、とはご自身の弁。たとえばこんなインタビュー記事があります。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「作家になったのは金のためと言う。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「刑務所から出てきたら、組織が割れてた。組織の専従者って、労働者のカンパで食ってるんだけど、労働者はみんな右のほうにいっちゃってた。でも、ぼくは左が好きだから」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　しょうがないからポルノを書いて売り込みに行った。&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　もっとも、小嵐九八郎のポルノを探しても無駄である。すべて別のペンネームで書かれている。&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　ポルノの原稿は安い。これではたまらないと、書いた小説が『小説クラブ』で佳作になった。そこで小嵐九八郎の誕生となる。」&lt;/span&gt;（『噂の真相』平成8年/1996年1月号「メディア異人列伝」　インタビュー・構成／永江朗　より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　いやいや、桃園書房の『小説CLUB』だってバリバリのポルノ系小説誌じゃないの？　とかいうツッコミは、そうですよね、大人げないですよね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それで昭和61年/1986年の第9回小説CLUB新人賞の佳作に入ったのが「嗚呼、虎が吼えずば」（掲載は同年7月号）でした。ちなみにこのときの受賞は、千代延紫さんの「ピンキードリーム」。とかいって、小説CLUB新人賞については、ワタクシもよく知らないんですが、同賞受賞作家でもある&lt;a href=&quot;http://homepage3.nifty.com/g-saejima/&quot;&gt;冴島学さん&lt;/a&gt;が、&lt;a href=&quot;http://homepage3.nifty.com/g-saejima/starthp/subpage05.html&quot;&gt;ご自分のホームページ&lt;/a&gt;でまとめられています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　小説の原稿料のことは詳しくありませんけど、そうですか、ポルノは安いんですか。だとすると、『小説CLUB』に「小嵐九八郎」名義で発表するようになってからも、そんなに稼げるようになったわけじゃないのかもしれません。まもなく小嵐さんはちがう分野に進出していきます。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「十三年ほど前か、ある小説誌の佳作に入選した時に、編集者が我が家に遊びに来た。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　編集者は、居間に大きなびくがあり、釣り用のどでかいマグロ鉤も視野に入れ、竿があるのも見て、&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「君は魚を釣るのかね」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　と尋ねた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「まあ、想像に任せますよ」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「どんなもの釣るの」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「まあ、あのびくを見ればわかるでしょう」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　おれはいい加減に答えておいた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　が、後日、その編集者は勝手に、「君は釣り名人だ。小説家としての売りのコピーが決まった」といいだし、おれの処女長編&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4396320930?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4396320930&quot;&gt;『巨魚伝説』&lt;/a&gt;&lt;img width=&quot;1&quot; height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4396320930&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;（祥伝社刊）を出したのであった。」&lt;/span&gt;（平成12年/2000年4月・青樹社刊　小嵐九八郎・工藤紘子・著&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4791311981?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4791311981&quot;&gt;『川崎山王町　小嵐家の台所　都会でできる田舎暮らし』&lt;/a&gt;&lt;img width=&quot;1&quot; height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4791311981&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　それでも小嵐さんは「釣り作家」として一家を成すような道には進みませんでした。編集者の狙いは失敗したわけですが、頼もしいことに小嵐さんは別の方向で、しっかりとおのれの小説世界を切りひらいていきます。元・新左翼の活動家、大学生の頃から40歳ごろまでずっと「現役」で、その間に刑務所ぐらしも経験、といったところから、特異な小説を次々と生んでいくことになるのでした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　特異、と言っていいんでしょうねえ。それまで主にノベルスや文庫を出しつづけてきた小嵐さんが、自身の遍歴を想像させる、左翼運動にのめり込んでいく青年とその家族のことを小説にしてハードカバーで刊行、そしたら、版元が実業之日本社だっつうのに、いきなり直木賞の候補に挙げられて、小嵐九八郎ここにあり、の姿を見せてくれたんですもの。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　……と、ここまで来て、今週とりあげる名候補作は、まさにその『鉄塔の泣く街』（&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/ichiran/ichiran101-120.htm#list106&quot;&gt;第106回&lt;/a&gt;　平成3年/1991年・下半期　候補）です、あらすじは……と続けたいところなんですが、ストップ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ご紹介するのは、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/ichiran/ichiran101-120.htm#list110&quot;&gt;第110回&lt;/a&gt;候補の『おらホの選挙』です。なぜか。『鉄塔の泣く街』より、『清十郎』（&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/ichiran/ichiran101-120.htm#list108&quot;&gt;第108回&lt;/a&gt;　平成4年/1992年・下半期　候補）より、「風が呼んでる」（&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/ichiran/ichiran101-120.htm#list112&quot;&gt;第112回&lt;/a&gt;　平成6年/1994年・下半期　候補）より、ワタクシが好きな小説だからです。ただそれだけです。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　22歳の新聞記者、「ぼく」こと野々村堅が青森空港に降り立つところから、『おらホの選挙』は始まります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「ぼく」の勤める日日新聞は、全国紙の大新聞。「ぼく」はエリート意識に凝り固まっています。しかし、どこか抜けています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　まるで理解できない津軽弁と、支局の先輩記者たちに振り回されるうち、「ぼく」は青森名物とも言われる新聞ネタに飛び込まされることになります。全国的にも有名な青森の名物、……それは選挙違反が横行すると言われる選挙のことです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　九所河原市長の宮丸一仁が死去。それを受けた市長選挙が行われることになり、「ぼく」は、地元採用の特別通信員、通称・特通さんの田沢さんといっしょに、九所河原に派遣されます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　立候補を予定しているのは、前市長の長男、宮丸長介。市議会議長の寺野英樹。この二人の一騎打ちと言われています。要は、この二つの陣営のあいだで、現金が飛び交い、中傷誹謗のビラが投げ交わされる模様です。しかし、第三の候補として大学教授の佐々木正の名が挙がっています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そこに、謎の女、ホステスのフウコ＝風子が、「ぼく」の目の前に現れては消えます。ただのホステスかと思いきや、どうやらこの風子も、今度の選挙に関わっているようなのですが……。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　40代後半から50歳にかけて、これでもかこれでもか、と4度の直木賞候補。社会経験も十分の、いい大人ですから、そんなことに浮かれたり落ち込んだりするような小嵐さんじゃありませんよね。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「湯河原の温泉旅館に、カンヅメになっている小嵐九八郎を訪ねた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「みんなアテにするんだよ、直木賞とれるかと思って」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　売れっ子でもないのにカンヅメとはみっともないね、と照れ笑いしながら言う。」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（引用者中略）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「小嵐が気にするのは、賞の行方よりも、批評家の声よりも、本の売れ行きだ。それも、一人でも多くの人に読んでもらいたいなんてきれいごとじゃなく、ストレートに「お金だよね」と。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「志で書いてるわけじゃないから。志も必要なんだろうけど、そればっかりだと庶民層と遊離しちゃう」」&lt;/span&gt;（前掲『噂の真相』「メディア異人列伝」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　この達観と見せかけた照れっぷりが、真意をつかませようとしない50男（当時）のダンディズム。カッチョいいねえ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　でも、最愛の妻、紘子さんといっしょに取材された記事では、もうちょっと正直な気持ちを吐露しちゃってたりして。お父さん、奥さんにかなりの苦労をかけたんでしょうね。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「&lt;strong&gt;作家専業&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「刑務所では世界の名作といわれる小説を読んでいた。短歌を始めたのも刑務所の中。でも短歌じゃ食えない。カミさんを養うために官能小説を書いて売り込みに行った。物書きでやっていこうと腹をくくったのは&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4061813412?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4061813412&quot;&gt;『流浪期&lt;/a&gt;&lt;/span&gt;&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4061813412?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4061813412&quot;&gt;（ルビ：さすらいき）&lt;/a&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4061813412?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4061813412&quot;&gt;』&lt;/a&gt;&lt;img width=&quot;1&quot; height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4061813412&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;を書いてから。初めて直木賞の候補になったときはうれしくて、ひと月ぐらい飲み歩いていた」」&lt;/span&gt;（『週刊朝日』平成12年/2000年6月2日号「夫婦の情景21　流浪の作家が一目惚れしたこの世でいちばん「いい女」」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;



&lt;p&gt;　これに対して、奥さんの紘子さんが語ったのが、こんな言葉。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「&lt;strong&gt;作家専業&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「主観の強い人という印象があったので、小説が世間の人に支持されるとは思っていなかった。直木賞の候補になって初めて、ある程度通用するのかなと。私が仕事をやめたのは四十八歳のとき。病気をして体がすごく疲れたのと、お父さんの収入が増えて子供を大学に行かせてやれるぐらいになったから」」&lt;/span&gt;（前掲記事より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;



&lt;p&gt;　ははあ、それまでコツコツ書いてきた作家が、直木賞の候補になるっちゅうのは、一家の家計を助けるなかなかの力があるんだなあ。直木賞君も、いろんな人にブーブー言われながらそれでもめげずに続けている甲斐があるってもんです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　でも、そう考えると、どうしてもこういう結論になります。直木賞がもっていた本来の意義は、今の時代、「候補にすること」でほぼ完了しちゃっているんだと。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　……あ、いや、「今の時代」だなんて不用意なこと言っちゃいけませんよね。仮説としては、直木賞は創設以来ずっとそうだった、ととらえることも可能かもしれませんし。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　先の引用でもちらっと出てきましたが、小嵐さんといえばもう一つの顔が、歌人です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ちがうかな。ご本人に言わせれば、歌人こそがおのれの顔で、小説家のほうが「もう一つの顔」なのかもしれません。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「&lt;strong&gt;荒&lt;/strong&gt;&lt;/span&gt;（引用者注：荒岱介）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　では、歌と小説では、どっちが好きなのですか。『刑務所ものがたり』とか『癒しがたき』とか小説を書く一方で、小嵐さんは、『蜂起には至らず』のようなノンフィクションも書いています。一番好きなジャンルはなんですか。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;&lt;strong&gt;小嵐&lt;/strong&gt;　そりゃー短歌です。」&lt;/span&gt;（『理戦』平成15年/2003年夏号［7月］　「インタビュー破天荒な人々　荒岱介が聞く　戦場は遠きにありて想うもの　そして哀しく歌うもの」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;



&lt;p&gt;　「そりゃー短歌です」の一言のウラに、当然じゃないか、比べものにならんよ、といった思いが籠もっているようでもあり。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　続いて小嵐さんは「短歌じゃ食えない」事情を語ります。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「&lt;strong&gt;小嵐&lt;/strong&gt;　ところが短歌というのは、一首５００円から８００円なんです。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;&lt;strong&gt;荒&lt;/strong&gt;　５００円から８００円!?&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;&lt;strong&gt;小嵐&lt;/strong&gt;　僕は歌人としては二つぐらいの結社に入っているけれども、それと別に一年の注文短歌というのは、30首から50首です。かける８００円としても、せいぜい４万円。暮らしていけない。うちのかみさんなんて、僕が短歌つくっていると怒るんだ。娘２人も「親父なにしてんだ」って。しょうがないから、便所や押し入れで短歌を作るんだ（笑）。」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;





&lt;p&gt;　へえ、そうなんですか。４万円。生活できるできないのレベルを、完全に超越しちゃっているじゃないですか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　小嵐さんの好きな現代歌人は、3人いるそうです。寺山修司、森岡貞香、平井弘。対して黒田寛一の歌をボロクソにこけ下ろしています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それから蛇足中の蛇足ですけど、このインタビューでは小嵐さんがちょびっと自慢されていることがあります。俵万智に関して語る場面です。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「&lt;strong&gt;小嵐&lt;/strong&gt;　俵万智を歌人としてすごいと最初に認めたのは公私ともに僕だと言われてる。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;&lt;strong&gt;荒&lt;/strong&gt;　へー、そうなんですか。「ハンバーガーショップの席を立つように男を捨てよう」とか。あれですか。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;&lt;strong&gt;小嵐&lt;/strong&gt;　俵万智が流行る前に、短歌研究の評論文で僕は、この女性の歌は爆発的に流行るだろうと予測してるんだ。流行りはじめた直後にも、『オール読物』で40枚ぐらいの評論を書いている。」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;





&lt;p&gt;　あらら、なんか、このブログの範疇から大きく外れてきちゃったなあ。直木賞マニアの同志たちよ、すみません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　今日のエントリーには着地点などありません。ないんですけど、まあ、俵万智に関する評論を、小嵐九八郎が、直木賞の発表誌『オール讀物』誌上にのせたことがある、ってことでまあ、ギリギリつながっているかなと。……無理やりすぎましたか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;
</content:encoded>


<dc:subject>これぞ名候補作</dc:subject>

<dc:creator>P.L.B.</dc:creator>
<dc:date>2009-05-24T21:46:54+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/70098-c69b.html">
<title>「くるくる」に凝縮された、地方の作家志望者がかかえるモヤモヤと、あきらめきれない夢。　第98回候補　長尾宇迦「幽霊記」</title>
<link>http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/70098-c69b.html</link>
<description>=================================== 【歴史的重要度】… 1 【一般的無名度】… 4 【極私的推奨度】… 4 =================================== 第98回（昭和62年/...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #ff9900;&quot;&gt;===================================&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;ul&gt;&lt;li&gt;【歴史的重要度】…<img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /> 1&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;【一般的無名度】…<img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /><img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /><img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /><img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /> 4&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;【極私的推奨度】…<img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /><img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /><img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /><img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /> 4&lt;/li&gt;&lt;/ul&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #ff9900;&quot;&gt;===================================&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/ichiran/ichiran81-100.htm#list098&quot;&gt;第98回&lt;/a&gt;（昭和62年/1987年・下半期）候補作&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;strong&gt;&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun98NU.htm&quot;&gt;長尾宇迦&lt;/a&gt;「幽霊記」（『別冊文藝春秋』180号［昭和62年/1987年7月］）&lt;/strong&gt;
&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　世間の潮流にまどわされず、あえて自分の信じる道を進もうとする姿は、いつの時代も美しいもんです。文学を志すぞ、よし、俺もいつかは芥川賞を、とか言っている連中とは一線を画して、昭和30年代にわざわざ「大衆文学同人誌」と銘打ったものを、なけなしの費用をはたいて出す、っていうのは、偉いもんだよなあ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　以下は、当時『文學界』の「同人雑誌評」で、林富士馬さんが語った一節。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「チェーホフも、先ず何より短く書く練習といったことを、文学的才能のために、説いていたと思う。ショート・ショートの流行というのは、はじめから、読物としての技術の話であって、文学とは又別な噺である。又尤も、人生は何も文学万能の筈もなく、文学であろうが無かろうが、そんなことには拘りなく、自分には娯楽読物だけが必要だという人だっているし、現に、大衆娯楽専門の同人雑誌だって、幾つか存在している。「東北文脉」（盛岡市、二集）などもその一例。」&lt;/span&gt;（『文學界』昭和37年/1962年7月号「同人雑誌評」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　頼もしいじゃないですか、『東北文脈』。これの編集兼発行人こそが、若かりし頃（つっても30代なかば）の長尾宇迦さん。同誌は顧問に先輩作家の鈴木彦次郎さんと、岩手放送社長の太田俊穂さんを担ぎ上げているものの、同人はキッパリ三人きりです。発行所の名前も「三人の会」。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「第一号では、多くの人たちから好意をいただいた。改めて感謝しておく。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　また、会に加わりたいという方もあったがまづ、当分は、我儘を許してもらいたいと思う。&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　文字&lt;/span&gt;（原文ママ）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;の道は、きびしいものとは、心得ているつもりだが、ふと無駄なことをしているような、さみしさにおそわれることもある。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　ただ、出来ることなら、偉大なる無駄にしたいものである。」&lt;/span&gt;（『東北文脈』2号［昭和37年/1962年4月］　長尾宇迦「編集後記」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;







&lt;p&gt;　高校教員として勤めながら、長尾さんは『北の文学』誌などに投稿、地元ではちょっと名の知れた作家になって、この『東北文脈』を経て、昭和39年/1964年には第2回の小説現代新人賞を受賞します。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　しばらく「小説現代専門作家」みたいな道を歩んだのち、昭和46年/1971年にいたって、つまり45歳ごろにとうとう教員を辞め、作家一本でいくことを決めたのだそうです。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「かつて岩手にあった「北の文学」の流れをくむ「文芸岩手」（水沢市）が今年&lt;/span&gt;（引用者注：昭和46年/1971年）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;八月、丸二年ぶりに第八号を発行、注目を集めた。創刊以来陰の力となってきた長尾宇迦氏が、教員と作家の二足わらじに別れを告げ、この春一本立ちの作家として東京に移住したことに刺激されての発行だった。」&lt;/span&gt;（昭和47年/1972年3月・五月書房刊『同人誌年鑑　一九七二年度版』所収　岩手日報学芸部・及川和哉「概観　岩手」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　そこからさらに、長尾さんの情熱と執念の生活が（おそらく）深まっていったことでしょう。10数年たって長尾さんはエッセイ「妻への詫び状」にて、&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「最初に私は、決して入婿の身の上ではないことを断っておきたい。が、ツマの前では、ともすると、「申しわけネ」といってしまうのだ。私の住んでいる岩手あたりでは、（申しわけない）とは、感謝、ありがたい、という意味がつよく、とくに「ネ」の発音に、いわくいいがたい微妙な加減がある。&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　とかくするうち、教員稼業にもやや情熱を失ないかけて、チョンにした。「申しわけネ」と、ツマにいったが、相手は福々しく笑っていた。」&lt;/span&gt;（『小説現代』昭和58年/1983年2月号「妻への詫び状　ヒョーショージョもの」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;



&lt;p&gt;　上京したはずの長尾さんが、どうやらまた故郷に舞い戻ったらしいのを見て、事情は存じませんけど、作家稼業の大変さがにじんでいるようでもあり。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　50代を超して還暦をすぎ、やあ、よくぞ大衆文学の道を投げ出すことなく、邁進していただきました。昭和62年/1987年、『別冊文藝春秋』にご登場。よっ、待ってました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　明治43年/1910年夏、人気作家、水野葉舟の家に4人の客がおとずれていました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　三木露風、北原白秋、前田夕暮、佐々木鏡石（喜善）。みな、葉舟より文名の低い文学者です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　話題はいつしか、最近評判の書、柳田国男の『遠野物語』のことになります。白秋ら三人はみな、あれは立派な文学だと評します。とくに、幽霊の老女の着物の裾が、炭籠に触れる、炭籠がくるくるとまわった、と書いてあるあの部分こそ、『遠野物語』を文学たらしめている代表例だというのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それを聞いていた佐々木喜善、にわかにどもりながら、主張します。喜善こそ、柳田国男に遠野の伝説や伝承を教えた張本人でした。あの「くるくるまわった」という部分は、柳田が考えて創ったのではない、喜善が語ったとおりに書いただけのものだ、と。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　喜善は作家を志す青年でした。すでに『芸苑』に「長靴」を発表、一躍文壇から注目された実績もあります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その後、故郷の岩手・土淵村に戻ったものの、小説を書く道をあきらめたわけではありませんでした。柳田との共同作業というかたちで、ザシキワラシの伝説収集を手がけているのですが、それをまとめた原稿を柳田に送り、柳田から文章についての指示が入ると喜善は烈火のごとく怒ります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「お、俺は、小説家だ。この俺に、文章を指図するとは、な、なにごとだ。お、俺は、こうした趣味学にかかずらっておっては、だ、駄目になる」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　妻のマツノは、喜善にとっては文学の理解のない妻に映ります。虚栄心もない、素直なだけの、なんの取り得もない女。そのマツノに冷淡に当たりながら、喜善は中央文壇にどうにか通用する権威を得たいと願います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そんなとき、北原白秋から手紙が届きます。新雑誌『ＡＲＳ』発刊にあたり、喜善の得意とする幻想的な創作を載せたいと言っています。喜善はよろこび勇みます。このチャンスを逃してはいけない。喜善は、自分の文学の才能を信じて、一篇の戯曲を書き、白秋に送ります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　戯曲「春の憂鬱」。『ＡＲＳ』の創刊号に載りました。やがて白秋から、待ち望んだ書状が送られてきます。「春の憂鬱」がいったい、中央の文壇でどのように受け入れられたかを知らせる手紙です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そこに書かれた文字を見て、喜善は茫然とします。「遺憾ながら、定石通りといふ評」……。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　佐々木喜善を、岩手の「名もなき人」とか言っちゃったら、今では語弊満点でしょう。でも、柳田國男なんちゅう、日本人の常識レベルなほど有名な人とくらべたら、たぶん長らく、あまり知られていない人物だったのかもしれません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「幽霊記」（副題は小説・佐々木喜善）が発表された昭和62年/1987年ごろは、岩手の辺りから、どんどんと佐々木喜善再評価の熱が上昇していたときでもありました（たぶん）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　昭和55年/1980年に&lt;a href=&quot;http://www.v-toono.jp/hakubutu/&quot;&gt;遠野市立博物館&lt;/a&gt;が開館。昭和61年/1986年には、佐々木喜善生誕100年を迎えるにあたって、同館で記念展がもよおされ、さらには『佐々木喜善全集』なる大壮挙の刊行開始（昭和61年/1986年～平成15年/2003年、全4巻）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　もちろん、岩手の先人を掘り起こすのに積極的なわれらが長尾宇迦さんが、小説化。それとほぼ時を同じくして、またひとり岩手の作家が佐々木喜善を主人公に、小説を書き下ろしました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun76MK.htm&quot;&gt;三好京三&lt;/a&gt;さんの&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4408530867?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4408530867&quot;&gt;『遠野夢詩人』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4408530867&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;（昭和62年/1987年11月・実業之日本社刊）です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　こちらは「幽霊記」とちがって長篇。喜善の日記や、婚約者にあてた手紙の下書きなど、関係各位の協力のもと、豊富な資料を下敷きにエピソードを入れ込んであるのが、おそらくウリです。「幽霊記」の喜善ほどヒステリックな感じはないものの、それでも、作家として中央で認められたい、と死ぬまで創作に執着した姿が描かれています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　民話収集の大家、先駆者という称号を、甘んじて受け入れることができなかった佐々木喜善。『遠野夢詩人』では触れられていないようですけど、「幽霊記」では、喜善の創作家への執着の象徴として、ある言葉が一篇をつらぬいています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　上のあらすじでも挙げました。「くるくる」ってやつです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　柳田國男の『遠野物語』二二話に出てくる、炭取がくるくるとまわる場面。&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/akutagawa/sengun/sengun55MY.htm&quot;&gt;三島由紀夫&lt;/a&gt;さんが&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000J99W6A?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=B000J99W6A&quot;&gt;『小説とは何か』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=B000J99W6A&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;（昭和47年/1972年3月・新潮社刊）で触れたことで、一層有名になったんでしょうが、要は亡くなった老女（曾祖母）が、喪中の祖母と母、二人の女の前にあらわれて、「二人の女の坐れる炉の脇を通り行くとて、裾にて炭取にさはりしに、丸き炭取なればくるくるとまはりたり」。ここで、炭取がくるくるとまわったと書いてあるところが、まさに小説だ、文学だ、ってハナシです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　で、当時、佐々木喜善から同じハナシを聞いて、それをネタにして、『遠野物語』より前に、水野葉舟が『怪談』を書きます。じつは、そこでも「わきに置いてあった炭取がクルッと廻った」と書いてあると。どう見ても、語り手である喜善が「くるくる」（またはクルッと）まわった、と表現したんでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　じゃあ、喜善はだれから「くるくる」のハナシを聞いたか、っていうのが「幽霊記」の最後の場面です。この幽霊譚を喜善に話してくれたのは義母のイチです。はたしてイチが、くるくるまわったと語ったかどうか。もし、そうではなく、そのハナシを聞いた喜善が、人に語り伝えるときに、自然に自分でくるくるまわったと付け加えたのだとしたら、まさしく喜善自身に、文学の才があることになるではないか、と思い詰めます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　……この「くるくる」のハナシを、悲しいまでの創作にたいする執念に置き換えたところが、まさに「幽霊記」をおもしろい小説たらしめていると、ワタクシは見るのですが、どうでしょうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それはそうと、文壇に認められることに一生を燃やした佐々木喜善のことを、おなじ時期に、長尾宇迦さんと三好京三さんが、それぞれ小説に書いているのが、奇遇な感じで楽しいわけです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　長尾さん編集の同人誌『東北水脈』には、同人が三人いたとご紹介しました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　直木賞の関係するなかで、三人グループ、と切り口を持ってくれば、おそらく無数に組み合わせがあることとは思います。そりゃ有名どころでは、旧制三高の「三人」で、野間宏、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/akutagawa/kogun/kogun22TS.htm&quot;&gt;竹之内静雄&lt;/a&gt;（当時は桑原姓）といっしょだった&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun52FM.htm&quot;&gt;富士正晴&lt;/a&gt;さんとか。ううむ、そんな有名人じゃあ食欲がわかないよ、というツウな方なら、同じく京都の「三人」ながら、中康弘通、坂井薫（当時の筆名は大寺佑昌）といっしょだった&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun58KA.htm&quot;&gt;加藤葵&lt;/a&gt;さんはいかがでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　いや、京都だけじゃないぜ、岩手の三人もなかなか捨てたもんじゃありません。小説現代新人賞から直木賞候補につなげた長尾宇迦さん、ほかの二人はこんな人たちです。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「その日は盛岡市郊外にある大正さんの自宅で二次会をやり、大衆文学同人誌に「東北文脈」と名づけること、その同人は大正十三造・長尾宇迦・原耿之介の三人だけだから、グループ名を「三人の会」とすること、などを決めた。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　そして三人の役割は、大正十三造が歴史小説、長尾宇迦が民俗小説、原耿之介が恋愛小説である。」&lt;/span&gt;（平成15年/2003年9月・洋々社刊　三好京三・著&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4896743504?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4896743504&quot;&gt;『なにがなんでも作家になりたい！』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4896743504&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　大正十三造、本名は大友幸男、当時は岩手日報の学芸部長。昭和35年/1960年、「槍」で第14回講談倶楽部賞を受賞済み。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　原耿之介、本名は佐々木久雄、当時は小学校教諭。三人のなかでは最も若く、まだ中央雑誌への掲載経験なし。しかしそれから10数年後、二人の先輩とちがって文藝春秋の雑誌にひっかかり、昭和50年/1975年に第41回文學界新人賞を受賞。その受賞作をおさめた中編集『子育てごっこ』で、あれよあれよの第76回直木賞（昭和51年/1976年・下半期）まで受賞。そのときから筆名は三好京三。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ってことで、『東北文脈』からは一人の直木賞受賞者、一人の直木賞候補者を生み出しているんですもの、うちのブログで敬意を表して取り上げるのは当然です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　長尾さんが同人誌時代を振り返って、自身の「作家になりたい」熱を語っている文献があるかどうか、勉強不足なもので今のところワタクシは知りません。でも、三好さんは前掲の『なにがなんでも作家になりたい！』で、思いっきり佐々木喜善ふうの中央文壇に進出することへの思い入れを書き遺しておいてくれました。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「大正・長尾の両先輩に続くつもりで、目指す雑誌は主として「小説現代」であった。昭和四十六年から昭和四十八年までに書いた作品は、神楽小説の「演義神楽縁起」「飢饉神楽」、歴史小説の「北国の風の姫君」「白い蝦夷」などである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　それらの小説は、一次予選は通過するがすべて二次予選止まりで、受賞には程遠い。二次まで行ったから次は受賞、の自信を持った長尾さんは、やはりわたしなどから見れば雲の上の人であった。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　――よし、こうなったら四十五歳までに、どこの何でもいいから新人賞――&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　と最後の目標をたてたが、どうやらそれも覚束ないようである。」&lt;/span&gt;（前掲書より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　「どこの何でもいいから」、っていう一言に込められた、悲哀感すら覚える執念。ああ、佐々木喜善の妄執に、通ずるものがあるような。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　長尾宇迦さんはどうでしょう。そりゃあ定収入の高校教師をやめて、作家一本のイバラの道を選んだほどの方だもの。やっぱり、喜善が一生かかえつづけた悩みに共感する口なんでしょうねえ。&lt;/p&gt;
</content:encoded>


<dc:subject>これぞ名候補作</dc:subject>

<dc:creator>P.L.B.</dc:creator>
<dc:date>2009-05-17T22:17:29+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/197087-d6f5.html">
<title>この無冠の士の前を、直木賞もやっぱり素通り。そのかわり半年で700万円を落としていきました。　第87回候補　飯尾憲士「自決」</title>
<link>http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/197087-d6f5.html</link>
<description>=================================== 【歴史的重要度】… 3 【一般的無名度】… 3 【極私的推奨度】… 4 =================================== 第8...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #ff9900;&quot;&gt;===================================&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;ul&gt;&lt;li&gt;【歴史的重要度】…<img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /><img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /><img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /> 3&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;【一般的無名度】…<img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /><img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /><img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /> 3&lt;/li&gt;

&lt;li&gt;【極私的推奨度】…<img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /><img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /><img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /><img class="emoticon flair" src="http://emojies.cocolog-nifty.com/emoticon/flair.gif" alt="flair" /> 4&lt;/li&gt;&lt;/ul&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #ff9900;&quot;&gt;===================================&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/ichiran/ichiran81-100.htm#list087&quot;&gt;第87回&lt;/a&gt;（昭和57年/1982年・上半期）候補作&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;strong&gt;&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun87IK.htm&quot;&gt;飯尾憲士&lt;/a&gt;「自決」（『すばる』昭和57年/1982年6月号）&lt;/strong&gt;

&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;a href=&quot;http://naokiaward.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/62-1064.html&quot;&gt;2週前&lt;/a&gt;に&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/ichiran/ichiran61-80.htm#list062&quot;&gt;第62回&lt;/a&gt;（昭和44年/1969年・下半期）候補、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun62TJ.htm&quot;&gt;田中穣&lt;/a&gt;『藤田嗣治』をとりあげました。このあと、直木賞ではプチブームが起こります。伝記もの（とくに近現代に生きた著名人の伝記）がさかんに候補に挙げられたのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun63FT.htm&quot;&gt;福岡徹&lt;/a&gt;さんの『軍神』（&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/ichiran/ichiran61-80.htm#list063&quot;&gt;第63回&lt;/a&gt;）と『華燭』（&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/ichiran/ichiran61-80.htm#list066&quot;&gt;第66回&lt;/a&gt;）、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/kogun/kogun64UI.htm&quot;&gt;梅本育子&lt;/a&gt;さんの『時雨のあと』（&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/ichiran/ichiran61-80.htm#list064&quot;&gt;第64回&lt;/a&gt;）、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun71FG.htm&quot;&gt;藤本義一&lt;/a&gt;さんの「生きいそぎの記」（&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/ichiran/ichiran61-80.htm#list065&quot;&gt;第65回&lt;/a&gt;）などなど。ただ、推理小説やＳＦがそうであったように、伝記ものもやはり、直木賞の本流とはなりませんでした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　もうひとつ、『藤田嗣治』からこっち、直木賞のなかを吹き荒れた風があります。ノンフィクションです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　今の直木賞は、小説小説したものしか眼中に入らなくなってしまったようで、よほど予選選考している文春社員が気張らないと、ノンフィクションなど候補に挙がらないでしょう。でも、平成の声を聞くまでの十数年間、確実にノンフィクションが直木賞の骨格をささえていた時代がありました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その代表選手といって思い浮かぶのは、これでしょう。飯尾憲士さんの「自決」。副題は「森近衛師団長斬殺事件」。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　初出は『すばる』誌の昭和57年/1982年6月号です。どどっと520枚一挙掲載。これの単行本化を待たずして、昭和57年/1982年の上半期の候補としてすくい上げた、当時の日本文学振興会の目配りの広さに、ワタクシは拍手を送りたい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　この作品は、田中穣『藤田嗣治』とちがって、はじめっから自分がノンフィクションであることを宣言していました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　『すばる』誌の表紙と目次に、編集者がこう書いています。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「日本終戦史の謎に挑む長篇ノンフィクション」&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　ははあ。ノンフィクション。あの飯尾憲士さんがねえ。熊本の同人誌『詩と真実』にのっけた「炎」に始まり、中央文壇に足がかりを得たのちの「ソウルの位牌」「隻眼の人」と3度も芥川賞候補になったことのある、あの飯尾さんが。520枚のノンフィクション。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　さすがにこの作品を、芥川賞候補にはできないもんなあ。長さといい、体裁といい。ほとんど枠組みをもたない直木賞なんてものがあったおかげで、ほんと幸いでした。作品の性質上、もしかして直木賞の候補になどならずとも、単行本『自決』は売上げを伸ばしたとは思いますが、直木賞候補作の名は多少なりとも後押ししたことでしょう。それで、筆一本で生きていた飯尾さんの懐がちょっとでも潤ったのなら、ほんとよかった。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「この七、八年間で、いっぺんだけ大いに収入があった。『自決』という本が集英社から出版されたとき、アレヨアレヨで、半年間で七〇〇万円以上ザクザクと手にした。友人と一〇〇万円程飲んで、あとは全部細君にやった。私は、背広一着も作らなかった。一つだけ買った。下駄である。いい下駄であった。」&lt;/span&gt;（平成5年/1993年11月・蝸牛社刊&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4876612226?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4876612226&quot;&gt;『怨望―日本人の忘れもの』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4876612226&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;所収「ユダよ、あなたの誠実を謳う」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　おせっかい焼きの直木賞も、時には、人助けをすることもあるみたいです。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　「自決」が取り扱うのは、知らない人はけっこういるかもしれない、でも現代史のなかでは有名な事件、昭和20年/1945年に起きた八・一五事件とも宮城事件とも呼ばれる一連の出来事のことです。Wikipediaでは&lt;a href=&quot;http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E5%9F%8E%E4%BA%8B%E4%BB%B6&quot;&gt;「宮城事件」&lt;/a&gt;の項が立っています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　語り手「私」は、かつて陸軍航空士官学校の生徒でした。同校の生徒隊付区隊長は、上原重太郎大尉。上原はこれまでにも、終戦史を描いた数々の書物に登場してきました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　昭和20年/1945年8月14日～15日に、ポツダム宣言受諾に反対した一部の将校が、宮城を占拠して徹底抗戦しようと企て、その蹶起の要請を受け入れなかった森赳中将（近衛師団長）を殺害したのですが、その現場に上原はいました。4日後、彼は24歳にして自害します。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それから三十数年、「私」は上原がその事件に関わったあとで、終戦は天皇の真実の御聖断であると知り、軍人として責任をとって死んだ、とずっと信じていました。ところがそれをくつがえす証言が、昭和43年/1968年の『サンデー毎日』に載り、それ以降、上原はほんとうの下手人ではなかったことになっていると知ります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　まさか、上原は森近衛師団長殺害に関与していなかったのだろうか。ならば、なぜ彼は死ななければならなかったのか。あの8月15日、上原は私たち生徒の前にあらわれた。そしてたしかに、こう言ったのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「候補生たち。よく聞けよ。俺は、人を斬ってきた」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「私」はあの日、近衛師団長室で何があったのか、関係者への取材を重ねることで迫っていこうとします。ただ、どうしても取材を拒否する男がいました。『サンデー毎日』に「Ｋ元少佐」として登場し、あの日、自分が師団長を殺害した真犯人だとにおわせ、その後の各種文献において上原のかわりに突如登場する男……窪田兼三氏（当時、陸軍通信学校附少佐）でした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;　「私」こと飯尾憲士さんの調査はどんどん進んでいきます。そのとき現場にいて真実を知っているはずの窪田元少佐に、ほんとうのことを語らせるために、さまざまな状況証拠を積み上げていき、いよいよ窪田氏と対面、というところまで行きます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ここら辺りの過程が、推理小説で執念ぶかい老刑事がこつこつと傍証をかためていって、最後に真犯人と対決する、って態に似ています。だから直木賞の場でとりあげられた、って言い切るのは短絡的でしょうねえ。そんな態をとるノンフィクション作品なんて、山ほどあるでしょうし。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　作品「自決」のキモは、何といっても語り手「私」の立ち位置でしょう。なにせ題名が「自決」ですからね。飯尾さんがここまで近衛師団長斬殺事件に執着したのは、そりゃあ何にもまして、若くして自ら命をたった上原重太郎、その自決行為がいったい何に拠るものだったかをもう一度はっきりさせておきたかったからでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「上原重太郎という一大尉の敗戦前後の行動の是非よりも、二十四歳で自決した男の真実が歪められることを防ぎたかったのである。」&lt;/span&gt;（平成11年/1999年2月・光人社／光人社ＮＦ文庫『自決』所収「文庫版のあとがき」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　で、この姿勢というか心情を「どうも理解できない」と書くのは、鬼塚英昭さんです。&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4880862169?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4880862169&quot;&gt;『日本のいちばん醜い日　8・15宮城事件は偽装クーデターだった』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4880862169&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;（平成19年/2007年8月・成甲書房刊）で、飯尾さんの『自決』が真実に届いていないとしてバッサリ斬っちゃっています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　まずは、『自決』が発表されて以後の、八・一五宮城事件に関する論説のながれを、鬼塚さんはこう解釈します。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「飯尾の『自決』という本は、後の現代史家たちに大きな影響を与え続けていく。一九八四年に田中伸尚は『ドキュメント昭和天皇』を出版した。&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　かくて、この一九八四年に出版された田中伸尚の本により、飯尾の三人&lt;/span&gt;（引用者注：畑中健二、上原重太郎、窪田兼三）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;による殺害説が大宅本&lt;/span&gt;（引用者注：&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000JADIIW?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=B000JADIIW&quot;&gt;大宅壮一編『日本のいちばん長い日』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=B000JADIIW&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;昭和40年/1965年8月・文藝春秋新社刊）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;や角川文庫本&lt;/span&gt;（引用者注：&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4041350018?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4041350018&quot;&gt;大宅壮一編『日本のいちばん長い日』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4041350018&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;昭和48年/1973年5月・角川書店／角川文庫）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;よりも権威あるものとされる。」&lt;/span&gt;（『日本のいちばん醜い日』「惨の章」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;



&lt;p&gt;　ところが鬼塚さんいわく、それらの書にはいちばんの真犯人というべき人間がまったく登場せず、まるで真相を語っているとは言えない、と論が進んでいきます。鬼塚説がどういうものなのかは、とてもこんな直木賞ブログでチョロッと語るテーマじゃないので、端折ります（あ、別に「天の声」に洗脳されてるわけじゃないですよ）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　鬼塚さんが最終的にくだした飯尾憲士「自決」に対する評価は、これ。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「私は飯尾憲士が『天皇の陰謀』&lt;/span&gt;（引用者注：デイヴィッド・バーガミニの著書、原題：Japan&#39;s Imperial Conspiracy）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;を読んでいないと見た。たとえ読んでも、死せる彼には申し訳ないが、歴史の闇に入り込む才能の持ち主ではないと見た。単純に（彼だけでなく、八・一五宮城事件について書いた学者、ジャーナリストと同じように）、真実を書けないというのは偽りで、書けないなら書かなければいいのだ。」&lt;/span&gt;（前掲書より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　まあまあ、抑えて抑えて。真実が（あるいは真相が）書いてあるものを読みたい向きには、飯尾さんの「自決」は、しっくりこないのかもしれないな。なにしろこの作品の柱は「上原自決にとことんこだわる「私」の存在」にあるはずですもんね。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　でも、「自決」から語り手「私」を消し去ったら、ワタクシはきっとそれほど面白く読めなかったかもしれません。たとえ「私」の存在が、真相に近づく邪魔をしてしまったのだとしても。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　　　　　　　　　○&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　それにしても、昭和57年/1982年にして飯尾さんが直木賞候補とはなあ。意外のようでもあり、妥当のようでもあり。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その前の回（第86回）で熊本の人、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun86MA.htm&quot;&gt;光岡明&lt;/a&gt;さんが長年の文学修業のすえに、芥川賞じゃなくって直木賞を長篇でとった、っていうのが直木賞の世界では余韻として残っていたんでしょうか。飯尾さんは大分の人ですけど、『詩と真実』に参加していたしなあ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　光岡さんと飯尾さん、あまり両者の交流を書いた文献は見当たらないんですけど。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「&lt;/span&gt;（引用者注：光岡明は）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;熊本日日新聞社では、政経部から文化部に転じ、上司に恵まれ、同世代の画家や陶芸家、詩人、歌人、演劇青年らと交わり、愉快に、活発に仕事をした。&lt;/span&gt;（引用者中略）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;（引用者注：昭和41年/1966年）&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;人事異動で東京支社に誰を出すか、となった。独身者が条件だったが、光岡さんが名乗り出た。「まあいいだろう」となり、夜行寝台で親子四人、東京に向かった。二女はまだ乳児だった。西大泉の借家の一軒おいた隣に五高出身の作家、飯尾憲士氏がいた。」&lt;/span&gt;（平成17年/2005年8月・文藝春秋刊　光岡明『恋い明恵』所収　井上智重・熊本日日新聞社編集委員「光岡明さんのこと」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;



&lt;p&gt;　光岡さんは4度の芥川賞候補のあとで、渾身の長篇『機雷』が唐突に直木賞の候補となり受賞。飯尾さんは3度の芥川賞候補をへて、これまた似たように、戦争の頃を見つめた長篇で直木賞にひっぱり出されました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　光岡さんと異なるのは、受賞できなかったこと。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そうだよな、そうなっちゃうと飯尾さんも、次のような文章を書きたくなっちゃうよな。&lt;/p&gt;

&lt;blockquote&gt;&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「賞などに縁が無いことにも、肚は据わっている。いや、据わらせられてしまった、と言い替えよう。ちっとやそっとの不運や貧乏には、バタバタしない。」&lt;/span&gt;（前掲書『怨望』所収「金潤姫の電話」より）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;「マッタク、私は、先頭を切ることができない。文学賞に類するものをもらったことは、一度もない。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　そんなものは不要、などと私は絶対に達観しないつもりである。&lt;/span&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;span style=&quot;color: #990033;&quot;&gt;　しかし、私の前を、すべて素通りする。ミゴトな程である。」&lt;/span&gt;（前掲書『怨望』所収「ユダよ、あなたの誠実を謳う」より）&lt;/p&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;　ちなみに、&lt;a href=&quot;http://www.amazon.co.jp/gp/product/4087747395?ie=UTF8&amp;amp;tag=allofnaokisan-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=1211&amp;amp;creativeASIN=4087747395&quot;&gt;『毒笑』&lt;/a&gt;&lt;img height=&quot;1&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;1&quot; src=&quot;http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=allofnaokisan-22&amp;amp;l=as2&amp;amp;o=9&amp;amp;a=4087747395&quot; style=&quot;border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;&quot; /&gt;（平成16年/2004年12月・集英社刊）の巻末に掲載された楜沢健さん作成の「年譜」によれば、第10回新田次郎文学賞（平成3年/1991年）では前年出版した『静かな自裁』が候補になったそうで。それでも受賞は飯尾さんではなく、&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun105MM.htm&quot;&gt;宮城谷昌光&lt;/a&gt;さんの『天空の舟』。ははあ、「ミゴトな程」ですか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　直木賞には、最近はそれほどでもないけど、一時期「戦争もの、戦時下もの」が跋扈したときがありました。たとえば、虚構でかためた冒険小説じゃ賞がとれずに、自分の戦争経験（戦後の抑留経験）を描いた『黒パン俘虜記』で&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun89KK.htm&quot;&gt;胡桃沢耕史&lt;/a&gt;さんがようやく直木賞をとれたとか、現代の若者の恋愛まわりでブイブイ言わせていた&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/jugun/jugun129MY.htm&quot;&gt;村山由佳&lt;/a&gt;さんが、連作『星々の舟』の一篇では太平洋戦争のころのことを持ち出して、ははあ直木賞対策か、なかなかヤルわいと感心した人がいたとかいないとか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　いやいや、戦争ものが直木賞ではウケがいい（かつてはウケがよかった）、なんていうのは9割がた俗説の、根拠ないうわさバナシですからね、真にうけてはまずいよな。飯尾さんの「自決」だって、直木賞選考会では、おおよそ不評。&lt;a href=&quot;http://homepage1.nifty.com/naokiaward/sengun/sengun1OJ.htm&quot;&gt;大佛次郎&lt;/a&gt;さんなんかがいる頃ならまだ違ったんでしょうけど、「ノンフィクションなぞ直木賞の候補にするなよ」と言わんばかりの頑陋な空気がただよいはじめた1980年代。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ううむ、時代が悪かったか。飯尾さんの「ミゴトな程」の無冠ぶりに、またひとつ勲章が増えたのでした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;
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<dc:subject>これぞ名候補作</dc:subject>

<dc:creator>P.L.B.</dc:creator>
<dc:date>2009-05-10T22:27:26+09:00</dc:date>
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