第141回直木賞(平成21年/2009年上半期)決定の夜に
妥当でおだやかで、当然のごとくの決定を目のあたりにした今夜。13年半にわたる一人の作家さんの道のりを、しみじみと勝手に噛み締める夜。
と、その前に。まずなすべきことがあります。ほかの5人の作家の方々だって、受賞作家に負けず劣らず、至福の読書体験を与えてくれました。そのことにお礼のことばを述べるのを、忘れるわけにはいきません。
西川美和さんが、映像によるストーリーを愛する人たちだけじゃなく、それより断然少数派(ですよね?)の、活字中毒者たちに向けても、その才能を使ってくれて、うれしいかぎりです。『ディア・ドクター』の原案とか言いながら、原作でもなんでもなく、それぞれの小説が独立した活字の物語になっているところが、よけいにキュンときます。映画に比べりゃ、ちっぽけな市場だと思いますけど、まあ、今後もぜひ相手してください。
貫井徳郎さんの『乱反射』は、正直ワタクシは、今回直木賞とれるんじゃないか、と思っていました。もしこれがとったら、近いうちにあの黄色いカバーが書店を席巻して、ン十万人の読者たちが、「直木賞受賞作」の名前だけで、どれどれと軽い気持ちで買っていって、その多くの人が、ガツーンと延髄斬りを叩き込まれた気分になるんだろうな、いひひひ。と、ひとりほくそえんでいました。……実現されずに残念です。
葉室麟さんの未来は明るい、ということが今度の選考結果ではっきりしました。葉室さんはやっぱ、描く世界からして作風からして、コツコツ実績積み上げ型だったんですね。一発で選考委員をうならせることはできないかもしれない、けれど、何作も何作も繰り出すうちに、ボディブローのように効いてくる、そしていつかは受賞してしまう、っていうあの型です。ですよね、藤沢周平さんも乙川優三郎さんも、そうでしたもん。
ほっ、とワタクシが安堵したのは、万城目学さんのことを考えてのことではありません。『別冊文藝春秋』誌のことを、心から心配していたからです。『別冊文春』には、一度、直木賞なんちゅう化けものから離れてほしいのです。しばらく「うちの雑誌からは絶対に直木賞候補なんか出さない」ってな気持ちで、編集してみたら、全然ちがうテイストが滲み出てきて、強い雑誌になりそうな気がします。……それにしても直木賞は、またもや万城目さんをタネに新風を吹かせるチャンスを、みすみす逃してしまったんですねえ。惜しいことでした。
道尾秀介さんは、たぶん大丈夫だと思いますが、2度も連続で候補に挙がっちゃったりすると、直木賞のせいで道尾さんの視線がブレちゃうんじゃないか、とヒヤヒヤします。絶対に直木賞のチョッカイなどに惑わされず、おのれの世界を突き進んでくださることを一読者として切に祈ります。「直木賞のほうが将来そうとう変わらなきゃ、とうてい道尾さんの受賞なぞないぜ」、ってなぐらいの路線を突っ走るのが、きっと道尾さんにはお似合いです。都筑道夫さんのように。
○
2年前、第137回(平成19年/2007年・上半期)で『玻璃の天』が選ばれなかったとき、その夜、ワタクシは書きました。「勝手にワタクシは、北村さんは“直木賞が逃した実力派人気エンターテインメント作家”のお一人だと確信しています」と。これまで北村薫さんには、13年半にわたって、作品そのものとは関係ない部分で、ワタクシら読者(とかマスコミとか文春とか)に付き合ってくださって、ハラハラドキドキたのしませていただきました。すべて、北村さんがキレずに我慢して、候補の打診を受けつづけてくださったからこそです。ほんと、感謝です。
それにしても『スキップ』や『ターン』の頃から、北村さんを受賞者リストに加えるまでに、なんとまあ、直木賞は13年半もかかっちゃいましたか。あーあ。あまりに遅すぎて、直木賞を叱る気力もわきません。逆に慰めたい気分です。直木賞君よ、たしかにきみは鈍足だ。でも鈍足には鈍足なりのかわいらしさがあるさ。
受賞作『鷺と雪』が、これからもっともっと多くの人の手に届くのは、いいことです。でも、どう考えたって、『街の灯』と『玻璃の天』と、それから『鷺と雪』というふうに三つ連作で読まないと、せっかくの受賞作もぞんぶんに楽しめないんだと思います。ってことで、これから読まれる方に、お節介なアドバイスをするとすれば、この3冊完結でもって北村さんは直木賞を受賞したのだと理解して、三つともお読みください。
……って、あらら、完全に文藝春秋の術中にハマっちゃっているわ。悔しいけど、今度もまんまと文春にハメられちゃったよ。
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